独自調査を終えて
 
手島  純

1 独自調査
 今回の独自調査は、 以前から当教育研究所や教育社会学会が問題にしてきた 「学校間格差と階層差」 ということについてであった。 教育研究所は情報公開等によって神奈川県立高校の授業料免除者数 (2003年度〜2005年度) の資料を入手し、 そのデータをもとに、 授業料免除者率と学校ランク (受験難易度) がどういう関係にあるかを調べた。
 その結果、 課題集中校や定時制では、 生活保護の基準をもとに決められる授業料免除者率が高いということが分かった。 学力が低位に位置づけられている課題集中校や定時制では、 経済的に苦しい家庭の生徒の割合が多く、 学校間格差と経済的な格差がリンクしていることが明らかになった。 さらに、 03年度から05年度にかけて、 いわゆる上位校では授業料免除者率がほぼ変化しないのに、 課題集中校や定時制で増えていることも分かった。 日本が格差社会になっているということが言われているが、 そのことが生徒の家庭を直撃しているのではないかと思われる。
 情報公開をしてそれを分析することに加え、 県立高校で授業料に関する事務を担当している (していた) 職員 4 人の方にインタビュー (質的調査) を行った。 その結果、 「課題集中校や定時制では授業料担当者は精神的にも肉体的にも疲弊している」 (インタビューより) ことが分かり、 授業料がなかなか徴収できない状況も判明した。

2 教育討論会
 以上のような独自調査をもとに私 (手島) が報告をし、 さらに進学重点校の問題にも触れた。 つまり、 今日のように格差が広がり、 それが生徒の学力に直結するような時代に、 進学校ばかりに焦点を当てていいのかという疑問である。 そのことについては、 東大の佐藤香氏が 「高校は進学準備だけではなく、 これから社会に出ていく人の完成教育の役割もある。 進学準備だけに特化してはいけない」 という旨のことを話された。
 会場からは、 お金がなくて修学旅行に行けない生徒のこと・定時制の教員が授業料徴収に苦労している話・部活の試合の遠征費が工面できない生徒の話などが報告された。
 教育討論会の詳しい内容は本誌に掲載されているので、 それを参考にしていただきたいが、 概ね独自調査を裏付けるような発言が会場から多くなされ、 佐藤氏からは教育政策の問題点が指摘されたことは特記しておきたい。

3 新聞報道

 11月17日付け神奈川新聞の一面に 「経済力が学力左右」 というタイトルでリードには次のように記された。 「県立高校全日制で生活保護世帯などへの授業料減免を受けた生徒の割合 (減免率) が2005年度、 最も高い学校と低い学校で55倍の差があったことが16日、 分かった。 学力不調が指摘される課題集中校の減免率が軒並み高い一方で進学校では低く、 家庭の経済格差と学力格差の相関関係を裏付けた形だ。 同年度までの 3 年間で格差が広がっており、 深刻な実態が明らかとなった」。 次の本文では 「高校教員らが研究員の県高等学校教育会館教育研究所が、 県への情報公開請求などで入手した資料で分かった。 それによると…」 ということで、 細かな数字をあげて家庭の経済力がいかに子どもの学力を左右するかについて書かれている。 この記事が載った11月17日は、 教育研究所主催の 「教育討論会」 当日であったので、 タイミングよく会場の参加者にコピーが配られた。  翌18日には、 その教育討論会も神奈川新聞が取りあげてくれた (資料A)。 記事は 「格差の中の生徒たち」 というタイトルで、 討論会の内容が紹介された。 冒頭に 「県立高校で生活保護世帯などを対象とした授業料免除を受ける生徒の割合が学力不振の課題集中校ほど高く、 家庭の経済格差が学力格差につながることを裏付ける県教育委員会の調査結果が判明したのを受け、 県高等学校教育会館教育研究所が企画した」 とあり、 教育現場からの生徒の実情を訴える声も掲載されている。
 11月20日付けの神奈川新聞では、 社説で教育研究所の調査が取りあげられた (資料B)。 教育研究所の調査や教育討論会がマスメディア (神奈川新聞) にこれほど取りあげられたことは今までなかったことである。 それだけ、 経済格差と学力格差の問題は大きく、 深刻であることの証左ではないか。 社説の最後にはこう書いてある。 「学校や教育行政は、 若者を使い捨てる経済構造に対峙し、 学力の底上げ策を打ち出してほしい。 家庭事情で子どもたちの将来が宿命付けられる社会は決して健全ではない。 そこに警鐘を鳴らすことこそ公教育の存在意義である」。 神奈川新聞は公教育ということに焦点をあて、 県立高校の全体像を考えるというまさに 「健全」 な視野をもっていると思う。
 さらに神奈川新聞は、 「崩れゆく機会均等− 「格差」 の中の県立高校」 というタイトルで 5 回シリーズの記事を掲載した。 県内の課題集中校や定時制高校などに直接取材に行き、 現状をしっかり踏まえた記事であった。

1・2 回目は、 教育研究所のデータを裏付けるような課題集中校の生徒へのインタビュー記事である。 3 回目は、 学校は違うが同じ課題集中校に勤務する教員からのインタビューをもとに記事が構成されている。 4 回目は定時制高校についてである。 神奈川の教育問題は定時制高校問題であるというほど、 定時制にさまざまなしわ寄せが集中している。 先の授業料減免率も定時制が圧倒的に高い。 つまり、 定時制生徒の家庭の経済力は恵まれていない。 これまでのまとめとしての 5 回目は辛辣である。 「教育行政−公教育の役割放棄に」 というタイトルがつき、 課題集中校や定時制高校と対極にある 「進学重点校」 (県教委が10校指定した) や奨学金のハードルを高くした教育行政を批判している。 そこには次のように書かれている。 「学区撤廃、 進学重点校指定、 中間一貫校…。 県教委が次々と打ち出す 『改革』 で選択肢が広がり、 恩恵を享受しているのは誰なのか。 経済的に恵まれ、 教育投資が十分にできる層が結果として、 有利になる制度になってはいないか。 授業料免除率の格差は、 その一端を物語っている」 と。 最後にこの記事は、 当教育研究所の所員である東京大学社会科学研究所の佐藤香准教授 (教育社会学) のことばで締めくくられている。 同じように私も佐藤氏のことばで筆を置きたい。
 「一連の動きは格差助長に結びつく可能性が高く、 このままでは公教育の役割放棄と見なされても仕方ない。 教育と福祉の連携を深めるなどして、 格差を再生産しない取り組みを進めるべきだ」。


(てしま じゅん 教育研究所員)
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