特 集

シンポジウムを振り返って
金 沢 信 之

 2002年度から定時制入試は想像を超えた混乱を続けている。 定時制への志願者が急増し、 二次募集ではおさまりきらず前代未聞の四月 (新学期) 三次募集を実施した年度もあった。 募集定員増・学級定員増などで急場を乗り切ろうとし、 そのしわ寄せを現場教職員と生徒に押しつけている。 原因は横浜市の定時制統廃合、 県立高校の再編統廃合によるクラス減、 募集計画における私学枠、 入試制度の改変 (全定同一日程・学区撤廃) などが挙げられている。 しかし、 この流れの根底にあるのは、 弱者を切り捨てることを原資とした構造改革路線と言えよう。 豊かな者にはよりよい教育条件が保障され、 そうでない者は切り捨てられていく。
 研究所では中学生の全日制に行かなかった生徒の進路先のアンケートと定時制高校教員の聞き取り調査を実施し、 現状の分析を行った。 その報告を踏まえ今回のシンポジウムは計画された。 当日はコーディネーターの私が神奈川の高校入試の概要と研究所の問題意識などについて説明した。 また、 06年度入試 (06年 4 月入学生) における定時制希望者が前年度を上回る数字になっており大きな混乱が予想される事を報告し、 問題の深刻さを参加者とともに共有した。 その後、 シンポジストの発言へと進んだ。 島根さんはサポート校の相談室に勤務されており、 その体験に基づいて意見を述べられた。 宮下さんは中学の教員として生徒を送り出す立場から発言された。 研究所所員の手島さんは定時制勤務の経験や聞き取り調査の報告に基づいて意見を述べられた。
 中学では公立全日制希望の生徒が実際は公私の募集枠によって公立から私立へ廻らざるを得ない状況が生じており、 結局は経済的な理由で定時制志願になっていくケースが増加しているのを実感していると宮下さんが報告した。 大部分の中学生は地元の公立全日制の普通科へ進学したい。 しかし、 高校再編によって学校数は減り、 学区が撤廃され地元の高校への進学が閉ざされていく。 さらに家庭の経済力の差によって生徒の希望は実現されない。 公私の枠は政治的な問題となり解決されず、 毎年私立高校のカラ枠問題として浮上する。 教職員や生徒・保護者の希望がかなえられない仕組みが続く構造なのである。
 今、 定時制普通科の多くの学校では原級留め置きの生徒がいることに加えて学級定員増になっているため、 一クラスあたりの生徒は全日制より多い場合がある。 入試が全日制と同一日程になり、 全日制の募集枠が希望者の数をはるかに下回る現状から定時制は高校間格差の序列に組み込まれてしまっている。 このような事から定時制高校はかつての良さを失ってしまったと手島さんは語った。 定時制教員の多くは 「定時制は家庭的でコミュニケーションの取れる良いところだ」 と皆が思っていたが今は違っている。 また、 悪いことに定時制の良き家庭的雰囲気は全日制の生徒指導のノウハウを持ち合わせていないので問題に対して有効な対応が取りにくい場合がありますます大変になっている。
 地方でもまず定時制が統廃合で切り捨てられていく。 そこには外国籍の生徒や障害を持った生徒、 不登校経験のある生徒たちが学んでいる場合が多いのだが、 まずそのような子どもたちが教育の機会を奪われている。 「勝ち組負け組」、 「リストラ」 と騒ぎ立てる社会の寒々とした光景が教育の場にも押し寄せている。
 島根さんからはサポート校の取り組みについて報告があった。 サポート校には中学時代に不登校であったり、 LDなどのレッテルを貼られた生徒が多く入学しており、 在籍者数は増加傾向にある。 サポート校はそこに在籍するだけでは高校卒業の資格が取得できないので通信制高校とのダブルスクルールになっている。 そのため保護者の経済的負担は私学より高額にならざるを得ない。 最近では保護者の負担を少なくした週三日登校というサポート校も増えている。 サポート校に入学するためには私学へ入学する以上の経済力が必要ということだ。 不登校経験や様々な障害を抱えた生徒の多くが定時制に進学する機会を失ってしまった。 保護者に経済力が無ければ教育を受ける機会を失う場合が多いことが予想された。
 サポート校は相談室を備え、 さらには一クラスは30人程度で通信制高校を利用した高校卒業資格の取得を目指すため、 かなり自由な学校生活を送ることができるという。 生徒と教職員の結びつきも密なようだ。 40人以上の生徒数になりかつての家庭的な雰囲気を失った定時制より恵まれた環境にあるのが印象的であった。 特区制度によってサポート校の運営がこれまで以上に柔軟にできるようになったとしても、 その 「サービス」 を享受できる層とできない層に階層分化してしまうだろう。 それにしてもかつての定時制高校にはあったこの雰囲気が現在無くなりつつあるのは皮肉なことだ。
 シンポジストの発言を振り返ってみると、 学校は多様な生徒を受け入れる場からますます遠くなっていることが分かる。 格差社会の影響が教育にも及んでおり、 その一つの現象が定時制高校への入学者急増となっているのであろう。 また、 教育の機会を奪われた生徒の存在もはっきりとした。 経済力が無ければサポート校へも行けず、 定時制をも含め序列化した高等学校への進学の機会すら奪われている。 まさにこれは憲法・教育基本法に反した事態である。
 さて、 いつものことだがシンポジウムへの参加者が少ないのは残念なことだ。 12月の多忙な時期ということもあるし定時制問題というあまり一般にはなじみのないテーマであることもその原因ではあろう。 だが、 格差社会の負の一面を認識にするのには重要なシンポジウムではあったと思う。 また、 島根さんの 「立場や考え方が違ってもまず話しをすることから始める」 という発言は心に残った。 個人が社会の中で孤立し絶望させられているのが現代なら、 宮下さんが述べたように 「教育に関わる者が諦めてはいけない」 し、 手島さんの 「われわれは検証していかなければならない」 という発言には今後の研究所の役割が再確認されたといっても過言ではないだろう。  
 06年度定時制入試の二次募集は予想した通り前年度 (1.08倍) より高倍率 (1.12倍) になった。 折しも朝日新聞 (06,3,21) では 「分裂にっぽん・子どもたちの足元から」 という連載が始まり、 未来への希望を失いかけた子どもたちの様々な日常が記事となった。 その反面、 エリート教育には莫大な費用が投じられているともあった。
 格差社会の中、 人生の様々な岐路で絶望する子どもたちに行政や社会はどのように対応するのか。 家庭・社会・学校・職場などが若者の居場所としての機能を弱めていっている。 今後、 定時制・通信制、 課題集中校、 サポート校などが生徒の居場所としての機能を高める事が必要だろう。 神奈川において、 まずは定時制問題の解決から始めるよう希望する。
(かなざわ のぶゆき  研究所員) 
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