「環境管理社会」

 
教育研究所代表 佐々木 賢

 管理のシステムが変わってきた。 従来は閉鎖空間に見張りをつけて統制や管理をしたが、 今は監視カメラやセキュリティ・システムで管理する。 環境を整え、 人に意識させずに管理するから、 これを環境管理と名付ける。
 昔は人の居場所の境界を明確にしたが、 今は境界を取り払っていく。 病院では開放病棟があるし、 在宅介護も進む。 工場や事務所に通勤せずに、 SOHOという在宅勤務やネット会議もできる。 学校という限られた場より、 生涯学習を強調し、 通信教育も流行ってきた。 観点別評価なども評価基準が明確ではない。 教員免許を持たない、 社会人教師がいて、 特定の高校を卒業しなくとも、 高卒認定テストがある。
 昔は実質的な個人を管理したが、 今は分割可能な個人、 つまり取り替えの利く個人を管理する。 昔は家庭や学校や職場でその個人が誰なのかが分かっていたが、 これからは暗証番号やID番号、 パスワードや住基ネットで確認し、 コントロール群としてDNAサンプル等をデーターバンクに登録する。
 前々回の巻頭言 (ねざす42号)で、 イギリス政府がDNAサンプルを集め始めたことを紹介したが、 同政府は全国一斉テストの14歳生徒の全成績データーのIT化が終わったと発表している (ロンドンタイムズ08年 2 月13日)。 全国一斉テストの成績、 退学歴や学校追放歴が一目で分かり、 そのデーターは企業や学校や軍隊が利用できる。
 教育関係資料のIT化では韓国が進んでいる。 同国では2003年から2006年にかけ、 NEIS (全国単位教育行政情報システム) という事業が進められた。 教育に関するあらゆる事項をITデーターベース化するものである。 行政側の情報として、 人事や給与、 財政や施設等の細かな項目が並んでいるが、 生徒や学生の情報としては、 さらに細かな項目がなんと1800項目もある。 (尹賢植 「新自由主義の前に屈した教育理念〜韓国NEISの反教育的性格〜」 『現代思想』 03年 4 月号)
 姓名・年齢・学校歴・趣味・特技の項目は、 ある程度のコンセンサスが得られるかもしれないが、 「対人関係」 「適応能力」 「学校への寄与」 「授業態度」 などの項目もある。 これは評価が絡むので、 誰がいつ、 どのような基準で評価したかが問われる。 「認知や発達」 とか 「成績変動」 の項目では、 時間的経過を追って個人が見つめられ、 「発達」 が強要されている。 また 「相談記録」 や 「給食」 の項目があり、 これは守秘義務との関係も問われる。 何を相談し、 何を食べたかが記録に残るから、 プライバシーがどうなるか。 それに 「賞罰」 「兵役」 「犯罪記録」 の項目は、 国への忠誠心が暗に求められている。
 保護者については30項目あり、 そこで 「学歴」 や 「支持政党」 まで調べられている。 学歴を調べると出身階層が分かる。 支持政党を調べると思想信条が分かる。 無論、 調査なのだから、 それが 「良いか、 悪いか」 を問うているわけではないが、 一見、 中立を装ったデーターの裏に、 誰が何故、 それを知りたがっているかを考えると、 薄気味が悪い。
 その薄気味悪さはどこからくるのか。 それは 「神」 のような存在の誰かが、 天上から、 全ての人々の行いや営みを隈なく監視しているかのようだからだ。
 人の居場所は衛星を使ったサテライト・システムやユビキタス・ネットで探れるようにする。 刑務所が一杯になると、 受刑者にチップをつけ、 街に出すことができる。 子どもが何処にいるのか親に分かるキッズ携帯はその走りだ。
 昔は個人の役割があったが、 今は役割意識が廃れた。 というのも個人の欲望に従って、 環境が整備されるからだ。 学校選択の自由があり、 本人や親や教師が地域の学校を育てる必要がない。 教師は子どもの欲望や空気を読む能力 「KY」 やカウンセリング・マインドが求められる。 それを強く求めた親がモンスターペアレントと呼ばれる。
 昔は子どもに服従を求めたが、 これからは身体的反射作用を調教し、 欲望を操作し、 本人が意識しないまま一定の行動をさせる。 出産の時にChoosing-inという方法で、 初期の胚受精卵を選択し、 好ましい遺伝子を子宮に戻し、 Screening-outでは悪性遺伝病をもつ子を中絶してしまう。 中国では一人っ子政策が行われているから、 男の子の方が沢山生まれてくる。 女の子が少ないと、 将来どうなるか。
 昔は教育やしつけが大切だといわれてきたが、 これからはあまり気にしなくていいらしい。 ある精神病院では 「なぜにこだわってはいけません。 みなさんが抱えている問題で、 お子さんを責めてはいけません。 みなさん自身が責任を感じる必要はありません。 責めるなら病気を責めてください」 と言っているという。
 ウツ病になったらブロザックを飲ませ、 逆にADHDと見なされたらリタリンを飲ませる。 ブロザックの使用量は最近10年間で730%も増えた。 ウツ病にコンサータ、 ADHDにパキシリという新薬もでている。 トラウマには記憶消去剤が処方され、 やる気を起こさせるにはアルツハイマー薬のアリセプトという薬を使う。 アメリカのエリート大学の学生の20%がSSRIという記憶増進剤を飲んだ経験がある。 ただし副作用があって自殺願望が増えるというから怖い。
 Fixing-upと称して、 知性や記憶や音感や運動能力を強化する方法が研究されている。 スポーツ選手のドーピングや美容整形や成長ホルモンの流行を見れば分かる。 その結果、 Designer-Childというサイボーグ (人造) 化した人間がでてくる。
 昔は罰則を強化し道徳を説いて犯罪防止に努めたが、 これからは犯罪機会論が主流となって行くといわれる。 街に死角を無くし、 区画整理して監視の目が隈なく届くようにするのだ。 すでに不正乗車のキセル防止には、 自動改札と磁気カードがある。 飲酒運転防止にはアルコール感知器を取り付け、 車が自動的に停止するようになる。 これからは、 親が注意しなくとも、 子どもに見せたくない携帯サイトやテレビ番組を自動的に遮断できるシステムを付けることも可能だという。
 さて、 韓国政府がNEISの目的を 「21世紀の国際競争力確保のために」 と述べている点に注目したい。 国民のプライバシーに立ち入ることで、 国際競争に勝てると思っている。 これは重要な点である。 グローバル資本は商品の売り込み対象を、 家庭や地域や集団ではなく、 個人に絞っている。 それも、 顔のある生身の個人ではなく、 分割可能な個人である。 つまり、 顧客データーを求めている。 韓国政府が従来からあるCS 「学校総合情報管理システム」 に1470億ウォン (141億円)、 さらにNEISに729億ウォン (70億円) を上乗せしたから、 計2200億ウォン (211億円) もの費用を使った。 その額が有効で、 採算ありと見たからであろう。
 支配は知ろうとする者を作り出す。 データーが多様で詳細であればあるほど、 分析したくなる。 庶民が知らない内に、 知り得た者は資本の論理に従い、 それを使い、 利潤の追求に向かってしまう。 環境管理社会が昔の国家統制と違うのはこの点だ。
 昔は民族資本の対立があり、 国家は国民の意思を統制して戦争をした。 今はロシアやアメリカやイギリスや中国や日本や韓国の大国同士が戦争する危険性はほとんどない。 だが、 グローバル資本が世界中の分割可能な個人から収益をあげるために環境管理社会を目指している。 グローバル資本の露払いとして、 各国政府がデーターを整え始めたに違いない。

(ささき けん)
ねざす目次にもどる