新学習指導要領をどう読むか
 
高校教育課 林   忠さん
              井 坂 秀 一さん に聞く

 高等学校の学習指導要領が、 3 月 9 日に告示されました。 高等学校の教育現場に大きな影響があると思います。 そこで、 高校教育課のお二人にさまざまな問題について伺いました。


理念について

 現行の指導要領は、 改訂当時、 文部科学省が大変雄弁に理念を語りました。 (文部科学省が理念を語るということは余りなかったように思います。) 特に学力観については新しい考え方が示され、、 学習観を転換せよ、 というメッセージを現場は受け取ったと思います。 キーワードが 「生きる力」 「自ら学び、 自ら考える力」 「問題解決能力」 といったものでした。 これらの理念は学校教育のすべてに及んで改革が図られました。 教育内容に関しては削減が強調されました。
 今回、 文部科学省はパンフレットを配布して 「理念は変わりません。」 と言っていますが、 本当に変わらないのでしょうか。 週あたり授業時間について、 わざわざ、 30時間を超えることが出来ると書いていることなどからも理念が変わっていくのではないでしょうか。

林:概論の部分で、 現行と変わっていないと考えています。 文部科学省は、 昨年11月に 「生きる力  『理念』 は変わりません  『学習指導要領』 が変わります」 というパンフレットを各学校に配布しました。 これを見ると、 現行の 「生きる力」、 これをどうやって育むか、 ということに引き続き取り組んでいくことがわかります。 「生きる力」 を、 三つの切り口、 「確かな学力」 「豊かな人間性」 「健康と体力」 という三つの力をもって、 バランスよくはぐくんでいくという考え方については変わっていないと考えています。
 (週当たりの授業時数について) 30単位時間を超えてもよいことについては、 新聞では大きく扱われていますが、 中身がないまま使われている。 われわれはまだ、 こういう方向で行こうということは明確にいうことはできませんが、 標準は30単位時間という前提で行きたいと思っています。

井坂:現実には、 単位制の学校などでは30単位時間を超えて授業時間を設定している学校もあります。 中教審の答申 (平成20年 1 月17日) で、 「(引き続き30単位時間を標準とした上で) 各高等学校の工夫により30単位時間をこえて授業を行うことが可能であることを明確にする必要がある。」 と書かれていることを具体化したものです。
 高校は義務教育と違って学校の独自性がある、 とは言え、 もう少し文部科学省の説明を聞いた上で打ち出したい。

林:英語は英語で教える、 というのも新聞で大きく扱われているが、 新聞はいつもそういう書き方をします。 新しい言葉だけがポンと出てしまう。 他のテーマのことですが、 (私の経験では) インタビューを受けて、 はっきり否定しているのに (全く逆のことを) 書かれてしまったこともある。 30単位時間を超える必要がある学校は超えても良いし、 現状でもある。 みんなで超えようということではない。 高校は、 幅も深さもいろいろな違いがある、 それを許容しようということで出したのだと理解しています。  

井坂:今回は、 教育基本法、 学校教育法が改正され、 教育の目標等が定められ、 その流れの中で学習指導要領が出された。 中でも学校教育法第30条 2 項では、 明確に、 これからの、 求められる学力観について書かれている。 この点が今までと違うところかな、 と思っている。
第30条 2 項 「基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、 これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、 判断力、 表現力その他の能力をはぐくみ、 主体的に学習に取り組む態度を養うことに特に、 意を用いなければならない。」

林:思考力、 判断力、 表現力、 という言葉はよく使われる。 基礎、 基本を学んだ上で、 思考力、 判断力、 表現力を伸ばしていきましょう、 ただ知識があるだけではダメ、 どう活かしていくかが大事だということだ。

指導要領の基準性について

 現行の指導要領は施行されると半年で改訂されました。 ご承知のように学力低下批判が激しくなってそれに対応したものです。 私たちは学習指導要領が事実上変わることを新聞紙上で知りました。 寺脇研さんが、 新聞で 「これまでとは運用を変えます。」 と発言しているのを見て知ったのです。 今回の改訂を見ると現場でさんざん論議してきた 「総合的な学習の時間」 の扱いなどがまた、 大きく変えられています。 学習指導要領の基準性とは一体なんなのか、 という疑問が湧きます。
 今回も、 最低基準であることをはっきりさせたと説明する一方で、 大変細かいことが書かれるようになっています。 (例えば10分授業も可であるとか、 英語で授業を行えとかいった指導方法に類することです。 新聞ではこちらの方がむしろ大きく取り上げられていますが) 学習指導要領はもともと大綱的基準ではなかったのでしょうか。
 現行の指導要領が告示された時までは、 基準というのは上も下もあるという意味で、 2003年 (平成15年) の改訂で最低基準 (下はない) という意味に代わり、 今回それがさらにはっきりした、 ということでしょうか。

林:文部科学省のパンフレット (前掲) にも最後のページに出てきます。 高校は、 義務教育とは違いがあるなかで、 すべての子どもにきちっと教えるべき内容を、 標準モデルとして示していることで、 基準もしくは基準性という言葉があてはまる。 標準モデルとあえて言い換えたのは、 (標準というからにはそうでない部分もあるということだろうが) 今回の学習指導要領では、 中学との接続を意識した学習があっても良いと言っていることなどがあげられます。 高校には、 中学の学習を十分学びきれなかった部分を補充する、 という使命を帯びているし、 一方、 いわゆる歯止め規定がなくなったことについては、 より一層発展的な学習も行う、 ということだ。 ど真ん中はきちっとあてたけれど、 発展も基礎もある中で、 大通りの基準は示しましたよ、 というふうに理解している。
 ただ、 義務教育とは違って高校では基準性という言葉の受け方は難しい。 義務教育とは違った受けとめ方がある。 高校の使命からしてある程度の自由度がないといけないのかな、 とは思っている。 学校や生徒の実態にあった学習が行われないと学びが不十分になって、 例えば中途退学につながったりして社会的問題になってしまう可能性もある。

井坂:だから、 そこは必履修なんだということで押さえているのだと理解している。 指導要領は、 すべての子どもに対して指導すべき内容を示しました、 それが基準なんだ、 ということだと思う。 第 1 章総則第 1 款で書かれているように、 あとは各学校の特色等に応じてということではないか。 いずれにせよ、 必履修はきちっとやらなければならないと理解している。

「総合的な学習の時間」 について

 現行では総則で款を構成していた 「総合的な学習の時間」 が各教科と並んで章をたてられ、 説明されています。 このため、 教育課程の基本に関わるという視点はずいぶん薄らぎました。 また、 「特に必要がある場合は」 単位数の削減も可能です。 現行では、 ダメと言われていた、 修学旅行の内容を総合的な学習の時間に充てることも、 可能になったようです。 「総合的な学習の時間」 は消滅していくのでしょうか。

林:まず、 「総合的な学習」 の時間の今後についてだが、 2 単位にできると書かれたことで、 現場ではある意味の期待感が生まれる、 ということは否定しない。 しかし、 文章をよく読むと、 「特に必要のある場合には」 と、 厳密に書いてあって、 ただ単に減単するのではなく、 その目標から見てみると、 教科・科目のなかで知識・技能の活用を図る学習活動の充実が図られ、 その中に探求的学習が十分に盛り込まれている場合には、 2 単位にすることもできる、 という 「出きる規定」 なんです。 一足飛びに2単位に出きるわけではない。 そのあたりを各学校で検証して、 できる、 できないという判断をしていただかないといけないと思っています。 教科・科目の横断的な学習をーもともと、 教科横断的な学習が総合的な学習なのですからー教科・科目の中で出きるのであれば、 そこを教科・科目のなかでまかなうことも可能だ、 そこをバランスよく見て下さい、 ということだと思う。 そうした意味では、 国が、 学校のカリキュラム編成にゆだねたという部分もあるのではないか。 学校さん、 しっかりやって下さい、 ということではないか。 いずれにせよ、 教科等とのつながりの中で見ていこうということで、 そういう意味では一歩前進だと考えている。
 修学旅行など具体的なことについてはまだ、 十分解釈しきれていない。

井坂:今後文部科学省に質問する機会がある。 全国の教育委員会が質問すると思いますよ。 きちんと聞いた上で学校に示していきたい。

林:どんな内容なら良いのか、 何時間認めるのか、 などの細かい説明は全部抜けてしまっている。 今は修学旅行だけが先走ってしまっている。

井坂:総合的な学習の時間が、 総則から抜けたというが、 それだけ浸透してきたということも言えるのではないか。 教科と同じ扱いになって目標等が明確になったと受けとめている。
 現場でも大変な思いをしながらも、 意欲的に取り組んでいる素晴らしい事例も少なくないでしょう。 消滅というようなことではないと思う。
林:総合的な学習ならではの学び、 教科・科目では無理だが、 という学びがあると思う。 子どもたちにとっていわゆる座学にはない新しい発見もあるのではないか。
 HRの中の短時間の学習活動、 読書活動などは、 もしかしたらより取り組みが深まってくるかもしれないが、 精査しないとわからないというのが本当のところだ。

「必履修教科・科目」 について

 現行指導要領の目玉の一つは必履修教科・科目の選択制でした。 それが単位数では選択の余地があるとしても共通になりました。 数学基礎などの科目も消えてしまいました。 なぜあれほど選択を強調していたものが共通になったのでしょうか。 また、 国語総合は4単位が標準ですが、 2 単位まで減じることが出来るようになりました。 これまで半分に減じることは強く禁じられてきたのになぜ可能になったのでしょうか。 行きあたりばったりのような感じがしてなりません。 外国語は前回たいした論議もなく、 必修になり、 今回は小学校から英語を、 と言うことになりました。 文部科学省は、 外国語を、 数学、 国語と並んで、 「学習の基盤」 と言っていますが、 外国語ほど必修になったり選択になったりした教科・科目はありません。

林:共通の必履修を国、 数、 英の 3 教科で導入したわけですが、 これは言葉としては基本言語と言われることがある、 「読み・書き・そろばん」 ですね。、 コミュニケーションのための言語としての国語、 論理的思考のための言語としての数学や外国語を必履修にしたことで国の姿勢を出したということだと思う。 多様性と言うことでは選択科目がある。 国、 数、 英についてはPISAの学力調査に際して再認識したのだと思う。 一方、 共通性を出しながら単位数で学校の独自性、 生徒の実態に応じた、 補充的な、 あるいはステップアップに対応した学習が出来るように担保したのだと思う。

井坂:中教審答申にあるように、 学習の基盤が、 広い意味での言語を活用する学習、 英語、 数学、 国語なのだと思う。 PISA型の読解力、 広い意味での読解力だ。 現行でも 国語は言語の教科としての位置づけが明確になっている。 英語も 「オーラル・コミュニケーション」 科目から 「コミュニケーション英語」 科目へと代わり、 数学は数学的活動の重視ということだ。

林:PISAは世界的な調査ですから、 国の教育行政のトップである文部科学省としては、 当然踏まえていると思います。

「多様性と共通性のバランス」 ということついて

 金森越哉文部科学省初等中等教育局長は、 「月刊 高校教育」 の2009年 1 月号で 「多様性と共通性のバランスが大事」 とおっしゃっていますが、 今回書かれた、 義務教育段階の復習をする科目や、 10分授業などはこれまでの指導要領のもとでも出来なかったわけではありません。 多様性については1970年 (昭和45年) 告示の指導要領から繰り返し言われてきたことです。 数学や国語などは現行ではじめて選択必修になり、 今回又元に戻りました。 外国語は先にも申し上げたように必修になったり選択になったりしています。 多様性と共通性については、 余り明確な理念を語ることなく、 文部科学省自身が混乱しているのではないでしょうか。

井坂:義務教育は、 教育課程上高い共通性を担保しなければならないが、 高校では必要最低限の必履修教科・科目がありこれは変わっていない。 その他に選択科目がある。 しかし、 全国的にも神奈川県でも国語や数学は学校必修となっている場合が多い。 現行では必履修も選択となっているが、 実態は必ずしも生徒が選択する形には、 単位制高校は別にして、 なっていない場合が多い。 実態に沿った形で今回は共通科目とし、 あとは単位数で、 ということもあると思う。 選択科目については74単位の中で十分担保されているわけですから。

林:ここは方程式はないのではないか。 高校を卒業したということで認められる共通な部分はあるんだろうと思う。 教科・科目の学び、 健やかな人間性などをはぐくむことにおいてもそうである。 しかし、 高校によって大きな違いがあるということから多様性を担保しておかないと、 学校に行っても充実感がない、 ということになって、 存在意義が問われてしまう。 これからは、 共通性と多様性については各学校が説明責任を求められることになるのではないか。 われわれも頑張るが学校も様々な工夫ができるのではないか。

評価のあり方について

 中央教育審議会の答申では、 「より一層簡素で効率的な学習評価が実施できるような枠組みについて、 さらに専門的な観点から検討を行う」 とされています。 4 観点も含めて大幅な見直しがされるのでしょうか。 現状では学校にとって極めて大きな負担になっているので関心が高いと思います。

林: 「教師が子どもと向き合う時間を確保する必要がある。」 ということがいろいろなところに出てきます。 前掲のパンフレットにも今回の国の通知にも出てくる。 国もわれわれも十分認識している。 一方で多忙感ということが言われていて国もわれわれも調査をしている。 学習評価に相当な時間がかかっているということは承知している。 改善策として、 この 4 月からこれまで単位制の学校にしかなかった成績処理システムを学年制の学校にも導入します。 導入を 1 年先にしても良いという選択肢を残しながらですが。 異動により学校を変わると成績処理システムが変わってしまって理解するのに時間がかかる、 ということを共通のプラットフォームを作ることによって解消しようというのが目的です。 以上は作業上のことです。
 理念としては 3 観点〜 5 観点で生徒を把握するということが、 今後も求められるというのは変わりませんが、 義務教育と同じベースでやらなければいけないのか、 もう一度検討しなければならない。 神奈川は全国的にも先に行っているので検証が出来る時期に来ている。 答申の文言にピッタリ来るかどうかはわかりませんが、 あくまで学習指導要領を踏まえた上で、 検証をするのはわれわれの仕事だと思っています。

移行措置について

 高等学校に関しては、 平成21年度中に周知徹底を図り、 可能なものは先行実施、 とされています。 文部科学省の教育委員会への説明、 現場への周知徹底等の予定について教えて下さい。 また、 どのようなものが先行実施されるとお考えですか。

井坂:来年度上半期に (文部科学省で) 教育委員会対象の中央説明会があります。 それを受けて県段階で教科ごとに先生方対象の説明会を行います。 これは下半期になるでしょう。
 移行期はできるところからやっていけということですから 「総合的な学習の時間」 「特別活動」 「道徳」 については22年度に新たな取り組みをすることになるだろうと思います。 特に 「総合的な学習の時間」 は12月末には翌年度の計画を届け出てもらっていますから。  

林:指導主事が文部科学省の説明を聞いてきてそこから内容を十分に理解するための時間が必要です。 疑問があれば文部科学省とやりとりすることになります。

井坂:忙しい中で申し訳ないが、 学校には写しを送っているので、 是非学習指導要領を読んでおいていただけるとありがたいです。 そうすれば共通の土俵で各学校といろいろな話しができることになりますから。

最後に

林:英語の授業を英語で教えるということがメディアで大きく取り上げられて注目されています。 神奈川では英語教員の指導力向上研修を総合教育センターの力を借りて 5 年間かけてやってきました。 ただ、 どこまでできるのか、 今はフラットな状態です。 できる学校はやれというのは無責任ですし。 英語教育については、 ネイティブの配置についても財政当局のご理解を得て率先してやってきたので、 一歩すすめたいという気持ちはあります。 ただ、 実態を踏まえてやらないと混乱しますから、 具体的なあり方についてまだ即答はできない。

井坂:指導の中で工夫することですから。 今後、 解説書も出ますしね。

林:細かいことは解説書を読んでやれと国は言っています。 解説書を読まないと言葉の細かいところまでは読み切れない。

井坂:今、 4 単位を半分にするのはダメ、 というのも解説書を踏まえて言ってるわけです。 解説書を読んでみないとよくわからないんです。
 最後にお願いしたいのは、 現行のカリキュラムで学んでいる生徒がいるということです。 新しい学習指導要領の研究はもちろん必要ですが、 どうしても先ばかりを見てしまいがちになりますが、 浮き足立たずに目の前の、 今のカリキュラムで学んでいる生徒のことをより一層工夫しながら指導していただきたい。


聞き手 教育研究所 永田 裕之
 このインタビューは、 3 月16日に高校教育課会議室で行われました。
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