エクスクルージョンからインクルージョンへの転換のプロセス  

中 田 正 敏
 何かを形作る時には、 もともとは可変性に富む素材であることが理想的であるが、 しかし、 一度枠に入れて固まると、 後の手直しは極端に難しいものがある。 こうしたものは、 必要に応じて手を入れていくことが必要な仕組み創りには馴染まない。

 建築家の隈研吾氏は、 9.11以降の著作をまとめた本に 「負ける建築」 という表題をつけている。 「突出し、 勝ち誇る建築ではなく、 地べたにはいつくばり、 様々な外力を受け入れながら、 しかも明るい建築というのがあり得るのではないか」 という問題を立て、 木造とコンクリートの比較をしている。 「木造はコンクリートのように液体状態の自由を持つこともなければ突然強くなることもない、 いつもそこそこに不自由で、 そこそこに弱いのである。 そのそこそこの状態のままで、 だらだらと、 さらさらと続くのが、 木造の時間の特質」 としている。 そして、 「建物が完成した後ですら、 建物は十分に弱く、 人々は建物に手を加え続け、 改修し続けた」 として、 「夢を実体化し保障するような魔術的な力は、 木造建築にはなかった」 がゆえに 「建築物が完成した後でも、 人々はそこそこに自由であり続けることができた」 と述べ、 「形からのアプローチ」 ではなく 「具体的な工法や材料からのアプローチ」 の可能性を示唆している。

 システム創りの世界には、 個々の優れた試みから要素を取り出して構成したものが多様な現場で取り込み可能であるとするような、 個々の現場の文脈を無視したように見えるヴィジョンが時々出現する。 それらは、 「勝ち誇る」 建築のように提示されることが多い。 しかし、 何かをデザインする時には、 特に、 人に関する何か、 教育に関係する何かをデザインする時には、 「その後」 の手直しを考える必要があるという観点も必要ではないか。

 インクルーシヴな教育は、 1994年のユネスコの 「サラマンカ宣言」 以来、 国際的な会議やこの国の教育政策についての議論にはかなり普及してきた言葉である。 神奈川県でも、 「教育ヴィジョン」 にインクルージョンが位置付けられている。
 ヴィジョンという言葉には崇高な理念というイメージがある。 抽象的な理念を頂点に置き、 具体策を系統的に展開している大きな構築物のようにイメージされるインクルージョンがある。 インクルージョンとは、 ラテン語の語源によれば、 中に招き入れて入口を閉めるという意味がある。 包摂と翻訳されることもある。 エクスクルージョンは、 戸を閉ざして建物の外に締め出す、 排除するという意味である。 英語の表現では、 今までは 「彼ら」 として把握され、 三人称複数で呼ばれている人たちを、 一人称複数の 「私たち」 として把握するように転換することである。 イギリスのインクルージョンの実践的な研究者、 メル・アインスコーは"FROM THEM TO US"という表題のインクルージョンに関する論文集の中で、 インクルージョンという言葉について、 まず、 それは、 「障害のある学習者」 あるいは 「特別なニーズを持っているとみられている生徒という特別なグループ」、 すなわち、 「彼ら/彼女ら」 を包摂することに関する言葉なのか?という問いを立てている。 その上で、 別の問題の立て方を提示している。 インクルージョンとは、 教育システムを、 インクルーシヴに、 すべてのその学校の生徒たち、 つまり、 「私たち」 の多様性に対応したものに転換することに関わる言葉である、 と。 このような問題の立て方もある。
 ちなみに、 前者の考え方については、 この国では、 最近、 「特別支援教育」 という文脈で語られていて、 発達障害のある生徒たちの包摂ということが焦点となっており、 そのような問題の立て方が当然とされている。

 インクルージョンの対象は、 これまで、 実質的に、 あるいは意図せざる結果として、 「彼ら/彼女ら」 というように把握されてきた人たちであり、 そのような把握の仕方が身近にないと言い切れるのか、 という視点から日常を見渡してもよいように考える。 もし、 「彼ら/彼女ら」 がいるなら、 「私たち」 へと転換する必要がある。

 例えば、 医学的には障害があると診断された子どもが、 幼児の時には予期せぬときに混乱を繰り返すことが頻繁にある状況を体験したことがある。 その時、 子どものことで自分は困っている、 という気がしていて、 子どもは、 「困った子ども」 であると思っていた。 そういう時期には、 こちら側とは違うところに子どもがいるような気がして、 かなり、 もどかしく、 ぎこちない感覚があった。
 それがある 「事件」 をきっかけにして、 本当は、 この子は、 うまく周囲の情況が理解できずに、 「困っている子ども」 であるという発見をした。 具体的には、 一緒に散歩中に犬に出会って、 子どもがとても怖がって、 手を握ってきた。 この子にとって怖いものがあり、 人を頼りにすることがあるのだ、 ということにようやく気づき、 「困った子ども」 は実は 「困っている子ども」 であるという発見をし、 それを契機として、 どのように支援をすると困らなくなるかという方向性で考え始めた。 つまり、 「困った子ども」 が 「困っている子ども」 に転換した瞬間に、 一緒に困ることができる立場にいることになった。
 やがて、 初めて私の子どもに出会った人たちのほとんどが困った顔をしていることに気づき、 どう対応してよいか、 わからずにいるように見えることがあった。 そんな時に、 きっと 「困った子どもだ」 と思っているに違いないと思い、 そんな時に、 「困っている子ども」 であることに気づかない 「困った人だ」 と思ったことがある。 こちら側にはいてくれない人たちであるという感覚があった。 この時、 以前に子どもに感じていたものを再び感じているというぎこちなさがあった。
 しかし、 子どもとのあいだのいろいろな経緯の中で、 自分もやっとのことで気がついたことを思い起こして、 目の前の人も、 どうかかわったらよいか 「困っている」 のではないか、 という方向性の中で考えてみた。 そして目の前の 「困っている人」 に、 何とか子どものことをうまく伝えて、 子どもの困り感に気づいてもらうことを心がけて接しているうちに、 次第に、 その人も子どものことを、 「困っている子」 として理解するようになってきたという体験がある。 このプロセスについては、 転換の前には、 いくぶん、 だらだらとした、 ぎこちない滞留があり、 それが次の、 さらさらとした転換を生み出すような感覚があった。

 こうしたプロセスはいろいろなところで起こる。 「困った生徒」、 「困った先生」、 「困った保護者」 などと表現されてしまうことがあるとしても、 それはお互いに困っている状況が要因となっていることが多く、 おそらくは、 そうした表現をされている人たちが、 「困っている生徒」、 「困っている先生」、 「困っている保護者」 が順次、 発見されるという方向性で漸進的なプロセスがすすんでいくように思われる。 こうした 「困った人」 から 「困っている人」 への転換のプロセスは、 「彼ら/彼女らから私たちへ」 の転換のプロセスであろう。

 この意味では、 おそらくエクスクルージョンの数だけインクルージョンがある。 意図せざるエクスクルージョンも数多く現行のシステムに潜んでいる可能性もある。 個々の現場に存在する可能性がある多様なエクスクルージョンを見出して、 それを最小限化していく努力のプロセスをインクルージョンと呼ぶこともできるのかもしれない。

 (なかた まさとし 教育研究所代表)
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