「金融格差に思う」
教育研究所代表 佐々木  賢
 
 教育とは関係なさそうだが、 金融について考えてみたい。 金融が階層構造をよく現しているし、 その社会が教育問題の背景にあるからだ。 年収 1 億円以上のA層、 1 千万円前後のB層、 300万円以下のC層、 それに100万前後のD層の置かれた立場を明らかにするには、 遠回りのようだが、 金融を例に挙げた方が分かりやすい。
 A層は金を貸す側になる。 自分で貸さないまでも、 有利な利殖方法が豊富にある。 スイスの銀行や国際マネーローンダリングに預金すれば、 資金の出所が不明になるから無税だし、 資産を没収されることはない。 10億円以上持っていると、 プライベート・バンカー (金融機関が資産家のために資産の総合管理する) となることができ、 利回10%以上が得られる。 アメリカのシティ・グループ、 イギリスのHSBC、 フランスのSC信託は日本人顧客を狙った特別の要員を配備している。 この層が140万人いて、 年々増えつつある。
 B層が金を借りようとしたら、 都市銀行の住宅ローンなら10年型の金利は2.2%、 5 年型の金利は1.5%で借りられる。 B層は土地を買ったり、 家を建てるとき以外はあまり借金をすることがないから、 これで十分満足するであろう。
 問題なのはC層とD層である。 サラ金の対象となる人は、 @20代から30代のニートと派遣社員、 A中高年の病弱者、 B働いていても生活保護基準以下の収入しかないワーキング・プア、 C失業者、 それに、 D重度の障害者や失踪者を抱える崩壊家庭である。
 むろんこれに、 E本人の意志の弱さが加わる。 それがアルコールや競馬やパチンコ等のアディクションの形で現れる。 だから往々にして 「借りる方が悪い」 とか 「自己責任だ」 といわれるのだ。
 だが国民生活センターの調査によると、 多重債務者がサラ金から借りた理由は 「収入の減少」 と 「低い収入」 の二つが圧倒的に多い。 また、 借りた人の 3 分の 1 が 「自殺を考えた」 ほど責任を感じている (毎日新聞、 06年 9 月22日)。 こうなると、 個人の責任より社会構造の問題だといわざるをえない。
 個人の責任と社会構造とは、 常に抱き合わせで現象する。 ここで問題なのは、 個人は弱いもので社会構造に影響されやすいことだ。 セーフティネットが完備している社会なら、 個人の弱さが出にくいが、 これがなおざりにされた社会なら、 個人の弱さが出る。
 30年ほど前の社会と比較したい。 駅前に何があるか。 昔は銀行があり、 飲み屋がありそれに続いて商店街があった。 だが今は、 英会話教室とサラ金の看板が目立つ。 都市ばかりでなく、 田舎にいっても、 サラ金の無人契約機があり、 ほぼ無審査で借金ができる。 つまり、 この社会は底辺労働者が借金し易いシステムを作り上げたのだ。
 3 カ月以上の滞納者は、 債権回収のコールセンターに委託される。 そこにはパソコンがあり、 過去の交渉内容が表示されている。 パートやフリーターとして雇われたコールセンターの要員が債務者にマニュアルに従って圧力をかける。
 昔は暴力団がすぐに出たが、 今はやんわり強迫する方法がある。 特に注目したいのは、 サラ金が都市銀行やクレジットカード会社と提携していることだ。 やはり全体が構造化されている。
 都市銀行のカードローンは年利17%だ。 サラ金のフリーローンで借りると、 プロミスは25.5%、 アコムは27.3%、 レイクは29.2%、 アイフルは28.8%の利息を取っていた。 延滞金利は全て出資法の貸出上限金利である29.2%であった。
 D層はサラ金で借りる資格がないから、 ヤミ金で借りる。 すると80%の高利となる。 ヤミ金は出資法の上限金利以上の金利を要求する無登記の業者だが、 被害額は02年で 1 兆円にのぼる (朝日新聞、 03年 3 月18日)。
 サラ金の金利が高くて社会不安をもたらすため、 06年 9 月に金融庁の金利引下案が金融調査会と議会の法務部会に出された。 だがその案をみると、 利息制限法の上限を15%から20%に統一するが、 出資法の上限金利の29.2%を、 九年間は特例金利28%にするという内容だった。
 自民党の規制強化推進役の後藤田正純、 政務官はこれに抗議して辞任した。 「最高裁や有識者懇談会、 それに与党合意を無視した。 過去10年間で、 自己破産が 6 倍に増えたことへの危機意識がない」 と後藤田はいう (朝日新聞・毎日新聞、 06年 9 月 6 日)。 自民党内にも、 「これはひどい」 と思っている人がいたのだ。
 借金地獄で自殺する人が増えた。 だが、 サラ金業者は借手全員に生命保険をかけ、 自殺しても債権が回収できるようにしていた。 サラ金10社の件数約 4 万件の内、 自殺者は3649件ある。 一般の自殺率は2.8%だがサラ金の借り手の自殺率は9.1%、 つまりほぼ10人に 1 人が死んでいる (毎日新聞06年 9 月 6 日、 朝日新聞06年 9 月13日)。
 結局、 貸金業規制法は少額短期融資の金利上限を28%から25.5%にし、 経過措置期間を 9 年から 5 年にすることで決着した (毎日新聞、 06年 9 月17日)。
 だが、 利息制限法の金利区分をそれぞれ 5 倍に引き上げたから、 たとえば、 40万円借りる人は年利18%だったのが20%に、 200万円借りる人は15%が18%に上がる (毎日新聞、 06年 9 月22日)。
 この経緯を見ていると政府の本音が見えてくる。 高金利が少し緩和されたが、 問題となったグレーゾーンは残された。 世論の非難を浴びたから渋々、 ほんの少しの規制強化をしたが、 結局のところ、 A層が一層の利益を上げるために、 C層やD層は死んでも構わないと本気で思っていることが分かる。
 これは奴隷制への第一歩である。 なぜなら人の命や人生を商品化し始めたからだ。 D層の数がたとえ少数でも、 その象徴的意味は大きい。 アメリカの新破産法では、 個人破産ができないようになった。 破産できないと借金は永久に続き、 自らが債務奴隷となるか、 子どもをスゥエット・ショップ (搾取工場) に売渡すことになる。
 ケビン・ベイルズは、 世界中を調査した結果、 グローバル経済は現代奴隷制と抱き合わせで進行している、 と証言している (「グローバル経済と現代奴隷制」:原題は 「Disposable People」、 大和田英子訳、 凱風社、 02年刊)。
 奴隷について、 多くの人が 「それは大げさだ」 「存在しないはず」 「単なる低賃金だ」 というが、 こうした反応は御しがたい無知であり、 奴隷所有者の論理であると彼はいう。 また、 昔の奴隷は人種差別が絡み、 耐久消費財のようなもので、 高価だったが、 現代奴隷は無差別で、 使い捨てで、 安価な点が特徴的だと解説している。
 日本にも現代奴隷制が出始めたと見るべきだ。 これが杞憂であることを願うが、 この風潮を容認する大衆がいるから、 あながち杞憂とはいえない。 なぜ容認するか。
 日本ではC層D層が過半数を占めるから、 この層が本当に怒ったら、 小泉や安倍政権を許さないはずである。 だが現実は違う。 事態はその逆で、 圧倒的多数が小泉や安倍を支持した。 出資法や利息制限法の話がややこしいから、 分からないこともあるが、 C層やD層大衆の反感や憤懣がB層に向けられている。 それに、 プロスポーツで解消するか、 隣国への対抗意識にすり替えられている。 これはファシズムだが、 このメカニズムを解明することが急務であると思う。
(ささき けん)  
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