「フランスとアメリカの動きから」
教育研究所代表 佐 々 木  賢

今年 3 月から 4 月にかけ、 フランスでは、 新雇用法に抗議して300万人の市民や学生や労働者がデモに参加し、 アメリカでは、 移民規制に抗議して60万人がデモに参加したと日本の新聞が伝えている。 だが、 アメリカ在住者の話によると、 アメリカの抗議デモの実数は200万人に達したというから、 仏米同時に数百万の人々が街頭に出たことになる。
 フランスでは国鉄・地下鉄・バス・空港の労働者、 それに公立学校教職員がストに参加した。 若者が鉄道駅や高速道路や線路に侵入し、 交通網が寸断された。 全国で13%、 パリでは40%の高校が授業ができなかった。 バスチーユ広場で2000人の若者が店や車を壊し、 ナントでは若者がごみ箱に火をつけ、 マルセイユでは200人の若者が新幹線を止めた。
 アメリカのロスアンゼルスでは 5 万人の高校生がwalk-outと称して、 学校の塀を乗り越えて歩き始めた。 それに呼応し、 アリゾナ・シカゴ・ニューヨーク等の高校生がネットで連絡し合い、 walk-outを競いあっている。
 この混乱の背景は何か。 フランスの場合、 雇用契約を巡って対立している。 旧雇用契約では、 労働者の解雇には正当な理由を明示しなければならなかったが、 新雇用契約では、 26歳未満の若者を 2 年の試用期間中に理由なく解雇できることになった。
 フランス全体の失業率は9.6%、 若年失業率は23%、 若年失業の数値は中高年失業のそれより厳しい。 若年失業者の内大卒失業が9%、 高卒失業が14%、 中卒失業が40%、 移民系の若年失業が50%に達する。 若年者は学校に通える年齢だから、 失業率の50%とは、 実態として学校に行ってない者のほぼ全員が就職できずにいると見た方がいい。
 この深刻な失業を解消するために、 解雇の自由化が必要だというのが、 企業や政府の言い分である。
 アメリカの場合、 1986年の移民法改正で、 その時点までの不法移民は合法化された。 だがその後の不法移民が後を絶たず、 新移民は現在アメリカ全土で1200万人になった。
 そこで、 各地で移民を締め出す動きが生じた。 「移民の医療費や教育費がかさみ、 国民の負担が増し、 国益を損ねている」 と保守系の人々が主張し、 南部国境で民間人のパトロールが出て、 CNN放送は連日のように移民締め出しキャンペーンをし、 それに応えて政府の移民制限法を出した。
 だが、 ラチーノといわれるヒスパニック系の人々は、 建設業や農業や清掃や調理の仕事に就き、 安い賃金で働いてきた。 それを犯罪者扱いするのは何事か、 と反発している。 不法移民取締法が通れば、 アメリカ国籍を持つラチーノの子たちが、 国籍のない親と別居しなければならない。 そんな非人道的なことが許されるのか、 と主張している。
 フランスとアメリカ両国とも、 共通の背景がある。 労働力の国際移動だ。 アメリカは直接移民が問題となっているが、 フランスの新雇用契約法にも移民が絡んでいる。 東欧や中近東からの移民があり、 フランス国内の安い労働力となり、 それがフランス国内の雇用条件の悪化をもたらしているからだ。
 先進国政府は、 移民を止めれば国際労働市場の自由化に反することになり、 移民を止めなければ、 国内の若者や労働者の反発を招くというジレンマに立たされている。 この矛盾をどう解決するのか。 解決の道があるとは思えない。 一時的な妥協はあろうが、 根本的には、 グローバル経済の動きを止めない限り、 解決しそうもない。
 先進国の多国籍企業は、 アジア・アフリカ・ラテンアメリカと東欧諸国の経済格差を利用して収益をあげてきた。 物と金が国境を超えて移動しているのに、 人の移動だけをストップするのは不可能である。 貧しい地域の人々が職を求めて富める地域に押しかけるのは自然の流れだ。
 さて、 世界の最低賃金は 2 億 5 千万人いる児童労働の賃金だろう。 中でもスゥエット・ショップ (搾取工場) では時給 6 円である。 先進国の最低賃金の100分の 1 だ。 世界経済の自由化が続けば、 先進国の労働者の賃金が限りなくこれに近づくはずだ。
 イギリスの教師に占める外国人教師数が全体の15%になったのは、 外国人なら賃金が10分の 1 で済むからだ (ロンドン・タイムズ、 03年10月29日)。 医師や看護婦の医療スタッフは、 ガーナから南アに、 南アからサウジアラビアに、 サウジアラビアからイギリスに流れている。 医療スタッフ不足になった途上国を助けているのは僅かばかりのキューバのボランティア医療団だ。 (NHK 「海外ドキュメント」 05年 5 月)。
 イギリスの場合、 電話の顧客サービスをするコールセンターはインドに置かれている。 インド人は英語が使えるので、 顧客は気がつかない。 欧米で雇われるアジア人の数は08年に200万人を突破すると予想されている (毎日新聞04年 2 月 3 日)。
 これは遠い外国の話ではない。 ライブ・ドア・コールセンターでは、 日本の若者を中国の大連に連れていき、 時給288円で働かせている (毎日新聞06年1月5日)。 これは日本の最賃法に違反する。 だが大連だと違法ではない。 東京のコールセンターの時給は1300円だから、 その差額は企業の利益となる。 堀江貴文社長はここに目をつけた。
 彼は逮捕されたが、 証券法違反であって、 コール・センターが違法で逮捕されたわけではない。 国際的な賃金格差を利用すれば、 企業は収益をあげ得るシステムがあり、 今はこのシステムが合法化されている。
 このシステムがある限り、 ニートやフリーター問題はほぼ永久に続く。 文科省はニート・フリーター対策として06年に300億円を計上したが、 主に若者の意識を変えようとする計画であり、 若年失業をもたらす国際労働市場のシステムに食い込むものではない。
 シラク仏大統領は 「新雇用法は雇用促進の有効な手段だ」 (毎日新聞06年4月1日) と述べた。 日本の竹中平蔵総務相は 「規制緩和政策で雇用が生まれ、 就職できて、 所得は低くともゼロではない人がでた」 (毎日新聞06年4月4日) と述べている。 両人とも、 まるで 「条件が悪くとも、 働かせてもらえるだけでも感謝しろ」 と言っているみたいだ。
 今は世界中で労働者の使い捨て時代に突入した。 アメリカではKleen-ex Laborということばが使われ始めた。 「クリネックス」 はティッシュペーパーの商品名だが、 労働者がティッシュペーパーのように使い捨てられているからだ。
 各国の為政者は国際労働市場のシステムを変えずに、 国内の雇用を生みだそうとして、 劣悪な労働条件を国民に強いている。 国際労働市場のシステムを作ったのは、 WTOに結集した多国籍企業だが、 その組織的な力は国家の力をも凌駕している。
 フランスやアメリカの抗議デモや若者の暴動はこのシステムに反対してのものである。 「このシステムが国民の将来の生活を脅かす」 という意識があり、 その意識を持つ人々が数百万人に達したと見ることができる。
 数百万人のデモは日本で見たことがない。 日本の労働者や若者も同じ状況に置かれているのに、 それに気づいていない。 諦めたからだろうか。 そうとも思えない。 単に状況認識を欠いているからではないか。
自らの置かれた状況への認識を欠いているのが怖い。 全体状況を知らずにいると、 身近に見る犯罪や貧困を個人のせいにし、 「誰か悪いヤツが隣にいる」 と思い、 その思いが民衆ファシズムにつながるからだ。
(ささき けん)  
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