- はじめに
「『産業社会と人間』 ってどんな授業なの」。 新年度の授業開始を間近に控えた職員室の 1 年次席から聞こえた言葉である。 急いで 「四次報告」 にある 「産業社会と人間」 に関する資料を渡したが、 これは鶴見総合だけに見られることではないと思う。
総合学科が創設されて16年、 県内でも1996年の大師高校を出発点に19の総合学科高校が誕生している。 しかし、 総合学科高校の量的拡大、 教職員の転勤や新採用の増加、 そして学校教育をめぐる情勢が大きく変化する中で、 その理念や実践の継承が難しくなっている現実がある。 全国の総合学科を見れば、 進学型をめざすもの、 生徒に系列を選択させるコース制 (専門学科への回帰?) に近いものなど、 総合学科のコンセプトをどこに見出していいのか苦労する場面もある。 総合学科は、 まさに岐路に立っている。
ここでは、 教育討論会の発言の中で、 ふれることができなかった 「総合学科設置の理念と現状」 「総合学科における基礎学力の保障」 「『産業社会と人間』 を中軸とする総合学科づくり」 の 3 点について、 新教育課程編成とも関連づけながら考えを述べることにする。
- 総合学科設置の理念と現状
「四次報告」 は、 総合学科設置の趣旨の中で、 次の指摘を行っている。 「学力を単なる知識や技能の量の問題としてとらえるのではなく、 それを支える能力や関心・意欲・態度の全体構造、 さらに学校、 家庭及び地域における学習や生活を通して生徒が自ら考え主体的に判断し行動するために必要な資質や能力などの総合力としてとらえることが重要である」。 ここで示されている学力観は、 基本的には新学習指導要領にも受け継がれていると考える。
また、 総合学科への進学者像としては、 「中学校卒業時に将来の進路について一部の生徒が明確な見通しを持たないことを、 自己の進路に対する意識が希薄であるとして一概に否定的にとらえるのではなく、 高等学校における様々な学習や活動を通して自己の能力や適性を見いだしていこうとする積極的な契機としてとらえることも必要である」。 「産業社会と人間」 は、 このような生徒たちへのガイダンス科目として設置され、 高校におけるキャリア教育をリードしてきたと言える。
神奈川における総合学科設置の特徴は、 普通科からの再編にある。 1970年代にはじまる 「100校計画」 は教育の機会均等をめざすものであった。 しかし、 新設校が建設されるたびに 「偏差値」 による輪切りがスライス化され、 学校生活や学習活動に目的意識が持てない生徒が多く集まる 「課題集中校」 が出現するようになる。 一方、 「課題集中校」 では、 生徒の視点からの学校改革が進められ、 少人数編成、 学校設定科目の設定、 施設・設備の改善等が行われていった。 結果として総合学科はこれらの取り組みを深化させる役割を担うことになる。
「四次報告」 から20年近くが経過した現在、 その理念が持つ普遍性は失われてはおらず、 総合学科は今後も高校教育改革の方向性を示す一つの道標となりえるであろう。 その一方で、 「古典」 にとらわれない 「リニューアルされた総合学科」 が必要とされているのも事実である。 まさに新教育課程編成の中で、 総合学科はその真価が問われることになる。
- 総合学科における基礎学力の保障
新学習指導要領は、 「生きる力」 をはぐくむという理念の重要性を指摘しつつ、 「知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等のバランスの重視」 を基本的な考え方として示している。 大師と鶴見総合という2つの総合学科に挟まれる形で、 普通科高校に勤務した私の経験から見て、 総合学科高校における 「基礎学力の保障」 については、 その議論が少し弱い感じがする。
「産業社会と人間」 「課題研究」、 そして多様な 「総合選択科目」 を通して、 自らの在り方や生き方を見つめ、 目的意識を持った科目選択を行い、 自己実現をはかっていくという総合学科の学習プロセスをより強固なものとしていくためには、 「基礎学力の保障」 は避けて通れない課題だと思う。 とりわけ 「課題集中校」 からの再編が多い神奈川の総合学科高校では、 各校に共通する課題と認識すべきである。
具体的な方策は、 学校や生徒の実態に応じて検討されると思うが、 まず教科や系列での学習を下支えする基礎学力の範囲を見定める必要があろう。 実際の総合学科高校の教育課程編成では、 必履修に関わる部分での議論となるが、 活用できるシステムについてはその検討範囲をなるべく大きく設定すべきと考える。 いずれにせよ、 総合学科高校としての 「共通」 部分をどう構築していくかを議論することは重要である。
- 「産業社会と人間」 を中軸とする総合学科づくり
総合学科高校における最大の課題は、 その取り組みの継続性にある。 普通科からの再編が多い神奈川の総合学科は、 専門教育の面で見劣りはするが、 それを補完するのは都市部にある 「強み」 を生かしたネットワーク機能であると思う。 ネットワーク機能は、 総合学科の生命線である。 それとともに総合学科の学習プロセスの中で、 教員自身が総合学科への理解を意識的に深めていく回路を作っていく必要がある。
私の経験で言えば、 1 年次における 「産業社会と人間」 の取り組みが、 その機能を担っていくのが一番良いと思う。 「産業社会と人間」 には、 職業理解、 ガイダンス、 体験的な学習、 研究・発表、 TT等、 総合学科での取り組みのエッセンスが盛り込まれており、 総合学科の学習スタイルを学ぶ絶好のフィールドと言える。 学習計画づくりをデザインする 「要の科目」 でもあり、 総合学科高校の教育活動の中軸に据えられるべきと考える。
現在、 学校現場はトップダウンによる教育改革で疲弊しきっている。 生徒にとって、 学校にとって本当に必要なものを取捨選択し、 学校が本来的に持っている 「教育力」 を再構築していく必要がある。 「 『産業社会と人間』 って何」 という素直な問いかけに応えられる、 持続可能な総合学科づくりがいま強く求められている。
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