研究所独自調査2006 |
定時制高校生の学校生活と仕事に関するアンケート調査 |
(財)神奈川県高等学校教育会館教育研究所 2006年度独自調査プロジェクトチーム |
はじめに 今年度の研究所独自調査は 「定時制高校生の学校生活と仕事に関するアンケート調査」 である。 定時制高校にかかわる調査は昨年に引き続くものである。 定時制高校についての調査を連続しておこなうことで、 「教育改革」 の内実を問うていきたい。 すでに少子化が騒がれて久しい。 今は大学でさえ希望者全入になると言われている時代である。 そんなときに、 全日制高校を希望しながらもその希望をかなえられない生徒が多数存在する。 これはあるはずもない現象である。 だが、 全日制高校進学率は90%を切り、 中学卒業生の10人に 1 人が希望しても全日制高校には入れないでいるのが、 神奈川の現実である (7 月27日発表の06年度公立高等学校入学状況調査によると89.4%)。 いわゆる 「教育改革」 が進められる中、 いままでは考えられなかったような豪華な設備をそなえた高校も登場し、 どの全日制高校も工夫を凝らしたパンフレットをつくり、 説明会をくり返し、 それぞれの学校の 「改革」 の成果を宣伝している。 その陰で定時制高校の教室は満杯になり、 学習環境、 生活環境は劣化の一途をたどっている。 こうした状況を見るかぎり、 神奈川ですすめられてきた 「教育改革」 のしわ寄せは、 定時制が一手に引き受ける結果になったと言わざるを得ない。 ここに当研究所が定時制高校の調査を連続しておこなうことになった理由がある。 昨年は、 中学校の教員に調査用紙に記入してもらう方式により、 全日制高校に進学しなかった中学卒業生の動きを外から追う調査と、 定時制高校の教員へのインタビューによって現場の状況を聞き取る調査をあわせておこなった。 今回は、 直接アンケートに答えてもらう方式によって、 定時制高校に通っている生徒の学校内外での生活の実態と意識を調べてみることにした。 これまでも神奈川県高等学校教職員組合の中におかれた 「特別定時制対策会議」 が、 定時制高校生の生活と仕事の実態と意識について、 アンケート方式による調査をおこなってきた。 「特別定時制対策会議」 による調査は85年、 93年、 98年の 3 回おこなわれており、 その結果もまとめられている。 研究所の今回の調査もこうした先行調査の延長線上にあるものと言える。 しかし、 定時制高校を取り巻く環境の変化も大きく、 同一の項目で調査することができず、 過去の調査結果との比較が難しくなってしまったところもある。 その点はやむを得ないものとご理解をいただきたい。 アンケートの設問の13番までは、 定時制高校に入学した経緯や学校への思い、 生活の実態について聞いている。 14番以降の設問は定時制高校生の就労の実態を聞いている。 したがって以下の報告も、 この区分にそって、 「定時制生徒の学校生活」 と 「定時制生徒の仕事と職場」 の二つにわけてある。 さらに問10は、 「入学後あなたの期待はどの程度みたされていますか」 という前問に 「たいへん不満だ」 と答えた生徒に具体的記述を求めたものである。 かなりの数の設問がある中、 記号の選択ではなくわざわざ書き込んでくれた答えである。 定時制高校生の切実な気持ちを伝えるものとして、 若干の分析を加えて整理し記録にとどめておくことにした。 (本間正吾) T 定時制生徒の学校生活中学卒業後すぐの入学者が増加 今回の調査は表 1 のような生徒が対象となった。 県立夜間定時制高校は18校で、 普通科が13校 (併置校 1 校を含み、 単位制高校 1 校、 フレキシブル高校 1 校)、 専門学科 5 校 (併置校 1 を含む)、 総合学科 1 校である。 今回アンケート実施校は14校 (単位制 1 校、 フレキシブル 2 校、 普通科学年制 1 校は未実施) で回答者の合計は2,063名であった。 5 月 1 日時点の在籍生徒は4,399名であるので 7 月調査時では約50%程度と考えられる。 回答校の男女比は学科によって異なり専門学科では女子が極端に少ない。 4 年生が少ないのは退学者によるものと三修制によって 3 学年で卒業していく生徒が多くなってきたことによる。 県教委 「平成17年度公立高等学校生徒の異動状況調査 (2006.7.27発表)」 によると昨年度の年度当初に7,044名いた生徒は学年末には5,893名となっている。 特に 1 年生の退学者が多く05年度の 1 学年退学率は26.18%であった。 また、 今回調査で20歳以上は154名で全体の8.8%の生徒が在籍していた。 問 2 のいつ入学したかで、 中学を卒業してすぐに定時制に入学した生徒が増え、 80%を超えた (図 1 参照)。 過年度入学生が毎年減少していることは県教委の定時制入学生の調査からも明らかである (表 2 参照)。 98年調査では 3 分の 2 の生徒が新規中卒者で残りの 3 分の 1 が既卒者であり、 既卒者が増加してくる傾向にあった。 そして、 定時制生徒の入学者が減少してきた90年代は、 定時制高校は再チャレンジの場としての役割を強調してきたが、 入試制度の改革などで中学卒業生の進路選択の一つに定時制高校が大きな位置を占めてきたことになる。 問 3 で前期・後期・二次のいずれに応募し、 どの選抜で合格したかを答えてもらった。 表 3 は中学卒業後すぐに入学したと答えた1,868名に聞いた結果である。 全ての定時制高校は前期受験で定員の50%を合格者としている。 後期についても50%なので回答もその実態を表している。 二次募集で 3 分の 1 の生徒が受験を経験している、 表には記載していないが、 学年別に見ると、 1 年生は26.7%と少なく、 定時制の受験状況を表している。 なお、 2006年度の状況については表 4 の通りである。 定時制高校への選択は?そして満足度は? 問 4 で定時制高校を希望した理由を一つ選択してもらった。 定時制高校を選択した理由は 「全日制高校が不合格だったから」 が 「働きながら学ぶ必要 (学びたかった) がある」 とともに大きな理由になっている (図 2 参照)。 教育内容で希望する生徒はほとんどいない。 過去の調査 (93・98年調査) では二つ選択したが (表 5 参照)、 今回調査では選択を一つに絞っての回答であった。 問 2 で他校を退学して入学したと答えた生徒は248名であった。 その退学した課程 (図 3 参照) と今の高校に入学した学年 (図 4 参照) を答えてもらった。 圧倒的に全日制高校が多いが減少傾向にあり、 定時制や通信制を退学してくる生徒が増えている。 「 1 年生として」 入学してきた生徒がわずかであるが増えてきているのは、 前の学校を 1 年次の途中で退学するケースが増加していることになる。 問 6 で入学した目的を (図 5 参照)、 問 7 で現在この学校に通っている理由 (図 6 参照) を選んでもらった。 入学時の目的としては 「高校卒業資格を得るため」 との回答は過去の調査でも大きな理由ではあることは変わらないが、 その割合は減少し (98年59.1%→06年42.5%)、 進学や就職のためという理由が増えてきて (98年15.9%→06年22.8%) おり、 入学後も増えてきている。 他の理由は過去の調査と変わっていない。 学校へ通う目的がより在学中に具体的になってきていると思われる。 今回の調査で現在通っている理由に 「親から言われている」 といった項目を設定してみた。 わずかではあるがそういった生徒もいることが確認できた。 学校にかかる費用について 今回初めての調査項目として取り上げた (図 7 参照)。 学費について一部も含めて自分で対応している生徒が 3 分の 1 程度で、 3 分の 2 が親などが支払っているのが現在の定時制高校の生徒の実態である。 格差社会の問題がこのような点にどのように影響しているか、 全日制高校の進学校や課題集中校のデータと比較して見る必要もある。 問 9 の入学後の期待がどの程度満たされているかの調査 (図 8 参照) で 「たいへん満足している」 「どちらかといえば満足している」 を合わせると48.2%と半数近い生徒が満足していることになる。 前回調査に比べて増加している。 一方で 「どちらかといえば不満だ」 「たいへん不満だ」 と答えている生徒は15.6%で、 特に 「たいへん不満だ」 と答えている生徒は今までの調査と変わらない。 「どちらかといえば不満だ」 「大変不満だ」 は学科別に見ると普通科が14.0%に対し、 総合学科では21.3%と高い率になっている。 その理由は解明すべき課題であろう。 なお、 「たいへん不満だ」 と答えた人に不満の理由を記入してもらった。 この点については、 後述の 「V記述された 『たいへん不満』 な理由を読む」 を参照されたい。 学校から家までの通学時間 30分未満の生徒が53.8% (93年) →46.4% (98年) →38.3% (06年) と減少してきた (図 9 参照)。 一方で 1 時間以上の生徒は増加している。 従来から定時制高校は全県一学区であることから、 より入りやすい定時制高校を選択しているか、 全日制に不合格などから遠い学校へ無理な選択を余儀なくされているのだろうか。 最終授業時間やその後の部活動などの時間から30分以内で通学できるのが望ましいのではないか。 定時制の良さは 「ゆっくり学 び、 昼間の有効利用」 今回調査では定時制の良さ (二つ選択) に、 従来高位を占めていた 「校則が厳しくない」 が低くなってきた (図10参照)。 一方で 「年齢の異なる、 いろいろな人と学べる」 「 1 日 4 時間だけの授業で、 ゆっくり学べる」 「昼間、 仕事や勉強ができる」 といった定時制の特徴であることを良さとしていることは従来から変わらない数字である。 従来の調査では 「生徒の数が少人数である」 「家庭的雰囲気である」 「先生と身近に接することができる」 という項目を合わせて半数程度の生徒が選択している。 今回の調査で 「家庭的雰囲気である」 の項目に 「生徒の数が少人数である」 「先生と身近に接することができるなど」 と前回調査と同様な項目を具体的に例示したものの、 15.9%と低い数字になっている。 「校則が厳しくない」 を選択した生徒が少なくなってきたことと合わせて、 学級定員贈や臨時学級増などによって校内状況が大きく変化してきていることが想像される。 今回、 新しい項目としてとりあげた 「授業料が安い」 を20.9%が定時制の良さとして選択している。 93年、 98年と設問が異なるので単純には比較できないが、 参考のために掲載した (表 6 参照)。 卒業後の進路 「今の仕事を続けていく」 というのが7.6%まで減少してきた (図11参照)。 後の問14で正社員扱いの数が減少してきていることと関連している。 一方で 「進学する」 と答えている生徒が増加している。 定時制生徒の実態が大きく変わってきており、 進路希望も多様になってきている。 (中野渡強志) U 定時制生徒の仕事と職業職に就いている生徒が年々減少 年々、 職に就いている生徒が少なくなってきた (図12参照)。 定時制に入学してくる生徒で最初から働かなければならない生徒は、 問 4 で18.3%程度である。 中学校の成績や全日制高校が不合格であったなどの理由で入学してきた生徒が半数程度いることから、 1 年生で職に就いていない生徒が多く (46.3%)、 学年が進むにつれて仕事を得るようになってきている ( 2 年生34.1%、 3 年生34.8%、 4 年生24.8%)。 仕事に就いていない生徒の60%以上が家業手伝いか決まったことをしていない (図13参照)。 そして 「仕事をやめて、 新しい職を探している」 生徒が今回の調査では極端に少なくなっている。 最初から職に就いていない生徒が多くなっていることを示している。 ボランティアや勉強をしているといった生徒もいる。 その他の欄の記述で 「職を探している」 といった回答している生徒が相当数いる。 多くの企業が製造部門を海外へ転出させ、 さらにパート化によって人件費を削減する方策をとっているといった就労構造の大きな変化の中で、 定時制生徒には簡単に職に就けないことが考えられる。 増え続けるアルバイト・パート 問16の 「働いている最大の理由」 を見てみよう。 以前の調査に比して、 「家計をささえる」 がやや増え (19.5%)、 「欲しい物を買う」 がやや減少 (27.5%) した。 もちろん 「将来の自立や進学に向け」 「社会性を学ぶため」 「人間として成長するため」 といった非常に前向きな回答もあるが、 働く目的の中で 「学費をまかなう」 を含めると、 27.5%の生徒が働かざるを得ない、 または働いた方がよい生活状況の中にいると思われる。 ではその働き方はどうだろう。 問17で雇用形態について聞いている (図14参照)。 アルバイトやパートが増加していることがわかる (86.0%)。 98年の調査でもこういった非正規雇用の急増は指摘されていたが、 景気が回復傾向にあるといわれている今日においても、 経営側が定時制高校生を正規労働者として雇用するのではなく、 パート労働や派遣労働力と見なす傾向は一層強まっていると言える。 パートやアルバイトは今や、 店員などのサービス業・運送などの仕事のかなり多くの部分を占めているのだろう。 また、 社会一般でも派遣や請負といった働き方も、 80年代には少なかったと思われるが徐々に増加してきている。 定時制高校生の非正規雇用での就労形態は今後も増えるのであろう。 また、 正社員扱いの雇用かどうかについては男女差も見られる。 正社員は男子生徒10.2% 女子生徒2.6%となっている。 このことは、 ボーナスや収入の多少にも影響していると考えられる。 問18の 「主な仕事は何ですか」 との問に対しての 「分類にあてはまらない仕事」 との回答の自由記述の中にも 「派遣なのでいろいろ」 といった回答がいくつかあった。 一方で大きく減少してきたのは 「製造 (工員など)」 (9.6%)である。 90年代は、 93年の調査で24.6%、 98年24.1%とほぼ働く生徒の 4 人に 1 人の割合であった。 今までの、 中卒者を社員扱いで雇用、 働きながら高校卒業の資格が取れるように配慮するという社会のあり方が、 中卒者は正規労働力としては採用しない (若年層はアルバイトという形態で雇用) という方向に転換してきたと思われる。 「建設・土木」 分野で働く生徒もこの10年ほどの間に減少している (5.0%)。 これらの仕事にもアルバイトや派遣が進出、 あるいは成人の雇用が増えていることや、 生徒達がサービス等の仕事を好む傾向にあることも影響しているかもしれない。 増えない収入・厳しい経済状況 このような生徒の労働環境の変化は、 給与や勤務時間の変化とも関わってくる。 前回との比較はないが、 問21で勤務時間が固定していないとした者が37.4%。 問22で勤務時間帯が 「22時から早朝」 (4.4%)、 「早朝から 9 時」 (10.1%)と回答した者が合わせて14.5%であったが、 深夜労働のアルバイト、 派遣の仕事等で 「定まった時間では答えにくい」 という回答もあった。 では給与 (問25) はどうだろうか (図15参照)。 85年からの物価の上昇等を考え単純に比較できないとは思っていたが、 驚くことに手取り給与は伸びていないばかりか減少している。 これはパートやアルバイトが増加したこととも対応する。 「 5 万円未満」 と回答した者は85年で2.6%であった。 その数字すら教員には定時制高校生の経済的状況の厳しさを想像させたが、 93年に16.0%、 98年に12.8%と増えていたものが、 今回の調査ではさらに18.5%と増加してしまったのである。 5 万円から10万円未満 (49.6%) を合わせ、 68.1%の生徒の手取り収入は、 とうてい自立して生活できる金額とはいえない。 一時金 (ボーナス) の支給されている者も減少している (問27参照。 12.0%)。 そのような収入では、 家計費援助が実質的にできないのも現状だろう。 問26で、 食費・家計費援助のため親に渡す金額を聞いている。 過去の数値と大きく変わるのではないが、 全額自分で使うとした者が34.0%、 渡している者の中でも 1 万から 3 万円という者が42.0%である。 家計を支えたくてもままならないという生徒も多いのだろう。 成人している高校生 (約120名) についても、 自活できているわけではない者がいる傾向がうかがえる (20〜24歳で10万円未満の収入の者が約 3 割、 25〜30歳でも約 1 割。 成人でもボーナスの支給されている者は約 2 割にとどまる)。 今回の調査でも、 過去の調査での指摘同様、 保護者の経済状況がはかばかしくなく、 定時制なら学習と労働が両立できるとして入学しても、 思うような職種や正規雇用に付けず、 家計への援助もままならない生徒もかなりいる状況がかいま見える。 全日制高校生徒でも 5 万円以上のアルバイト収益を上げている者は、 一定数いる。 中には10万円以上の収入を得る者もあり、 年収が保護者の扶養控除枠を超え、 課税されそうだとの話を聞くことも時にはある。 学校に来る求人票からうかがえる高卒者の初任給は14万円前後であることを考えても、 定時制高校生の経済状況は恵まれているとはいえない。 定時制高校で経済的に安定を得て、 自立し勉学に励むにはほど遠い現状が浮かんでくる。 女子生徒の収入状況はとりわけ厳しい。 「 5 万円未満」 の収入の男子が14.1%であるのに対して、 女子は26.6%、 「15万円以上」 の男子13.1%に対して、 女子は3.5%という差がある。 正規雇用が減っている中ではもちろん労働時間も短くはなっている (図16参照)。 問20で労働時間を聞いているが、 労働時間が 6 時間未満のものは55.7% (85年は12.6% 93年は22.2% 98年は29.3%) と過半数を占めている。 労働時間が短いことと収入が少ないことは連動している。 アルバイト・パート・派遣といった働き方が増えているためであろう。 朝から会社で正規雇用で働き、 夕方学校へ登校するという古い時代の勤労青少年のイメージとは違った定時制高校生の姿が見えてくる。 やや気にかかるのが、 15才〜17才という年齢の生徒も深夜に働いている事例が見られることである。 また、 短時間しか仕事をしていない (できない) 者もいる一方、 10時間以上の勤務となっている者もあり (2.5%) 学校生活との両立や健康の維持等が気にかかるところでもある。 20年前には夜間に営業する店は地域も業種も限られていたが、 長時間営業のコンビニエンスストアやファーストフード店などの増加、 大型店の営業時間延長など、 人々の生活時間帯も働き方も大きく変わった。 深夜や早朝の方が時給が高い実態もあるだろう。 その中で高校生の労働も今後さらに変容すると思われる。 非正規雇用は増えることはあっても減ることはないと予測される。 また、 若者自身の中にも、 正規雇用を必ずしも望まない傾向もあるかもしれない。 学ぶことと働くことは両立するか 定時制に通いながら働く条件について見てみよう。 問23 「会社から学校までの通勤時間」 と問24 「普通の人より早く仕事を終わりにしているか」 から見ると、 93年よりも通学に要する時間については長くなり、 早く仕事を終わりにしてもらう配慮については減っている傾向にある。 以前から 「定時制高校は小規模でも各地に点在していることが必要」 と言われてきた。 自宅から近い所に定時制高校があり、 その周辺で働く機会が得られる、 という姿が理想的である。 しかし、 必ずしも自宅近くには学校がない、 中卒者が働ける場が限られているため職場からの通学時間がかかる、 派遣の仕事などで日々就業場所や時間が違うという厳しい環境におかれている定時制高校生も少なくないのだろう。 また、 ここ数年の定時制の入学状況から、 できるだけ近い定時制へという選択肢が狭められ、 自宅から遠い定時制に通わざるを得ない生徒がふえていないかも、 検証していく必要があろう。 このような状況下、 正規でも、 非正規雇用でも、 若者が希望を持って働ける社会の実現が求められる。 企業や経営者は、 勤労生徒の生活を保障できる視点での雇用の拡大や配慮を考えるよう、 教職員から求めていくことも必要だろう。 そして、 学校の教育内容としても、 就労形態に関わらず労働者としての権利を行使できるための労働知識、 困難に直面したときの解決の方途 (実例等を含む)、 などの労働教育が不可欠となってくる。 また、 経済的な基盤を確立させるための知識も学ぶことが必要だろう。 さらに、 定時制高校ばかりではなく、 私立高校を含めた全ての高校教育の中で、 競争社会の中で 「勝ち組」 「負け組」 のように分断された人間関係ではなく、 人と人とがつながった新しい社会のあり方も模索されていくことが必要であろう。 混迷の中の定時制高校生 定時制高校生にとって高校卒業はもはや有利な就業条件とはいえない。 「卒業後勤務先での扱いは変わりますか」 との問28に、 「変わらない」 とした者は93年時点とそれほど変化なく46.8%であった (「変わる」 と答えた者は29.2%)。 半数近くの高校生は、 高卒の資格を取ることで有利な就業条件を手に入れられるとも思っていない。 彼らにとって働かなければならない現状は理解されるにしても、 また、 時間的にも働くゆとりがあるにしても、 「楽しい」 からでも 「将来に役に立つ」 からでもなく、 それでも働き、 学ぶかなり多くの高校生像がうかがえる (問16 「働いている最大の理由」 参照)。 問が進むにつれ、 無回答の比率は高まった (問24 6.3%、 問26 6.8%、 問27 6.7%、 問28は7.8%であった)。 このことは、 アンケートに答えても何が分かるのか・変わるのかという高校生の思いの表れともいえる。 また、 アンケートの質問項目が理解しづらいという問題もあるかもしれない。 これらの点は研究所としても今後の反省としたい。 どんなに長いアンケートであっても、 答えることにより自分たちの実態を知ってほしいと思えるようなものであったら、 最後まで我慢して答えるのではないか。 自分が何を言ってもどうせ世の中は変わらないと思う高校生達の心情を反映しているかもしれない。 (武田麻佐子) V 記述された 「たいへん不満」 な理由を読む(1) 64人の 「不満」 問10は、 今回のアンケートで回答欄が記述式のみになっている唯一の設問である。 「入学後、 あなたの期待はどの程度みたされていますか」 を尋ねた問 9 において、 「5 たいへん不満だ」 を選択した回答者に、 その理由の記載を求めている。 もっとも、 問 9 で 5 を選んだ回答者は全体の5.9% (122人)、 さらに問10でその理由を記述しているのは、 約半数の64人にすぎない。 2063人に及ぶ回答者全体からみれば非常に小さな数字である。 30頁の分析でも触れたように、 回答者全体の満足度は、 「たいへん満足」 「どちらかといえば満足」 を合わせて48.2%に達している。 これは過去 2 回の調査を上回る数値である。 しかし、 急増する生徒への対応等、 厳しい環境に直面している定時制の現状を鑑みれば、 「不満」 の内実にも目を向けるべきだろう。 もちろん、 ここでとりあげる 「不満」 が定時制の教育現場を 「象徴」 するものでないことは断るまでもないし、 全日制の 「課題集中校」 などでも同種の少数意見が存在するであろうことは容易に想像がつく。 また、 なかには罵詈雑言と区別しがたい内容も見受けられる。 しかしながら、 短い言葉で綴られた記述を通読すれば、 そこには一定の共通した傾向があることに気付かされるだろう。 数年前まで定時制高校に勤務していた筆者にとっては、 生徒たちから幾度となく聞かされ、 対応に苦慮した 「生の声」 と重なる部分もある。 わずか64人の記述であり、 定時制固有の回答とも言えないが、 問10には定時制の今後を考えるうえで、 無視できない側面が描き出されていると考える。 (2) 「不満」 の内訳と内情 表 7 に問10の回答をすべて示した。 まず目立つのは、 教員や周囲の生徒に対する不満 (教員の行動に対するものをA、 生徒に関するものをBとした) であり、 35人 (53%) の記述が該当すると判断した。 次いで16人 (25%) が、 「つまらない」 ないしそれに類する記述 (Cとした) をしている。 学校への不満の理由として、 教員や他生徒の言動があげられること自体は、 何ら特別な現象ではないだろう。 どんな学校で調査しても同様の結果になることは明らかだ。 ただし今回のアンケートでは、 具体的な不満の多くが、 教員に対してはその 「権力性」 よりも、 「消極性」 への苛立ちに由来し、 他生徒に対しては授業態度や 「問題行動」 的な側面に由来している点に特徴が見出せるのでないだろうか。 教員の行動に関わる直接的な不満を記した17人の内容をみると、 半分以上の 9 人が 「生徒にビビっている」 「タバコを取り締まらない」 「指導力が低い」 「教え方がへた」 といった、 いわば教員の消極的な態度を問題にしている (Aの太字)。 対教員であれば、 「うるさい」 や 「ウザイ」 といった不満が多くなりそうなものであるが、 意外なほど少ない。 他生徒に関わる不満は18人が記している。 このうち15人は広い意味での 「素行の悪さ」 を問題視しており、 通読したとき最も強く印象付けられる回答群である (Bの太字)。 さらにその記述からは、 憤りを通り越して呆気や諦観、 軽蔑や嫌悪、 後悔の念などが滲み出ている感じを受ける。 太字で示したAとBは、 相互に関連していると捉えるべきであろう。 授業妨害や喫煙などに不満を抱く生徒が、 それに対応しきれない教員を非難している構図が伺えるのである。 ところで、 昨年の本誌独自調査 「定時制高校から見えるもの」 ( 『ねざす』 No.36、 2005年) では、 定時制教員 8 人のインタビューを掲載している。 定員増・クラス増のなかで、 「生徒指導は型にはめず、 アットホームな定時制という定時制のよさ」 が維持できなくなってきたことが例外なく語られている。 「以前もそんな生徒 (筆者注:教室に入らないで廊下で遊んでいたりする生徒) がいたけど、 定時制では学校生活を送るなかで、 そんなにつっぱらなくてもいいと思うようになるけど、 今はちがっている」 (前掲 『ねざす』 24頁) という、 教員A氏の発言は、 厳しさを増す現状を端的に物語る。 多様性と少人数がうまくバランスするとき、 それは 「定時制らしさ」 となるのだが、 このバランスが崩れ、 「らしさ」 を失いつつあるのが今日の県立定時制高校なのかもしれない(1)。 今回は便宜的にA・Bと区分してみたが、 どちらも教員と生徒との関係がギクシャクしている状況の現れと受けとることもできるし、 表 7 −15 ・ 16 ・ 43 ・58などは、 変わりゆく学校の姿を反映している記述なのであろう。 (3) 傷ついているのは誰か とは言え、 上述のような不満は、 定時制の教員であれば、 定員増問題が起こる以前から向き合ってきた矛盾なのではないだろうか(2)。 学力から年齢、 学校に期待する中身まできわめて多様な生徒が集う定時制では、 「課題集中校」 以上に生徒間の指向性の差異が大きい。 例えば、 教員の側が 「型にはめない」 対応で望むことに対し、 「子どもが定時制に行って良かった親と不満な親がいる。 不満な親は全日制的な普通の高校生活を期待している」 (前掲 『ねざす』 27頁) という状況がある。 実際、 表 7 −20・35・44・49では明らかに全日制的学校生活が想定されている。 必要最低限の教科書すら揃えることが困難な生徒が少なくない定時制で、 問題集などの副教材を要求することの限りない不可能性は、 教員には自明であっても、 生徒個人には関係のないことなのだ。 「思っていた事とはすべて違っていた」 (表 7 −47) 生徒にとって、 これ以上居心地の悪い場所はないだろう。 筆者自身、 限られた経験ではあるが、 周囲の生徒の実態に 「絶望」 して学校を去っていったり、 長期欠席に陥った生徒を何人も見てきた。 学校生活に 「期待」 している 「まじめ」 な生徒ほど、 傷つきやすいのだ。 前掲 『ねざす』 では、 8 人の教員ほぼ全員が定時制の役割について、 「まじめだが学力がない子」 「全日制の多人数・集団的・画一的教育になじめない子」 など、 学校社会において相対的に 「弱い」 立場に置かれている生徒を引き受ける場と語っている (28頁)。 しかし、 「定時制らしさ」 は、 個人個人の自律に依拠する部分も大きい。 自律できない生徒が多くなれば、 「まじめ」 な生徒は非常に居づらくなる。 「うるさい人が多くて勉強しづらい」 「とにかく授業態度がひどい」 「とにかく騒がしいこと。 不満です」 「入ってくる人が毎年だんだんひどくなっている。 いごこち悪い」 …こうしたもどかしさは、 その表現と理解すべきではないか。 「クズ」 や 「カス」 呼ばわりも、 あるいはそうした苛立ちと無関係ではないかもしれない。 いったい、 学校としてどのようなバランスのとり方が望ましいのだろうか。 これはたやすく答えの出る問題ではない。 しかし、 問10に綴られた 「不満」 は、 定数増問題が起こる以前から定時制に潜在している困難な課題として、 人数以上の重みをもって受け止められるべきであろう。 【註】
(阪本宏児) まとめ昨年の独自調査の報告は 「ねざす」 36号に掲載してある。 また、 その段階では十分に分析できなかったところが残ったため、 次の37号に 2 本の所員レポートを加えることによって不足を補ってある。 昨年の調査では、 10月の希望調査からはじまる入試の各段階で、 全日制への希望を断念せざるを得なかった生徒が、 定時制へと移っていく経過を、 中学校の教員による記入方式によって確認することができた。 また同時におこなった定時制高校の現場教員に対するインタビューでは、 家庭的な雰囲気や型にはまった生徒指導ではないなどといった定時制高校の持つ良さが、 いま定時制がおかれている困難な条件の下で失われていく状況を聞き取ることができた。 今回の定時制高校生に直接アンケートに答えてもらう方式でおこなった調査は、 こうした昨年の調査結果をほぼ裏付けるものになった。 昨年は触れなかった定時制高校生の 「職」 の問題についても、 今回は調査項目を設けた。 その結果、 定時制高校生の就労形態と仕事内容は、 先行する調査と比較して大きく変わってきていることがあきらかになった。 「職」 についている、 と答えた生徒の比率は 6 割を切り、 しかも就労時間も短くなっている。 就労時間の短縮は当然収入に影響し、 月 5 万円未満の収入しかない者の比率は、 20年以上前の調査の 8 倍に達している。 そして業種も製造業が大幅に減少し、 サービス業に偏っている。 急速に進む産業構造の変化、 雇用構造の変化が定時制高校生の生活に大きな影響を与えている事実が浮かび上がってきた。 そして、 フルタイムで働いているのでないならば、 なぜ夕方からはじまる学校へ通わなければならないのか、 納得できる理由はほとんど見あたらなくなってしまっている。 とはいえ定時制高校を必要としている生徒たちがいることも確かである。 少数にはなっても昼間働く必要のある生徒、 不登校の生徒、 障害のある生徒、 他の学校を中退してくる生徒はいる。 あるいは定時制の良さを必要としている生徒もいる。 そうした生徒がいるかぎり定時制の存在理由はなくならないだろう。 問題は、 全日制に通うことができる条件をそなえ、 全日制への入学を望みながら、 それでも定時制に入らざるをえない生徒たちが多数存在するところにある。 その原因が全日制進学率の低下にあることはいまさら言うまでもない。 さらに全日制進学率低下の原因が、 私立募集枠の過大な設定と公立募集枠の行き過ぎた削減にあることも、 くりかえして言う必要もないだろう。 この面での政策の転換は急務である。 政策の転換がなければ、 定時制高校の状況はますます困難になり、 犠牲になる生徒はますます数を増していくだろう。 この二回にわたる調査から、 これまですすめられてきた 「教育改革」 に翻弄され、 そのしわ寄せを一手に引き受ける定時制高校とその生徒たちの姿が浮かび上がってきた。 さらに定時制高校生は、 産業構造、 雇用構造の変化にも翻弄され、 そのしわ寄せを受ける結果にもなっている。 ただし、 問題を定時制高校に局限して考えてはならないだろう。 定時制高校において問題がとりわけあらわになるとはいえ、 「教育改革」 の歪みと社会構造の歪みは、 すべての高校すべての高校生に影響を与えている。 研究所のこの独自調査が、 「教育改革」 を見直し、 社会構造の変化を考える手がかりのひとつになれば幸いだと思う。 最後になるが、 分かりにくい箇所や答えにくい箇所があるにもかかわらず、 アンケートに答えてくださった生徒の皆さんに、 また厳しい状況の中で時間を割き協力してくださった定時制高校の現場教職員の皆さんに、 この場をかりて感謝の意を表して報告を終わりたい。 (本間正吾) |
06年独自調査プロジェクトチーム 大島 真夫 阪本 宏児 武田麻佐子 中野渡強志 本間 正吾 |
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