フレキシブルスクール県立川崎高校の4年間
 
岩村 基紀

 県立川崎高校の再編について前校長の立場から何か書くようにとの依頼を受けたが、 私が着任した平成17年度にはすでに開校 2 年目であり、 統合対象となった 2 校 3 課程 (県立川崎高校全日制課程・定時制課程、 県立川崎南高校全日制課程) の先生方と県教育委員会による 4 年間に及ぶ準備委員会での協議に基づいて新校の基本方針は定まっていた。
  『県立高校改革推進計画』 に基づいて、 平成16年に県立川崎高校は県立川崎南高校との再編統合により新たなしくみの単位制普通科フレキシブルスクールになり、 平成17年度には 「光と風の校舎」 が、 平成19年度には夜間照明完備の新グラウンドが完成した。
 私が前任校長から引き継ぎを受けたことは、 フレキシブルスクールという全国に例のない単位制による全定一体の学校運営であり、 県教委と教員の、 激論の末に決定したという 『新校設置計画』 に盛り込まれた新たな教育活動を具体化することであった。
  1. 全定一体の学校運営
     県立川崎高校のフレキシブルスクールとしての最大の特色は 「全定一体の教育活動の推進」 である。 平成16年の開校以来、 全定共通の教育課程により、 午前 9 時から午後 9 時まで毎日12時間 (90分× 6 校時) の授業を展開している。 中でも午後の時間帯は完全に全定同一であり、 教員も生徒も全定の区別なく授業を行っている。 さらに、 課程間併修により一定の制約はあるが、 定時制課程の生徒が午前の全日制課程の授業を受ける場合もあり、 全日制の生徒が夜間の定時制課程の授業を受けることも可能である。 また、 社会人聴講生も受け入れており、 全日制・定時制の生徒と年配の社会人とが机を並べている授業も少なくない。 校舎はバリアフリー化されており、 車いすで生活している生徒たちからも好評である。 このように、 さまざまな年齢や生活スタイルの異なる生徒たちが助け合い、 教え合いながら共に同じ教室で学ぶことのできる学習スタイルは最大の特色である。
     平成18年度から、 全県立高校で 「企画会議」 や 「グループ制」 などの新たな学校運営組織がスタートしたが、 県立川崎高校ではこれらも全定合同で組織し、 職員会議や成績会議、 各教科会議や 7 つの系会議も全定合同で開催している。
     全定一体の学校運営体制を支えているのは、 全定両課程の教員が同じ部屋で席を並べる大職員室の存在であり、 時間割の工夫による合同会議時間の確保である。 毎週火曜日と木曜日の 4 校時 (15時20分から16時50分の90分間) は非常勤講師のみの講座設定として、 常勤職員は全定合同の職員会議や企画会議・グループ会議・年次会議などを開催している。 また、 入学式や文化祭などの学校行事も可能な限り全定合同で開催しているが、 卒業式など定時制独自の伝統を継続している行事もあり、 今後の課題である。
  2. 単位制による指導体制
     県立川崎高校は学年の枠にとらわれない単位制普通科であり、 『新校設置計画』 には 「生徒一人ひとりが自己の適性に応じて得意科目の伸長を図ることや特性に応じて自己のペースで基礎的な学習や発展的な学習を充実することなどに対応するため、 多様な科目を設置」 し、 「単位制の特性を生かし、 異年齢集団による活動を展開するなどの工夫を図るとともに、 特色ある学校行事の活性化を図る。 また、 個別の学習や生活面・進路指導におけるガイダンス機能を充実する」 と記載されている。
     しかし、 実際には開校時から入学年次によるクラス編成を行っており、 実質的には学年制と変わらない学級体制をとっている。 本来の単位制では、 入学年次や卒業年次にとらわれない生徒集団の形成と指導の工夫が可能であるが、 一部の学校行事を除いては、 異年齢集団による単位制の特性を生かした指導体制になかなか踏み込めないのが現状である。
     しかし、 入学から卒業まで固定している担任とは別に、 半年ごとに生徒が自由に指名できるチューター制を採用しており、 一人ひとりの生徒に、 チューターと担任が個別面談を繰り返して履修指導を行っている。 私はこの指導体制を、 大学のように学生の自己責任に任せる 「自由選択制」 に対して、 教員が責任を持って個々の生徒の履修指導を行う 「指導選択制」 と名付けた。 しかし、 事前研修により複雑な教育課程の全てを全教員が熟知し、 生徒一人ひとりの興味・関心と進路希望を考慮した履修指導を行うためには膨大な事前準備が必要である。 また、 学年制に近い形の年次制と学年の枠を超えた単位制とを併用していることによる教員の負担も大きく、 完全な単位制に移行させることの必要性を痛感した。
  3. 開かれた学校づくり
     フレキシブルスクール県立川崎高校の設置目的の一つに 「地域の学習センター」 としての機能がある。 この機能を果たすためには地域に県立川崎高校の教育力を提供するとともに、 地域の教育力を活用する工夫が必要である。 社会人対象の教育活動としては、 科目履修生としての社会人聴講生の受け入れや、 土曜日の公開セミナーの開催などを行ってきた。 また、 大学・専門学校との連携も進め、 中学生対象の公開授業も含めて、 地域に開かれた学校としての取り組みを推進してきたが、 地域の教育力活用はまだ十分とはいえない。
 私が県立川崎高校における 4 年間の勤務を通して最も留意したことは、 全定一体の学校運営であり、 特に定時制については全日制以上に密接に関わるように心がけた。 県立川崎高校着任と同時に県立校長会の役員になったこともあり、 出張することも多かったが、 出張用務が終わると18時過ぎには学校に戻って定時制の業務に携わり、 定時制生徒の部活動終了を見届けて22時30分に学校を退出するのが 4 年間の日課であった。
 教員にとっても管理職にとってもハードな職場であったが、 学校運営を支えてくれたのは、 フレキシブルスクール県立川崎高校に特別な思いと愛着を持つ多くの教員とこのシステムに魅力を感じて入学してきた生徒たちの存在であった。 彼らが折に触れて聞かせてくれた熱い思いや学校への期待は、 私にも大きな励みになった。 また、 副校長・全日制教頭・定時制教頭の三人が大職員室で机を並べて早朝から深夜まで揃って勤務し、 常に全校の情報を共有して、 的確な情報提供や意見具申をしてくれたことも大きな支えになった。
 しかし、 開校 6 年目を迎え、 開校当時の経緯や当時の議論を伝えられる教員も少なくなった。 また、 この間に社会情勢も大きく変わり、 学校に対する生徒や保護者のニーズも変化してきた。 単位制のあり方についても実践を通してさまざまな課題が見えてきた。 フレキシブルスクール県立川崎高校が、 新たな教員集団により、 開校時の理念をどのように受け継ぎ、 時代の変化にどのように対応しながら新たな教育活動を創造していくのか、 これからも陰ながら応援しつつ、 楽しみに見守りたいと思っている。
 (いわむら もとき  前県立川崎高校校長)
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