2008教育研究所独自調査報告
 
教育研究所

報告にあたって
 今回の独自調査は、 学校が徴収しているお金、 いわゆる私費に焦点を当てた。 私費の会計処理は、 現在 「私費会計基準」 によって処理されている。 「私費会計基準」 によれば、 「私費」 は 「学校徴収金」 と 「団体徴収金」 を総称したもので、 今回の調査はこの両者を対象とした。 (なお、 今回は、 私費会計基準そのものを検討の対象としたわけではないので基準が行っている 「私費」 の分類等については検討しなかった。 検討は、 学校が、 独自に徴収しているお金の金額、 使途に焦点を当てた。)
  「私費会計事務処理の手引き」 改訂版 (平成19年 3 月神奈川県教育委員会、 以下 「手引き」 と称する。) には、 冒頭に次のように書かれている。
  • 学校運営に要する費用は、 設置者負担が原則であること (学校教育法 5 条)
  • 学校には、 公費とは別に、 受益者負担の考え方に基づき、 生徒又は保護者が負担することが適当と考えられる経費やPTA等団体の活動経費があること (いわゆる私費)
  • 「私費」 は、 生徒や保護者との合意に基づいて学校が徴収し、 管理するものであること。
  • 「私費」 は、 他の行政機関には見られない、 教育活動に密接に関連した経費であり、 公費に準じた経費であること。
 分析に当たって、 最初に 「手引き」 の考え方を吟味しておきたい。
 まず、 「学校運営に要する費用」 とは何だろうか。 従来、 教育行政は、 学校の運営管理を含めて包括的に学校に対する管理権を有するという解釈をとってきた。 この考え方にたつなら、 「学校運営に要する費用」 とは、 学校の活動に要するすべての費用、 ということになろう。 学校の活動に要するすべての費用は、 原則として公費で賄う、 というのが基本だということになると思われる。
 次に、 学校における 「受益者負担」 とは何だろうか。 学校教育の受益者はまず第一に生徒であることを考えれば、 生徒が益を受けない教育活動はあってはならないはずである。 では、 あらためて 「受益」 と限定すべき事柄はどんなことだろうか。 例えば制服の費用は当然に生徒保護者が払うべきものだという認識が常識になっている。 制服は学校活動以外でも使用できる、 ことを考えればその常識は正しいとも言えるが、 制服は教育活動上必要だという判断で学校が決めていることであり、 生徒の側に選択の余地はない。 教科書が各自の負担であることもグローバルスタンダードで考えれば、 それほど当たり前ではない。 生徒会費を徴収するのは学校にとって当たり前のことになっているが、 生徒会が教育課程上の教育活動であることを考えると、 「私費」 を徴収するのはそれほど当たり前のこととは思えない。
 そこで、 受益者負担、 という考え方は厳密に、 また、 個別に判断すべきであると考えられる。 例えば学校で使用後は各自の所有に帰する、 というのは一つの判断基準であろう。 飲み食いに関することもこの中に含めて考えられよう。
 また、 「PTA等団体の活動経費」 は、 学校とは別の団体が活動するための経費であるから、 受益者負担とはまた違った考え方に基づくものと言える。 「手引き」 が 「教育活動に密接に関連した経費」 という言葉を使っているのも 「受益者負担」 とどう関係し、 どう違うのか、」 あいまいである。
 何れにせよ、 「私費」 は 「生徒や保護者との合意」 が必要、 というのは学校現場にとっては困惑する文言ではないだろうか。 現実にはいちいち個別の合意などとっていないからである。 現実に少数ながらPTAに加入しない保護者がいるが、 この場合は 「PTA会費」 はもちろん、 「教育振興費」 も払う必要がないのだろうか。
 地方財政法は、 高等学校に関して 「施設の建設事業費」 を、 市町村立小中学校に関しては、 建物の維持および修繕に関する経費を住民の負担に転嫁することを禁止している。
 要するに、 私費会計基準、 およびそれが依拠しているはずの法令、 その精神から、 公立高校の私費の徴収は慎重に、 できるだけ抑制的に行うべきだということになるのではないか。
 そのことを念頭に置いて実際の状況を検討したい。


私費から見る今日の県立高校

藤沢工科高校 武田 麻佐子

はじめに
 当研究所が私費の問題を取り上げようと考えた経緯と徴収しているお金の問題点については、 「ねざす」 42号 「どこに 「私費」 の問題があるのか」 を参照されたい。 ここでは私費の流れ (使い途) を整理するとともに問題点を指摘したい。 特に、 「教育振興費」 と 「学年費」 を中心に、 いくつかの学校の事例を挙げながら見ていくことにする。 資料は各学校から収集した2007年度の決算報告書である。 いくつかの例を示したが、 必ずしも最高額の学校や平均値的な学校を抜き出したわけではない。 また本稿は、 例示することによって個別学校の徴収のあり方を批判することを目的とはしていない。 私費の実際を論議していくための資料とするために例示したことをまずはご理解いただきたい。
 教育を支え充実させていくための私費は学校により名称がまちまちなため、 ここでは 「教育振興費」 ととりあえず統一しておく。 また、 ほとんどの学校で学年ごとに学習や学

校生活に関連するお金を徴収しているが、 これを 「学年費」 と呼んでおく。 使途の項目と決算額を一覧表等にして示したい所だが、 学校によって名称や集め方が様々 (入学時に徴収するもの・単年度ごとに徴収するもの・全員ではなく選択科目などの受講者のみのもの・同じような使途が複数の会計項目にまたがっているものなど) なため、 各学校の資料を比較検討した結果、 特徴的に見える事柄に絞って具体的な使途とおおよその金額を挙げつつ、 問題点を考えてみたい。 例として示した金額は1万円未満を四捨五入して記載した。
  1. 教育環境の整備に関わる費用
     PTA会費の中に環境整備 (花壇づくり等の費用と思われる) のための予算が組み込まれている学校があるが、 それとは別に教育振興費の中にも植栽整備等の費用が見られるケースもある。 PTAの本来の活動に関わる部分とも言えるが、 県有地内の環境整備の一翼を担っているとも考えられる。
     また、 今回収集した資料の中でかなり目立つのが、 教育環境の整備に関わる費用の内、 エアコンのリース・燃料費であった。 さらに、 清掃や修繕等に関わる委託費と思われるものも見られた。 これらは従来はあまり計上されていなかったものではないか。
    1. エアコン関連
       県立高校の一般的な設置基準には教室のエアコンは含まれていない。 エアコンは、 管理棟やコンピュータ室・保健室などへの設置が進んだが、 ほとんどの学校でHR教室や特別教室などには設置されていない。 そのため、 夏休み前後の外気温が30度以上となる時期は、 生徒40人が入った教室の温度はそこから更に数度はアップし、 通風が悪く扇風機すらない状態で健康を損なわない方が不思議と思われるようなケースも多い。 公共施設、 家庭や私立学校にもエアコンが設置されることが多くなった今日、 エアコンのない県立高校は生徒の学習環境としては良くないと考える保護者もふえてきた。 進学重点校10校が行った07年夏の合同学校説明会でも中学生からエアコン設置の有無が問われたと聞く。 夏休みに進学対応の補習を行う学校もあり、 学習環境をよりよくしたいとの思いが保護者側にも教員側にもある。 そこで県費ではなく私費 (同窓会関係の予算も含む) を利用してのエアコン導入が行われ始めてきている。
       資料の中にもいくつかの学校にエアコン関連の費用が見られた。

      A1校 特色づくりとしてエアコンリース代 約226万円
      A2校 エアコンリース代 約50万円 (PTA費用から)
      A3校 エアコン燃料、 工事代  約70万円
                 
       導入をすすめ始めたのはいわゆる 「進学校」 が多い。 これらの学校は、 夏休みの補習等が行われることや、 保護者の経済力があり合意が得られやすいこと、 同窓会も一定の予算を持っていることが考えられる。 従来は学校の備品を私費で購入することに対して県教委は歯止めをかけてきた。 だが、 この問題に関して県教委は 「保護者等で組織する団体から、 夏季休業中の課外授業等に使用する目的で、 県立高等学校に空調設備を設置したい申し出があった場合」 の対応として、 「設置に係る初期経費、 設置後の運営経費及び設備の維持管理等の経費を負担してもらい、 空調設備設置に係わる教育財産の目的外使用許可の手続きをとってもらうことにより設置が可能」 とし、 教育長が許可する形式をとっている。 私費での設置を認めているのである。 保護者等の申し出に端を発していることから考えると、 今後空調以外の他の教育環境の整備についても保護者からの申し出があれば同様の方向に動いていくことも考えられる。
       神奈川県は2009年 「神奈川県まなびや基金」 を創設、 予算として積立金3,000万円あまりを計上している。 これは県の説明によれば、 県立学校等の教育環境の向上に資するため、 企業、 県民や同窓会などからの寄付金を財源とした基金を設立し、 教育環境整備の計画的かつ円滑な推進を図る、 ということである。 現に横須賀高校の同窓会が募金を行い、 約9,800万円を集めその一部を冷暖房設備の整備や奨学金に活用したことがすでに新聞報道されている (12月12日 神奈川新聞)。 寄付されたものが全県立学校の施設改善に公平均等に配分されるのなら問題はなかろうが、 果たしてどのようなしくみになっていくのだろうか。
       同窓会がたくさんの予算を有している、 または募金を実施できる状況にある学校とそうでない学校、 企業からの協賛が行われる地域とそうでない地域など、 学校間の格差を生み出すであろうことが容易に予測される。
    2. 清掃費・施設等修理費
       近年は清掃等の環境整備を業者に委託する部分が増えてきているのではないだろうか。 清掃に関わる費用としては従来も用具の購入やゴミ処理等は計上されていたものの、 清掃そのものの外部への委託は少なかったのではないかと考えられる。 清掃の外部委託については、 クラス単位での活動の少ない単位制高校が増えてきた影響もあるかもしれない。 資料から清掃委託費用や環境整備費用の例を上げてみよう。

      B1校の全日制 環境整備費から清掃委託費 約45万円 ワックスがけ・トイレ清掃等業者委託(同じ学校の定時制では一人当たりの金額にして学年費から徴収している。)
      B2校 (単位制) 清掃費   約130万円約50万円 (PTA費用から)
      B3校 樹木管理  約50万円   修理費   約71万円約70万円
      B4校 備品施設修理等 約143万円

       私費を使って教育環境整備をしている現状がうかがえる。
  2. IT関連の費用
     コンピュータ関係の使途がいろいろな項目に見られるのも気にかかるところだ。 IT機器や周辺整備は一品が高額になるため、 金額としてかなり目立っている。 教科指導や日常の学校運営業務に使用すると思われるIT環境の整備費用が見られた学校があり、 県費では対応できない部分を私費が担っている例と考えられる。 パソコンを使用した教材作成や成績処理、 学校運営のための資料作成は年々増加傾向にあるのに、 県の各学校へのIT環境の整備は追いついていない。 他の業種ではまず考えられないことだが、 業務の遂行のため私物のパソコンを持ち込んでいる例も非常に多い。 県の備品やリースであるそれほど多くない台数のコンピュータ関連の予算措置も不足しているのである。 周辺機器や消耗品の代金などもかなりかさむ。
     09年度から県により全校に新たな成績処理システムが導入されるが、 機器整備、 保守費用、 消耗品に関しての十分な県費予算が措置されていくのだろうか。
    C1校 パソコン修理 約40万円
    C2校 サーバー保守費 約34万円
    C3校 在籍管理システム 約11万円
        
     図書館の管理のためにもIT関連の機器に予算が使われている学校がある。 蔵書管理をパソコンで行っているためと見られる。 いったんパソコンでの管理を始めた以上、 途中でやめるわけにはいかないのだが、 現在、 県は、 学校図書館管理のためのITには、 予算を充当していない。

    D1校 約16万円
    D2校 約73万円
  3. 教科指導に関わる費用
     教科指導は教員としてもっとも根幹に関わる業務であり、 そのための予算は当然措置されていると考えるのが一般的だろう。 しかし、 教育振興費を見ていくと、 以下のような使途が目に付く。
    1. 教科部会等への登録費
       県内には各教科ごとに教科部会が存在し、 教材や評価の研究活動等を行っている。 公立私立を問わず高校教員が集う任意の組織である。 その会費が保護者の負担で払われている例もあった。 専門高校になると普通教科以外にも専門学科ごとの部会もありその金額は更にかさむ。 ある専門高校の例 (09年度) を見てみよう。
      例 E校
      県費対応・専門学科の全国校長会や進路指導協議会等  約10件 約 6 万円
      私費対応・普通教科の部会や保健・生徒指導関係等     8 件 約 6 万円
      専門教科の部会や教育研究会等      約15件 約18万円

       各部会や協議会での実践成果は教科の学習や進路・生活指導などで生徒に還元されることも多いが、 私費に頼った形で学校と外部とが連携を図っているともいえる。
    2. 教授用資料費
       授業を行うための費用も私費から支払われているケースが多い。 教材としての資料の充実のための予算計上はかなり多くの学校で見られた。 また、 教科書の教授用資料 (指導書) を私費で負担している学校もある。 進路用書籍などはHR教室や進路室で生徒が利用するものであるためやむを得ないとする考え方も成り立つが、 教員が授業を行うために基本的に必要な資料を保護者の負担に頼ることは普通の状態とは言えないだろう。
      F1校 教授用消耗品 約123万円
      F2校 社会・理科・美術等実習教材費他 約151万円
               
    3. 教職員の研修に関わる費用
       教育振興費などの中に 「人権研修会」 「教育相談研修会」 等の名目で講師謝礼が計上されているケースがある。 場合によっては保護者の参加も得て開催しているかもしれないが、 教員の業務に関わる部分 (生徒理解・事故防止等) の研修に対しても私費で対応しているケースがある。
      G校 人権研修会講師費・交通費 約 3 万円
      D2校 約73万円
  4. 生徒の学習活動等に関わる費用
     学年費の資料は各学校によってかなり差がある。 集めている金額に教科書代や専門学科の実習費用まで含んでいるものから、 最小限全員に共通な費用のみとしている学校まであるからである。 また、 学年費のほかに、 年度途中で適性検査や学力検査、 芸術鑑賞、 遠足代金といったものを別途集めていることも考えられるため、 単純に比較検討はできない。 教育振興費等から支出しているケースもあるが、 安全振興会会費1200円・日本スポーツ振興センター共済掛金1470円、 高文連分担金160円・高体連分担金180円については多くの学校に共通する。
     その他、 生徒手帳・個人写真代・ゴム印・遠足代・芸術鑑賞代・進路の手引き代・卒業アルバム代 (近年は希望者のみの購入になっている学校もあるようだが)・総合的な学習の時間用ファイル代なども多くの学校に見られた。 個々人が受益する部分であるが、 授業の内容を記載したものであるシラバスの代金を学年費として徴収する例も見られ、 本来は県費であるべき部分との境界線がうまく引かれていないことも考えられる。 学年費や教育振興費において以下に見るような点で、 考えるべき問題を含んだ部分があった。
    1. 外部テスト等に関わる費用
       これは学校間格差が微妙に反映する項目である。 各教科部会が作成する県下一斉テストや長期休業の課題の他にも、 模擬試験や実力テストの代金、 業者の学習支援を利用するための代金を徴収している例が見られ、 中堅以上の学校に多いといえる。
      H1校 2年 県下一斉テスト
      学力テスト
      模擬テスト
      約700円
      約200円
      約700円 
      H2校 1年 春休みテキスト 2教科
      夏休みテキスト 3教科
      業者プログラム
      約500円
      約800円
      約4,000円
      H3校 1年 スタディーサポート 各学年 2,450円ずつ
      H3校 2年 スタディーサポート

       教育振興費に、 衛星講座等25万円という項目のあった学校もある。 しかし、 問題は中堅以上の学校だけではない。 進学向けの外部テスト以外にも、 課題集中校や専門高校においても、 各種の適性検査 (クレペリン検査・SPI検査など) やスポーツテストが行われているケースがかなりある。
       学校の教育活動の中で、 業者テストやサポート、 資格取得、 予備校などの教育産業を利用する場面が増えてきているのではないだろうか。 予備校の全国統一模擬試験のようなものを希望する生徒が学校で受けられるように便宜を図ることは従来からあった。 また共通一次試験導入以来、 進学校では複数の予備校の 「自己採点」 からデータを得て進学指導をすすめてきた経緯もある。 しかし、 データの利用からさらに一歩進み、 学習支援 (学習の動機付けや方法等) など学習のいわば根幹となる部分にまで業者教材を利用する例が見られる様になってきたのではないか。
       例示のH 3 校のように、 複数の学校で、 同じ企業の学習支援システムを導入していると見られる例があった。 1 種類のサポートだけではなく、 適性検査を含んだ進路サポートや小論文の添削を含んだサポート体制を準備している企業もあり、 教育産業の公立高校への参入、 教育の商品化が進んできていると考えられる。
    2. 特色ある学習に関する費用
       従来のチョークと黒板さえあれば授業ができるという形から、 副教材やプリントを用いた学習、 参加型の学習、 視聴覚教材やコンピュータを用いる学習など形態は様々になってきた。 学校設定学科や科目も可能になり、 教科にとらわれない学びも広がった。 そして教員以外の人に授業に参加してもらう場面や生徒が校外に出て行き学ぶことも有効な教育活動として認識されてきている。 そこで、 教材作成に関わる費用や講師依頼の経費も新たにかかってくる。
       県教委は 「特色ある学校づくり」 を推進し、 さらに 「新しいタイプ」 の学校を次から次へと作り出しているが、 そのために必要な予算措置は十分にされているのだろうか。 ある普通科高校の例を見てみよう。
      I1校 国際理解推進費  約14万円 国際理解教育諸経費・交流費等 
       さらに専門高校では、 専門学科の教育に関わる費用が必要となってくる。
      I2校 専門学科教育推進  約16万円
      産業教育フェア等参加支援 約20万円

       今年度は 「全国産業教育フェア」 が神奈川県で開催されることから、 県も年度予算で開催費として2,800万円あまりを計上しているが、 多くの専門高校では学校単位での参加に対して私費で対応する部分が出てくるのではないだろうか。
    3. 同窓会入会金
       3 学年の学年費の中に卒業対策として同窓会入会金という項目が見られる学校があった。 任意の参加であるべき同窓会の入会金 (3,000円から5,000円程度) を一律に徴収していると考えられる。
  5. 特色ある学校づくりと学校PRに関わる費用
     新校として数年前に発足した学校とコースをもつある学校の例を見てみよう。
    J1校 県費対応 学校案内
    私費対応 ポスター
    郵送
    高校体験プログラム
    ホームページ
    説明会関連
    約20万円
    約 4 万円
    約 1 万円
    約 1 万円
    約 3 万円 
    約 8 万円 など
    J2校 学校案内オープンスクール 約98万円
     
     中学生と保護者に対する高校のPRが、 この数年で加速度的にすすんでいる。 学校独自の対応として、 ポスター・パンフレットや映像資料作成、 その配布と説明のための中学校訪問、 校外の施設を使用しての複数回の説明会が当たり前のように行われるようになってきている。 公立校同士で生徒獲得のためにPRを競うような雰囲気もないとは言えない。 中学生が高校のことを知る機会は必要であるが、 そのための経費を特色づくりを重要な施策としてすすめている県が十分に用意していると言えるだろうか。
     今年度の県の教育予算の中から関連する項目を拾ってみると、 特色ある高校づくりの広報費として計上されている予算は277万円で 1 校あたりにならすと 2 万円にもならない。
  6. 部活動関係の費用
     最後に指摘しておきたいのは部活動関係の費用である。 個人に係る道具やユニフォーム代・交通費等は、 部によってはかなりの金額となる。 そのほかに部として活動をするための費用は生徒会費の中で生徒の手によって予算配分されている。 学校で徴収する生徒会費は一人当たり月額平均で全日制で約460円、 定時制で約280円である。 しかしその金額だけでは部活動は成り立たない。 教育振興費やPTA会費の中で、 部活動援助費として現実的に活動ができるよう支援しているケースもある。 主な使途として、 生徒会で対応できない高額物品の購入、 合宿への援助、 全国大会等の遠征費などがある。
    K1校 1文化部関東大会出場費用 約113万円
    K2校 1運動部・1文化部関東大会等 約51万円
     K3校 2運動部遠征補助 約52万円

     県は07年度より 「かながわ部活ドリーム大賞」 という表彰を始めている。 学校に対するグランプリ (最優秀賞) から始まり個人に対する 「部活メンバーシップ賞」 「部活マネージャー賞」 などの表彰、 「部活顧問賞」 「インストラクター賞」 「部活サポーター賞」 などの表彰も設け、 教職員や地域住民や保護者までも含め、 40団体24名を表彰している。 その中では全国大会の参加などの大きな実績を上げた学校が表彰されていくことが予測されるが、 それを支える遠征費・派遣費、 必要な備品費などの援助に私費が使われる傾向にあるのではないか。
おわりに
 私費会計の取り扱いはここ数年で整理されてきた。 また 「学校徴収金運営協議会」 などが設置され、 より公正さが目に見える形になった。 その結果、 支出時に学校の実態に合わない手続きもあることなどの混乱もあるが、 保護者や生徒と教職員が信頼関係を築き上げていくためにも、 私費の透明性は重要である。 ここで取り上げた問題の他にも学校周年行事積立金などの様々な問題もあり、 各学校で会計担当や運営協議会任せにせず、 職員自身が関心を持って私費の中身を検証していくべきだと考える。
 最後にまとめにかえて二つのことを指摘しておきたい。

私費の性格の変化
 今回はいくつかの項目を中心に私費の 「中身」 にふれてみた。 1994年に神奈川県高等学校教職員組合は、 高総検報告 第[分冊 「保護者のフトコロをアテにしない学校運営へ」 という冊子を出しているが、 それから15年たった現在、 社会の変化は大きくその中で学校も大きく変わってきている。 単位制高校・総合学科・中高一貫・通信制や定時制単独校など新タイプの学校が次々とつくられてきた。 観点別評価・キャリア教育・部活動なども県の施策によって推進されてきた。 これからも新しい施策は次から次へとやってくることが予測される。 そのような流れの中で、 新しい概念や政策に対応する部分を補う私費、 学校が地域や保護者にPRをすすめていく時代の私費、 という新たな問題を生んでいると考えられる。 基本的な教材研究に関わる部分はもとより、 体験学習やキャリア教育など新しい学習についても、 部活動などの教育活動についても、 学校運営に不可欠なIT環境についても、 そして開かれた学校づくりのためにも、 施設・設備・人的措置・教材等に対する県の予算は十分とはいえない。 その隙間を埋めていくために、 各学校では私費を利用するという構造ができあがっているのではないか。
 さらに、 進学率や部活動などの目に見える実績・新聞報道されるような新しい試みといった成果を上げるために私費を利用していく流れになっているのではないか。
 エアコン導入など、 むしろ保護者側から私費利用による環境整備を求められることもあるかもしれない。 また、 同窓生としてよりよい環境を同じ学校の後輩に贈りたいという善意もあるかもしれない。 しかし、 学校は公立学校本来のあり方についての共通理解を求めながら、 私費の使途についての検討をすすめていかねばならないだろう。 「授業料以外に保護者の負担がない=学校運営が行える十分な県費が予算化されている」 という理想の状況が生まれることはほとんど不可能であろう。 今ここで私費を全てなくしてしまったら、 おそらく教育活動は成り立たないのだろう。 それでも、 だからといって本来県費であるべきところを私費で対応しようという理屈は成り立たない。

予算と教育内容の格差
 施策を興しそこに予算をつけていくのが行政の手法だが、 各学校の特色づくりをすすめさせることによって、 予算は傾斜的に配分されてしまうのかもしれない。 07年より、 すでに 「進学重点校」 と指定された学校に対しての若干の予算配分が行われているが、 中等教育学校・新タイプの学校・外国語教育の重点推進校など、 今後どのように傾斜的に配分されていくのか、 いかないのか、 私たちは注視していく必要がある。 またきわめて強い特色を持つ学校に傾斜的に配分することにより、 ごく一般的な普通科高校や厳しい立場に置かれた生徒が通う学校への配分が少なくなってしまわないように求めていく必要がある。
 今回資料を収集して特に気になったことは、 私費予算のある・なしが教育活動の格差と大きく関わってくるだろうことである。
 資料として、 進学校に近い学校 (X) と課題集中校 (Y)・定時制高校 (Z) それぞれ数校の、 学年費・生徒会費を除いた私費の徴収状況と使途を把握できる範囲であげた。 学年費的な支出が教育振興費の中に含まれているケースや、 徴収金額以外にもPTA等の予算も収入に含まれているケースなどがあり、 単純な比較はできない。 XとYとの中間にあるような学校についても決算規模は多い少ないがあり、 一概に学校間の格差と徴収金額が比例した図式であるとは言えない。 しかし、 予算の規模が大きい学校は、 学習環境整備・行事や部活動への補助に対して使われている金額も大きく、 より教育活動が充実すると考えられる。 すなわち、 潤沢な私費がある学校とそうではない学校の間で、 生徒の活動や学習の内容に差が出ていると考えられるのである。 それは受益者負担という言葉で片づけてよい問題ではないだろう。
 研究所ではこれまで学校間格差と授業料免除の相関関係などを調査してきたが、 私費の徴収や使われ方と学校間の格差も関連があると考えられる。 一般的には進学校の保護者の方が経済的にゆとりがある傾向にある。 私費をぎりぎりの額に抑えて集めている学校と、 かなり多くの金額を集め、 環境整備や部活動補助を行っている学校があるとすれば、 よりたくさんの私費を集めやすい学校の生徒の方がよりよい学習環境に身を置きやすいという格差を生み出してくることになる。 保護者の経済状況の格差が、 生徒の学校生活の格差となって、 格差が再生産されてしまうことを示している。 県費の不足を私費が補っているという現在の学校予算の構造は、 新たな格差も生み出すことにつながるのではないだろうか。
                     

(たけだ まさこ 研究所所員)

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