海外の教育情報(8)
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
翻訳 山梨  彰
訳註 沖塩 有希子
解説 佐々木  賢

ストレス疲れの生徒には試験が多すぎると教師は語る

The Times 2007.6.11 教育部長アレクサンドラ・フリーン

 教師の専門団体の意見では、 7 歳、 11歳、 14歳を対象とした全国試験 (注1) は、 生徒を無作為抽出する試験と教師が評価する方法に変えられるべきだという。
 全国教員協議会 (the General Teaching Council) (注2) は、 現在の学校での試験制度を強く批判して、 それは成績水準 (standards) を上げるどころか、 カリキュラムの狭隘化を強め、 生徒を学びから遠ざけ、 不安を増大させていると述べた。
  「世界で一番たくさん試験を受ける生徒の一例がイングランドの生徒です。 しかし、 試験そのものは成績水準を上げていません」 と下院の教育小委員会 (the Commons Education Select Committee) (注3) への報告書の中でキース・バートレイ協議会理事長は述べている。 「試験があまりにも多くの目的のために利用されており、 そのため試験の信頼性と妥当性が低下しています」。
 バートレイ氏は、 あらゆる試験を止めるべきだといっているのではなく、 生徒全員が同じ日に同じ問題に向かう 「大きな賭け」 ともいえる全国試験を、 生徒一人一人の成績の歩みを調べる仕組みに変えることを主張している。 「現在の制度にはますます欲求不満が募ってきていますし、 期待したほど早く成果が上がっていません。 教師には生徒を評価する際にもっと自らの判断を効果的にやってもらう必要があるし、 このようなプロセスに生徒が加わってもらう必要もあります」 と氏は述べた。
 アラン・ジョンソン教育技能相 (注4) は、 全国試験を廃止すれば成績水準が上がるだろうと推測するのは 「重大な誤り」 と述べ、 BBCの取材に対し 「子どもたちが英語や数学や科学のしっかりした基礎力 (注5) をもって卒業するのを保証するのが政府の責任なのです」 と語った。
 全国教員協議会の提案によると、 対象となる学齢集団のうち 1 〜 3 %が全国試験を、 しかも必ずしも同じ問題でなくともよい試験を受けるような抽出法によって、 成績水準を調べることは可能だという。 協議会はまた、 全国カリキュラムに基づくキー・ステージでの試験をやめ、 教師が生徒の準備の程度を判断して行う一連の試験あるいは課題に切り替えることを奨励している。
 協議会は、 生徒が平均的に70回の試験を受ける現在の仕組みをずっと批判してきたが、 今回の批判は最新のものである。
 今年になって、 資格カリキュラム総局 (The Qualifications and Curriculum Authority) (注6) のケン・ボストン局長は試験制度を洗い直すように求めた。 主任学校査察官のクリスティーン・ギルバートは政府に 「優先事項として」 全国カリキュラムを再検討するように求めた。
 保守党は学校の達成度を測定する試験制度の重要性を強調してきたが、 デヴィッド・キャメロン党首が委託した見直し政策からは 「回数は少ないけれど難しい試験」 制度を奨励する内容が出ることが予想されている。
 政府は繰り返し、 全国試験と成績表を実施すると述べているが、 先週、 試行的に達成度試験 (progression test) 制度を導入した。 これはレベルに応じた試験 (level-by-level testing) といわれ、 生徒の試験準備ができているかを教師が考慮した上で毎年12月と 6 月に小テストを受けるような仕組みである。
 下院の教育特別委員会はこの試験制度に関する調査を考慮中である。     

【訳註】   
注1 国が定めたカリキュラムの到達度を測るためのテストで、 7・11・14・16歳時に受験することになっている。 各年齢は、 全国カリキュラムに規定された年齢区分:キー・ステージ ( 5 〜 7 歳がキー・ステージ 1 に、 7 〜11歳がキー・ステージ 2 となり、 ここまでのステージが初等教育段階にあたる。 11〜14歳がキー・ステージ 3 に、 14〜16歳がキー・ステージ 4 となり中等教育段階にあたる) の修了時期と対応している。 16歳時に受けるテストについては中等教育一般証明試験 (GCSE、 その詳細は、 「失敗、 失敗、 そして失敗」 の記事の注 1 を参照のこと) と呼ばれる。  
注2 1998年制定の 「教育指導と高等教育法」 が機運となって、 2000年 9 月に創設された政府から独立した教育職のための専門家団体であり、 法令上政府への勧告権を持つ。
注3 Select Committeeは特別な問題について話し合うために下院に組織される10〜15人の小委員会である。
注4 アラン・ジョンソン氏は、 グラマースクール卒業 (日本の高校レベル) が最終学歴で、 郵便配達員から出発し、 逓信労働組合の書記長を務め、 1994年に国会議員として選出されて以来、 2004年以降だけで 4 つの閣僚ポスト (教育技能相を含む) を歴任した。 ブレア首相は2007年 6 月27日に辞任し、 後継のブラウン首相は、 教育技能省 (Department for Education and Skills (DfES)) を以下の 2 組織に再編・改組した。
 1.子ども・学校・家庭省 (Department for Children, Schools and Families (DCSF))
 DfESよりも子どもと家庭の置かれている環境に関する政策を打ち出す模様。 大臣はエド・ボールズ氏。
 2.刷新・大学・技能省 (Department for Innovation, Universities and Skills (DIUS))
 研究面での世界水準を維持し、 世界経済の中で高い技能を有する労働者を養成していくための長期政策立案を実施する省。 大臣はジョン・デナム氏。
注5 1988年教育法において、 英語・数学・科学の 3 教科は主要教科である 「コア・カリキュラム:Core Subjects」 と規定された。 同時に 「基礎教科:Foundation Subjects」 も定められ、 歴史・地理・外国語・音楽・体育・市民教育・芸術とデザイン・情報などがある。 これらの教科内容に関しては、 「学校の新しい時間割の1/4がバイキングスタイル授業」 の記事後半のカリキュラムについての記述部分を参照。
注6 1997年教育法により設立。 政府の外郭団体で、 カリキュラム・評価・試験・資格を管理する機関。 同局の詳細については、 以下を参照のこと。
 〈http://www.qca.org.uk/

失敗、 失敗、 そして失敗 ブレアの壮大な公約に反し、 学校教育の水準は急降下
The Daily Mail 2007.6.22 教育通信員 ローラ・クラーク

優先事項は 「教育、 教育、 そして教育」 というトニー・ブレアの有名な公約は、 今日、 一つの辛辣な報告書によってうわべだけの空っぽのものであることが露呈された。
 ブレアの10年間の在任中に、 学校成績の国際的な一覧表の中で占めるイギリスの子どもの順位が急降下したと、 その報告書が示した。
 主要科目に関して現在の順位は韓国、 リヒテンシュタイン、 チェコの次であるし、 私立学校と公立学校との格差は他のどの国よりも大きい。
 いくつかの研究では、 ブレア氏が教育について 「浪費の10年間」 を統括したと非難され、 成績水準が上昇しつづけているという労働党の主張の誤りが示された。
 独立シンクタンクのサットン・トラストが発行したこの報告書は、 それぞれ別々の12の国際的な試験の結果を見ると、 試験の平均点が上昇したというブレア首相の主張は証明できないという。
 GCSE(注1)とAレベル(注2)という全国カリキュラム試験について公表された結果が信頼できないのは、 この試験制度が政治的な干渉を受けやすいためだと報告書は断じている。
 報告書は、 試験点数の上昇の原因は、 生徒の実際の試験成績だけでなく、 「試験に合わせた授業」 や試験の記載事項の操作や上昇傾向の評価インフレ (注3) であると述べる。
 実際にイギリスでは、 10代青少年の国際的な順位は下がり続けた。 その理由は、 他の国と歩調を合わせることに失敗したからだというのが教育専門家のアラン・スミザーズ教授の意見である。 教授は公的な試験結果の価値を完璧に否定して明言する。 「トニー・ブレアの下でイギリスの教育はよくなったでしょうか。 その簡単な答えは、 理想を言うよりも現実を語るのはずっと難しいということです」。 教授が述べている中心的な研究は、 PISA (OECD生徒の学習到達度調査) が行った試験と世界各国の15歳の生徒を対象にした試験も含んでいる。
 数学の成績一覧表の一つでイギリスは、 わずか 3 年間で 9 位から19位に落ちた。 リヒテンシュタインやアイスランドよりも下位である。 授業料が無料の学校では、 ブレア政権の間に生徒数が12%増えて、 その利点を確固たるものとしたが、 その一方で公立学校での怠学は記録的な水準まで悪化している。
 報告書は、 ブレア首相が抱き続け、 自分の評判を託した教育政策の目標が、 生徒に真実の知識を丁寧に教え、 広い範囲の教育をしていくよりも、 試験に合格させるため徹底的に教え込むように学校を追い立ててきたと主張している。
 こうした分析は、 この水曜日にダウニング街 (首相官邸) を去ろうとしているブレア首相が政権の座にあった10年にたいする批判的な告発状と考えられる。 ブレア首相は、 教育に関する約束を果たす決意で、 1997年の290億ポンドから今年の600億ポンドへと予算を段階的にひき上げた。 昨夜政府官僚たちは激しい反撃を始めた。 彼らの主張によれば、 試験制度は 「非常にしっかり」 しており、 監視機関の教育水準局 (注4)   が学校教育の水準の維持を保証しているという。
 しかしながら、 研究がすでに示しているように、 小学校での公式の結果は、 特に英語に関して生徒の学業成績の誇張は芝居がかっているほどであり、 複雑な数値計算をする監視機関の統計局から政府官僚たちが拒絶されるようにますますなってきている。
 その研究は、 「統計手続の弛緩」 を暴露した。 それは、 全国カリキュラムの評価に対する合格点が次第に甘くなってきたという意味である。
 バッキンガム大学のスミザーズ教授は自分の報告書のなかで、 「労働党政府の下での、 中央の達成目標からくる圧力と、 さらに計算力と読解力の結合戦略とによって向上したものがあるかどうかには疑問の余地があります」 と付け加えた。
 サットン・トラスト会長のピーター・ランプル卿は、 「学校に関する統計はあまりにも政治化されているので、 とくに学校の教育上の成果を評価する独立の監視機関を作ることを考える時期です」 と述べた。
 保守党の教育問題担当のニック・ジブ氏は 「せっかくのチャンスが台無しになった無駄の10年間でした。 労働党には、 教育の停滞の根深い原因に取り組むためのチャンスが実際にあったし、 多くの支持もありました。 しかし、 この10年間ずっと、 既成の教育関係組織にへつらっていたのが労働党なのです」 と言う。
 学校と学習者問題担当 (Minister of State for Schools and Learners) のジム・ナイト政務次官は、 「政府にとって重要な批評家」 であるスミザーズ教授が、 教育を改良するための指摘をこれまでにしてきたとは言う。
 しかし、 ナイト氏は次のようにも述べている。 「しかし、 スミザーズ教授は過去10年間に学校の中で起こった本当の変化を過小評価しています。 1997年に比べると、 現在95,000人以上の11歳児がその年齢に求められる英語の目標水準に達していますし、 数学については83.000人以上なのです」。   

【訳註】
注1 GCSE (General Certificate of Secondary Education、 中等教育一般証明試験) とは、 義務教育の最終学年時 (16歳)に受ける試験。 14歳からの 2 年間、 GCSEに向けた教育が行われ、 この期間の学習内容から試験の出題がされる。 知識の応用力・問題解決能力・理論的な思考が重んじられる (短い論文形式の解答が主体)。 生徒は、 自分自身の能力・関心に即して選択受験する。 また、 試験の結果はグレード付けされていて、 リーグ・テーブル (学校成績順位一覧表) として新聞・インターネット上でも公開されるので、 親の学校選択の1つの判断材料とされている。
注2 Aレベル (General Certificate of Education-Advanced Level) とは、 中等教育修了証明 (試験) で、 日本の高等学校段階の教育修了資格にあたる。 GCSE (中等教育一般証明試験) で所定以上の成績を修めた大学への進学希望者は、 16〜18歳の2年間、 6th Form (シックスス・フォーム) と呼ばれる日本の高校に相当する教育を受け、 全国統一試験である通称Aレベル試験を受験する。 これは、 日本の高等学校段階の教育修了資格にあたるが、 試験の内容は、 日本の大学の専門教育の初期レベルに相当しているといわれる。 生徒は、 自分の希望する学部の入学条件に沿って科目選択をする。 選択できる科目は多様であって、 英語・数学などの科目以外に、 法律・社会学など専門的な科目も用意されている。 シックスス・フォーム 1 年目に 5 科目程度を選択し、 2 年目にそのうちの志望専攻に関わる 3 科目に絞りこんで学んでいく。 GCSEと同様に理論的な思考や深い理解力が試される。 結果は、 A(最高) からE(パス) までアルファベット順にグレード付けされる。
注3 評価インフレーション (grade inflation) とは、 意欲の低下を避けるためなどで、 わざと普通よりも高い評価をつけること。
注4 教育水準局 (Ofsted, Office for Standards in Education) は、 1988年教育法を受けて1992年に設立された。 各学校の教育水準を査察・評価・報告する政府機関である。 現在では、 3 年ごとに各学校は監査を受けることになっており、 1 週間ほど前に通知され、 4〜5 名の監査官が 2 日間訪問し、 学校側の自己評価に基づく監査が行われる。 教師の授業の内容・児童生徒の学力や生活態度・校長の学校経営力 等を視察して、 4 段階:「優良」・「良」・「十分」・「不十分」 で評価する。 「不十分」 は改善勧告の対象となり、 その勧告のうちで最も深刻なのが 「特別措置」 である。 毎年 1 %程度の学校がこの評価を受けるといわれ、 そうした学校は、 教育水準局から数ヶ月に 1 回程度の監査を受け、 2 年間で改善が認められないと教育相から閉校を命じられる。 学校監査の結果は 「学校監査年次報告書」 として毎年公表されている。 同報告書の内容については、 以下を参照のこと。
 〈http://www.ofsted.gov.uk/reports/
注5 ジョン・プレスコットはブレア内閣で首相代理を務めたブレアの側近であったが、 2005年12月には、 公立学校 (state school) に財政と入試の権限を与え、 都市アカデミー (city academy) を増やそうとしたブレアの政策に反対した。 それによって、 プレスコットは労働者階級への差別につながるような教育制度の階層化が進むとした。 漫画はこうしたことを背景にしていると思われる。


学校の新しい時間割の1/4が
バイキングスタイル授業
〜歴史教育からチャーチルが消える〜 「生活スキル」 の授業が増える

The Times 2007.7.13 教育部長 アレクサンドラ・フリーン

一世代後には、 これまでの最大のカリキュラム改革によって、 中等学校の時間割の1/4で伝統的な科目を教えなくともいいことになりそうである。
 この改革によって、 科目というよりも、 あるテーマや課題に沿って計画された 5 分間の短時間集中授業や終日にわたる授業ができるようになるだろう。 生徒がとる授業には、 生活スキルや 「現在の問題」 が増えていくであろう。
 資格カリキュラム総局 (QCA) (注1) のケン・ボストン局長は、 教育方法が、 満足できるほど早く成績水準を高めることになっていないので改革が必要、 と述べた。
  「西欧の国々では、 教育による成果の改善率はこの10年間で鈍化しています。 いくつかの国では突き破れない行き止まりに達しています」 と局長は語る。 「授業細目を網羅するこれまでのやり方はやり尽くされています。 できることは全てやってきました。 もううまくいかないのです」。
 改革の中心点は、 「不必要に細かな指示」 を削減して、 教室の中で教師に融通を利かせようとすることである。
 歴史教育に関しては、 チャーチルやヒトラーやスターリンのことではなく、 「二つの世界大戦を含む様々な紛争やユダヤ人虐殺や他の虐殺行為の原因と結果」 を教えることが求められるようになる。
 政府はこうしたやり方を弁明して、 上記のような歴史上の著名な人物に言及しないで第二次世界大戦を教えることは不可能であろうという。 政府関係者は、 授業細目の中でこうした人物を詳細に記すのは教師にとってお仕着せに思えるだろうと述べた。
 英語教育では、 生徒はシェークスピアやジェイン・オースティンを学び続けるが、 コンピュータで用いられている英語の綴りを訂正するプログラムの修正方法も教えられることになろう。
 ボストン局長は、 「子ども中心」 方式と表現したものへの弁解はなんらしていない。 この方式によって、 一人一人の子どもの必要に応じて教師が授業を組み立てるのが容易になるだろう。 「英語の授業では、 教師は、 ある生徒にコナン・ドイルやH.G・ウェルズやロバート・ルイ・スティーブンスン (注2) の作品の指導をし、 その一方で別の生徒はハーディやジョージ・エリオットやチョーサーを読んでいるのです」 と局長は語った。
 学校と学習者問題担当のアドニス政務次官は、 「学校教育や成人後の生活で成果をあげるのに必要な一人一人の学習と思考のスキル」 を若者に身に付けさせるような余地を新しいカリキュラムでは作り上げてきた、 と述べた。
 この方向の下で作られた新しい授業には、 金融についての基本知識、 財テク、 気候変動、 調理、 そして 「人種の差異の理解」 などがある。
 アドニス次官は、 実生活上のスキルに重きを置いても、 伝統的な教科目の重要性を減じる恐れはないといい、 学校教育が若者にとっていっそう当を得たものになって、 「勉強に関心を持ち、 動機付けになる」 だろうと主張した。
 柔軟性に富む新しい教科教育の方法によって、 教師が学習と知識の本質的な部分に集中し、 読み書きに四苦八苦する生徒を指導する余裕がうまれると同時に、 励みとなる特別な難問を他の生徒に与えられるだろう、 と氏は述べた。
 しかし批評家は、 テーマ中心教育の重視によって、 知識を伝達するという学校の主要な役割は転換するだろうと主張した。
 影の内閣の学校教育大臣マイケル・ゴーブは 「ウィンストン・チャーチルは20世紀イギリス史上で傑出した人物です。 チャーチルとファシズムとの戦いはイギリスにとって最良の時代でした。 わが国の歴史はチャーチルを中心にしなければ語ることができません」 と述べた。
 歴史カリキュラム協会会長で前政府顧問クリス・マクガバン氏は次のように語った。 「カリキュラムが政治的に公正な概念を教えるための媒体として利用されています。 イギリス史上で中心的な人物を確定しなければ、 このような人物が教えられることはないでしょう。 このカリキュラムの目的は喜びを教え、 自分に満足した子どもを作ることです。 無知が増進するでしょう。 このカリキュラムは大失敗でしょう」。
 教師講師協会 (注3) の委員長メアリー・バステッド氏は、 教科中心教育が時間割の大半で維持されているから、 改革は全く不十分だと語る。 このために、 「個々の子どもの異なる学習方法や必要に応じることや、 学習を個別化すること」 が難しくなるだろう。
 しかし、 改革を称賛する声が、 桂冠詩人 (注4) のアンデュリュー・モーション氏から出ている。 生徒に 「事実と数字を飲み込むように強要する大量の詰め込み仕事」 をやめるべき時だと氏は述べた。
 氏は、 英語の授業細目で指定された著作家の一覧表がもっと頻繁に変えられることを要求し、 「発見の手段としての」 教育に新たに焦点を当てることを歓迎した。    

【訳註】
注1  「ストレス疲れの生徒に試験が多すぎると教師は語る」 の記事の注6を参照のこと。
注2 19世紀のイギリスの小説家。 主著は 『ジキル博士とハイド氏』 など
注3 教師・講師・校長・支援スタッフから構成されるイギリスで第 3 の規模の労働組合。 設立は1884年までさかのぼり、 120年ほどの歴史を持つ。 メンバーの労  働条件の改善を目指し、 調査・助言・交渉などを行う。 教師講師協会の詳細については、 以下を参照のこと。
  〈http://www.atl.org.uk/〉
注4 イギリスで王室が最高の詩人に与える称号。 終身制の名誉職で年俸が与えられる。


記 事 解 説
佐々木  賢

テスト過多
 イギリスのナショナル・テストが揺らいでいる。 政府への勧告権をもつ協議会がテスト制度の変更を求めているからだ。 現行では、 成績向上の成果がない、 カリキュラムが狭隘化している、 テスト回数が多い、 信頼性と妥当性が低いことを理由に、 キーステージを廃止して、 到達度テストに切り換えることを勧告している。
 こう解説されても、 あまりよく理解できないかもしれないので、 テスト制度の要素を整理してみた。 要素は 6 つある。
 第 1 に、 悉皆と抽出。 全員に実施するのが悉皆テスト、 数パーセント以内のサンプルに実施するのが抽出。 前者は個人別のランクが分かり選別に利用できる。 後者は年次や地域の学習経過を調査できる。
 第 2 は、 競争と到達度。 競争テストは点数の高い方がランクが上だが、 到達度テストは一定水準のクリアで合否を決める。 日本の大検や運転免許などは後者になる。 前者は同年齢を対象にするが、 後者は異年齢も含むことになる。
 第 3 は、 回数の多寡。 イギリスの一斉テストは 7 歳から18歳まで約10年間に平均70回あるから、 年に平均 7 回実施する。 学力傾向を調べるなら年に 1 回で済む。 OECDの実施する国際学力テストのPISAは 3 年に一回である。 前者は平常の授業がテストに追われ、 テストのための授業になる。
 第 4 は、 外部と内部。 外部テストは教師以外の国や業者が問題の作成や採点に当たるが、 内部テストは教師が問題作成と採点をする。 前者は外部の者が教師や学校を評価するのに使い、 後者は教師が自分の授業の反省や生徒個人の評価に使い、 期末テストなどがそれにあたる。
 第 5 は、 実施機関が国か地方自治体か業者か第三セクター (公・私企業の協力) かの違い。 英米日のテストは、 概ね業者か第三セクターだが、 両者とも巨額の利権が絡む。 業者テストは、 1 人 1 回日本円で4000円位だから、 数百万人の悉皆テストは数十億円となり、 経済効果が無視できない。
 第 6 は、 結果を公開するか非公開にするかの差である。 悉皆テストを公開すれば、 個人別・地域別・学校別の成績ランクが分かり、 資料は入試選抜に必ず使われ、 これまた利権に関係する。 非公開の場合は、 誰がどのように資料を使うかが問われる。
 以上 6 つの要素の内、 イギリスの協議会は第 1 から第 3 までを変える勧告を政府にだしたわけだ。 つまり、 悉皆テストを抽出に、 競争を到達度に、 そして回数を減らすべしという内容である。
 この勧告に対し、 資格カリキュラム局と影の内閣 (保守党) は賛成し、 教育大臣は反対している。 他の新聞記事から判断すると、 教育学関係者や教員組合や校長会も保護者の過半数も一斉テストに反対しているから、 政府が孤立している。
 一斉テストに反対する理由は、 生徒にテスト・ストレスがあること、 授業がテスト準備に追われ、 暗記中心の単調なものになること、 一斉テストが成績向上に効果がないこと、 生徒や教師や学校が序列化され、 ランク付が一人歩き始めること、 テスト不正があること、 などがあげられる。
 だが、 先に上げた要素の第 4 から第 6 まで、 特にテスト利権について、 日英国内ではあまり論じられていない。 アメリカの新聞には、 例えば 「市場活性化のために、 規制を少なくする」 など、 利権に関する政府側の発言がよく紹介されている。
 06年から日本で一斉テストが始まった。 この記事を参考に、 テスト利権も含めて、 問題を考えていかねばならない。

 失敗、 失敗そして失敗
 10年前に 「教育、 教育、 そして教育」 とのスローガンをかかげて登場したブレア政権が終わった。 この10年間を振り返り、 果たして 「学力向上」 の成果があがったのかを論じた記事である。 答えはノー。
サットン・トラストが調査した12種の国際学力テストでのイギリスの子どもの成績は下位にあるという。 報告は 「韓国やリヒテンシュタイインやチェコより低い」 といっている。 この言い方は失礼だ。 韓国は弱小国ではないし、 小国だから子どもの成績が低いとは限らないからだ。
だが、 この調査が主張しているのは別のことだ。 つまり、 イギリス政府の 「国内の統一テストの成績は上がった」 との言い分は信用できないというのだ。
 信用できない理由を 3 つあげている。 第 1 は、 テスト対策授業。 テストに合わせた授業をすれば、 テストの成績だけは上げることができる。 だがそれを 「学力向上」 といえるかというのだ。
 第 2 に、 テスト記載事項を改ざんした疑いがあるのだ。 ウソと統計は双子のようなもので、 数字の操作によって、 事実と逆の結果を示すこともできる。 政府がどのような操作をしたかを指摘していないが、 少なくとも、 国際テストで成績が低いのに、 国内テストが上がったのは信用できない。
 第 3 は、 評価インフレ。 易しい問題をだして、 高い点数を与えれば、 成績が上がったように見せかけることが可能だ。
 バッキンガム大学のアラン・スミザーズ教授がコメントしている。 この人は10年ほど前から新聞によく登場し、 教育問題に関して、 政府を批判している人だ。
スミザーズは次の 3 点を指摘している。 第 1 に、 国際学力テストPISAの数学の順位が 3 年間で 9 位から19位まで落ちたこと。 第 2 に、 公立学校の怠学生徒数が記録的に増えたこと、 第 3 に、 ブレア政権が目標達成のために圧力を加え、 何かの操作をし、 国語と算数能力が共に向上したかに見せかけたこと。
 野党の教育相であるニック・ジブも 「ムダな10年だった。 既成の教育関係組織にへつらった結果だ」 と酷評している。
 それに対して、 政府側のジム・ナイト大臣は 「成果を過少評価するな。 国語や算数の目標達成者は増えている」 と反論している。 だがこの反論は批判に応えていない。 「数値は操作されたものだ」 との批判に対して、 「操作はしていない」 と証拠を示していないし、 国際テストの成績低下については触れていないからだ。
 いずれにせよ、 政府の分が悪い。 この分の悪いイギリス政府を真似て、 日本は06年から国内の一斉学力テストを開始した。
 東京の足立区で区の学力テストの不正が発覚した。 テスト会場で教師が生徒の誤答を指さしたり、 事前にテスト問題をやらせたり、 成績の低い者を採点から除外した (毎日新聞07年 7 月17日)。
 不正を働いた学校が処分されると思いきや、 何と教育委員会ぐるみの不正であることが分かった。 教委がテスト問題を本番の一カ月前に配り、 各学校に内容が分かるようにしていた。 その後、 各学校に 「秘密厳守」 の通達をだしていた (毎日新聞、 07年 9 月11日)。
 足立区は教委ぐるみの不正をしたが、 イギリスは10年間にわたり、 政府ぐるみの点数操作をした疑いがある。 こうまでしてなぜテスト政策を止めないのか。 考えられるのはテスト利権である。 一斉テストは教育産業のドル箱であり、 行政も絡んでくる。 この記事に 「中央圧力」 とか 「既成組織へのへつらい」 という表現がでているが、 行政と業界の癒着を匂わせている。
 だが一方、 四面楚歌の足立区とイギリスの教育省が気の毒な感じもする。 なぜなら格差社会では、 そう簡単に全体の学力を上げることができないからだ。 特に貧困層の学力は上げにくい。 足立区の06年の就学援助率は42.6%、 東京都の最貧区だが、 全国的にも最貧地域だ。 イギリスには東欧や旧植民地からの移民が増えている。 移民者は英語もろくに話せない。 こうした社会的背景も学力に関係するからだ。

カリキュラム改革
 イギリスでは30年先を見越し、 教育方法やカリキュラムの大改革が行われそうだ。 現行のままでは行き詰まり、 成績向上もありえないからだという。
教育方法について、 5 分間の短時間授業から終日授業までを組み合わせ、 現場教師の融通を利くようにするという。 これはモジュラー・システムを思いださせる。 授業単位モジュラーを設定し、 複数モジュラーを組み合わせて授業をする。 生徒百人以上に映画を観せる大教室と、 生徒数人の小教室の授業を併行させると、 限られた人数の教師で多様な授業ができる。
 狙いは生徒の選択幅を広げることで、 カリキュラムも多様化する。
 新カリキュラムの内容を見ると、 改革の意図が予想できる。 英語では、 古典から現代までの多様なジャンルの文芸作品が選択できる。 数学では、 代数や一次方程式の他に、 金の使い方も教わる。 科学では遺伝子工学に酒やタバコや薬物もでてくる。
 地理では地名を覚えるより、 環境を考える学習が待っている。 体育では健康や体力作りを考える。 市民教育という教科では移民や多文化社会をテーマにする。 芸術では工房やスタジオを訪問しデザインなどを学ぶ。 技術では技能や製品の有益さを考える。 情報では著作権や盗用について考えさせ、 調理やカードやローンのことも出てくる。
 全体として実用主義になり、 日本の総合学習に近いものになりそうだ。 だが、 肝心なことが論じられていない。 日本の総合学習についてもいえるが、 入試や一斉テストとの関連が出ていない。
 生活カリキュラムは生徒にとっての必要性を強調するが、 歴史的にみて、 知識の多寡を問う一斉テストや大学入試の前に、 その無力さを露呈してきた。 身の回りのあれこれを考えさせる授業をすると、 一斉テストや入試に間に合わないからだ。 この記事でも、 誰もそのことを論じていない。
 記事には出ていないが、 想像できることが一つある。 それは学力格差が広がっていることだ。 教育困難校の生徒たちが、 古典的な教科についていけない。 それに応えたカリキュラム改革であることが分かる。 どの国でも 「落ちこぼれ生徒のためのカリキュラムを」 とは言えないから、 オブラートに包んだような名目を並べる。
 もう一つ触れておきたいことがある。 このカリキュラム改革で、 イギリスの子どもたちが外国語としてウルドゥー語と中国語を学び始めることだ。
日本の教育再生会議は第一次報告で 「国際語である英語能力を高める」 とし、 第二次報告で 「中学や高校の英語の授業数を増加し、 小学校に英語を導入する」 と提言している。 今の英語人口は世界の 1/5 に当たる十数億人だが、 中国語人口はその倍である。
 グラッドルの 「英語の未来」 (研究社) によれば、 「インターネット英語は今は80%だが、 近い将来には40%になる。 1990年代の欧米日の経済力は全世界の55%を占めているが、 2050年には12%に落ち込み、 逆にアジアが60%に伸びるだろう」 と予告している。
折しも、 イギリスの教育審議会は中国語重視の提言をしている (ロンドン・タイムズ、 06年12月14日)。 「経済効果を考え、 小学校から中国語を教え、 中・高では中国語クラスを設ける。」 という。
 中・英経済関係の発展のため、 経済界が中国語教育を要請し始めたのだ。 「中国語の経済効果は2009年に二千億ポンド (約20兆円) になり、 中国語を欠くと、 経済は停滞するだろう」 と予言している。
 外国語教育を経済効果だけでみるのは疑問があるが、 今の日本政府が目指す英語重視の政策は、 誤った方向のように思えてならない。 30年先を見ていない。

翻訳 やまなし あきら
県立藤沢養護学校教員
訳註 おきしお ゆきこ
教育研究所所員
解説 ささき けん
教育研究所代表

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