映画に観る教育と社会 [7]
ドキュメンタリー映画が問う南北問題と環境問題
手島 純

「ダーウィンの悪夢」
  「ダーウィンの悪夢 (Darwin's Nightm-are)」 という不思議なタイトルとその内容がグローバリゼーションの映画化という興味ある宣伝に呼び込まれた。 しかも、 世界各地でドキュメンタリー賞をいくつも獲得しているこの映画をぜひとも観ておきたかった。
 映画は、 アフリカのヴィクトリア湖をめぐって起きている実際の話である。 ヴィクトリア湖はタンザニア・ケニア・ウガンダなどにまたがり、 淡水湖としては世界第 2 位の広さをもつ。 この湖は、 多様な生物が生息していたため、 「ダーウィンの箱庭」 と呼ばれていた。 しかし、 かつてこの湖に放された肉食のナイルパーチという魚のために、 もともとヴィクトリア湖にいた魚は多く食べ尽くされ、 巨大魚ナイルパーチのみが生息する湖と化した。 日本でいえば、 ブラックバスのようなものである。 ブラックバスと大きく違うのは、 このナイルパーチを地元民が捕獲し、 日本やヨーロッパに輸出することで地域産業が成立していることである。 実はそこに南北問題がからんでくる。
 ナイルパーチの白身は高値で取り引きされるので、 その加工工場のオーナーなど一部の人は儲かるが、 地元民の口には白身を切り取った残りの頭やしっぽしか残らない。 しかも、 生態系が破壊されたヴィクトリア湖では従来の漁業は成立せず、 多くの地元民が貧困に喘ぐことになる。 その上、 ナイルパーチを運ぶ外国人のパイロットや漁師相手の売春がはびこり、 それがエイズを蔓延させ多くの人が死んでいく。 親を失った子どもたちはストリート・チルドレンになり、 希望もないままナイルパーチの梱包材でつくられた粗悪なドラッグを吸うのである。 さらに映画は、 ナイルパーチを運ぶ飛行機が、 実はアンゴラなどの紛争地へ武器も運んでいるのではないかという疑惑も追及する。
 この魚は、 たとえば日本では白すずきという名の魚としてスーパーに並ぶ。 左の写真はそのナイルパーチを切り身でインターネット販売している日本のある会社のHPの文である。 ここに、 ナイルパーチをめぐる 「悪夢」 を見ることはない。
  「ダーウィンの悪夢」 は、 タンザニアのヴィクトリア湖畔にあるムワンザという町にカメラをすえ、 主にインタビューを映像化することで世界の不平等を明らかにし、 グローバリゼーションや南北問題を具体的に知らしめた衝撃的な映画であった。

「不都合な真実」
 この映画は環境問題、 特に地球温暖化の問題に焦点をあてたドキュメンタリー映画である。 ただし、 ドキュメンタリー映画といっても、 「ダーウィンの悪夢」 とはかなり趣が違い、 アル・ゴアが問題意識たっぷりにプレゼンテーションをし、 観客は映画の観客としてではなく、 彼のスライド講演を聞きにきた観客のような思いにさせられるのである。
 アル・ゴアとは元アメリカ副大統領であり、 ブッシュとの大統領選挙に僅差で敗れ話題をまいた人物であることは言うまでもないであろう。 アル・ゴアという政治家が市民活動家のような面もちで登場することに、 これはもしかして環境問題という衣裳をまとった政治的プロパガンダなのではないかという違和感をもちながらも、 彼の問題意識と報告に圧倒されたまま映画が終了してしまうのである。
 アル・ゴアは1992年の地球サミットに参加し、 1997年の京都議定書交渉にもかかわっていて、 政治家として以前から環境問題の最先端にいたのである。 また、 彼の子どもが交通事故に遭い生死の境をさまよった経験が、 「生きる場所への危機感」 としての地球環境問題に昇華したのであるという。
 もしブッシュでなくアル・ゴアが大統領になっていたら、 最大の環境破壊である戦争もなくアメリカは今日を迎えていたのだろうか、 という気持ちにもさせられる映画であった。

生きた教材として
 南北問題でも環境問題でもそれらが日常の言葉に化した時、 私たちはその実態を稀薄にしてしまい、 そしていつの間にか危機意識も喪失する。 この二作品は、 そうした状況になりがちなわれわれの意識に警鐘をならし、 進み行くグローバリゼーションがさらに問題を深刻にしていることを示唆する優れて現代的な映画である。
 どちらも学校の授業で生きた教材として使えるので、 早くDVD化してほしいなどと思ってしまった。

 [ナイルパーチのインターネット販売の宣伝より]
原産は 「アフリカ」 !!大きいけど味は確かです!!
「ナイルパーチ」 とはアフリカ原産の淡水魚です。 成長すれば2mにもなるという、 巨大な魚です。 日本国内でよく消費されている 「ムツ」 や 「スズキ」 の仲間であり俗に 「白スズキ」 と言われてもいます。
日本国内では生息していません。 珍しい、 貴重な魚かと思いきや、 かなりポピュラーな魚です。 白身魚フライなどには良く利用されているので、 知らず知らずのうちに口に入っている食品でもあります。
(てしま じゅん  教育研究所員)
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