特集T 検証 「高校改革推進計画」 |
県立高校改革推進計画 (10ヵ年計画) について |
山 本 正 人 |
本日は、 県立高校推進計画の検証というテーマで、 改革を担当した立場から、 計画策定時の状況、 改革を実施する中で起こった課題等についてお話しさせていただきます。 ただ、 私はすでに退職していますので、 今日お話しすることはいうまでもなく私の個人的な見解で、 現在の教育委員会の見解ではありません。 1 計画策定時の状況 (平成11年11月計画公表前) (1) 平成 9 年 4 月から準備開始 計画は平成12年度からですが、 準備は平成 9 年 4 月に始まりました。 私は企画担当課長 (高校改革の実務の責任者) という立場で計画策定の準備に携わりましたが、 直前までは教職員課で、 人事・労務・定数など主に管理的な仕事を長く行っており、 将来の県立高校のあり方についてきちっと考えていたわけではないので、 正直戸惑ったことを覚えております。 着任した時には既に、 現教育委員長の平出先生を座長に 4 月末に、 20数名だったと思いますが外部の多くの委員の方も加わって、 「県立高校将来構想検討協議会」 が開催されることが決まっていました。 ただ、 まだ当日使用するパンフレットの中身を議論している状況で、 私自身こんな大きな計画をどうやってまとめていくのか不安であり、 まさに手探りのスタートでした。 1 年半の協議会での様々な協議を経て平成10年 9 月に答申を受けましたが、 その後、 10ヵ年にわたる予算規模や特に具体的な統合校を決定するのに相当な議論を行い、 平成11年11月に 「県立高校改革推進計画」 を公表しました。 余談ですが、 改革の中で一番皆さんに関心があって、 かつ関係者の影響が大きい統合校の組み合わせ (検討途中の案) が、 8 月に一部の新聞社に漏れ、 数日寝ないで対応を検討したこと、 関係者に大変な迷惑をお掛けしたことが、 改革スタート時の私の本当に苦い思い出です。 (2) 計画策時の課題 当時の課題は、 公表された冊子に記載されていますが、 改革の背景なども含めて私の視点から 3 点お話します。 1 点目は量的な課題、 いうまでもなく生徒数の急減です。 生徒の急増期への対応として昭和48年度から実施した 「100校新設計画」 は、 平成 7 年度に完成していますが、 そもそも当該計画のスタート時から、 将来生徒数は大幅に減少することはわかっておりましたので、 主に私学関係者を中心に強い反対があったと聞いております。 県側の対応としては、 正式な記録はありませんが、 急増急減は公立で対応する、 また、 仮に生徒数が急減した時は新設した高校は福祉施設等に転換するので無駄にならないという説明もされたと聞いています (真偽のほどはわかりませんが)。 いずれにせよ今回の計画策定時では、 生徒の急減は間近に見えており、 議会等から繰り返し県立高校の再編統合の必要性を指摘されていました。 2 点目は質的な課題です。 偏差値による輪切り、 その結果としての学校間格差、 課題集中校の問題 (1 年間だけで10 %ぐらいの退学者が出る) 等々、 議会はもとより地域からも多くの批判が県教委にありました。 加えて、 教員の人事異動がうまく回らないという現実の問題もありました。 当然課題校に勤務する先生方は大変であったわけで、 課題校に異動する教員がいない、 その結果欠員を新採用で埋めざるを得ず、 ある学校では管理職を除いて最高年齢が35歳というような状況もありました。 その対応として (私自身が携わりましたが) 原則15年異動 (現在12年) というルール等も作らざるをえませんでした。 こうした課題校における様々な問題 (特に中途退学者対策) をどうしていくのかが、 喫緊の課題でした。 3 点目がハード面の課題、 耐震老朽化対策です。 当時東海沖地震が切迫しており、 県全体で相模川以西を重点対策地域に指定し、 耐震診断の実施など計画的な取り組みが始まり、 県立学校では特別支援学校の対策は決まっていましたが、 高校については手がつけられていませんでした。 新耐震基準は昭和57年にできていますが、 100校計画でできた学校でも 6 割以上が旧耐震基準の建物、 それ以前の学校もありますので、 耐震診断もできていない学校の方が多かったというのが実情でした。 耐震対策には膨大な予算がかかるため、 統合校を決める判断与件の 1 つとするなど、 改革計画の中でどう取り組むのか検討するのに相当の時間を費やしました。 私としては、 一番何とかしようと思ったのが、 このハード面の課題、 耐震老朽化対策でした。 この 3 つの課題に対する改革を通じての成果検証については、 また後程お話しますが、 質的な課題については中途退学者の率なども減っているという報告をうけていますので、 一定の成果がでていると思います。 しかし、 最後に申し上げたハード面の課題については、 私が計画の最終年度直前の平成20年度に教育長として戻ってきた時に、 ちょうど中国や国内で大きな地震が続き、 再び耐震化問題が顕在化し対応に苦慮したこともあり、 もう少し改革の中でなんとかならなかったのかなというのが、 正直な思いです。 ただその時には、 騒ぎになって収拾がつかなくなるかなという思いもあって相当迷いましたが、 問題のある校舎については、 とにかく事実だけはきちっと現場に伝えようということで、 耐震数値まで含めて全て公表しました。 おかげさまで関係者の理解も得られ、 計画的にやっていける体制、 予算上の裏付けも一定程度は取れましたので今後は少しでも前倒しで耐震老朽化対策を進めてもらうことを願っています。 2 「計画」 を実施する中で起こった課題 計画を進める中で起こった課題はいくつもありますが、 一番はなんと言っても定時制の現状であり、 なんとかしなければいけないので、 定時制へのしわよせの問題、 入学定員問題に絞ってお話します。 (1) 定時制の状況 また計画策定時のお話をしますが、 当時、 すでに全日制でも一部定員割れが起こっており、 定時制についてはそれ以前から再編の議論がなされていて、 平成 9 年 2 月に 「定時制課程再編の基本的考え方」 が定められました。 内容は、 1 学年が 1 学級になっている学校で、 2 年間続いて生徒数が15人以下になった場合、 原則募集停止にするというものです。 実際に、 全日制再編前に、 小田原城内高校の箱根分校、 三崎、 小田原城東の 3 校が課程廃止になりました。 考え方は平成 9 年 2 月に決まっていたわけで、 そこは私は関わっておりませんが、 課程廃止が動き出したのは平成 9 年 4 月以降ですので、 実質上その 3 校の課程廃止については、 私が直接担当することになりました。 3 校とも長い伝統があって地域に根差していましたので、 ある意味全日制以上に、 直接担当した私としては大変厳しい場面がありました。 特に箱根分校での夜の説明会では在校生も来ており、 存続についての強い訴えを生徒自身からも受け、 理解してもらうよう説明はしましたが、 心の中では 「存続してもよいのではないか」 と気持ちが揺れたのを今でも覚えています。 当時定時制はこんな状況でしたので、 今のような状況になることは全く想定していませんでした。 むしろ、 当時は地域別に 8 校の重点校を指定し、 先ほどの基準により取り組んでおりましたので、 やがてこの 8 校を中心に集約されていくという認識でおりました。 (2) 定時制へのしわよせの要因 では定時制へのしわよせが何故起こったか、 ですが、 1 点目は生徒の状況、 これは説明するまでもありませんが、 経済状況の悪化により私学への入学者が年々減っていったこと、 生徒の進路選択が多様化したことがあります。 2 点目は公私協議による公立枠 (全日制入学定員) の問題です。 私も何年か直接担当しましたが、 この点だけが一番取り上げられ、 多くの方々から (教育委員会内部を含め) 追及・非難等もさんざん受けました。 全日制の入学定員は、 ご承知のように毎年公私が協議して決めています。 協議の大前提は、 公私協調して、 高校 (定時制も含め) への進学を希望する生徒を公立私立の両者で全て受け入れるため、 協議して合意するということであり、 このことに双方異論があったわけではありません。 しかし、 毎年の協議では、 生徒数の急減や生徒を取り巻く経済状況の悪化の影響で、 経営上の危機感を持っている私学がかなりあり、 双方が納得する形での合意はほとんどできなかったというのが実状です。 また、 冒頭でお話した100校計画のいきさつなども毎年の議論を複雑にした要因のひとつです。 現在は、 中卒見込み者の 6 割が公立枠ということで整理され、 必要に応じて見直すとされていますが、 公立関係者の多くからもっと公立枠を増やせという要望、 批判がでています。 ではこの公立枠について、 私がどう思っているのかですが、 整理に関わった私が言うのも変ですが、 6 割よりもう少し増やしてほしいというのが本音です。 ただそれではどの位かとなると、 毎年毎年経済環境も含め生徒の状況が変化するなかで、 客観的にどういう数値であれば、 公私双方が納得し合意できる数値になるかを決めることは、 大変難しい。 単に公立側の主張だけを言うことはできますが (毎年数ヶ月協議している)、 合意することが前提であれば多分不可能ではないかと考えています。 そもそもそのことを毎年議論しても本質的な解決にはならないとも思っています。 極端な議論で、 公私自由にやればよいではないか、 あるいは公立枠をもっと大幅に増やせというご意見もありますが、 これは時間を逆行させるだけだと思っています (公立だけで生徒を受け切れるわけではない。 だから公私協調)。 ではどうするのかという話は後程少し触れさせていただきます。 次に 3 点目、 今の話と関係しますが、 今回の改革実施そのものによる影響で起こった要因についてですが、 具体的な統合校を選定するにあたって基本的な視点が 3 つありました。 1.できるだけ隣接する高校。 これは一方の学校を廃止するのではなく統合して新校を創るという考え方と、 実際に統合を実施する過程で、 両校の先生方が協議する (新校準備委員会)、 また一定期間 (移行期) 両校の生徒が一緒に学ぶことになるという前提があったので、 まず対象校の隣接性が大きな現実的な視点。 2.全く性格の違う高校を統合することはあり得ないので、 学校の抱える課題又は特色や取り組みが、 比較的共通している高校。 3.できるだけ老朽化耐震化対策に資する組み合わせ。 この 3 点を中心に内部で喧々諤々の議論をして統合校を決定しましたが、 議論の過程の中で、 学校関係者や地域の理解が得られることも重要ということで、 結果として1.の隣接性と2.の学校の抱える課題への対応に力点を置いて決まったというのが、 現実です。 後期計画については、 私自身は計画の決定後に教育委員会に戻ってきましたので、 統合校の選定に関わっておりませんが、 (やむを得ないと思いつつ) もう少し何か他の組み合わせがなかったのかなと思ったのは事実です。 このように、 今回の改革は課題を抱える学校を中心に統合されましたので、 経済的事情などにより私学が受け皿とならないような生徒を受け止めていた学校が、 大幅に縮小されたという結果になっております。 当然のことながら、 全体の統合数は生徒数の動向をもとに、 地域バランスを見ながら何校程度と決まりますので、 いろいろなレベルの学校を均等に縮小していけば (円筒型の統合)、 ある層だけの受け皿が小さくなることはないわけですが、 今お話した通り一部の層に偏った統合 (円錐型の統合) になってしまった結果、 定時制へのしわよせが生じることになったと思っています。 原因については、 入学定員の問題、 私学との関係だけが一番議論されますけれども、 むしろこの公立高校の統合のあり方の影響もかなり大きいと考えており、 今後公立側がこうした状況を踏まえた対応を早急にとっていく必要があると思っています。 3 「計画」 の成果と課題を踏まえた今後の対応 (1) 定時制の現状への対応 それでは次に、 計画の成果と課題を踏まえた今後の対応についてお話します。 まず定時制の現状への対応です。 繰り返しになりますが、 単に量的な拡大 (公立の定員の拡大) だけでは、 改革の当初に抱えていた中途退学者等の問題を再び起こす恐れがあると考えています。 現在の生徒の状況、 これは必ずしも生徒自身のせいではありませんが、 不登校児や中学校の学習がほとんど身についていない生徒などがいまでも多数いる、 むしろ増えているかもしれません。 したがってこうした生徒の状況を踏まえて、 量的な対応と併せて質的な対応を行わなければ本質的な解決にはならないと考えています。 ではどうするのかですけれども、 今年 4 月、 座間市に多部制の高校、 相模向陽館が設置されました。 是非、 同様の学校を横浜市内に少しでも早く設置する、 私自身は全県バランスを考えて更にもう1 校、 相模向陽館も含めて 3 校ぐらいは設置してもらいたいと思っています。 まずはもう 1 校、 横浜市内に作りたいということで引継ぎをしておりますが、 なんとかしてもらえるのかなと期待しています。 相模向陽館では、 開校前から自費で教員全員が自主的な研修を受けるなど、 本当に頭の下がるような努力をされており、 大変でしょうけれどもすばらしい取り組みが進んでいると思っています。 こうした多部制高校の設置に加え、 クリエイティブスクールや定時制ではありませんが横浜修悠館、 それから他の定時制が各々バランスよく取り組みを充実すること、 そのことがこの問題の本質的な解決になる、 それ以外に方法はないと私は考えています。 (2) 専門高校・総合学科高校の成果と課題 次にその他の高校改革の成果と課題についてお話します。 まず専門高校ですけれども、 改革スタート時は、 ご承知のとおり普通科の補完というような位置付けになっていましたし、 中には一部の普通科高校以上に突出した、 いわゆる課題集中校であった学校もありました。 しかし現在は (私も何校か回りましたが) 総合産業高校、 総合技術科などの再編対象校だけでなく、 多くの専門高校が特色ある取り組みを行っており、 本来の専門高校の姿を取り戻しているのではないかと思っています。 そもそも今回の計画は、 当初から再編対象校だけでなく、 全ての高校の改革、 特色作りが目標であったわけで、 ある意味専門高校が一番目標が達成できたのかなあと、 これは教育委員会が取り組んだというより、 現場の先生、 学校関係者の取り組みの成果だと思っております。 実は計画の中では、 専門高校を縮小することまでは考えていませんでしたが、 専門高校から総合学科へということは考えておりました。 しかしこうした成果を踏まえると、 逆に総合学科から専門高校、 普通科の専門コース設置校から専門高校へといった、 専門高校の拡大 (既存のタイプでなく新しいタイプでもよい) という選択肢があってもよいと今は思っています。 今後の課題は時代にあった実習機器の整備と優れた専門学科の教員の計画的な確保です。 次に総合学科高校についてですが、 改革の中で、 新しいタイプの高校の設置としては最も数が多く、 10校設置されています。 対象になった学校の多くが課題を抱える学校だったということや、 今回の改革以前に、 全国に先駆けて大師高校が取り組んでいたこともあり、 私だけでなく改革に携わった担当者の多くが、 成果を一番期待していた新しいタイプの高校です。 また、 改革の大きな目的の一つが、 偏差値によるスライスされた生徒の受け入れでなく、 生徒の多様なニーズに対応した受け入れ、 そのための学校作りであったので、 総合学科の取り組みの成果が、 ある意味改革全体の評価の大きな指標となると思っていました。 まだ立ち上げたばかりの学校もありますが、 再編前の学校の状況と比較して明らかに良くなっているというのが、 私の印象です。 課題としては、 これは普通科も含めた全体の課題ですけれども、 総合学科の教育課程と、 単位制の普通科高校や専門高校など (多様な学校設定科目を設けている普通科高校や専門コース設置校) の教育課程との区別・相違が、 中学生や保護者に (私も入試説明会に何回か行きましたけれども) 少し分かりにくい。 もちろん総合学科は 「産業社会と人間」 が必修という独自性がありますが、 教育課程を説明されるだけでは分かりにくいというのが1点あります。 それからもう1点は、 全ての学校ではないと思いますが、 一部の総合学科では学校の目標が普通科的な価値にシフトしすぎ、 或いはしつつあるのではないか、 荒っぽくいえば 「とにかく進学させるんですよ」 という視点だけが強く出てきているのではないか、 というのが課題だと思っています。 今後学校と教委が一体となって検討してほしいと思っています。 ちょっと極端な言い方ですが、 これまで高校といえば普通科が代表だったわけですが、 将来的には高校といったら総合学科ですよ、 でもよいのではないかと思っています。 (3) 入試選抜制度について 最後に入試選抜について少しだけ触れさせていただきます。 今回の改革の中で取り組んだのは、 通学区域の弾力化、 学区の撤廃が中心でした。 その他の入試選抜制度についても、 現在の方法が実施されてからかなり年数がたっています。 入試選抜制度は、 当然のことながら高校のあり方と密接に関係するわけですから、 改革が一応の区切りがついた現時点で、 改革で作り上げてきた高校への生徒の受け入れ制度として、 現行のままでよいのかどうか議論する時期にきていると思っています。 特に、 選抜期間の長期化は、 中学校側をはじめ多くの方から問題だと指摘されており、 生徒にとっても負担になっているのでもう少し何とかする必要がありますし、 また、 その他の選抜方法、 あるいは個々の学校の選考基準についても、 もう一度振り返ってみる必要があるのではないかと思っています。 その他として、 特別支援学校の再編について (高校に分教室がありますので) 触れようと思っていましたが、 時間がだいぶ押してしまいましたので省略させてもらいます。 私自身、 考えてもいませんでしたが、 10ヵ年計画の準備段階から完了まで、 一部の期間を除いて結果としてすべて関わることになりました。 当然のことながら高校改革、 期間を区切って取り組めば終わりということではありません。 今回の改革で高校に活力が生まれ、 不断の改革に向かって教育関係者が一体となって取り組んでいこうという、 大きなきっかけ作りになったとしたら、 それが今回の改革の一番の成果であると私は思っています。 (この文章は、 2010年11月20日の講演の記録に手を入れていただいたものです。) |
(やまもと まさと 前教育長) |
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