所員レポート |
全日制高校へも定時制高校へも向かわなかった生徒たち 05年度研究所独自調査補論2 |
本 間 正 吾 |
05年度、 研究所は全日制高校へ進学しなかった生徒を対象にした調査を実施した。 その分析は研究所所報 『ねざす』 36号に掲載されている。 そこでは公立全日制高校への進学希望を持ちながらも進路を変更せざるを得なかった生徒、 中でも定時制高校へ向かった生徒を中心に分析している。 ここではやや視点をかえて、 定時制高校へも向かわなかった生徒に焦点をあててデータを見直してみる。 1. 「非全定」 はどこへ向かう 調査は全日制高校に進学しなかった生徒を対象にしたものである。 得た事例のうち23.9%は定時制高校に進学し、 77.1%は定時制高校にも進学しなかった。 そして、 全日制高校にも定時制高校にも、 受検どころか出願さえもしなかった生徒が、 得た事例の大半 (891中482 (54.1%)) をしめている。 この出願段階から最後まで、 全日制高校にも定時制高校にも向かわなかった生徒たちを、 ここでは 「非全定」 と名付けておく。 これ以外の生徒、 全日制や定時制に合格の如何にかかわらず一度は向かった生徒を、 ここでは 「全定」 と名づけておく。 「非全定」 の生徒の進路先は多岐にわたっている (表 1 )。 そのうちの大半は進学を選んでいる (59.5%)。 これらの進路先、 公私立の通信制、 サポート校、 専修学校 (高等課程)・各種学校、 養護学校の入学者の中で 「非全定」 の占める割合を見ると、 平均86.4%に達している (表 2 )。 つまり、 これらの学校の入学者の大部分は、 全日制、 定時制が不合格だったから、 これらの学校を選んだのではなく、 もともと全日制、 定時制を素通りしていたのである。 さらに、 就職者においても78.8%を、 その他・不明となった生徒においても77.4%を 「非全定」 が占める結果になっている。 こうした動きをどう考えたらよいのか。 2. 「進路決定に影響を与えた もっとも大きな要因」 を見る 「非全定」 の動きを考えるために、 「進路決定に影響を与えたもっとも大きな要因」 という項目を見てみる。 この項目はすでに研究所員の大島のレポートで分析しているが、 ここではとくに 「非全定」 と 「全定」 を比較して考えてみることにする。 「非全定」 の生徒は、 「本人の 「学力」 の制約 (合格できそうな学校がない等)」 が大きいのではないか、 全日制にも定時制にも 「合格できそうな学校」 が見あたらないから出願しなかったのではないか、 そういう予想もたてていた。 だが結果はちがった。 「学力」 がもっとも大きな影響を与えたという答は、 「非全定」 は 「全定」 の半分以下になっている。 そして 「家庭の経済的制約」 が影響を与えたと見られている生徒も、 「非全定」 の生徒の比率は 「全定」 の十分の一ほどにすぎない。 就職や経済的負担の小さな県立通信制を選んだ生徒の場合であっても、 「家庭の経済的制約」 は大きな影響を与えていない。 その影響が最も大きかったという答えは、 就職を選んだ生徒の中では 7 人、 県立通信制高校を選んだ生徒の中でも 2 人にすぎない。 けっきょく 「家庭や本人の考え方」 が最多数を占めている。 もっとも、 無理にひとつの要因に絞って記入してもらっている。 「学力」 や 「経済力」 がほとんど影響を与えなかったと言い切ることはできないだろう。 「学力」 がもう少しあれば、 あるいは 「経済力」 がもう少しあれば、 「考え方」 そのものが変わっていたという可能性もある。 進路決定には多くの要素がからむ。 とはいえ、 「進路決定に最も大きな影響を与えた要因」 がどう見えたかという設問に対し、 こういう答えかえってきたことはたしかである。 これをどう考えるか。 「考え方」 とは何か。 残念ながら内容は一切聞いていない。 材料は上のグラフの数字しかない。 とはいえ、 「非全定」 の生徒が 「学力」 や 「経済」 の制約から自由に、 みずからの 「考え方」 によって進路を選択した、 と想像するのはあまりにも現実離れしているだろう。 むしろ、 「非全定」 の場合には、 「自分の学力に適当なところを選ぶ」、 「経済的な理由から公立か私立か迷う」、 こういった中学卒業時点で一般的にはあるはずの選択の余地がなかったと想像すべきではないだろうか。 進路選択には二つの側面がある。 ひとつはある進路を断念し選択肢を限定するという消極的側面であり、 もうひとつは限定された中である進路を選ぶという積極的側面である。 「学力」 が主たる理由か、 他の理由が大きかったかは不明として、 「非全定」 の生徒たちは早い段階で全日制高校への進学も定時制高校への進学も断念してしまったのではないか。 後に残る選択肢について言えば、 すでに 「学力」 はほとんど問題にはならない。 「経済」 について言えば、 負担の小さな公立通信制高校や養護学校を考えるのでなければ、 はじめから覚悟をきめるしかない。 けっきょく、 なぜその進路を選んだのかという積極的側面ではたらく 「要因」 として残るのは、 「考え方」 だけになる。 「考え方」 が大きく影響したという結果になった背景には、 早い段階での他の進路への断念があるのではないか。 裏付けるに足る材料はないが、 いまはこう推測している。 3. 学校に向かった 「非全定」 さて全日制高校にも定時制高校にも進学しなかったとはいえ、 先ほどの表に見るように、 かれらの大半は何らかの学校に進学する結果になっている。 しかもその大半を占めるのは私立の教育機関である。 比較的負担の軽い私立の通信制高校でさえ、 公立の全日制高校と比較しても二倍以上の経済的負担になる (県立全日制115,200円、 ある私立通信制では250,000円)。 ましてはるかに負担の大きなサポート校、 専修・各種学校に進むのである。 これらの学校になると、 経済的負担は私立全日制高校とほぼ同等かそれ以上になってしまう。 かなりの経済的負担を覚悟した上での選択である。 そうなると疑問が生ずる。 こうした高額の費用を負担する覚悟があるならば、 なぜ彼らは全日制高校の可能性を最後まで追求しなかったのか。 たしかに公立全日制高校の定員は一杯である。 だが、 私立ならばまだ募集定員の空いている全日制高校は残っていたはずである。 かなりの数の私立高校にあっては最終的に欠員が出ている。 それが神奈川の全日制高校への進学率を下げる直接の原因にもなっている (ほぼ2000人のいわゆる 「から枠」)。 つまり、 経済的負担を覚悟すれば、 全日制高校へ進むチャンスは残されていたはずである。 ところがかれらはその道を選ばなかった。 こうした選択がおこなわれた経緯を考える必要があるだろう。 この経緯が分からなければ、 たとえ公私の授業料負担の接近をはかってみても、 私立全日制の定員は充足されない結果になるだろう。 ここで影響を与えている主たる要因は 「経済的制約」 ではないのだから。 また、 公私通信制の選び方にも疑問がある。 公立と私立の通信制では授業料に大きなひらきがある。 先に例とした私立通信制高校の 1 単位当たりの授業料は8000円、 25単位を修得しようとすれば、 登録料、 諸経費もあわせて25万円ほどになる。 他の私立通信制高校も似たような金額である。 一方、 県立通信制の 1 単位当たりの授業料は300円、 入学料にいたっては無料である。 25単位を修得しようとしても県立の場合は7500円にすぎない。 それにもかかわらず県立よりも私立の通信制高校への進学者の方が多いのである。 通信制高校そのものへの進学以外に、 サポート校への進学者、 専修学校への進学者の多くが通信制との併修者であることも考えると、 中学卒業時点で私立通信制へ集まる生徒の数はおそらく公立通信制の数倍になるだろう。 公立と比較すれば二桁違いの高い授業料を負担してでも、 あえて私立の通信制へ進もうとする生徒が多数存在する。 その背景には何があるのか。 現在の公私通信制のあいだには、 スクーリングが、 土日開講か平日にも開講されているかという点、 あるいは単位取得率、 卒業率などの点でかなりのちがいがある。 こうしたちがいが、 高卒の資格を得ようとする生徒、 その資格を得させたいと願う保護者に、 大きな影響を与えているのではないかと思う。 ただ、 誤解を避けるために付け足しておく。 こうした私立の教育機関に進んだ生徒の家庭に経済的余裕があると考えることはできない。 じっさいこれらの私立教育機関の多くは授業料減免や分割払いの案内をしている。 そうした配慮が必要な現実をかかえているのである。 私が知るところでも、 専修学校や私立の通信制高校へ進んだ生徒の家庭はけっして豊かではなかった。 それでも無理をすれば授業料を払えないわけではない、 あるいはアルバイトをすればなんとかなる、 そんな状況で進学しているのである。 もちろんそうでないケースも少なからずあるかもしれない。 しかし、 「非全定」 の生徒の家庭のかなりの数が、 いま言ったような厳しい経済状態におかれていることもたしかだろう。 「学校に向かう「非全定」」 とは、 「学力」 や 「経済力」 によって限られた選択肢の中、 ぎりぎりの選択として様々な学校に進んだ生徒たちだと考えるべきである。 4. 学校に向かわなかった 「非全定」 別の問題もある。 就職者の学習保障の問題である。 就職者の中で通信制にチャレンジしたものはゼロ、 定時制にチャレンジしたものは 2 名、 その中の 1 名は不合格、 もう 1 名は合格したが入学しなかった。 この問題に焦点をあてた調査ではないため、 この結果から断定はできないが、 ほとんどの就職者にとって後期中等教育の機会がこの時点では断たれている。 これは本人たちの選択だと言えるかもしれない。 また、 将来において通信制や定時制で学ぶ機会を得るかもしれない。 しかし、 中学卒業後すぐに就職していく者に後期中等教育を保障するシステムとして、 定時制、 通信制が十分な役割をはたせないでいる可能性がある。 とはいえ、 原因が学校にあるのか、 他にあるのかは今のところ分からない。 学校と言うよりも社会全体に、 中学卒業後の就職者の学習をサポートする体制が欠けているのかもしれない。 いずれにせよ、 なぜかれらがチャレンジしなかったのか、 その原因を考えてみる必要があるだろう。 これからの後期中等教育のシステムを考える上での重要な課題がここにもある。 ここまでは 「非全定」 といっても、 それなりの行き先があった生徒について見てきた。 しかし、 「非全定」 のおよそ 5 分の 1 以上が 「その他・不明」 に分類されている。 「その他」 である以上、 この中にはいろいろなパターンがあるはずである。 フリースクールや塾などに通う者も、 アルバイトをしている者もいるだろう。 あるいは中学卒業後いくばくかの日を置いて就職する者や 「過年度生」 として高校に入る者もいるだろう。 ただ、 「学校にも行かず、 就職もしない者」 が相当の数でいることも想像される。 とはいえ、 それぞれの割合も実態もいまは分からない。 ただ、 全日制、 定時制、 通信制、 さらにそのほかの学校から就職にいたるまでの進路分岐の中におさまりきらない生徒が、 少なからず存在することには注意を向けておく必要がある。 さいごに 全日制、 定時制に進もうとしなかった生徒を、 「非全定」 と名づけて考えてきた。 しかし、 何らかの結論めいたことを言うには、 あまりにも材料はとぼしい。 ここでは問題提起にとどめるしかない。 なぜ、 かれらは全日制も定時制も素通りしたのだろう。 先ほど、 かれらの 「考え方」 の背後に、 早い段階での他の進路への断念があるという推測をしてみた。 だから、 『ねざす』 前号で提起したように全日制の枠を広げることは必要だと考える。 しかし、 それだけでことが解決するとも思わない。 進路選択の次の側面、 なぜかれらはサポート校や専修学校といった進路を選んだのか、 積極的選択の側面を考えてみなければならない。 サポート校や専修学校に行く生徒たちを全日制や定時制の高校に取り戻せ、 と言いたいからではない。 「非全定」 の生徒の行動の背景には、 公立も私立も含めた現在の学校システムが応えきれていない、 何かが存在していることを予感させるからである。 もちろん今のところ 「家族あるいは本人の考え方」 の中身は分からない。 詳細を知るにはさらにていねいな調査が必要である。 ただ、 それを知ることなくしては、 すべてのひとに開かれた後期中等教育のシステムをつくることはできないと思う。 |
(ほんま しょうご 教育研究所員) |
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