海外の教育事情 (12) 
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
 
  記事紹介 山 梨  彰     解 説 佐々木  賢
 
イギリス・セラフィールド 1950年代の原子炉火災の被害隠蔽
(Daily Mail. 2011.3.19) より


 観光客に人気のあるイギリスの湖水地方西部の沿岸部は、 海水浴に適した土地であった。 今、 海岸にある泥土は近くのセラフィールド原子力発電所の放射能で汚染されている。 この原発は世界初の商業用原発であり、 プルトニウム貯蔵量は世界で一番多いという。
 反放射能環境団体によると、 海岸の泥や砂から低レベルの放射性廃棄物が定期的な検査で常に検出される。 海岸には警告標識がない。 犬や子どもが散歩すると、 汚染された泥・砂がつき、 家に帰る。 泥が乾き、 呼吸で体内に入るので、 危険きわまりないという。
 検出される放射能は、 大気中の通常値の 2 倍で、 7 倍以上になる場所もある。 泥に含まれているプルトニウムやセシウムやアメリシウムなどが高い値の原因という。 原発からの排水が海岸から約 3 km沖合に何十年間も捨てられていた。
 第二次大戦直後、 イギリス初の原子力施設がここに作られた。 水素爆弾用のプルトニウム生産のため巨大な施設が開設された。 1956年には何百万世帯に安価な電力を提供できる原発も建設された。 かつて近くのシースケールの砂浜は海水浴で人気があった。 しかし今は、 貝や海草や砂の放射能汚染が怖く、 家族連れは行かない。 汚染は、 チェルノブイリ周辺32km以内の立入禁止区域をしのぐ高さである。 廃棄物が長年蓄積され、 泥を深く掘れば掘るほど毒性のレベルは高まる。
 福島第一原発の事故をきっかけに、 イギリスでも19基の原発が問題視された。 政府は、 福島の事故の検証後に、 イギリスでの原発の将来を決めるようだ。 政府には数基の新原発建設計画があり、 原発擁護者は、 新たな原発は海の侵食や嵐や地震や津波に耐える安全性を持つと主張する。 もちろん、 イギリスには日本ほどの規模の地震は来ない。 1931年に起こった、 東日本大地震の13万分の 1 程度がこれまでの最大の地震である。
 しかし原発反対論者は、 これまでの多くの事故があり、 安全性を疑っている。 1957年原子炉火災が起こった。 火災が激しく、 作業員は原子炉冷却のためにホースで水をかけた。 ところが、 汚染された空気が高さ120mの煙突から放出され、 大きい灰色の雲が湖水地方上空を覆った。 放射性物質は地面に落ち、 風に乗り、 内陸のウェールズに向かい、 アイリッシュ海にも来た。
 70代の女性は事故をよく覚えている。 彼女の仕事は原発の実験室でのデータ調査だった。 機密保護法に署名し、 仕事の話は禁じられた。 今やっと何が起こったのかを語る。 「朝職場に着くと、 職場を離れてはいけない、 何も話すなと言われた。 消火のために原子炉に水が注入されているという噂が流れた。 帰宅が遅くなる理由を妻に電話した人が上司と大げんかになった」 という。 彼女は夜遅く帰り、 一言もこの話をしなかった。 当局は事故の全貌が公になるのを拒んだ。 政府側の科学者の後日の報告によれば、 湖水地方の牛が放射性物質をかぶった草を食べて汚染された。
 その後 6 週間、 半径約50km圏内の牛乳が密かに牛乳店から回収された。 湖水地方に誤って配達され、 売られた牛乳もあったが、 当時のマクミラン政府は 「警告は不必要」 として秘密にした。 そのころこの地域にいた人は、 ホテルの窓から死んだ羊を見たが、 セラフィールドでの火災事故との関係には思い至らなかった。
 マクミラン首相が、 原子力が危険なことが知られると原子力開発が拒否されると恐れ、 隠蔽を命じたのだった。 関係書類は30年間機密扱いされた。 火災を起こした原子炉は閉鎖され、 プルトニウム生産は近くに移された。
 地元住民の健康への影響がはっきりするまでに優に 1 世代かかった。
 1982年に国立放射線防護委員会は、 この事故が32人の死者と260件の癌の発生を招いたと報告した。 しかし、 これは少なすぎると考えられている。 政府は、 シースケール近隣では、 白血病と悪性リンパ腫の発生が全国平均よりも14倍高く、 湖水地方西部の他の地域よりも 2 倍高いと認めた。
 羊の死体を見た人は50代で癌のために死んだ。 放射線被曝との関係は不明だったが、 家族は、 多くの沈黙の犠牲者の一人と思っている。
 ある疫学者は、 80年代でのシースケールでの癌の罹患率は、 全国平均の600人に 1 人に対し、 60人に 1 人と言う。 息子が1983年に白血病になった母親は、 カンブリア地方の海岸へ家族旅行した時に被曝したと確信している。 母は、 「息子は泥や砂を頭や顔にかぶった。 父親がセラフィールドで働き、 亡くなったたくさんの子どもがいる。 近くの教会には60年代から80年代に亡くなった子どもの墓がたくさんある。 原因は白血病も他の癌もあった。 死産の子も、 幼いときに原因不明で亡くなった子もいる」 という。
 グリーンピースの核問題アドバイザーはこの地域に生まれた。 母親は、 1957年に彼女を妊娠していた。 彼女は言う、 「大人になって、 マンチェスターの病院で癌治療を受ける子どもや大人たちがいることを知った。 癌の原因が火災による放射性物質かどうかは証明できない。 地域の雇用が核産業に大幅に依存し、 当時は問題にできなかった。 労働者は秘密保護法に署名したから自由にしゃべれなかった」。 原子炉火災から36年後の1993年、 2 人の白血病患者が 4 年間の訴訟に敗北した。 裁判官は放射能と病気とを関連付けなかった。
 数年前、 原発の建物に巣を作った2,000羽の鳩が、 町中に飛び交い迷惑だという苦情があったので、 王立動物虐待防止協会が間引きをした。 間引きした 6 羽の鳩を、 グリーンピースがフランスの実験室に持ち込んだところ、 体内から放射能が検出された。 その後農業省は、 セラフィールドから半径16km以内の鳩に触れ、 殺し、 食べることを禁じた。 政府の科学者は、 胸肉を食べると成人の年間安全限度と等しい量の放射能を浴びると述べた。 鳩は、 鉛の容器に入れられ、 低レベル放射性廃棄物用の捨て場に埋められ、 24時間監視されている。
 現在、 セラフィールド核施設は老朽化し、 発電していない。 しかし、 核廃棄物再処理では世界をリードしている。 日本を含めた世界中の原発から廃棄物がきて、 使用済みウランを取り出し、 MOX (混合酸化物燃料) 燃料が製造され、 日本を含む原発に送り返される。 セラフィールドには地球上にある半分の112トンのプルトニウムが貯まっている。


公務員年金改革に反対するストライキで多数が休校へ
(2011.5.2 Times) より


 イギリスでは現在、 政府による公務員 (教員も含む) の年金改革や定年年齢延長の問題が組合との軋轢をもたらし、 6 月30日には全国で約75万人の公務員がストライキに参加した。 6 割以上の学校が休校になったという。
 5 月の 『タイムズ』 には、 校長のストライキ参加をめぐる記事がある。 28,000人の会員がいる全国校長協議会 (NAHT) は、 政府の提案に関して、 ストライキをすることを圧倒的多数で決めた。 校長がストライキを要求したのは初めてのことだ。 教員の大多数を代表する全国教員組合と教師講師協議会も同じように組合員にストライキの投票を求めた。
 ストライキがあれば、 イングランドとウェールズの何百万もの生徒に影響が出ることが予想された。
 組合が問題視するのは、 来年 4 月に現在の最終給与年金制度を職歴平均制度に変え、 年金掛金を月額142ポンド (約18,000円) まで増やし、 定年年齢を66歳から2020年までに68歳に延ばすという政府の決定である。 つまり多く支払い、 長く働き、 受け取る額は減る。
 NAHTの会議では、 ストライキの緊急動議は350人の代議員の99.6%の賛成で可決された。 動議に賛成した代議員は、 「政府提案で、 勤労意欲は深刻に低下するし、 学校の指導層の採用と継続という厳しい問題をいっそう悪化させる」 と言う。
 校長が55歳で早期退職したら年金は42%ほど減額する。 最終給与年金制度から職歴平均制度に変わった場合、 年金は校長の場合20,000ポンド、 教員の場合は10,000ポンドの減額になる。 「若い層が最も打撃を受ける。 これでは教職に人を引きつけられない」 ともいわれる。
 法案が通れば、 校長・副校長は秋学期にストライキに入るだろう。 何千の学校の門が閉まり、 何十万の家族の生活は混乱する。 小学校が最も影響を受け、 子どもをどう面倒見るかという問題に親は直面する。
 NAHTの100年間の歴史で初めてのストライキ行動の投票である。 全国教員組合は、 2008年にストライキを行い、 100万人以上の生徒に影響があった。


2/3の大学の授業料が9,000ポンドに
(Daily Mail.2011.4.9) より


 イギリスの教育費は、 日本に負けず劣らず高額である。 しかも政府も大学当局も財政事情は逼迫している。 そこで政府は大学授業料の値上げを認めた。 政府によれば、 大学授業料の最高額が認められるのは 「例外的な事情」 に限るといい、 学生ローンも卒業後の収入が21,000ポンドになって初めて返却すればいいとも述べた。 しかし、 大学の2 / 3は2012年からの授業料を最大年間9,000ポンドにするだろう。
 政府の高等教育改革によって、 大学財源は2012年から削減される。 大学側は不足を補うため授業料を現在の最高3,290ポンドから、 最高9,000ポンドまでにすることが認められた。 2012年度の平均授業料は7,500ポンドになると推定されるが、 BBCの調査では平均8,500ポンドという。 ビジネス・企業・規制改革大臣は、 授業料を最高額にしたら、 財源や学生定員を削減すると大学に警告した。
 イングランドの全国立大学111校に問い合せたBBCによると、 多くの大学はこの警告を無視している。 回答のあった54校中27校は授業料を最高額にし、 他の 8 校は幾つかの学科で最高額にするという。 4 校は財源削減のため閉鎖する学科があり、 1 校は10学科以上を閉鎖予定という。
 全国学生組合委員長は、 授業料値上げが例外的な事情に限るというのは嘘だとのべた。 彼は、 「政府がやっていることは、 若者に一生涯に及ぶ負債を負わせる制度を作ることだ。 政府は、 授業料を値上げしないですむ政策に失敗し、 大学の財源を削減した」 という。
 政府は、 授業料を6,000ポンド以上にする大学には、 奨学金のような追加援助をするという。 ある大学の学長は、 「政府の授業料政策が全く混乱し、 全体のつじつまが合っていないことが証明された」 という。
 2012年度の授業料は、 志願者の募集が始まる数カ月前の 7 月までには公にされる。 すでに公開した31校の内22校は9,000ポンドとした。 国立大学は、 授業料を公平入学機会局 (Office for Fair Access) 注に承認してもらわねばならない。 公平入学機会局は、 貧困な学生への援助策を大学が示さなければ、 授業料を6,000ポンド以上にさせないことができる。 政府の見通しによれば、 授業料の平均は9,000ポンドよりもかなり低額だという。


公平入学機会局 (The Office for Fair Access) は、 高等教育を保証し、 公平な入学機会を促進する独立組織である。 大学との 「入学協約 (access agreements)」 を承認・監督する。 高額の費用を課す場合は、 この協約を結ばなければならない)。
 


学校はADHDと格闘
(Times. 2011.3.25) より


 最近日本の小学校から高等学校まで、 「発達障害」 と言われる子どもが増えてきたと言われる。 その一つに 「注意欠陥多動性障害 (ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder) がある。 イギリスの小学校では一つの教室で 2 人の子どもは、 早産に関わる新しいタイプの注意欠陥障害を持つと専門家は言う。
 政府が発行した教師用指導書には、 ADHDを含む深刻で複雑な学習障害 (LD: Learning Disability) の子どもへの対応の仕方が載っている。 例えば、 数学と読解の教育は、 リタリンのような薬に頼るのではなく、 これまでにない特別なニーズを持つ世代に適応できるように転換しなければならないという。
 指導書のもとになった調査研究報告は、 次のように述べる。 新たな子ども世代は、 20世紀の子どもとは異なり神経質であり、 学び方が異なる。 2004年〜2009年に、 重い学習障害をもつ生徒は29%増え、 この原因は未熟児の生 存 率 の 向上 に よ る。 イ ギ リ ス で は、 毎 年 80,000人以上が未熟児で、 この95%が妊娠28週から31週で生まれ、 生存する。 未熟児は、 脳が子宮外で成長するため、 後に数学や読解や行動上の問題で苦しむ。 半数は課題への集中が困難なADHDの一類型を患う。 それは、 壁を叩いたり、 叫んだりするADHDのタイプではない。 集中に欠ける様々なタイプのADHDであり、 このタイプの生徒は、 話しかけられているときには聞いていないようであり、 すぐに散漫になり、 忘れっぽく、 気を静めるのが困難で、 不注意なミスを起こしがちでもある。 教師は様々な障害の違いを学び、 生徒がきちんと学習できるように、 対応の仕方を学ばなければならない。
 こうした障害は、 教育的な関わりよりも、 リタリンのような中枢神経刺激剤で治療されてきた。 「薬剤を飲ませるよりも良いことはないのか。 それでうまくいく子もいるが、 全生徒のための方法なのかを考える必要がある」 と報告はのべる。
 全国保健サービス (NHS) の数字によれば、 全年齢集団での中枢神経刺激剤の処方は、 2004年〜2009年の 5 年間で60%増、 389,200から610,200に増えている。
 指導書は教師がADHDの子どものために、 「座っていたいときには、 運動中に短時間での休憩を沢山とるようにする」 などの様々な対応を促している。 指示の記憶や理解にも困難を持ちがちだ。 指導書は、 指示を小分けにし、 理解・記憶することを多くしないことを教師に忠告する。 「疑わしければ、 生徒に指示したことを繰り返させる」と述べる。
 子ども大臣は、 「この調査は、 複雑な学習障害をもつ新しい世代の子どもにたいする非常に重要な見方を提供し、 教師が子どもの学習を援助する方法について創意に富む実践的なガイダンスである」 と述べた。




記 事 解 説

原子炉火災の被害隠微
 世界初の原発事故が1957年イギリスのセラフィールドで起こった。 この記事では福島の事故を契機に自国の原発事故を歴史的に振り返っている。 イギリスの過去の事故が54年を経た今の日本に参考になる。 以下に参考点を整理してみる。
 イギリスの北西部、 アイリッシュ海に面した軍事工場跡地に、 大戦直後の1947年、 プルトニウム生産を目的に原子力研究所が作られた。 約10年を経て核兵器を抱える名目がたたず、 1954年に原子力エネルギー機構と名を変え、 原子力発電を開始した。
 1950年代は 「原子力平和利用」 の言葉が流行った。 1949年にソ連の核実験があり、 核開発競争が激化したが、 核には広島と長崎の暗いイメージがあり、 表立って核兵器製造を唱えることが憚られた。 その暗いイメージを明るくするための Psychological Strategy が 「平和利用」 であった。 米大統領アイゼンハウワーは 「原子力発電は核のイメージをきれいにする」 と考えたという (小沢健二著 「うさぎ、 第24話、 「こどもと昔話」 2011年夏号」。
 セラフィールドには核廃棄物処理施設があり、 使用済ウランを取り出し、 MOX燃料が作られ日本に輸出されているから、 わが国とも関係が深い。 ちなみに、 2007年の日本のプルトニウム保有量は核爆弾 5,500発分に当たる43.8tある。 使用済燃料は米492t、 仏219t、 日131t、 露111t、 独85t、 英35tであり、 日本は核兵器保有国の米・仏に次いで世界第三位であり、 同じく核兵器保有国の露・英を抜いている。
 英政府は原子力発電所の建設計画を発表した当時 「海からの浸食、 嵐、 地震、 津波等への対策は万全である」 と述べていた。 ところが事故が発生し、 注水に16時間を要し、 吹き出した灰色の雲が湖水地方とアイリッシュ海の上空を覆った。 マクミラン政権は極秘の内に事故を処理し、 住民に避難命令を出さなかった。 50数年後の今、 白血病と悪性リンパ腫の罹患率は全国平均の14倍になる。 その後の被曝者たちの賠償要求裁判では、 「証拠不十分」 を理由にすべての原告が敗訴している。
 この記事の中で、 反原発派は 「プルトニウムの貯蔵は世界一であり、 低レベル放射性廃棄物は未だに残り、 自然放射能の 2 から 7 倍のプルトニウムやセシウムを海の 3 q沖合に50年以上廃棄し続けている」 と述べている。 当時、 原発の科学実験室データの調査係をしていた70代の女性は 「公的機密保護法に署名させられ、 事故当日職場離脱を禁止され、 50q圏内の牛乳が回収され、 羊の死体がころがっていた」 等の証言をしている。 また2,000羽の鳥が飛び交い放射能を運んだらしい。 6 羽から放射能が検出されたと農業省が発表した。
 要点を整理してみる。 第一に、 原発の背後に軍事目的があること。 日本は核兵器を持たない国だが、 核兵器保有国に混じって核兵器の材料を保持しているから、 「国際社会で睨みが効く」 と政治家たちは思っているようだ。
 第二に、 政府は原発のことを 「安全だ」 と宣伝してきた。 ソ連もそうだから、 国家体制の如何に関わらず、 国家は国民に嘘をつく。  第三に、 原発を経済的に貧しい地域に建設し、 貧しい人々を使い危険な仕事をさせてきた。 貧困者は為政者にとって都合の言い存在である。
 第四に、 裁判所は国家に加担し、 住民を見殺しにする。
 第五に、 放射能汚染を処理しきれず、 近隣諸国と未来の国民に迷惑をかけ続ける。 ヨウ素131の半減期は80日だが、 セシウム137は30年、 プルトニウム239は 2 万4,000年、 ウラン238は45憶年だから、 現代社会に生きる我々は、 到底、 未来責任を果たせない。

ストライキで多数が休校へ
 大規模な教員ストが計画されている。 校長会も参加する。 校長の99%がストに賛成したから、 未曾有の規模になる。 発端は年金問題だ。 政府の改革案では、 定年を 2 年引き上げる。 年金の掛け金を増やす。 年金受給額が減らされる。 早期退職者が増えているが、 もし55歳で退職した場合、 年金額は総額で45%、 約半分になる。 要するに、 掛け金が増え、 長期間働かされ、 支給額が減らされるのだから、 泣き面に蜂である。
 ゴーブ教育相は 「あなたたちは金持ちになるために教育界に入ったのではないことは承知している。 おそらく他の職業に就いていたのなら、 もっとお金が稼げたろう。 あなた方は公共サービスの精神を体現している人たちだ。 公務員全体の年金制度を改革しているのだし、 それはしなければならない。 現在与えられたこの悲惨な状況では、 私たちにはほとんど選択の余地がない。 正直にかつ心を開いて交渉することを確約する」 と低姿勢だ。
 この低姿勢で丁重な説明はどこかで聞いたことがある。 2008年、 大阪府の橋下知事が府立学校教職員、 警察官、 府職員に配布した内部文書に似ている。 「府の組織のトップとして、 不徳の致すところであり職員の皆さんに心からお詫びします。 こんな一律カットは一刻も早くやめたい。 僕は決して公務員の給料が高いと思っていません。 しかし構造的にどうしよもない問題だと思っています。 予算に占める人件費の割合が高く、 府民の皆さんに我慢をお願いする中で真の財政再建を果たし、 大阪のための次の一手を打たねばなりません」。
上記二つのことばの共通点がある。 財政困難になった経緯と数値を示していない。 財政の構造変容を説明せずに 「どうしようもない」 と心情に訴えている点にある。
 グローバル経済期に入り、 主要先進国は福祉や教育や文化部門の公費を削減し、 公共事業を民間に委託し、 投資や金融や為替を中心とした自由化政策を進めてきた。 WTOが先導するこの政策で、 超富裕層と大企業への減税競争があり、 世界規模の超格差社会が到来した。 日本の場合、 国は財政再建と称し2000年に21兆4,000億だった地方交付税を07年には15兆2,000億、 つまり 6 兆2,000億もカットした。 06年の国家財政赤字800兆円だが、 個人金融資産合計は約1,499兆円あり、 強度の累進課税をすれば、 赤字が解消するはずだ。
 新自由主義経済政策として、 超富裕層を優遇したために国と地方自治体が赤字になった歴史と社会の構造改革のことを説明していないのだ。
 アメリカのノーベル経済学賞者受賞者グルーグマンは以下のように述べている。 「この30年間、 『公共事業の無駄遣い』 が宣伝されたが、 そんな主張は根拠がない。 非常に裕福な人々を除くすべての国民が必要とするサービスを政府が提供しなかったから、 格差が広まったのだ。 政府は道路や教育などの公共事業サービスを復活しなければならない」。 (NewYork Times 2010.8.9)
イギリスの教員ストは 9 月から10月にかけて行われる。 教員を含む全公務員の年金カットは遠い他国の事だと看過してはならない。 グローバル経済下の今では、 日本の我々の年金とも連動するに違いないからだ。

大学授業料の値上げ
 イングランドの大学は111校あり、 2012年度から授業料が値上げになり、 最高限度9,000ポンド (180万円) になる。 以前にこの紀要でロンドンタイムズの記事 (2005.4.15、 佐々木賢・山梨彰・沖塩有希子著 『商品化された教育』 青土社、 p75) を紹介したことがある。 それによると、 高等教育の費用が先進16カ国で日本が最高であり、 イギリスはヨーロッパで最高だった。 07年の英大学授業料は平均年4,000ポンドだったから、 5 年間で倍増したことになる。
イギリス政府は 「学生ローンの返済には、 年収21,000ポンド以上になってからでよろしい」 とか 「奨学金の追加援助をする」 と言っているが当てにはならない。 なぜなら05年大卒者の 4 分の 3 が400万円の借金を抱えており、 ヨーロッパで階層移動が最も困難なのがイギリスである (前掲 『商品化された教育』)。 その状態が2011年の今も解消されていない。 英全国学生組合委員長が 「若者に一生涯に及ぶ負債を負わせる制度」 と述べ、 ユニオン大学学長が 「政府の授業料政策はつじつまが合っていない」 と批判している。
 1994年に結ばれたマラケッシュ協定で全世界に公共事業の民営化が進められ、 公教育へ民間企業が参入したから、 利用者である学生の授業料が上がるのは必至であった。 政府が 「マラケッシュ条約を見直す」 と言わない限り、 どう釈明しようと信用ならない。
 購買力を失った庶民が物を買わなくなったから、 先進国の投資家たちは投資先を製造業に求めなくなった。 そこで考えだされたのが住宅ローンと学生ローンである。 「借金を担保にして金を貸す」 という詐欺まがいのサブプライムローンは破綻して金融不況に陥ったが、 学生ローンは健在で、 アメリカの学生ローン会社の株は95年に比べ00年には 1,700%に上昇した (堤未果 『貧困大国アメリカU』 岩波新書)。 貧困者を食い物にして金持ちが一層の金持ちになるという新自由主義経済システムを変えない限り、 事態は解決しない。

学校はADHDと格闘
 ADHDが 1 教室に 2 人いて、 LDも05年から09年にかけ29%も増えたという。 この記事ではリタリンを処方するより、 教師の対応を勧めているが、 対象者が増えたことを問題にしてはいない。
 アメリカにDSMという精神障害診断マニュアルがあり、 1952年の第T版では、 障害を 3 分類、 1968年の第U版では10分類、 1980年の第V版で診断名が倍増する。 身体的疾患の精神障害の他に14分類された症状があり、 人格障害や知的障害が加わり、 心理・社会・環境と適応障害が加えられた。 1994年の第W版で、 DSMを専門家以外の人に使用を禁止している。 2013年に第X版では、 さらに複雑な病名が登場することが予想されている。
 世の中が複雑になり精神障害が増える理由も無きにしも非ずだが、 病名が倍々と増えたのはおかしい。 これは薬の種類が増えたことに関係がある。 世界薬市場は1995年に 6 兆円だったが、 2005年には67兆円になった (朝日新聞07.8.30)。 新薬を発売する際、 精神医学会に研究費を提供した代償として新しい病名をつけさせたからだ。 新病名で新薬が売れる。 学会と製薬会社の癒着があれば、 限りなく病名が増えていく構造になっている。
 日本でも2000年に 「健康日本21」 の政策がだされ、 自殺・健康不安・ストレスを 2 年で10%減らす目標がだされ、 01年文科省は特殊教育を特別支援教育という呼称に変え、 02年の健康増進法で健康は国民の義務となり、 04年の発達障害者支援法で自閉症・アスペルガー・広汎性発達障害・LD・ADHDへの支援を唱え、 06年 「心のバリアフリー宣言」 で早期発見と早期治療を呼びかけた。 その結果、 2000年の抗うつ剤の売り上げ額、 170億円が07年には900憶になった (『薬事ハンドブック』 じほう出版)。
 イタリアでは1978年にバザーリア法がだされ、 急性の精神医療センターは存続されたが、 精神病院を廃絶し、 新設と新規の入院を禁止した。 精神病院を廃絶するのは治安上の心配や家族の不安を伴うが、 将来のあるべき社会理念は評価したい。 精神病院は安全と治療を目的としているが、 制度化されると弊害がある。 医者が患者を治療の対象とし、 上から見下ろす眼差し持ち、 人間関係が固定化し、 症状を観察し、 検査をして薬を与える。 だが、 患者の立場に立つと、 出会いや人間関係に問題があり、 苦悩がある。 精神病院という閉鎖空間では、 出会いや関係や苦悩が閉じ込められ、 生涯病院から出られない人が多くなる。
 その後のイタリアの精神保険センターでは 「心地よい無関心」 「節度ある親切」 「どの部屋へも入室可能」 との標語を唱え、 実際に各部屋に鍵がないという。 ここでは普通の関係があり、 生の感触があり、 ファーストネームで呼び合う雑多な交流があり、 一緒に食事をし、 協力関係を作ろうとしている。 「近づいてみれば、 誰一人まともな人はいない」 とか 「神の前には、 人間みな障害者」 という標語があり、 受苦者の連帯があるという。 人間社会はそう単純ではないが、 目指すならイタリア型の方がいいのではないか。(佐 々 木  賢)



  (やまなし あきら 藤沢養護学校教員)
    (ささき けん 前教育研究所代表)

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