神奈川の高校教育の課題 再編の10年を振り返って |
乾 彰 夫 |
問題提起 討論の最初に 神奈川の改革は、 東京・大阪など特に大都市部自治体で一連のかなり大規模な高校改革が進んだ、 その一環といえます。 あらためて神奈川のその出発点について、 当時の文書なども見ますと、 この改革の目的・趣旨、 大きくは二つのことが述べられていました。 ひとつは、 とにかく中学卒業者のほとんどが進学するようになって、 非常に多様な生徒が高校に来るようになっている。 そういう多様な生徒のニーズに幅広くこたえていく必要があるということです。 それからもう一つが、 少子化が進行している中でより良い教育条件を確保する、 そのために学校の適正規模を考える必要がある。 この適正規模についてはいろいろ議論がある 学校のタイプや学科・課程によってもそれは異なるはずで、 定時制のように小規模でないと丁寧な教育ができないようなところもある―ので、 あんまり一律に適正規模なんていう話にならないだろうというふうに思ってはいますけれども。 とにかく一応この二つのことが大きくは謳われていました。 改革の進め方 それで、 実際の改革の進められ方です。 主に今回の 『ねざす」 などに、 当事者になられた皆さんが書かれていること、 それから私自身のささやかな経験 長後高校が藤沢総合になる前の時期の改革について、 何度か訪問させていただいてその様子を拝見していました から見ると、 改革の進められ方としては東京などに比べると、 まだ現場からの改革という下からの改革の志向性が一定程度あるという感じがします。 もちろん様々な問題もありそうだ、 というところもありますし、 それから特に後期になるとなかなかそういう下からのというのが難しくなってきているようにも見えますが。 例えば、 私が拝見した長後高校の改革などについても、 当時は実際に、 今、 そこに来ている生徒たちに本当に必要な教育って何なのかというようなことから、 その議論というのは出発していたというふうに理解していますし、 その中でいろいろな学校設定科目なども作られて、 まあうまくいったものもあるし、 やや課題を残したものもあると、 私は個々の部分では見ていましたけれど、 全体として、 その教職員集団が目の前にいる生徒たちの問題を引き受けながら改革を進めていったということはすごく重要な点だっただろうと思います。 同じようなことが、 先ほどの山根さんのお話にありました県立川崎の全定一体というような取り組みなどにもあるなっていうふうに思います。 特に、 最近の東京の状況などを見ていてもつくづく思いますが、 学校を支えている教職員集団自体がどれだけ自主的に、 自分たちでもって学校を変えていける、 学校を作っているという、 そういう実感を持てるようなものであるかどうかが、 その学校の教育力全体にとってすごく大きいと思います。 たとえば私の大学なども上から無理やりむちゃくちゃな改革をさせられた中で、 それでも一番今の大学全体を支えているのは都立大学時代からずっといた教員たちなのですけども、 私も含めてある意味で意地で頑張っているところがあって、 あんなことをされちゃってこの大学つぶされてたまるか、 だけどたとえばこんな名前にさせられちゃってほんとのところやっぱりこの大学が今の状態でそのまま好きかと言われると、 うーん考えちゃう。 だから私の大学でいうと、 とにかく大学を支えて一番頑張っているのは、 今の大学が好きじゃない連中という、 そういう変な構造になっているんです。 これってやっぱり、 教員にとっても学生にとってもあまり幸福なことじゃないというふうに思います。 教師集団、 教職員集団が主体的に学校を作る可能性っていうものがどのぐらい今あるのか、 そこは後半の議論になるのかもしれませんけれど、 少なくとも東京と比べるとまだそういうものを残しながら改革がここまで進んできている、 そこは重要なところかなというふうに思います。 まずはコスト面の検証!? ただその上で、 じゃあこの10年間の到達点は何かということです。 そこのところについては、 もう少しいろいろな面から全体として見る必要があるだろうとは思いますが、 とりあえず今の段階で気づいた点についていくつか述べてみます。 実は、 今回のこれを準備する過程で、 研究所の方から、 県教委に教育庁が出した 「県立高校改革推進計画の取り組みと検証について」 という文書のコピーをいただきました。 これを読ませて頂いて、 いろいろと考えるところがありました。 ひとつは、 なんて言うのでしょう、 東京に比べて誠に正直な文書だというのが一番最初の感想です。 というのは、 どういう観点から検証がされているかというと、 コスト面及び教育活動面の観点からということです。 教育面よりもまずコスト面の方が先に来る。 もともと2000年前後の時期に始まった一連の大都市部での高校改革、 大阪もそうでしたし、 東京も実質的にはそういうものを持っていますし、 神奈川もそうだったと思いますけども、 裏にいかに財政面での削減を図るかというようなことが明らかにあったわけです。 しかし、 それがこれだけ非常に正直に書かれている文書というのを私は初めて見たという感じがするのです。 最初の方ではとにかくいくつ県立高校が減って、 人件費や運営維持費がどれだけ削減できたか、 その跡地をどこにいくらで売って、 その結果どれだけの経費が削減されたというような、 そういうことが事細かに書かれています。 こういう文書がこういう形で出てしまうってどういうことなのかなあ、 というのもありますけれど、 ただ私もいろいろと大学をめぐって東京都の担当者などとこの 5 〜 6 年やり取りをしていた経験から感じるのは、 これは今の神奈川の県政全体のスタンスの問題とすごく深く関係しているんじゃないかと。 やっぱりこういうことをどうしても県庁内にアピールしないといけないような状況に教育庁自体が今置かれているということも反映しているのかなあと。 やや親切な読み取りのし過ぎをしているかもしれませんけど、 そういう感じがしました。 問題は教育活動面の検証 ただその上で、 問題は教育活動面の総括、 検証です。 そこのところについてもずいぶん、 いろいろな数値が出されています。 たとえば、 一番最初に挙げられているのは、 志願倍率がどういうふうに変化したか、 特に新しいタイプの学校で全体として志願倍率が上がっているというようなことが書かれています。 その次に、 進路状況について、 新しいタイプの学校でどういうふうに進路状況が改善しているか、 特に、 大学進学などがどのぐらい伸びているか、 あるいは新しいタイプになったことでそれ以前の母体校と比べた時に進路未定者の割合がどのぐらい減っているか、 いうようなことが挙げられています。 3番目に、 新しいタイプの学校で、 中退率がどのくらい減っているかと。 これも確かに、 見ると新しいタイプが母体校と比べるとだいぶ中退率が減っているという数字が出ています。 これで見ると確かに、 新しいところはなかなかうまくいっているように数値的には見えます。 ただ非常に気になるのは、 でも、 この10年間の改革計画というのは、 別に新しいタイプの学校だけを良くすることを目的にしているわけではなくて、 県立高校全体をどういうふうに良くしていくのかというか、 そういうことが目的であったはずだろうと思います。 もちろん神奈川の場合に公立高校といっても県立高校だけじゃなくていくつかの市立高校があることも存じ上げていますし、 それから私立高校がかなりの割合を占めていることは存じ上げていますけれども、 県教育委員会というのは単に県立高校にだけ責任を持つというわけではなくて、 神奈川県の高校教育全体に対してある責任を持つ、 イニシアチブを少なくとも取るという位置にあると思います。 そういうふうに見るとどうなるか。 そんなことで若干の資料を作ってみました。 この改革が始まる2000年と、 それから一番新しい数値、 だいたい神奈川県の公立高校全体がどういうふうに変わっているのかというようなことをちょっと見てみました。 (資料は次頁) 高校卒業者の進路 最初が高校卒業者の進路です。 これで見ると、 2000年の 3 月の段階で、 神奈川県全体では大学などへの進学率が47.6%、 神奈川県の公立高校だけだと40.5%。 ということで、 全国平均が45%でしたので、 神奈川の公立高校の大学短大への進学率はこの時点では全国平均よりもちょっと下回っているという状況がありました。 それに対していわゆる進路未定率ですね、 「一時的な仕事」 あるいは 「左記以外」 というふうに学校基本調査ではカテゴライズされていますけれども、 これが大都市部の方がどちらかというと非常に高くなって、 特に東京と神奈川がずっと高いという傾向は一貫してあるんですけども、 そういう中で、 神奈川県平均で15.1%、 それから神奈川県の公立ですと16.4%というのが2000年 3 月の卒業者の数字でした。 それが、 2009年 3 月で見ますと、 神奈川県全体では、 まず大学短大の進学者でいうと61.2%、 神奈川県の公立ですと54.6%、 全国平均が53.8%ですので、 神奈川県の公立高校の卒業者だけで見ても全国平均を若干上回る割合になっている。 神奈川県全体でも大学進学率は高まっていますけれども、 とりわけ神奈川県の公立高校の進学者の割合というのはこの 9 年間で、 神奈川県全体の平均を上回る割合で上昇しています。 ですから確かに、 この改革の期間を通して、 公立高校の大学進学者の割合というのは上昇しているというのが、 この数字から見えます。 それに対して進路未定の割合がどうなっているかというのです。 2009年の数字では、 神奈川全体ですと 9.2%、 公立高校は11.4%、 全国平均が 6.5%ということです。 進路未定者については全国的にもだいたい 3 分の 2 、 9 年前の65%に減っている。 その中で、 神奈川の公立高校について見るとどうかというと、 確かに 9 年前よりはだいぶ減ってはいるのですけれども、 ただ、 9 年前の数値との関係でいうと69%ということで、 全国平均と比べると減少率が少ない。 つまり進路未定で卒業する者の割合は、 全国平均に比べて高いというだけじゃなくて 9 年前から比べて全体として低下傾向にある中では、 その低下の割合がやや小さい、 まだ高止まりしているというのが、 神奈川の公立高校の数値だと思います。 中学卒業生の進路保障 それから、 2 番目のグラフは、 神奈川県の公立中学校卒業者の進学率です。 これは実は、 私のグラフよりは 『ねざす』 44号の中で保永先生がかなりもっと詳しく、 学区別・地区別の数値を出されていますので、 そちらの方がおそらく細かく見るには正確です。 このグラフで見ますと、 2000年の 3 月、 改革が始まる時期の神奈川県の公立中学校の卒業者全体で見ると、 91.7%が全日制の高校に進学していました。 定時制が2.0%、 それから特別支援学校の高等部が0.6%、 通信制が2.5%、 ということでした。 今年 (2009年) の 3 月ですが、 高校進学率全体は、 通信制まで含めるとやや上がっています。 ただ内訳を見てみると、 全日制高校の進学率は88.5%ということで90%をかなり下回っている。 定時制が3.9%、 それから通信制が3.8%ということで、 定時制と通信制の割合が非常に高まっているというのが特徴です。 定時制については、 例えば川崎高校の全定一体の取り組みがあるとか、 それから他のところでもいくつか午後から授業が始まるような定時制の新しいタイプのものができている、 そういう意味では改革前のほとんどすべてが夜間定時制というのからは若干様子は変わっているという問題はあるかもしれません。 しかしそれにしても、 定時制の割合が倍に増えているというのはどういうふうに考えたらいいのかなということ。 それからそれ以上に大変気になるのは、 通信制がとにかくこれだけ増えていることです。 神奈川の場合、 これまでの数値を見ていると、 通信制の生徒数の数は、 歴史的に一貫して多いは多いですよね。 公立の通信制でいうと、 全国一の数でずっときたと思います。 ただ、 この改革が始まる前までだと、 少なくとも公立中学校を卒業してそのまますぐにストレートに通信制高校に行っている生徒の数はそれほど多くなかった。 それがむしろこの10年の間に、 ストレートに通信制に行く生徒の割合がかなり高まっている。 高校中退 3 番目に、 一番下のグラフは高校中退率です。 高校中退率についても、 先ほどの検証資料では、 とにかく新しいタイプでは劇的に中退率が減っていると。 新しいタイプでは、 その前が4.62%だったのが、 再編後には2.36%ということで、 ほぼ半分に減ったと、 いう数字が出ています。 それから神奈川県の全日制の県立高校の平均でも、 2.12%から1.77%にこれだけ減っていますという数字が出ている。 ただこれも全国平均と比べてみるとどうなのか。 グラフの方を見ていただくと、 3 つの折れ線、 一番上が神奈川県の公立高校です。 これ全定両方含んでいます。 それから 2 番目が全国の公私立全部を含めた平均の中退率です。 それから一番下、 途中からは 2 番目と重なっていますが、 これが全国の公立高校の中退率です。 見ていただくと、 2000年の時が、 神奈川が 2.9 %、 それから全国平均が 2.6 %で全国の公立高校平均が 2.5 %だった。 そのあと、 だいたい上がり下がりはほぼ全国平均と神奈川とほぼ同じような動き方をしていますが、 結果として一番新しいデータ―中退率については2007年までしか今出ていませんが―で見ると、 神奈川公立の数値が 2.7 %、 それで全国平均、 全国公立高校平均両方とも2.1 %ということです。 つまり、 これで見ていただくと一見してすぐわかるのですが、 2000年から比べれば確かに神奈川の数字も全国平均の数字も両方とも下がってはいるのですが、 下がり方を見るとむしろ全国平均と神奈川のとの間の差は、 この8年間で大きく開いてきている。 つまりやっぱり中退率も全国平均の下がり方に比べると、 残念ながら下げ止まりしていると、 いうのが神奈川の公立高校の状況なのです。 多様なニーズに応えられたのか そうすると、 この改革の最初に挙げられていた目的、 高校に進学する生徒が非常に多様になってきて、 多様な生徒のニーズに幅広くこたえていく柔軟なシステムを県立高校全体として作っていくと、 そういううたい文句だったわけですけども、 以上見てみると、 少なくとも大学進学を希望する層については一定そういうことがこたえられつつあるような数字の結果になっている。 しかしそれ以外の、 さまざまな困難を抱える生徒にとっては、 果たして本当にそういう多様なニーズにこたえる柔軟なシステムというものが県立高校全体として対応できたのかどうなのか。 そこのところが、 やっぱり一つ、 検証してみなければいけない課題としてあるのではないか、 そういうふうに私は思います。 授業料無償化と高校のあり方 最後に、 そういう中で今こういう問題をどういうふうに考えていったらいいのかです。 民主党鳩山内閣になって、 高校の授業料無償化ということがとにかく来年から始まるということになりました。 それも直接給付じゃなくて間接給付方式になった。 つまり、 公立高校に行っている生徒については、 要するに来年の4月からは授業料を払わないでよくなる、 無償になる。 まだ民主党政権もうたってはいませんけれども、 このシステムの考え方をずっと詰めてくと、 結局少なくとも希望者全員の高校進学を基本的には保障する、 そういう考え方に行きつくことになると思うのですね。 そうすると、 そういう本当に希望するすべての生徒を受け入れてその教育に責任を持つ高校教育のあり方、 というようなことが、 もう一回非常に強く問われる状況が今、 再び浮かび上がってくるんじゃないかなっていうふうに思います。 そういう意味での多様なニーズを幅広くというような視点をもって、 この10年を総括しながら、 神奈川県の高校教育をもう一回今の段階でとらえ直していくということが、 大きい課題ではないかと思います。 とりあえず以上のようなことを申し上げて最初の問題提起とさせていただきます。 教育討論会の終わりにあたって 定時制・通信制の問題については、 数字では確認していたのですが、 やっぱり改めて相当深刻な問題だと感じました。 とにかくいろいろなことをとばして、 すごく大雑把な乱暴なことだけ言います。 今とにかくそういう困難な状況が広がる一方で、 ただもう一方の側で、 世の中の流れを大きく見ると、 まあ混乱しつつだけれどもちょっと潮目が変わっている部分もあるような気がしています。 つまり10年間、 神奈川もそうでしたし、 それから東京もそうでしたし、 全国すべてそうでしたけれども、 とにかく高校改革は、 ほんとにネオリベ (新自由主義) 的というか市場原理主義的というか、 とにかくそれでもって徹底してやっていくというような、 それ以外にはとにかく正しい方法はないのだという進められ方でした。 これはある意味、 グローバルな世界全てにおいてそういうのがこの10年間であったと思うのです。 しかし、 幸か不幸か、 去年の秋以降の状況で、 何かそのころ旗を振っていた経済学者にも反省した人もいたみたいですけれども、 ちょっとそういうことだけでいいのだろうかと、 多くの人たちの中でいろいろな疑問が出てきている。 そういう状況の中でもう一度問題をたてなおして議論していくのかということが、 今、 重要なことになっているのではないかな、 というふうに思います。 また、 教員の世界だけでない、 広い議論の場にどういうふうに押し出していくのかということも、 すごく大きい工夫の仕方として考えなければいけないのではないか思います。 あともう一点だけ。 神奈川もうそうでしょうし東京もそうですけれども、 とにかく教員の世界に大きな世代交代が今起こりつつあるだろうと思うのですね。 率直に言ってずっと見渡して、 この会場にも私とだいたい同じ世代ぐらいの人たちがけっこうたくさんいて、 この人たちはやっぱりそう長くはいないだろうと。 そうするとそのあとを担っていく人たちがどういう形で、 さっきからここでも議論されていたように、 自分たちで主体的にやっていかない限りはもうとにかく疲れ切っちゃう。 では次の世代が自分たちで主体的になれるためには何が必要なのか、 そこがもう一つの隠れた課題なのではないかなっていうことを一言申し上げて、 終わりにしたいと思います。 (この文章は、 教育討論会での発言を手直ししていただいたものです。) |
(いぬい あきお 首都大学東京・東京都立大学) |
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