特集U 支援教育
障害のある子ども達に当たり前の教育環境を!
県立障害児学校の過大規模・過密化とその課題
 
甲 田  靖
1. はじめに
私は1995年 4 月に校種間交流で大船高校から三ツ境養護学校へ異動しました。 校種間交流要綱が異動者に初めて適用された年です。 現在は保土ヶ谷養護学校に在職しています。
 三ツ境養護学校は、 肢体不自由課程 (小・中・高等部) と知的障害課程 (高等部) の二つの課程を持ついわゆる知肢併置校でした。 また三ツ境養護には、 様々な理由から、 通学が難しい児童生徒を対象に、 担任が各家庭や病院を訪問して授業を行う 「訪問教育」 も実施されていました。 保土ヶ谷養護学校は知的障害課程 (小・中・高等部) のみの学校です。
 高校では16年の経験がありましたが、 障害のある子どもとの関わりはほとんどなく、 障害児教育、 障害児学校については何もわからない状態での異動でした。 着任当初は不安と戸惑いと驚きの毎日でした。

2. 障害児学校の子どもたち
(1) 知的障害課程の子どもたち
 三ツ境養護学校では知的障害課程の高等部に配置されましたが、 子どもたちの中には、 その外見からは普通の高校生と変わらないように見える生徒もいました。 言葉のない生徒もいました。 恥ずかしい話ですが、 「内言語」 という言葉もそのとき初めて知った言葉です。 言葉は無くても内言語を豊かに持ち、 それを表出できない子どもの苦しさを知りました。 初めは接し方がわからず、 ともかく子どもたちを傷つけないよう気を配りました。 同僚から子どもたちの中に中学校でいじめられた経験をもつ子も多くいることを聞いていたからです。 また、 私には子どもたちが、 直感的に身近な大人を自分の敵か味方か見分けているように思われました。 子どもの敵になっては、 その子に寄り添うことは出来ません。
 障害児教育の中で多くのことを学びました。 子どもたちからも多くのことを学びました。 時にぶつかりあいながらも子どもたちには互いを思いやる優しさがありました。 仲間として互いを尊重し合い成長していきます。 自傷行為や他傷行為など問題行動を起こすこともあります。 「困った子」 は 「困っている子」。 問題行動を起こした子を 「困った子」 と見るのではなく、 適切な行動がとれないで 「困っている子」 として捉え直すことを私は養護学校で学びました。 捉え直し、 子供たちに寄り添うことで、 静かで暖かい時間が訪れることを学びました。 高校の教員でいるときに気がついていれば、 もう少し子どもたちとの接し方が違っていたのではないかと後悔しています。
(2)肢体不自由課程の子ども達
 肢体不自由課程の担任も経験しました。 当初は障害の重い子どもを介助するときに細い体を痛めてしまわないか心配でした。 子どもたちのわずかな視線の動きや表情の変化、 指先の動きを見逃すまいと気を配ったつもりです。 子どもたちは学校が大好きです。 子どもたちは教師や友達とのコミュニケーションを楽しみに学校に来ます。 学校には、 教師と子どもたちとの間に、 そして子どもたち同士に、 安心と落ち着きのある関係が築かれているからだと思います。  
 中には医療ケアの必要な子どもたちもいました。 私自身は医療ケアを担当した経験はありませんが、 気管切開をした子どもや経管栄養の子どもの担当教員を横で見ていて、 養護学校の教員の仕事は 「命を預かる仕事」 なんだとつくづく思いました。 つらく悲しいことですが、 在学中に亡くなる子どももいました。

3. 障害児学校過大規模・過密化の現状
 障害児学校で早くも16年が経過しました。 16年の間に障害児学校の、 静かで暖かい時間の流れは次第に変わって行きました。 子供たちにじっくりと寄り添うことが難しくなっています。 職業教育重視の流れや教職員に対する管理強化も大きな問題ですが、 その原因はなんといっても養護学校の過大規模・過密化にあると思っています。 当然ですが過大規模・過密化を空間的な問題だけに限って論じることは出来ません。 子どもたちは精神的にも窮屈な思いをしています。 過大規模・過密化が引き起こした深刻な現状について少し具体的に報告します。
(1) トイレが足りない、 給食が足りない、 バスが足りない
 児童生徒が急増しましたがトイレの増設が進まず数が足りなくなりました。 子どもたちが休憩時間にトイレの前で行列をつくる状況が生まれています。 待ちきれなくて失敗する子もおり、 子どもの自尊心を傷つけています。 給食にも影響が出ています。 給食調理数が厨房の限界を超えたため、 担任の分まで給食がつくれず、 同じ教室で、 子どもたちは給食を食べ、 担任は弁当を食べているのです。 これでは給食指導、 食育指導ができません。 通学負担も深刻です。 スクールバスに 1 時間あるいは 1 時間半も乗車して通学する児童・生徒がいます。 往復で 3 時間。 バスポイント (バスが停車する場所) は自宅前ではありません。 バスポイントまで保護者が送迎します。 バスポイントまでの必要時間を足せば通学時間はさらに延びることになります。 県内の小中学生で、 往復 3 時間をかけて通学している子どもがいるでしょうか。
(2) 図書室のない学校?
 過大規模化・過密化のために 「図書室」 や 「理科室」、 「更衣室」 「個別指導の部屋」 などの特別教室が普通教室に転用されています。 空き教室やプレイルームなどの多機能空間がなくなりパニックを起こしても子どもたちはクールダウンする場所もありません。
 私が三ツ境養護にいた時にも 「図書室」 が第 2 職員室に変わってしまいました。 障害児学校の半数に 「図書室」 がありません。 因みに、 なぜ養護学校の 「図書室」 の設置率が低いかご存じでしょうか。 それは、 障害児学校には国が定めた設置基準がないからです。 小中学校、 高校には国が定めた設置基準があり、 その中に図書室や保健室を置くことが定められています。 設置基準がないので、 教育委員会は障害児学校の図書室をつぶすことができるのです。 国に設置基準策定を求める運動が必要だと考えています。 ついでに言えば、 障害児学校の図書購入費の措置率【1】も低く抑えられています。 '08年度は小中学校の措置率が78%なのに対して、 障害児学校は10%にも満たない措置率でした。 このことは神奈川新聞記事【2】で紹介されました。 記者は、 この状態を指して 「障害児教育予算に対する冷遇」 と表現しました。 「冷遇」 状態は今も変わっていません。

4. 過大規模化・過密化と教育行政
(1) 過大規模化する障害児学校
 1999年以降、 県立の障害児学校に在籍する児童・生徒が増加しています (下表参照)。 実際の数字を見てみると、 県立障害児学校の在籍児童生徒数は '99年の2904名から'09年には4714名と62%増になっています。 しかし、 障害児学校は在籍児童生徒数の増加に見合うだけの増設がされず、 現在25校 ('10年度) ある県立障害児学校【3】のほとんどが過大規模校になっています。 かつて、 神奈川県が 「15の春を泣かせるな」 と100校計画を立て、 県立高校を増設したことと比較すると、 必要な数の障害児学校を増設しない理不尽さに腹立たしさを覚えます。
(2) 県教育委員会の対応
 過大規模化への対応を迫られ、 教育委員会は'04年に 「新たな養護学校再編整備検討協議会」 を設置しました。 「協議会」 は検討の結果、 過大規模化の解消のためには11校 1 分校の新設が必要との報告 ('06年) を行いました。 また、 障害児学校の適正規模についても検討し、 知的障害単独校で 「100〜130人」、 知・肢併置の複合校で 「130〜160人」 としました。
 また、 教育委員会は'07年には後期中等教育の検討と分教室のあり方を検討するために 「かながわの特別支援教育プロジェクト会議」 を設置しました。 その報告書には 「超過大規模校」 という表現が出てきます。 過大規模校を超える 「超過大規模校」 の例として'03年当時在籍235名だった保土ヶ谷養護学校 (知的障害単独校) を挙げています。 7 年たった昨年 ('10年度)、 保土ヶ谷養護学校は304名 (含分教室生徒数60名) の在籍で 「超過大規模校」 のままです。 また、 知的障害単独校の瀬谷養護学校は324名 (含分教室生徒数44名) の在籍を数え、 保土ヶ谷養護学校を超える 「超超過大規模校」 と呼んでもいいような状況にあります。 知肢併置校の麻生養護学校 ('05年開校) も適正規模を遥かに超える336名 (含分教室生徒数33名) が在籍しています。 '10年度は知的障害単独校 9 校すべてが適正規模の130名を100名上回っている状況があり、 知肢併置校でも、 12校中 8 校で適正規模の160名を超えています。 つまり、 県立の障害児学校のほとんどが、 過大規模校、 超過大規模校になっているのです。
 しかし、 「新設が必要」 とした11校 1 分校のうち県が具体化したのは、 '10年開校の岩戸養護学校 (高等部のみ)、 今年度 4 月に開校した相模原中央支援学校、 そして今年度予算化された旧日向山小学校 (瀬谷区) を改修利用して作る特別支援学校 ('12年開校予定)、 中央農業高校跡地利用の特別支援学校('16年開校予定) を含め 4 校にとどまっています。 教育委員会は他に 2 地域での建設を検討していることを明らかにしていますが、 それを足しても11校 1 分校の半分の 6 校にすぎません。 11校 1 分校がすべて建設されるのは一体いつになることでしょうか。 残り 6 校建設についての具体的な言及はありません。
(3) 分教室
 障害児学校増設が十分進まない中で、 県が過大規模化への対応として取った方策の一つが高校の空き教室を利用した分教室の設置です。 県は知的障害高等部生徒受け入れのため 「緊急避難的」 な措置として分教室を04年から設置しました。 しかし、 分教室に与えられた教室は 5 教室で、 作業学習等を十分に行う施設設備がないこと、 保健室が職員室とついたてで仕切られているだけで同じ教室にあることなど、 限られた環境の中で十分な教育活動を行うことができない状況にあります。  

5. おわりに
 読売新聞【4】が、 分教室の問題を取り上げ、 「一般の小、 中、 高校と比べ、 特別支援学校の教育環境が大きく劣っていることは事実」 と報道しました。 分教室は'12年までに 20分教室が設置されることになっています。 20分教室で全学年揃えば900名に及ぶ生徒が分教室で学ぶことになります。 障害児学校 1 校の適正規模を150名とすれば、 ちょうど県が建設計画を明確にしていない 6 校分にあたる規模になります。 このままでは、 「緊急避難的」 な措置であるはずの分教室が、 そのまま軽度な知的障害の子どもたちを受け入れるための永続的な措置とされ、 障害児学校・分教室の児童生徒が 「大きく劣った教育環境」 に置かれたままになるのではないかと危惧しています。
 皆さんは、 '06年に国連で採択された 「障害者権利条約」 についてご存じでしょうか。 今、 我が国でも批准に向けて準備が進んでいます。 「障害者権利条約」 は、 障害児が権利として受けるべき教育制度の目的の一つに、 「障害者が、 その人格、 才能及び創造力並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること」 を挙げています。 障害のある子どもたちの発達を保障するためには、 通常学級、 通級指導、 障害児学級、 障害児学校などさまざまな教育の場が用意され、 どの教育の場においても 「最大限に発達が保証される」 ための合理的配慮、 教育環境が整っている必要があります。 障害者権利条約の内容を実効あるものとするために、 障害児学校の 「大きく劣った教育環境」 の改善が必要です。
 日本の教育費 (公的支出) がOECD諸国の中で、 下位に低迷していることは皆さんご存じのことかと思います。 日本の社会は子供たちを大切な存在として扱っているのでしょうか。 教育環境は子どもたちに、 おのずと大人の子どもたちに対する態度を教えることになります。 老朽化のため壁面がひび割れ、 補修した様子がメロンの編み目のように拡がっている県立高校の校舎はどうでしょうか。 老朽化した校舎の中で、 子どもたちは自分たちが大切にされていることを実感できるでしょうか。
 小・中・高校に通う子どもたちはもちろんのこと、 障害児学校の子どもたちにも社会から大切にされていると実感できる教育環境が今求められています。
障害のある子ども達に当たり前の教育環境を!それが私たち障害児教育に携わる教職員の控えめな願いです。


【1】地方交付税で図書購入費として措置された金額に対し、 実際に図書購入費として予算化された金額の比率。 図書購入費は1985年に一般財源化。
【2】'08年 6 月23日付 神奈川新聞 「県立養護学校の図書室 約半数単独設置なし」
【3】県立障害児学校の内わけ ('10年度)
  盲学校 1 校、 ろう学校 1 校、 病弱養護学校 2 校、 知的障害単独校 9 校、 知肢併置校12校
【4】'11年 1 月21日付 読売新聞 「『仮住まい』 の特別支援学校」

 (こうだ おさむ 保土ヶ谷養護学校教員)
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