シリーズ 『教育現場の非正規雇用』
第3回 臨時的任用教職員
 

 
金沢 信之

はじめに
 今年も教員採用試験が終了した。 受験された多くの臨任の方は不安な気持ちで結果を待つ日々であろうか。 (本レポートが読者の手元に届いた頃にはすでに結果が出ているのだろう。)
 学校現場には日々の校務をこなしながら、 常勤職員に採用されることを目標として頑張っている多数の臨任の方が存在する。 結果はどうだったのだろうか。 結果についてはなかなか声を掛けにくい。 それは、 採用試験が難関であり合格するのが難しいからである (昨年の高等学校における平均倍率6.4倍)。 ほんの一握りの人が合格し、 多くの人は不合格。 不合格になったとしても、 またそれまでの日々同様に授業や校務をこなす。 そんな日常が繰り返され、 一年後、 数年後には他校で新規に臨任として採用される。 採用試験の際に提出する 「職歴経歴書」 の記録が毎年増えていく。 そして、 時には声のかからないこともあり、 失職の不安は消えない。 こんな臨任の過酷な現実を当たり前の光景として職場は看過していないだろうか。 労働組合の対応は十分だろうか。
 今回は神奈川の高等学校における臨時的任用教職員 (他県では常勤講師と呼ぶ場合もある) について過去の経緯を含めて報告する。 また、 教育現場における非正規雇用増加の背景についても簡単に触れる。 神奈川の臨時的任用教職員の過去の経緯については現存する資料などが限られているため、 調べることができた範囲でのレポートとなっている。 資料の発掘と保存は今後の課題である。

1. 臨時的任用教職員
  (本稿においては 「臨任」 と表記)  
 その任用根拠は下記に示す地方公務員法 (以後 「地公法」 と表記) 22条になる。 (なお、 出産に関する法的根拠は 「女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保に関する法律」、 育児については 「地方公務員の育児休業等に関する法律」 により、 地公法22条は適用されない)

2 人事委員会を置く地方公共団体においては、 任命権者は、 人事委員会規則で定めるところにより、 緊急の場合、 臨時の職に関する場合又は任用候補者名簿がない場合においては、 人事委員会の承認を得て、 6 月をこえない期間で臨時的任用を行うことができる。 この場合において、 その任用は、 人事委員会の承認を得て、 6 月をこえない期間で更新することができるが、 再度更新することはできない。

 つまり、 臨任とは常勤職員と同じ職務内容と職責を負い、 @緊急の場合、 A臨時の職に関する場合又はB任用候補者名簿がない場合に限って、 人事委員会の承認を得て、 6 月をこえない期間で臨時的に任用し、 一回限りの更新が許された職ということになる。 この規定の結果、 臨任には様々問題が降りかかる。 例えば、 欠員補充の臨任は実質 1 年間の雇用であるのに、 6 カ月経過時点 ( 9 月末) でいったん辞令が切られ再雇用という形になる。 また 1 度しか更新が認められないために、 翌年も臨任の職に就くためには 1 日以上の空白期間をおかなければならない。 そのために、 3 月31日を空白にすると国民年金や国民健康保険に入る手続きが必要だし(1)、 4 月 1 日を空白にしたときは 4 月の通勤手当、 扶養手当、 住居手当が支給されない(2)。 何よりも、 常勤職員と同じように働いていながら半年で一度雇用が切れるというのは心の負担が大きい。
 給与は任用期間内で昇給しない。 また、 賃金決定の原則は専任教員と同様なのだが、 神奈川では上限が 2 −77に定められおり、 常勤職員の40才前後相当の賃金で頭打ちとなる。
 年休は任用が 6 カ月を超える場合は 1 年ごとに月数に 1 を乗じた日数とされている。 ただし労働基準法39条の年次有給休暇の付与日数を下回らないこととあり、 事実上10日以上12日以内となっているようだ。 しかし、 常勤職員であれば年間20日付与され最高20日まで次年度に繰り越すことが可能である (最大40日になる)。 また、 フルタイム雇用の再任用教職員も年間20日で繰り越しもあり臨任との差は大きい。(3)

(1) 任用期間が 2 カ月を超える場合は社会保険が適用され、 産休代替から引き続き育休代替者となる臨任で雇用期間が 1 年を超える場合は公立学校共済組合に加入することとなる。
(2)  4 月に限らず月の 「 1 日」 に任用されていないとこれらの諸手当はその月は支給されないことになっている。
(3)  臨任の年休繰り越し ( 1 年間の未消費分) は任用期間が 1 年 6 カ月を超えた時点から可能となる。 ただし、 任用終了から任用開始までが原則10日以内であれば任用期間が継続していると考えることになっている。
  労働基準法39条第 1 項には 「使用者は、 その雇入れの日から起算して 6 箇月間継続勤務し、 全労働日の 8 割以上出勤した労働者に対して、 継続し、 又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。」 とある。 その後 1 年ごとの勤務状況で判断され、 最高20日である。 なお、 神奈川では 「 8 割以上出勤」 要件は現在では適用されない。 また、 時間単位の取得も認められている。 ちなみに労基法では 1 日か半日単位。
  京都府では、 臨任は年休の繰り越しをできないが、 任用期間が12カ月であると20日の年休付与となっている。 (京都府立高等学校教職員組合のHPによる)

2. 臨任者の声
 神高教 (「神奈川県高等学校教職員組合」 の略称、 以後 「神高教」 と表記) は、 92年 4 月から非常勤職員組織化の取り組みを開始した。 同年11月には非常勤教職員専門委員会を発足させ、 同委員会の活動の素材とするため、 「非常勤教職員の労働条件改善等に関するアンケート」 を実施している。 回答者は臨任教諭、 非常勤講師など135名である。 そのアンケートの自由記述欄の中から非常勤職員の声をいくつかを紹介する。

・職場では (仕事は) 全く平等に回ってくるが、 期間採用、 賞与、 退職金、 保険では特にひどい差別を受けている実態を他の職員は知らないように思う。
・臨任教諭に関しては専任に比して様々な冷遇が存在するにもかかわらず、 そのような事実を認識せず、 仕事量のみは平等にすべきと考えている職員が一部見受けられる。 仕事を平等にしていただけることは歓迎すべきことではあるが、 冷遇の存在についても認識していただきたく思う。
・PTA会員名簿における臨任の記載をやめてほしい。
・はじめてなので特に感じるのかも知れませんが、 授業の進め方、 生徒の指導の仕方等、 何も分からないので、 はじめての場合のフォローがもう少しあってもよいと思います。
・臨任、 講師をやっていて教員採用試験に不合格になった場合、 次の年、 失職するのではないかと不安をもちます。 採用試験に不合格になった人でも、 それなりに学校のことを一生懸命やってきていると思いますので、 今まで臨任、 講師をやってきた人について本人の希望が生かされるようにしてほしい。
・若い非常勤職員に本採用のチャンスができるだけたくさんあるようにそのための運動をして頂きたいと思います。
・雇用の確保に組合も努力してほしい。
・本採用を希望しています。 (略) それと 1 つ不安があるのですが、 組合に入ったことで今後の採用に影響しませんか。

 どうだろう、 約20年あまりが経過して上記のような臨任の切実な思いは解決されただろうか。 職場の多忙化もあるだろうが、 むしろ弱い立場の人の声に耳を傾けることがこれまで以上に少なくなってはいないだろうか。
 大阪教職員組合臨時教職員部が08年に発表した 「大阪りんきょう白書」 の中に次のような 「長期臨採者の声」 が取り上げられている。 文面から小学校に勤務する方と思われるが、 全ての校種に共通する思いではないだろうか。 神奈川のアンケートから20年あまりが経過して当時と同じような思いの方が大阪に存在する。 現在、 神奈川で働く臨任の思いも同様であろうと思う。

○ 長く、 長く、 本当に長くやっています。 府教委は長い経験をなぜ評価しないのか、 本当に怒りがこみあげてきます。 私自身、 昨年の選考は不合格でしたが、 今年も教壇にたって担任をもっています、 府教委は私のことを正規教員としては認めないが、 臨時としては認めるというのでしょうか。 このことにはどうしても納得がいきません。 ここ何年か、 高学年の担任を続け、 荒れた学級に入り立て直したこともあります。 この間、 何か問題を起こしたでしょうか、 仕事の内容も正規教員と同等にしているという自負もあります。

 最近では神奈川の高校でも臨任が担任の職に就く場合があるようだ(4)。 雇用条件で臨任の職務は常勤職員と全て同じだとされているとしても割り切れないものがある。 既に説明したように臨任には雇い止めが存在する。 だが、 担任をするのであれば、 1 学年から卒業まで生徒の面倒をみたいと考える教師が多いのではなかろうか。 しかし、 担任を続けたくても続けられない場合もあるということだ。
 担任は教師としての経験を豊かなものにする。 担任には教務、 進路指導、 生徒指導など教育の多くの要素が凝縮されている。 そういった視点から若い人が積極的にその任にあたることについては異論はない。 また、 雇用形態による仕事内容の差別も許されるべきではない。 臨任も常勤職員と同じように仕事をすることができる職場であることは重要である。 しかし、 劣悪な労働条件や採用の不確実さをそのままにして仕事の責任ばかりが重くなっているとしたら、 それは職場が弱い立場の労働者の声に耳を傾けていないことにもなろう。 低賃金で厳しい労働を強いられている民間企業の派遣労働者問題につながるものを感じると言ったら言い過ぎであろうか。

(4) 学校あたりの臨任による担任数(神高教、 09年度聞き取り)

    A高校 (定時制) 8 名
    B高校 (定時制) 3 名
    C高校 (全日制) 2 名
    D高校 (通信制) 3 名
    E高校 (全日制) 1 名
    F高校 (全日制) 1 名
    G高校 (全日制) 1 名

*上記データは神奈川全体を詳細に調査したわけではない。

 この聞きとりに限らず他にも該当ケースがあるようだ。 データから分かるように一部の定時制では臨任抜きでの学校運営は不可能なところまできている。 臨任の職責は確実に重くなっている。 しかし、 08年 「県労連 (神奈川県労働組合総連合) そくほう376」 によると、 臨任・非常勤賃金改善について県側が県労連に対して、 「正規の試験での雇用ではなく、 短期雇用であり、 責任の度合いも職員と異なる。」 と回答したとある。 この発言には学校現場と県側で臨任の重い職責に対する認識のすれ違いが感じられる。
 しかし、 少なくとも神奈川においては欠員補充の臨任についてはその制度導入時に少し違った対応があった。 次にそれを紹介する。

3. 神奈川の欠員補充臨任
 神奈川における欠員補充の臨時的任用職員制度は80年に始まる。 神高教内には同制度導入に関しては慎重論が存在していたが、 執行部は非常勤講師の12時間制限撤廃とセットで導入を進めることを決定し、 組合としてもこの制度を受け入れた。 そして、 同年4月に60名の臨任が採用されたことが神高教によって確認されている。
 しかし、 同年 7 月の神高教定期大会において 「原則として臨任制度をなくす」 という修正案を執行部が受け入れた。 欠員の補充を臨任で行うことに対する問題意識を組合員が共有していた表れであろう。 当時の議論の詳細は不明だが、 臨任の劣悪な待遇、 人件費抑制、 組合組織化への悪影響などが懸念されたのではと想像される。 (前出のアンケートにもあるように、 組合に加入すると採用試験で不利になると考える方もいたようだ。)
 この80年に採用された臨任60名中54名が同年の採用試験を受験する。 そして54名中45名が合格し、 10/ 1 付けで現任校採用となった。 この後数年間は 4 月臨任採用、 採用試験受験、 合格なら10/ 1 付け採用の方法が続けられたようだ。 だが、 84年には受験者63名に対して10/ 1 付け採用者29名、 87年には受験者53名に対して10/ 1 付け採用16名と採用者は激減していった。 年数の経過にしたがって10/ 1 付け採用は激減していったが、 欠員補充の臨任は早期に解消しようとする対応が制度導入期には存在していたことは重要である。 なお、 このような大規模な欠員が生じたのは生徒急増期、 百校計画の進行が背景にあったことも事実である。 つまり、 4 月人事異動に際して大規模な名簿登載者不足が生じていたのである。 ちなみに、 88年には教諭と養護教諭で100名の臨任が採用されたが、 10/ 1 付け採用人数は不明である。
 臨任の労働条件改善についての努力は、 84年に神高教が神奈川県教育委員会とかわした 「臨時的任用教員 (臨任) 雇用に関する確認」 からその一端がうかがい知れる。 いわゆる雇い止めだが、 例えば次の記述である。 これは、 欠員補充に対する臨任ではなく、 育児休暇や休職に常勤職員が入る場合の臨任に対するものである。

(1)年度当初の欠員のための臨任以外については、 まず 7 月20日までの辞令とする。
(2)夏休みに入る前に、 学校長に夏休み中の計画書を県へ提出させ、 それが出た段階で 7 月21日からの辞令を出す。 (夏休み中の辞令は、 出すことが前提である。)
*冬休みについては、 特に、 12月24日で区切るようなことはしないことになっています。
(下線筆者)

 長期休業中は臨任の発令が無かった状況が上記確認書からは読み取れる。 それを、 組合は県との交渉によって改善しようとしたのだろう (5)。 また文面から、 欠員補充とそれ以外の臨任を分けて対応していたことも分かる。 欠員臨任は10/ 1 付け採用で解消することが目標であり、 あくまでも定員は常勤職員で充足させ、 臨任から常勤職員となった教諭が現任校に引き続き採用される事が目指されていたのではないか。 教諭としての第一歩を臨任として始めた人たちにとってはとても希望に満ちた取り組みであったと思う。 しかし、 前述したように10/ 1 付け採用は激減し消滅していった。 今となっては話題となることもない。 少なくとも制度導入時の方が現在よりも欠員補充対応の臨任をめぐる状況は良かったと言えそうだ。 それが徐々に崩れていった。 欠員を非正規雇用で埋めることに対する問題意識を当時の多くの方が共有していたということだろう。

(5) 神高教が93年に神奈川県教育委員会に提出した 「非常勤教職員の待遇改善に関する要求書」 には次のような記述がある。 組合として労働条件改善に取り組んでいた様子がうかがい知れる。

 身分は臨任、 非常勤職員とはいえ、 生徒から見れば常勤職員との区別はなく、 神奈川の高校教育に責任をもつ立場において、 常勤職員とはいささかもかわることはありません。 しかしながら、 その労働条件については常勤職員とは大きく隔たっており、 非常勤という制約はあるにせよ、 必ずしも十分な待遇を受けているとは言いがたいといえます。


4. 採用試験
 神奈川の教員採用試験は第1次試験が筆記試験だが、 特別選考T (特別選考はTとUに分かれており、 Uは英語資格保有者と身体障害者を対象としている) では、 第 1 次試験の筆記試験 (一般教養・教職専門試験、 教科専門試験) に代えて論文試験を行っている。 ただし、 この特別選考は臨時的任用職員 (神奈川県内の臨任が直近 4 年間で通算 2 年以上の者) に限ったものではなく、 正規教員経験者も同様の扱いとなっている。 また特別選考Tには筆記試験の一般教養・教職試験に代えて論文を課される社会人経験者、 筆記試験を免除され論文試験を課されるスポーツ・芸術実績者 (スポーツ・芸術の分野で国際的・全校的に特別に優秀な実績を持つ者) も含まれる。
 特別選考Tは試験を受ける時点で教壇にたっていることや過去の正規教職員歴を特に重視していない。 長期に渡って教職を問題なく続けていたとしても特別な選考があるわけではなく、 社会人経験者やスポーツ・芸術実績者と同列に扱われているのである。 しかし、 教職員の任用の方法を記した地方公務員法には特に欠員補充について書かれた箇所がある。 以下、 その該当部分を引用する。 (下線筆者)

地方公務員法 第2節 任 用
第17条 職員の職に欠員を生じた場合においては、 任命権者は、 採用、 昇任、 降任又は転任のいずれか一の方法により、 職員を任命することができる
2 人事委員会 (競争試験等を行う公平委員会を含む。 以下この条から第19条まで、 第21条及び第22条において同じ。) を置く地方公共団体においては、 人事委員会は、 前項の任命の方法のうちのいずれによるべきかについての一般的基準を定めることができる。
3 人事委員会を置く地方公共団体においては、 職員の採用及び昇任は、 競争試験によるものとする。 但し、 人事委員会の定める職について人事委員会の承認があつた場合は、 選考によることを妨げない。
4 人事委員会を置かない地方公共団体においては、 職員の採用及び昇任は、 競争試験又は選考によるものとする。

 欠員補充の職員を採用するとしたら人事委員会が定める職について一般的な基準 (競争試験又は選考の方法) を定めることができるということである。 このことを欠員補充臨任の解消と関連づけられないだろうか。 もちろん、 極端な優遇措置 (6) を講じるべきではないことは当然だとしても、 欠員補充に関しては地方公共団体が独自の方法を考えることはできるということだ。 そうだとすれば、 現在においても欠員補充については、 欠員対応の神奈川独自の選考方法 (あるいは競争試験) を考えることが可能なのである。 例えば長期に渡って問題なく教職に就いている場合は、 1 次試験については特別な配慮を行い、 2 次試験に合格したら現任校で10/ 1 付け採用にするといった選考方法である。 (この考え方については、 公務員は適用除外だとしても改正パートタイム労働法がパートタイム労働者から通常の労働者へ転換するチャンスをととのえるべきことを明記していることが参考になるだろう<改正法第12条>。 また、 この場合の長期とは、 労働者派遣法の 「派遣先に派遣労働者に対する雇用契約の申込みが義務付けられる場合」 に該当する 「同一の業務に同一の派遣労働者を 3 年を超えて受け入れており、 その同一の業務に新たに労働者を雇い入れようとする場合」 という説明が参考になろう 労働者派遣法第40条の5。) (7)
 しかし、 産休・育休代替の臨任への対応や試補制度 (8) に道を開くような一面、 さらに不透明な採用 (9) を引き起こす可能性も否定できず、 この選考方法の検討は慎重でなければならないのも事実だ。

(6) 第22条 6 には 「臨時的任用は、 正式任用に際して、 いかなる優先権をも与えるものではない。」 とある。
(7)  労働分野の規制緩和によって2003年から派遣期間制限の上限が 1 年から 3 年へと改正された。 1999年からの派遣対象業務原則自由化とあいまって派遣労働をさらに劣悪な労働条件へと追いやり社会問題化していった。 こう考えると、 長期を 3 年と考えるのは長すぎるのかも知れない。 なお、 「」 内の説明は、 厚生労働省のパンフレットによる。
(8)  研修と採用を併せ持った制度であり、 学校での研修後に成績が良くなければ職につけない。 (成績が基準に達すれば、 正規の教員免許状を取得し採用となる) 中央教育審議会などで繰り返し提言されてきたが、 恣意的な採用につながりやすいことや現実的には失職する場合もあるため、 実際に制度化されることはなかった。 試補制度に替わるものとして 「初任者研修制度」 が創設された。
(9)  臨任というわけではないが、 大分県の教員不正採用事件は記憶に新しい。

5. 総人件費の抑制
 文科省は中央教育審議会の 「義務教育費国庫負担制度の在り方」 の中で次のように義務教育と高校教育の違いを説明している。

・義務教育と異なり、 高等学校は、 地方自治体の財政力に応じて、 どの程度設置するかは自由であるとともに、 入学定員、 授業料など独自の調整や効率的な運用が可能である。
・21の道県が高等学校の標準法定数を満たしておらず、 これは国庫負担制度がないことが理由と考えられる (小・中学校は、 4 県にとどまる)。

 義務教育と高校教育を区分けする発想は時代遅れではないだろうか。 既にほぼ百パーセントの中学生が高校に進学する。 まさに準義務化されたと言っても過言ではない。 また民主党政権では授業料無償化が政策として考えられており、 さらに義務教育的になることは間違いない。 全ての子ども達に高校教育を保障する条件整備が必要である。 その中の重要な要素の一つとして教職員配置がある。
 文科省は 「義務教育費国庫負担制度」 を維持するために上記のような説明をしたのだが、 図らずも高校の教職員定数の問題が露呈した。 それは、 全額地方負担の一般財源では定数法があっても標準定数を満たさない道県が多数あるということだ。 そのことを根拠に 「義務教育費国庫負担制度」 を守ろうとした。 高校に関わる予算は一般財源である。 実は、 それでは標準定数を守ることは難しい場合が多い。 地方自治体の判断で財源が他の事業に回される場合も想定できるということだ。 その結果、 人件費抑制のために講師・臨任などの非正規雇用に依存しなければならなくなってしまうのである。
 また、 「義務教育費国庫負担制度」 が職員配置の自由度を疎外しているとして、 小泉内閣は地方分権をより進める観点から 「総額裁量制」 を04年に導入した。 これは 「義務教育費国庫負担金の総額の範囲内で、 給与額や教職員配置に関する地方の裁量を大幅に拡大する仕組み」 であると説明され、 非常勤の教職員を国庫負担の対象とし、 給与額の削減効果で職員数を増加させることを可能とした。 それによって、 習熟度別授業やティームティーチング、 多様な選択授業が地方の判断で可能になったとしている。 非正規雇用の増加を制度的に担保したのである。 これ以後、 財源の乏しい地方自治体ほど非正規の教員採用へと傾斜していった。
 しかし、 この 「総額裁量制」 に近い仕組みは定数の 「くだき」 として既に高校には存在する (「くだき」 とは 1 人の定数を講師時間として配当し、 複数の講師を雇用できるようにする方法)。 もちろん高校は教育課程などの都合から少ない時間を担当する教師を必要とする現実がある。 しかし、 それは劣悪な労働条件で勤務する非正規雇用の人たちをそのままにしておく理由とはならない。 むしろ多様な雇用形態を保障する制度が必要なのである。 そして、 現在はこういった教育条件的理由からの 「くだき」 とは別に人件費抑制のための非正規職員増加が高校にもありそうだ。
 04年に総務省は 「新地方行革指針による地方行革の推進」 で 「過去 5 年間の地方公共団体の総定員純減 (平成11年から平成16年までに4.6%純減) を上回る純減を図る必要」 があるとした。 これ以後、 総務省は削減数値を審査し、 地方交付税が必要な自治体は職員の削減をせざるを得ない状況に追い込まれている。 さらに、 同年、 経済財政諮問会議は 「総人件費改革基本指針」 の中で、 教職員の削減について以下のように強く要求した。 このような方針の下で小集団学習をはじめとする様々な取り組みを地方自治体が計画すれば、 必然的に人件費の安い非正規職員に依存するしかないし、 状況によっては正規職員を非正規に置き換える動きともなるだろう。 人件費削減のための欠員臨任や非常勤講師を必要とする土壌がここにある。 まさに義務制・高校などの教育分野に限らず地方自治体職員で非正規雇用が増加している主原因がここにある。

(2) 地方公務員の純減目標
  「基本方針2005」 で要請した4.6%以上の純減確保に向けた各地方団体の真摯な取組及び国による定員関係の基準の見直しにより、 一層の純減の上積みが確保されるよう取組む。
@ 国基準関連分野
 国が定数に関する基準を幅広く定めている分野 (国基準関連分野) の職員 (教育・警察・消防・福祉関係の200.8万人) については、 地方の努力に加えて国が基準を見直すことにより、 これまでの実績 (5 年間で4.2%) を上回る純減を確保する。 特に人員の多い教職員については、 児童・生徒の減少に伴う自然減を上回る純減を確保するよう検討する。  
           (下線 筆者)

 このように地方公務員の削減では特に教職員がやり玉にあがっている。 しかし、 OECD諸国の中では最低ランクの教育予算(10)でなんとかやりくりしている現状からすれば、 教職員の増員は当然だとしても、 削減はあり得ないのではないか。 少なくとも、 多忙化が進行し、 教育課題が複雑・困難化している状況では削減は受け入れがたい。 これについては、 義務制・高校の区別はないだろう。

(10)  国と自治体を合わせた2006年の教育予算が国内総生産 (GDP) に占める割合では、 各国平均4.9%に対し、 日本は3.3%と、 下から 2 番目だった。
  教育予算は、 各国とも教員の人件費が多いが、 対GDP比は、 教育への取り組み姿勢を表す国際指標として評価されてきた。
   「OECD調査 教育費増は効果的な政策で (9 月10日付・読売社説)」 より

おわりに
 80年代に臨任として採用された教職員の多くは50代になったのではなかろうか。 当時と現在では臨任から正規職員への採用の有り様はかなり違うものであったことを本稿で紹介した。 少なくともその頃臨任として採用されたのはかなり幸運であったと言えよう。
 制度開始初年度は臨任から正規採用への合格率はかなり高かった。 そして、 合格すれば10/ 1 付け採用であった。 欠員ができるだけ早く解消されていたのである。 組合も問題意識を持っていた。 もちろんその頃と同じ仕組みを再構築するのは難しいだろう。 しかし、 公務員は適用除外で、 臨任が期間の定めのある直接雇用のようにも受け止められそうな点はあるとしても、 「改正パートタイム労働法」 や 「派遣労働法」 の存在を全く無視するわけにもいかないだろうと思う。 実質 3 年以上同一の教科で働いている教員がいて、 そのかわりに別の教員が雇用されるとしたら、 「派遣労働法」 では問題になる可能性がある。 ただ、 臨任は派遣労働者ではないから当面は問題にはならないというだけだ。 だが、 六カ月で雇い止めし一回は延長、 年度の変わり目には次の雇用のために空白期間をおいて、 再度非正規として雇用し続けるのは社会的正義に反するように思えるのである。
 さらに、 教育現場における非正規雇用の増加は地方公務員の削減が背景にあることも紹介した。 正規雇用を前提とした地方公務員法があるのにもかかわらず、 非正規雇用を増大することで人件費を抑制しようとする政策。 国の政策が変わらなければ臨任や講師は増加するばかりである。
 しかし、 働き方としての講師や臨任を全否定するものでもない。 つまり、 求められているのは多様な働き方を許容すると同時に雇用の維持が保障される社会の構築なのである。 今はそれがないがしろにされている。 小手先の改善ではなく全労働者に対応した改善であるべきだし、 働き方と生活のあり方とが密接に関連した改革が喫緊の課題であろう。


参考文献・資料など
「神奈川の非常勤講師第 5 集」  神奈川・非常勤職員の差別待遇改善を進める会
「2007 再任用・非常勤講師・養護担当非常勤講師・臨任 賃金権利手帳」  神高教
「非常勤教職員の賃金と権利<94年版>」  神高教
「義務教育費国庫負担制度の 「総額裁量性」 への移行についての考察」  渡辺恵子 国立教育政策研究所紀要134集
「臨時的任用教員の就業意識とその実態」  井上いずみ・松村泰子 東京学芸大学紀要
「ルポルタージュ官制ワーキングプア」  樫田秀樹 2009年世界 7 月号
「非常勤教職員の要求を職場から前進させよう」  神高教職場討議用資料92-32
「大阪りんきょう白書」 大阪教職員組合臨時教職員部

(かなざわ のぶゆき 教育研究所員)
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