●小特集●仕事・職業・労働を教える

高校の授業で模擬団交をやりたい
 
清 水 直 子

 「泣き寝入りしないためのフリーター労働入門」 と題した高校の授業で、 私は、 間もなく学校を出る生徒さんたちに、 次の 3 点だけは覚えておいてほしいと話した。
  • 簡単にクビにはできない
  • 社長が正しいとは限らない
  • 働く条件は変えられる。 力を合わせて

フリーター労組の活動の中で
 一通の携帯メールで飲食店を即日解雇された。 IT系企業で 1 ヶ月の労働時間が400時間を超えたが、 残業代が 1 円も支払われなかった。 水商売の業界の常識だからと退店した月の給料を払ってもらえない。 アルバイトで長期に清掃の仕事をしていたが、 社会保険の加入を希望したら解雇された。 さらには、 契約期間を残して派遣切りに遭い、 仕事も家も失った  私は、 日々、 フリーター全般労働組合でこんな相談を受けては、 会社に交渉を申し入れたり、 生活保護の申請に同行したりしている。
 フリーター労組は、 プレカリアートが中心の個人加盟の労働組合。 プレカリアートというのは、 弱肉強食の新自由主義経済の下で不安定な労働者や生活を強いられる人たちという意味の造語で、 中小零細企業の社員も請負で働く労働者も仲間だ。
 組合員は約250人で、 圧倒的多数は年収180万円以下。 組合費を年収に応じて安く設定していることもあり、 現在は、 有給の専従はいなので、 十数人の役員などが手弁当で交渉を担当している。
 仲間の多くは、 労働や生活の不安定と精神的な不安定の二つの不安定さと向き合っている。 働く期間を短く区切られる有期雇用、 派遣など間接雇用の拡大により、 使い捨てが前提の仕事を転々としてきたため、 職場で丁寧に仕事を教わることで徐々に仕事ができるようになり、 自信や意欲を持つ、 という循環から縁遠いことが多い。
 一方で、 簡単な指示だけで要求に応えることが求められる。 その上、 現在180万円の年収が、 この先、 40代、 50代、 60代になっても親が死んでも上がる見込みはない。 そんな経験や先行きの見えなさから、 気持ちが不安定になりやすかったり、 人を信頼しにくい仲間もいる。 それでも、 労組の活動が、 交渉によって自分のおかれた状況を変えられる、 仲間と力を合わせて奪われたものを取り戻すことができる、 と実感できる場にもなっている。
 さらに、 労組の住宅部会が中心になって、 低所得の仲間が助け合って住まう 「自由と生存の家」 を作った。 私は、 ここの運営を行う自由と生存の家実行委員会 (一般社団法人化準備中) にも参加している。 これにより、 住居を確保し、 生活相談の機能をもたせ、 仕事づくりの活動もできるようになった。
 生きるために、 つながること、 やり返すこと、 助け合うこと、 変えること。 労組は、 そのハブ<結節点>だ。 無縁社会と言われるなかで、 フリーター労組や自由と生存の家は、 新たな縁だと思っている。
 そんな経験を通して、 不安定な働き方を余儀なくされる今だからこそ、 生徒さんたちに知ってほしかったのが冒頭の三つのことだ。
「簡単にクビにはできない」 というのは、 合理的な理由がない解雇は無効ということを通して、 働く上での権利や労働法を知ることの大切さを表している。 何かあったときに、 インターネットで調べてみたり、 知人に相談したり、 とにかく自分だけで抱え込んで泣き入りしてしまわないように、 そんなきっかけになればと思った。
 ただし、 法律や権利を知っているだけでは十分ではない。 そこで、 「社長が正しいとは限らない」 と 「働く条件は変えられる。 力を合わせて」 を挙げた。
 学校生活のなかで、 先生の言うことを聞くということを身につけて、 同じように社長や上司の言うことには従うものだと思いこんでしまうと、 自分の身を守れない。
 さらに、 知っているだけでは不十分なのだ。 解決する手段について実感がないと身体が動かないということがある。
 私は、 今年37歳になるが、 ストライキで電車が止まったということに遭遇したことがない。 ストライキというのは、 労働者が、 団体交渉をしたり、 争議権を行使したりすることで、 働く条件を向上させたり、 問題を解決したりできるということを知るいい機会なのだが、 私より若い世代はなおのこと、 そんな場面に出会うことは少なくなった。
 だから、 交渉によって問題を解決できる、 仲間と力を合わせて働く条件を変えていけるということも、 権利や法律の知識と合わせて、 ぜひ、 実感してほしい  できれば学校にいるうちにその機会を作ってほしい  と常々思ってきた。

模擬団交の試み
 昨年、 願いを叶える機会をいただいた。 冒頭の高校の授業では、 法律や権利について、 労働組合の取り組みについて話をさせてもらったのだが、 ある大学の講義のなかで、 「労働トラブル解決のためのロールプレイ」 と題して、 「高校のキャリア教育の授業で模擬団交をやる」 ということを想定した寸劇を演じ、 若干の話をさせてもらったのだ。 寸劇の所要時間は20分。

<配役>アルバイトを解雇されたA、 店長B、 労基署相談員、 組合役員D
<小道具>ゼッケン:A 3 用紙の 「アルバイト」 「店長」 「労基署」 「組合」 と大書したゼッケンをつける。 机とイス。

労基署相談員C、 組合役員Dは、 机で待ち構える。

〈場面〉解雇されたアルバイター登場

アルバイトA:どうしよう、 もう明日からアルバイトに来なくていいなんて。 2 年も働いていたのに。 風邪を引いたから、 きちんとお店に連絡して 2 日休んで、 休み明けに出勤したらこれだよ。

(中略)

〈場面〉アルバイトA、 労働組合のドアをたたく。
組合役員D、 迎え入れて机に座る。
アルバイトAも着席する。

組合役員D:こんにちは。 どうしましたか?
アルバイトA:ええ。 アルバイトをクビになって。 2 年も働いていたのに、 風邪で 2 日休んで休み明けに出勤したら、 風邪で休むような人は店長に明日から来なくていいって言われたんです。
労組役員D:それはひどいですね。 そんなの解雇の理由にはなりませんよ。 取り消させましょう!
アルバイトA:しかも、 連絡してから休んだのに、 ペナルティとして 1 日につき5,000円を 2 日で10,000円分、 今月の給料から引くっていうんです。
組合役員D:そんな違法行為は許されません。 やめさせましょう。 ほかにも問題がありそうですね。 残業代は割り増しも含めてきちんと出ていましたか。 1 日 8 時間を超えて働いた分と、 1 週間に40時間を超えて働いた分は、 通常の時給の 2 割 5 分増しにしなければならないんです。 夜10時から翌朝 5 時までは深夜割り増しを払わなければならないし、 週に 1 日の休日に働いたら休日割り増しを払わなければならないんですよ。
アルバイトA:1 日 8 時間を超えて働いた分も夜10時以降に働いた分も、 普通に時給分は払われていますが、 割り増しっていうのはもらったことがないですね。
組合役員D:それも、 過去にさかのぼって請求しましょう。 雇用保険には入っていますか? 雇用保険に加入していれば、 退職したときに、 失業給付というお金を受け取ることができますよ。 健康保険や厚生年金には入っていますか? 有給休暇は取れましたか?
アルバイトA:アルバイトは加入できないと言われて、 雇用保険っていうのには入っていないです。 健康保険や厚生年金も社員じゃないと入れないと言われてそれきりです。 有給休暇もうちの店にはそんな制度はないと言われました。
組合役員D:雇用保険は 2 年前までさかのぼって加入できますよ。 加入期間が長い方が、 受け取る給付額も多くなりますからね。 健康保険も厚生年金も、 保険料や掛け金のほぼ半分は会社が負担するので、 自分だけで保険料や掛け金を国民健康保険や国民年金より、 得なんですよ。 健康保険に入っていれば、 万が一、 プライベートのけがや病気で働けなくなったときも、 傷病手当金といって、 給料の 6 割程度を健康保険からもらいながら休める制度もあるんです。 国民健康保険にはこの傷病手当金はありません。
 それから有給休暇は法律上の権利ですから、 うちの店にはそんな制度はないなんて通りません。 ほかにご心配なことはありますか。
アルバイトA:貯金もないし、 来月の家賃を払えるかどうかも分からなくて困ってるんです。 少し前から、 店長にいじめられてうつっぽくなってるんです。 病院にも行きたいんですけどお金がなくて行けないんです。
組合役員D:うーん。 それも困ったことですね。 職場のいじめ、 つまりパワーハラスメントは会社の安全配慮義務が問われることで、 防止するのは会社の責任なんです。 それも改善させるよう交渉しましょう。 生活費ですが、 手持ちのお金もなくなって、 家賃も払えないようなら、 私たちが福祉事務所に同行して、 生活保護の手続きをすることもできます。 生活保護以外にも今なら、 住宅手当緊急特別措置事業というのがあって、単身で月53,700円の家賃補助を行う公的制度もあります。 その前に、 交渉で解決したいですけれど、 もしものときには、 使える制度を使って乗り切りましょう。
アルバイトA:本当ですか。 助かります。
組合役員D:会社と交渉するには、 組合に加入してもらう必要がありますが、 よろしいですか。 労働組合は、 働く人どうし助け合う組織です。 役所で手続きしたり、 弁護士にお金を払ってお任せしたり、 便利屋さんに頼むのとは違います。 あなた自身が、 自分の問題を解決しようと会社と向き合うなら、 私たちはあなたを一緒に支えて闘います。 あなたよりは多少の経験があるので、 実際の会社との交渉では、 私たちが話すことが多いかもしれませんが、 あくまでもあなたの問題を解決する主役はあなたです。 それから、 あなたの問題を解決するのに、 ほかの仲間は助け合いのために動きます。 ですから、 あなたも、 自分の問題が解決したら、 できるだけで結構ですから、 新たにやってくる仲間のために動いてください。 組合はそうやって回っているんですよ。
アルバイトA:分かりました。 私と一緒に会社と交渉してください。
組合役員D:では、 会社に加入通知書と団体交渉申し入れ書を送りましょう!

〈場面〉 アルバイトA、 組合役員D、 一度退場。

〈場面〉 店長B、 着席。

アルバイトA、 組合役員D、 登場して着席。

組合役員D:フリーターユニオンのDと申します。 加入通知書にもある通り、 Aさんが私たちの組合の組合員になりました。 今後、 Aさんの雇用、 労働条件については、 組合と交渉していただきます。
 さて、 何月何日、 Aさんに明日から来なくていいと即日解雇したのは本当ですか?
店長B:ほ、 本当だ。
組合役員D:風邪をひくような人は、 クビだと言ったそうですが、 そんなことが解雇の正当な理由になると考えているんですか。
店長B:そ、 それは、 アルバイトだから……。
組合役員D:アルバイトだからかどうかは関係ありません。 正社員だろうが、 アルバイトだろうが合理的な理由無しに解雇なんてできません。 不当・違法な解雇ですから、 解雇は撤回してください。
店長B:あ、 ああ。
組合役員D:風邪で休んだ日についてペナルティとして給料から 2 日で10,000円引くなんて、 完全な違法行為ですから、 絶対に認められません。 それから、 Aさんの時間外労働の賃金の割増分が支払われていません。 過去にさかのぼって全額、 288,500円を支払ってください。 支払わなければ労働基準法違反ですよ。 それから、 雇用保険、 健康保険、 厚生年金にも加入させてください。 雇用保険は 2 年前にさかのぼって加入手続きをしてください。 要件を満たしていれば加入義務ですから、 逃れられませんよ。 そうそう、 有給休暇は法律上の権利ですから、 うちの店では取れないなんてことは通じませんから。 労働者が希望する日に有給休暇を取得させてください。
店長B:は、 はい。
組合役員D:それから、 解雇は撤回するんですね。 では、 Aさんは明日から今まで通り働きます。 あなたがクビだと言ってから今日までのこの 1 週間分の賃金は支払ってください。 店長、 これまで、 あなたからAさんに対するパワーハラスメントの事実があったと認識しています。 謝罪をして二度とそのようなことがないように約束してください。 今後、 Aさんが安心して安全に働けるように、 この件については、 継続して団体交渉の議題として追及していきます。
店長B:すみませんでした。 気をつけます。

〈場面〉アルバイトA、 組合役員D、 店から外に出る。

アルバイトA:Dさん、 私、 労働組合がここまで力になってくれるなんて思ってもいませんでした。 同じ店の人や友達にもこの話をします! 今度、 相談に来る人がいたら、 私も力になりたいです!
組合役員D:それはよかった。 これからは、 同じ職場で仲間を増やして、 時給を上げるよう交渉することだってできますよ。 私たちのような個人加盟の組合は、 いろいろな職場に仲間がたくさんいます。 一緒にがんばっていきましょう。

 要素を詰め込み過ぎてしまったので、 台本をもうすこしシンプルにしたほうがよかったという反省はあるが、 講義を聴いてくれた学生さん、 演じてくれた学生さんも概ね楽しみながら、 新たな視点に触れてもらえたようだった。
 これからも、 教職員の労働組合、 研究者、 教育問題に取り組む市民団体の方たちと協力し合いながら、 生きる上で必要な働く上での権利や法律知識と、 それを実現するための方法について、 生徒さん、 学生さんたちに伝えていきたい。

しみず・なおこ
 フリーライター。 フリーター全般労働組合執行委員。 前年度委員長。 1973年生まれ。 著書に 『自分らしく働きたい―だれもが自信と誇りをもって』 (大日本図書・09年)、 『おしえて ぼくらが持ってる働く権利』 (合同出版・08年)、 『新版 知らないと損するパート&契約社員の労働法』 (東洋経済新報社・05年)。 共著に 『フリーター労組の生存ハンドブック』 (大月書店・09年・共編著)、 『ほっ とする生理痛の本』 (築地書館・02年) など。
ライター清水直子のブログ http://shimizunaoko.cocolog-nifty.com/blog/

 (しみず なおこ ライター、 フリーター
全般労働組合執行委員)
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