所員レポート |
定時制進学者をめぐる問題 05年度研究所独自調査補論 1 |
大 島 真 夫 |
はじめに 定時制進学者の状況について前号ですでに報告を行ったが、 本号では中学校在学時の進路志望や入学経路などを加味して、 さらに詳しく検討を行いたい。 高校側の視点に立てば、 進学してきた生徒がどのような生徒でなぜ定時制を選んだのか、 という点に関心があるのではないだろうか。 結論をやや先取りすれば、 入学経路 (前期・後期・ 2 次) によって進学してくる生徒のタイプは大きく異なる。 この点を2005年独自調査のデータによって明らかにしていきたい。 1. どのような生徒が進学してくるか 1.1 本意か不本意か 生徒をタイプ分けする一つの視点として、 その生徒の進学が本意によるのか不本意によるのか、 という視点がある。 本意であれば学校へのコミットメントが強くなり充実した生活を送ることができるが、 不本意であれば学校になじめず様々な問題を抱えこむ危険性がある。 調査では、 生徒の10月時点での志望と出願時点での志望について回答を求めた。 それぞれの時点で全日制・定時制のいずれを志望していたのかにより類型化したのが表 1 である。 10月時点でも出願時点でも全日制を志望していれば 「はじめから全日制」、 10月時点では全日制を志望したが出願時点で定時制志望に変更したら 「出願時点で定時制に変更」、 10月時点でも出願時点でも定時制を志望していれば 「はじめから定時制」、 と分類する(1)。 「はじめから定時制」 志望で定時制に進学したのであれば本意の進学、 志望を 「出願時点で定時制に変更」 したり 「はじめから全日制」 志望であって最終的に定時制に進学したのならば不本意の進学、 というように一応考えることにしよう。 1.2 入学経路によって異なる生徒層 表 1 の分類にしたがって、 入学経路によって生徒のタイプがどのように異なるのかを見る。 結果は図 1 である。 この図から明らかなように、 入学経路によってタイプは全く異なっている。 前期選抜では、 「はじめから定時制」 志望の生徒が 6 割に達している。 いわば本意を遂げたとも言える生徒が多数を占めている。 ところが後期選抜ではその割合が25%まで低下し、 かわって半数以上が 「もともと全日制」 志望の生徒となる。 二次募集になると、 「はじめから定時制」 志望の生徒はほとんどいない。 9 割近くが 「はじめから全日制」 志望である。 しかも受験履歴を見ると、 ほとんど (91.7%) は前期選抜・後期選抜の両方で県立の全日制高校を受験して不合格になっていた(2)。 不本意ながら定時制へ進学した生徒が圧倒的に多いのである。 現状では、 定時制の二次募集が全日制の選抜に失敗した生徒の受け皿にしかなっていないようだ。 2. なぜ進学してきたのか 2.1 志望の背景にある 本当の理由 ここまでは、 10月時点と志願時点での志望をもとに本意・不本意を考えてきたが、 今ひとつ注意しなければならないのは、 そうした志望がどうして形成されたか、 という視点である。 生徒が定時制を志望する 本当の理由 は別にあるのかもしれない。 たとえば家庭の経済的制約が強く、 本当は全日制に行きたいが現実的に考えると無理なので定時制を志望している、 といった例がそうである。 この例でも志望通り定時制に合格すれば本意を遂げたことになるが、 定時制という選択肢がセカンドベストである以上、 本意と言い切ってしまうにはいささか無理があると言えよう。 そこで調査では、 進路を決定した最大の要因についても回答してもらうことにした。 ただ、 決定要因には生徒の事情に応じてさまざまなものがあると考えられるので、 調査が煩雑にならないようあえて 4 つに要因を絞った。 すなわち、 <本人の 「学力」 の制約><家庭の経済的制約><家族あるいは本人の考え方><その他>である。 この 4 つの要因が生徒の志望とどのような関係にあるのかを、 入学経路別に明らかにする。 2.2 前期選抜:複雑な事情を抱える生徒 図 2 は、 前期選抜で進学した生徒の、 志望類型別進路決定要因である(3)。 前期選抜で 6 割を占めていた 「はじめから定時制」 志望の生徒について見ると、 意外なことに<家庭の経済的制約>という要因は少ない (8.8%)。 ひとくちに<家庭の経済的制約>といっても様々な水準が考えられるが、 「はじめから定時制」 志望の生徒について言えば、 生徒がフルタイム (か、 それに近い条件) で働きながら家計を支えないと家庭生活が成り立たないというような、 そういう水準での制約だと考えられる。 つまり、 何が何でも定時制に行かなければならないので、 全日制という選択肢ははじめから視野になく、 10月時点でも志願時点でも一貫して定時制を志望することになる。 だがこうした家庭の生徒は、 データを見る限りでは少数にとどまっている。 その一方で、 多数を占めている要因は<家族・本人の考え方>である (56.3%)。 具体的にどのような考え方を持った生徒なのかは残念ながら今回の調査からはわからないが、 おそらくは 「外国籍」 「障害」 「不登校」 「全日制の多人数・集団的・画一的教育になじめない」 「(『ねざす』 36号P28参照) といった複雑な事情を抱え、 そうした事情のために定時制で教育を受けたいと考える生徒がこの中に含まれていると考えられる(4)。 このようなタイプの生徒が、 前期選抜では最も多い。 他方、 「出願時に定時制へ変更」 した生徒では、 <家族・本人の考え方>の割合が低くなり (45.2%)、 かわって<家庭の経済的制約>が増加する。 ここでの<家庭の経済的制約>は、 先に述べた 「はじめから定時制」 志望の生徒とは異なる水準の経済的制約であると考えられるが、 この点は後で述べることにする。 2.3 後期・二次:経済的制約と学力 次に、 後期選抜と二次募集で進学した生徒の状況を見る (図 3、 図 4) (5)。 後期選抜・二次募集とも、 多数を占めるのは 「もともと全日制」 志望の生徒である。 前期選抜で見た 「はじめから定時制」 志望の生徒との大きな違いは、 <家庭の経済的制約>である。 この数字が 「もともと全日制」 志望では大きい。 後期選抜の 「はじめから全日制」 志望の生徒で26.3%、 「出願時に定時制へ変更」 した生徒で31.3%、 二次募集の 「はじめから全日制」 志望の生徒で34.5%に達する。 ここでの経済的制約とは、 私立は無理だが公立ならば通わせることができる、 という水準だと考えられる。 もしどうしても全日制に進学したければ、 県立高校にこだわらずとも私立に通えばよい。 にもかかわらず県立定時制高校に進学したということは、 「全日制−定時制」 ではなくて 「県立高校−私立高校」 という次元で選択が行われたことを意味すると考えるべきだろう。 県立と私立の大きな違いは、 言うまでもなく学費である。 学費の高い私立は無理だが安い県立ならば通えるので、 全日制をあきらめて定時制に進学したと考えられる。 こうした生徒が 3 割前後存在することは、 <家庭の経済的制約>が決して無視できないことを意味している。 今ひとつ、 「はじめから定時制」 志望との違いは、 <本人の 「学力」 >である。 この割合が高い。 入試間際の進路指導や、 実際に全日制の試験を受ける経験などを通して、 学力面での問題が明らかになり、 定時制進学へと方針転換をした生徒が多いことを示している。 後期選抜と二次募集で多数を占めるのは、 こうした 「もともと全日制」 志望で、 経済的制約や学力といった要因で定時制に進学した生徒なのである。 3. 問題点は何か ここまで、 入学経路によって進学してくる生徒のタイプが大きく異なることを明らかにしてきた。 このことは、 一体どのような問題をはらんでいるのか。 最後に 2 点考察を加えよう。 3.1 階層間格差の問題 繰り返し述べてきたように、 家庭の経済的制約が問題となる場面にはいくつかの水準がある。 かつての勤労青少年に相当するような、 働きながらでないと高校進学が難しいという水準での問題は、 量的には少なくなっている。 むしろ中心的なのは、 県立には通えるが私立への進学は難しいという水準での問題である。 ここには、 家庭の経済力による格差が隠れている。 県立の前期選抜・後期選抜に不合格となったとき、 取りうる選択肢は県立高校の二次募集だけではない。 当然のことながら私立高校の二次募集に応募するという選択肢も残されている。 私立高校に通えるだけの経済的余裕が家庭にあれば、 私立高校を受験することで全日制への進学の機会を拡大することができる。 だが、 家庭の経済力に制約があれば、 私立高校という選択肢は残されておらず、 全日制への進学機会は閉ざされてしまうのである(6)。 この格差を仕方ないと見るのか、 それとも何らかの対応を取るべきだと考えるのか、 きちんと議論をすることが必要ではないだろうか。 3.2 学力がない生徒をどこがケアするか もう一つの問題は、 学力がない生徒の扱いである。 図 1 で示したように、 後期選抜と二次募集では全日制の試験に不合格になった生徒が多く入学してきていた。 現在の全定同一日程による選抜のもとでは、 定時制の二次募集が全日制の滑り止めとして機能してしまうことは当然の帰結なのかもしれない。 しかしながら、 もしこのように定時制を位置づけ学力の低い生徒を多く入学させるのならば、 同時に定時制の条件整備も進め、 低学力の生徒にも十分対応できる体制を作るべきではないだろうか。 受け入れる体制もないのに受け入れるというのは、 いかにも場当たり的な対応である。 そもそも、 低学力の生徒を定時制が引き受けるという仕組み自体、 妥当なのかどうか疑わしい。 全日制への進学を希望しているにもかかわらず低学力だと定時制に行かなければならないのはなぜなのか。 この問いに対して説得的な解答をするのは、 現時点では難しいのではないか。 少なくとも、 「定時制を志願することが主体的な進路選択の一つである」 という理想からは遠くかけ離れた仕組みであることは間違いない(7)。 学力がない生徒をどこがケアするのかという観点から、 選抜の仕組みが論じられるべきだろう。 以上の 2 点は、 最近の制度変更にともなって顕在化してきた問題だと考えられる。 図 2 に関連して議論したように、 「外国籍」 「障害」 「不登校」 「全日制の多人数・集団的・画一的教育になじめない」 など様々な事情を抱えた生徒を、 これまで定時制は受け入れてきた。 このこと自体、 高く評価されてしかるべきであろう。 制度の変更によって入学者の質と量を変えることは、 こうした取り組みがうまくいく前提条件を壊してしまいかねない危険性をはらんでいる。 正確な実態把握と、 それに基づいた制度設計が必要とされている。 【注】 (1) 10月時点で定時制を志望し、 出願時点で全日制を志望した生徒は今回のサンプルの中にいなかった。 こうした生徒は出願時の志望通り全日制に進学してしまえば今回の調査対象から外れてしまうため、 サンプルに入っていないものと考えられる。 (2) 「はじめから全日制」 志望で二次募集により定時制へ進学したのは、 132人中84人 (87.5%)。 その84人のうち、 前期選抜・後期選抜とも全日制を受験したのは77人 (91.7%) である。 (3) 「はじめから全日制」 「その他」 については、 人数が少ないので表を省略した。 (4) 進路決定の"本当の理由"がこれらの複雑な事情にあったとしても、 本調査では<家庭・本人の考え方>に含まれてしまう可能性が高い。 これは、 現在の進路指導が生徒本人の主体的選択をなによりも尊重しており、 また進路の選択は主体的に行なわれたというように見なされやすくもあるからである。 とりわけ、 調査票の中に"本当の理由"に対応する選択肢がなかった場合、 その傾向は顕著になると思われる。 (5) 後期選抜の 「その他」、 二次募集の 「はじめから定時制」 「出願時に定時制へ変更」 「その他」 は、 人数が少ないので表を省略した。 (6) この点を実証するためには、 中学生全体の進路状況を調査する必要がある。 今回の独自調査では全日制でない進路に進んだ生徒のみを対象としたので、 経済的に余裕のある家庭の生徒が本当に私立の全日制高校に入ったかどうかは確かめることができない。 (7) 入学者選抜制度・学区検討協議会 『入学者選抜制度の改善について (入学者選抜制度・学区検討協議会第1次報告)』 2002年9月。 なお、 神奈川県教育委員会の以下のアドレスを参照した。 http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/ed_seisaku/syorai/menu.files/nyusensaisyuu/honbun.htm |
(おおしま まさお 教育研究所所員) |
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