「学校改革」 は希望を語り合うこと
 川崎高校の場合
 
山根 俊彦
  1. 再編準備段階から開校へ 
      「旅行の楽しみは、 あれこれ想像しながら計画を立てる時の方が、 実際に現地に行ったときの楽しさよりも大きい」 と言われることがある。 今から振り返ると、 学校再編もそれと似たところがある。 「理想の学校づくり」 のために、 それぞれの教育観をぶつけ、 あれこれ意見を闘わせていたあの時代が、 大変だったけど一番楽しかったと。
     10年前の夏、 前期再編計画が発表され、 再編校への異動希望を出して、 翌年 4 月運良く川崎南へ転勤。 そして 1 年目から、 あれこれ出しゃばって、 再編の仕事にかかわらせてもらった。 思い起こせば、 最初の 3 年間が一番面白かったかも知れない。 下から論議を積み上げて物事を決めていた。 能率は悪く時間はかかったが、 とても民主的で、 忙しい忙しいと言いながらも、 みんなで楽しく学校づくりをやっていた気がする。 しかし、 開校準備室ができてからは、 現場の意見が通りにくくなってきた。 時間がないせいもあるが、 準備室の権限が強くなり、 多くのことが準備室で決められるようになった。
     そして2004年 4 月開校。 2 つの学校が 1 つになるのだから、 「文化の違い」 を乗り越えるのが大変だった。 新校の校名が 「川崎」 になったこともしこりとなっていた。 ただ、 川崎・川崎南の場合は、 ワーキンググループなどで、 対立しつつも結構率直に論議をしていたからか、 困難に力を合わせて対処してきたような気がする。 しかし、 降って沸いてくる仕事を次から次へとこなすのが精一杯で、 新校を楽しむどころではなくなる。 「理想の学校づくり」 の論議もどこかへ行ってしまい、 ある程度軌道にのったら、 現状を維持することだけを考えがちになる。 私などは経過がわかっているから大変さも我慢できるが、 形ができてから転勤してきた人たちは、 何のためにやっているかわからずに、 とにかく走らされているという感覚であろう。
  2. 「フレキ6年目に向けた論議」 の中で
     職員が大幅に入れ替わり、 新校準備過程からいる人が少なくなった昨年度、 学校全体で 「フレキ 6 年目に向けての論議」 を行った。 新校開校から 5 年たち、 いろんな課題も出てきており、 フレキシブルスクール第 2 ステージに向けて飛躍するための見直し論議という位置づけだった。 開校後の 5 年間を総括しつつ、 第 2 ステージを迎えるための 「騒然たる教育論議」 を行ったことになる。 ただ、 問題点は山ほど指摘されたが、 その解決策がいまだ形にならないでいる。
     単位制と学年制の関係、 全定一体化の意味、 系の科目をどうしていくか、 などなど、 新校設置計画の根本に関わるような様々な課題が出されたが、 それらの課題の根底には、 「多忙さの解消」 というテーマがあった。 忙しさの中で、 あれもこれもやらなければならず、 改革のための会議を行うために、 さらに多忙になるという矛盾を抱えての論議だった。
  3. 単位制と学年制
     単位制ゆえの履修指導、 チューター、 系の科目、 年次を超えた授業などを行う一方で、 文化祭、 体育祭、 研修旅行などは年次、 クラス単位で行われ、 成績処理、 三者面談や進路指導、 生徒指導など学年制の学校で行っている一通りのことをやらなければいけないため、 仕事量が膨大になると同時に、 「単位制」 の特色が中途半端になっている。 この中途半端さを解消するためには、 大胆な改革が必要だが、 今の忙しさの中でそれが難しく、 矛盾をかかえたまま流れているというのが現状である。
  4. 系の科目
     どの再編校でもそうだと思うが、 新校準備の最初に決まったのが 「系の科目」 である。 当初から予想されていた通り、 担当予定の人が開校時にすでにいなかったという科目もあり、 担当者の転勤で、 その科目を誰が引き継ぐのかが大きな課題になっている。 「誰でも担当できる科目」 にすればユニークさが薄れるため、 特色ある科目の継承方法と、 閉講にする科目、 新たに起こす科目をうまく回転させていく事が課題となっている。
  5. 「全定一体」 の理念
     本校の最大の特色は、 「全定一体」 の学校をめざしていることであろう。 授業を、 全日・定時の生徒が一緒に受けていることはもちろん、 入学式、 文化祭、 体育祭、 そして研修旅行なども全定一体で行っている。
     何が大変かというと、 放課後のない学校なので、 打ち合わせ時間が取れないことであり、 また、 生徒対応の時間がないことである。 火曜日と木曜日の 4 校時 (90分) を会議日にして、 グループ会議、 企画会議、 職員会議 (終了後に年次会) を順番に入れ、 各種研修会を随時この時間帯に入れている。 すべて全定職員合同である。 それ以外の会議、 たとえば、 研修旅行の準備のための全定合同の会議、 体育祭を行うための打ち合わせなどは、 行う時間帯がないのである。 また、 放課後がないため、 一斉の生徒対応ができるのは、 水曜日のLHRの時間帯しかなく、 当然全定一緒に指導はできない。
     こんなに苦労して何のために全定一体を行おうとしているのか、 というのが多くの職員の偽らざる気持ちである。 全定一体の目的は何なのか? 「新校設置計画にあるから」 という以外に、 きちんと説明があったことはなく、 また理解のための論議もしてこなかったように思う。
     もし、 成績による 「輪切り」 を超えて、 全日制生徒の偏見や定時制生徒の劣等感を克服し、 様々なタイプの生徒が 1 つの学校で 「共に学び合う」 ということが目的ならば、 他の事を削ってでも、 この目的の達成のための創意工夫を優先する必要がある。
  6. 改革の志を持続させるために
      『ねざす』 36号 (2005年12月発行) の座談会で、 私は 「学校改革が成功するかどうかは、 現場の教職員一人ひとりの情熱がいかに持続できるかにかかっている」 「トップダウンはマイナスにしか働かない。 教員のやる気をいかに引き出しながらやっていくかと言うことが管理職にも求められるし、 私たちも情熱を失わないように留意しなければいけない」 と発言している。 この考えは今でも変わらない。 もし 「企画会議で何でも決め、 他の職員はそれを実行するだけ」 という役割分業になったら、 学校改革は成功しない。 一番楽しい旅行の計画を他の人が決め、 人の決めたパック旅行につきあわされるのと同じだからである。 「ボク決める人、 ワタシやらされる人」 という役割分業を学校に持ち込んだら、 学校は死んでしまう。 すでにそうなりつつある学校もあるようだが、 これを 「効率的」 と考えているとしたら、 大きな勘違いである。
     学校づくりに関われないと面白くはない。 また、 すでに決まっていることを維持するだけでもつまらない。 楽しく、 面白くなければ情熱は沸かない。 職員に情熱がなければ学校改革は成功しない。 一人一人が主体的に学校づくりに参画することが必要である。 学校改革に 「終了」 はない。 岩村前校長は 「フレキシブルスクールには完成形などは存在せず、 本校は毎年新しい学校に進化し続けることが求められているのである。」 (2007年 3 月、 『川崎高校研究紀要』 第 1 号) と言われているが同感である。
     しかし、 進化し続けるためには、 職員一人一人が学校改革に参画できる体制を作る必要がある。 多忙さのため今は職員に余裕がなさすぎる。 変えることはエネルギーがいる。 忙しくてもまだ現状維持の方が楽なのである。
     よく引用されるフランスの詩人ルイ・アラゴンの 「教育とは希望を語ること」 というフレーズがある。 今、 学校現場に希望があるのか? 管理が強まり、 職員が疲れて希望を持てなくなっている。 少なくとも、 再編に伴う学校改革の時には、 希望を語り合ったと思う。 現場の私たちに、 夢や希望を語り合いつつ 「理想の学校づくり」 の論議ができる場と余裕を保障しない限り、 学校改革は成功しないだろう。
     
(やまね としひこ 県立川崎高校教員)
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