キーワードで読む戦後教育史(5) 
教 科 書 検 定
                    杉山 宏


 はじめに

 1949年から検定教科書が使用され始めたが、 社会科のみは50年から使用開始となったように、 社会科は教科としての歴史が殆どなく、 教科書造りも容易では無かった。 そのため、 初期社会科の在り方に反対する側から突く瑕疵が教科或いは教科書側にも有り、 教科・教科書に対する批判がかなりあった。 この批判の声に乗り、 1950年代、 特に後半、 文部省は、 社会科を主とした問題としながら、 教科書検定の強化を進めて行く方針を執った。 以下この過程を述べてみた。

1. 標準教科書作成

 51年11月16日、 内閣直属の政令改正諮問委員会が決議した 「教育制度の改革に関する答申」 中に、 「教科内容の画一化を排し、 弾力性をもたせ、 教科書については検定制度を原則とするが、 種々の特色をもつ教科書を国で作る」 という項があった。 この問題を受けての動きの中で、 日本私学団体総連合会は、 52年 1 月18日、 天野文部大臣に対し決議文 「政府が標準教科書を自ら編集出版することに関する反対について」 を手交している。 その決議文を記す。

 昭和26年11月政令改正諮問委員会は教育制度改革に関する答申の一部に於いて、 教科書は検定制度を原則とするが、 現状においては、 国家が標準教科書を作成し、 教科書の向上を図ることを可とすると述ベております。
 本会はこの趣旨には勿論反対でありますが、 各民間教育団体が斉しく反対している事情に鑑み、 かかる時代逆行的な措置が実行せられることは万々あるまいと考え静観しておりました。 然るに最近新聞紙の報ずる処によれば、 旧臘来、 この目的のため150万円が文部予算中に計上されることに決定した趣であります。 本会は、 かかる措置は、 国定教科書制度復活への第一歩であり、 教育画一化の基盤となるものであると考えます。 即ち、 終戦後数年の努力によって著るしく育成の実をあげたとはいえ、 国民の民主的精神は未だ徹底するまでに至らず、 官尊民卑の習癖牢固たるものがあります。 このとき一度国定標準教科書の出現を見んか、 過去数年の努力は水泡に帰し、 現在実施をみつつある教科書検定制度の崩壊することは明白であります。 依って、 明年度予算中、 本件に関する経費は、 寧ろ検定教科書制度改善のため御使用相成るよう希望する次第であります。

 これに対し文部省初等中等教育局長は次のように答えている。

  「文部省では教科書編集について二つのことを考えている。 一つは高等学校職業科の教科書をつくることで、 これは民間でも賛成している。 もう一つは小中学各一年の算数と社会科の教科書を差当りつくることで、 民間に編集委員を頼み、 検定基準・学習指導要領に最も忠実に編集してみようというので、 結果がよければ検定を受けて民間教科書同様に世間に問うてみたい。 従って検定制度を改めるとか、 国定教科書を復活させる考えはない」。

 しかし世論の動向から、 52年 1 月23日文部省はこの計画を中止し、 小中学校用教科書編纂のために準備した150万円は、 資料収集と教材研究に使用することにしたため、 この問題は一応解決した。

2. 文部省による教科書検定
 
 53年 8 月 5 日に 「学校教育法等の一部を改正する法律」 を公布しているが、 同法により、 教科書検定が教育委員会の権限であり、 用紙割当制の廃止までの暫定措置としての文部大臣が検定を行うということが、 定められていた条文が削除され、 教科書検定は文部大臣の権限の下に入ると定められた。 この法改正に当たっての文部省側の意向を、 53年 3 月12日の第15回特別国会衆議院文部委員会における広瀬與兵衛文部省政務次官の同法案の提案理由説明から見てみる。

 この法律案は、 教科用図書の検定を文部大臣において行うことを明確にするため、 学校教育法を初め、 教育委員会法、 私立学校法及び文部省設置法などの関係の 4 法律の一部について改正を加えることを内容とするものであります。 従来教科用図書の検定については、 今申し上げました 4 法律にそれぞれ規定があります。 すなわち学校教育法においては、 教科用図書は監督庁の検定もしくは認可を経た教科用図書または監督庁において著作権を有するものとし、 その監督庁は、 これを当分の間、 文部大臣と定めているのであります。 また文部省設置法においても、 文部省の初等中等教育局において、 当分の間教科用図書の検定を行うこととしているのであります。
 他方、 教育委員会法及び私立学校法によりますと、 都道府県の教育委員会または都道府県知事が教科用図書の検定を行うこととしながら、 用紙割当制が廃止されるまでは、 文部大臣が行うものとしているのであります。 これらの法律相互間の調整は、 早急にはかられなければならない問題であります。 ところで、 教科用図書は、 学校教育における主たる教材として、 重要な使命を持っているものであることは申すまでもないことであります。 そこで今後一層この教科用図書の内容を充実し、 初等中等教育の水準を維持し、 さらにこれを向上させるためには、 教科用図書の検定は、 これを文部大臣において行う必要があるのであります。 この趣旨にのっとり、 かつはさきに申し述べました法律上の調整をはかるため、 今般関係法律を改正して教科用図書の検定権の所属を明らかにし、 文部大臣に属せしめることとしたわけであります。

 従来は教育委員会が行っていた、 教科書の検定を文部大臣が行うようになることは、 この時点で実効性のあった旧教育委員会法第 1 条中の 「地方の実情に則した教育行政を行うために、 教育委員会を設け、 教育本来の目的を達成することを目的とする」 という文との関連において問題が起きることになる。 53年 7 月14日の第16回特別国会衆議院文部委員会で、 文部大臣もこう答弁することになった。 「文部大臣が教科書の検定を一元的にいたしましても、 これで中央集権になるとか、 或いは地方分権の趣旨に反するとかいうことは、 私は現状においてはないと思います」。 「私は、 国定教科書にするその前提としてこの法案をだした、 こういうことではありません」。 「私は、 国定教科書に一律にするということは望ましいこととは思っておりません」。
 このように文部省側が否定したにも拘らず、 国定教科書へという懸念が残る中で、 前述のように文部大臣による教科書検定は決定した。

3. 『うれうべき教科書の問題』

 54年11月 8 日、 石井一朝と佐藤豊が 「日教組で組合費が不当に支出されている。 運動も政治的に偏向している」 とする意見書を出して、 日教組を脱退した。 55年 6 月22日、 松村謙三文部大臣が教科書制度改正方針を表明し、 24日に衆議院行政監察特別委員会において、 教科書問題で証人喚問を開始したが、 石井一朝が証人として喚問された。 その石井に対して社会党の猪俣浩三が、 自由党の原田憲から池田勇人に宛てた書簡内容を写真で示し、 石井の日教組脱退に関連して金銭の受け渡しがあったかと詰問した。 石井は否定した。
 55年 7 月15日、 日本民主党は教科書問題特別委員会を設け、 委員会は 8 月、 10月、 11月に 『うれうべき教科書の問題』 と題した冊子 3 冊を相次いで発行した。 日教組に関連する学者が主な著作者となっていた社会科教科書を挙げ、 偏向教科書であるとして、 教科書の在り方を批判したが、 石井一朝もこの冊子造りに関与したことを認めている。 同委員会の動き、 教科書に対する考え方などが表されている文として、 第 3 集の11月10日付 「はしがき」 の部分を記す。

  「教科書問題報告の第 3 集を世に問うに当つて、 幾多の反省と共に、 大きな感激を覚えずにはおられない。 第 1 集と第 2 集とは、 大きな反響があつたが、 もとより、 その反響は表面上賛否半ばするというよりも、 これに反対しているものは、 いわゆる学者グループなどによる根拠のない非常識な反対論で、 事実に反した立論の上のものであつた。
 黙したる国民大衆の声は、 また日教組の内部から、 最も真面目な教育者諸君の中から、 そして父兄の中から、 むしろ大きな驚きをもつて、 われわれの努力に対して、 げきれいをしてくれたのである。 こんな重大な、 大切な問題が、 どうして今までうちすてられてあつたのであろうか。
 これは一般国民にとつて不可解の一つであつた。 もし、 教科書の制度、 内容、 業界、 日教組をめぐるあらゆる腐敗とでたらめとが、 ここで明るみに出されず、 闇から闇にほうむり去られていたとしたら、 日本の教育界はどうなつたであろうか。 ここで一切とはいわないまでも、 ある程度が明るみにだされたことは、 大きな警告であつたのである。
 第 3 集は、 第 1 集、 第 2 集に対する一般国民の大きな関心と要望に応えて、 さらに調査の視野を拡大し、 学習帳の問題、 採択と販売との独占と混乱の問題、 教科書の値段をいかにして安くするかという問題の、 研究と調査の結果を集録した。 教科書の誤りについては、 すでに第 2 集において摘記したのであるが、 調査の進捗につれ、 重要事項について、 誤りのあまりにも多過ぎることには、 全く唖然たらざるを得ないのである。 敗戦後、 こうした教科書の多くの誤りが、 何らの注意を喚起されることなく、 放置されておつたということは、 検定のなげやりもさることながら、 日教組の幹部が、 たゞ徒らに政治運動と組合活動にのみ没頭して、 真に学童のための、 真面目なる教育の研究をうちすてて、 すこしもかえりみなかつたかという、 何よりの証左といわねばならぬ。 もとより、 われわれは、 われわれの調査、 研究が完ぺきのものだなどゝいう、 思ひ上つた考えは持つていない。 われわれは、 調査、 研究の発表に対するあらゆる批判を歓迎し、 それらのすべてを、 素直に受け入れて、 改むべきものがあれば改め、 反省すベき点があれば反省したい。 そして、 共に、 共に、 正しい結論を得ることに努めたいとおもうているのである。 幸にして、 日本民主党は、 教科書問題特別委員会とは別に、 新たに文教制度委員会を設け、 今後の問題はこれに引つづき各般にわたつて慎重な検討をとげ、 さらに掘りさげてゆきたいと考えている」。

 このように、 第 1 集、 第 2 集の反響を伝え、 反対論に対しては、 根拠の無いものとしている。 唯、 この第 3 集に至っても 『うれうべき教科書の問題』 の内容に誤りがあった。 例えば、 「誤りの明白なもの16項」 中の 「王政復古の詔勅」 という項であるが、 中教出版 『あかるい社会』 (小 6 上) の 「1867年のすえ、 幕府の政治がゆきづまつたのを感じた15代将軍徳川慶喜は、 天皇に政治をかえすことをもうし出ました。 よく1868年 1 月、 16歳の天皇は、 王政復古の詔勅を出しました。」 の部分を挙げ、 「この記述には二つの誤りがある」 として、 「(イ) 慶喜の大政奉還申出では1867年 (慶応 3 年10月14日) であつて、 翌15日朝廷これを聴許した。 故に、 これは、 『1867年のすえ』 でなく、 『1867年の秋』 である」 「(ロ) 王政復古の詔勅は、 1867年 (慶応 3 年) 12月 9 日である。 故に、 『よく1868年 1 月』 は誤りで、 こちらが、 『1867年のすえ』 である」 と記している。 この民主党本の誤りは、 1867年と慶応 3 年を全く同じ年としている点である。 歴史論文などでも 「慶応 3 年 (1867年) 10月14日」 などと記するが、 そのことは、 陰暦の慶応 3 年10月14日は陽暦の1867年11月 9 日であるということを否定することではない。 同様に、 慶応 3 年 (1867年) 12月 9 日と書いても、 慶応 3 年12月 9 日は1868年 1 月 3 日であることを否定はしていない。 とすれば、 この場合の 『あかるい社会』 の記載を誤りとすることは出来ない。

4. 教科書制度の改善に関する答申

 こうした教科書制度に対する問題の広がりに応ずる形で、 55年10月 3 日に文部大臣松村謙三は、 中央教育審議会会長天野貞祐に 「教科書制度の改善方策について」 諮問した。 諮問理由等は次のようなものである。

  「現行の教科書制度は、 戦後の教育改革の一環として実施され、 初等中等教育の発展に重要な役割を果してきたのであるが、 今日までの実績に徴するに種々再検討を要すると認められ、 また、 教科書の内容、 採択供給の方法、 父兄の経済的負担などの問題に関し各方面からの批判が加えられるに至った。 この際、 学校教育における教科書の重要性にかんがみ、 教科書制度全般にわたり検討を加え、 早急にその改善措置を講ずる必要があると考える。
教科書制度改善に関し検討すべき問題点〉
1.検定について
 教科書の検定は、 非公開の調査員による調査の結果を教科用図書検定調査審議会に
おいて審議し、 その答申に基いて文部大臣が行うこととなっているが、 教科書の内容
を改善向上するため、 現行の調査検定の機構、 その方法などについて検討を要する点
があると考える。
2.採択について
 教科書の採択は、 公立の学校については所管の教育委員会、 国立または私立の学校においては校長が行い、 使用教科書の選定のために展示会が開催されているがその実施の結果を見るに、 使用教科書の種類があまりにも増加し、 そのため全体としても、 父兄負担においても、 経済的むだが生ずるとの批判を生み、 また、 業者の売込競争の激甚化などのため、 公正な採択を阻害して、 ややもすれば好ましくない行為を誘致するとの問題もあり、 あるいは現行の展示会制度についても欠陥が指摘されるなど、 採択制度に関し, その改善のため検討を要する点があると考える。
3.発行供給の制度について
 現状においては教科書は90数社の発行業者がその発行にあたり、 各種の供給販売機構を通じて需要者たる児童生徒に供給されることになっているが、 完全供給をいっそう確実にし、 また、 不公正な取引方法の絶無を期するため、 教科書の発行・供給制度について検討を要するものと考える。
4.その他
 父兄負担の軽減を図るため, 教科書価格適正化の方途などについても、 なお検討すべき問題が存するものと考える」。

 この諮問に対して、 中教審は同年12月 5 日に答申(1)を行い、 この答申に基づいて、 教科書法案が作られ、 56年 3 月20日、 国会に提案された。 一方、 日本教育学会は、 55年10月10日に、 教科書制度を民主主義の精神に基づく合理的なもにするための基本方針を、 教育課程委員会、 教科書、 教科書の著作および発行・検定・採択・供給などの各項目に渡って記した 『教科書制度要綱』 を公表した。 教科書法案は、 地方教育行政の組織及び運営に関する法律案と併せて審議されたが、 強い批判が多く両法案を共に成立させるのは困難となり、 地教行法の成立と引き換えに教科書法案は廃案となった(2)。

5. 教科書検定制度の強化

 教科書法案は廃案になったが、 教科書検定制度は一段と強化され、 56年 9 月 6 日に日高六郎、 長洲一二が教科書執筆を辞退し、 共同声明を出している。 また、 教科書法案の内容であった教科書調査官の新設、 検定審議会の強化などが省令という方法で実施されて行った。
 56年10月13日付の 『文部広報』 によれば、 文部省設置法施行規則の一部を改正する省令を、 10月10日公布施行した。 この一部改正は、 新たに教科書調査官を置くことについての改正で同法施行規則第 5 条の 2 の次に、 第 5 条の 3 の 1 ヶ条を加えたものである。

  (教科書調査官)
第 5 条の 3 初等中等教育局教科書課に教科書調査官を置く。
  2 教科書調査官は、 上司の命を受け、 検定申請のあった教科用図書および通信教育用学習図書の調査に当る。
  3 教科書調査官のうち 5 人以内を、 担当する教科を定めて主任教科書調査官とすること、 ができる。 主任教科書調査官は、 その担当する教科について、 前項に定める教科書調査官の職務の連絡調整に当るものとする。
  4 教科書調査官の定数、 選考基準、 職務等については、 別に文部大臣が定める。
〈教科書の検定規則も一部改正〉
本省では、 「教科用図書検定規則の一部を改正する省令」 を10月10日公布施行。                  (後略)

 また、 56年12月 3 日付 『文部広報』 にはこう書かれている。

  「本省では、 教科書検定調査審議会の拡充強化をはかるため、 29日新委員96名を決定するとともに、 30日午後 1 時から東京丸の内の産経会館で第 1 回の総会を開き、 新しい教科書検定の第一歩を踏み出した。   この教科書検定調査審議会の拡充強化は、 さきに行われた教科書センターの設置、 教科書調査官の設置と並んで現行教科書制度の運営の改善をはかったもので、 同審議会の検定調査分科会委員はこれまでの16名が一躍80名に増強された。
 教科用図書検定調査分科会は次の 9 部会に分れ、 それぞれの担当科目の図書について調査審議し、 その結果を文部大臣に答申するものである。 国語 (10名)、 社会 (15名)、 数学 ( 7 名)、 理科 (11名)、 音楽 ( 5 名)、 図画工作・美術工芸・書道 ( 7 名)、 外国語 ( 6 名)、 保健体育 ( 5 名)、 家庭・職業 (14名)。
 すでに昭和33年度使用の教科書については、 本省で11月から原稿の受付を始めており、 この新しい委員によって、 教科書の調査審議が行われるわけである。 なお、 教科用図書分科審議会は、 16名の委員が決定しているが、 なお 4 名が今後追加される予定で、 この分科会は、 教科書の発行、 供給について審議を行う。
 第 1 回の総会は、 清瀬文相のあいさつ、 内藤初中局長のあいさつののち、 会長副会長の選挙を行い、 教科用図書検定調査分科審議会の会長には元文相天野貞祐氏、 副会長に国家公安委員野村秀雄氏が就任した。 また教科用図書分科審議会会長に全国銀行協会専務理事水田直呂氏、 副会長には東京都教育委員会教育長本島寛氏がそれぞれ就任し、 教科書検定調査審議会会長は天野貞祐氏、 副会長には水田直呂氏が決定した。 調査方法についても協議の結果、 @現場の調査員 2 名、 大学の教授、 助教授の専門調査員 1 名計 3 名が同一の原稿の調査に当ることを原則とするが、 ただし社会科、 理科、 職業教科に関するものについては必要に応じて専門調査員を増して調査に当らせることなどを決定した。 A調査員はこれまでの検定基準に基いて絶対条件及び必要条件の各項目について調査評定し更に調査意見書を書いて出す。
 なおこの総会で、 調査員575名が承認され、 近く発令の運びとなった。
 今後教科書の検定は、 申請のあった原稿について、 これらの調査員と常勤の調査官が別々に審査を行ったものがそれぞれ審議会の各部会に提出され審議会によって実質的な調査審議が行われ合否を判定しこれを文相に答申する。 文相は答申に基いて検定を与えることになる」。

 教科書検定制度を拡充強化を計る方策について、 『文部広報』 は以上のように記している。

おわりに

 教科書調査官が設置された直後の教科書検定では、 「平均 3 割 5 分が不合格、 前例のない厳しさ“不当な国家統制”と業者」 という見出しの新聞報道が行われる検定結果となった。 文部省は、 地教行法を通すため教科書法案は廃案にしながら、 実質的には成立したと言ってもよい状態を造って行った。 51年の標準教科書作成計画前後からの教科書造りの変遷から見ると共に、 55・56年辺りは、 学習指導要領改訂、 教育委員会改組も行われ、 戦後教育の大転換点であって、 これらとも併せて総合的に理解しないと、 小論で取り上げた教科書検定の実態は見えてこない。  

 註 
(1) 55年12月 5 日に行われた中央教育蕃議会答申の内容は、 以下の通りである。

  本審議会は、 教科書制度の改善方策について、 特別委員会を設けて審議を行って得た結果に基き、 総会においてさらに慎重に審議し、 次の結論に到達しましたので答申いたします。
          記
 教科書は単なる一般の教材と異なり教育上に占める地位はきわめて重要であり、 児童・生徒に与える影響は多大であるからその内容は、 中正かつ適切でなければならない。
 他方経済面においては、 家庭の負担を軽減することについてじゅうぶんな配慮がなされなければならない。 教科書の発行・供給等に関して公的規制が必要なのはこのためである。
わが国現行の教科書制度は、 戦後教育改革の一特色をなすものであるから、 現行制度の基本的性格は維持されるべきものと考えられる。 しかし、 教科書に関する現行法規は, 戦後の特殊事情のもとにおいて早急の間に定められた臨時的措置に基くものが多く、 法的に不備な点がある。 さらにまた教科書の内容・価格ならびに採択の適正を確保し, 発行供給の円滑・公正を図る等の実施面において改善の必要が認められる。
  よって下記の諸点についてすみやかに適切な処置を講ぜられたい。
 I 検定について
1.検定は、 現行どおり国 (文部大臣) において行うものとし、 都道府県においてはこれを行わないものとすること。
2.文部大臣の検定権の行使を適正ならしめるため, 現行の審議会を拡充強化し、 その委員は学識経験者・教職員その他のうちから、 中正かつ適切な方法により選任するものとすること。
3.審議会には、 教職員・専門家その他のうちから適正な方法 (たとえば、 教職員にあっては、 教育委員会に校長の意見を聞いて推薦させる等) により、 選任した非常勤の調査員を置き、 第 1 次調査にあたらせるものとするが、 調査審議の責任は審議会自体が負うようにすること。
  この場合、 非常勤調査員の職・氏名を公開すること。 また審議会の拡充強化に資するため非常勤の調査員のほか、 別途、 常勤専任の調査職員を相当数置くこと。
4.審議会は、 編著者から申し出があったときその他必要があると認めるときは、 編著者の意見を聞くものとすること。
5.検定基準を整備すること。
6.検定は常時行うものとするが、 不合格図書の同一年度における再申請は、 これを認めないものとすること。
7.検定には一定の有効期間を定めること。
 U 採択について
1.公立の小・中学校については、 採択に関連する校長の権限を明確にするとともに、 たとえば、 郡市単位など一定の地域において、 できるだけ少ない種類の教科書を使用するようにすること。
 このため、 たとえば、 次のような採択方式が考えられる。
(1) 都道府県の教育委員会は、 自然的・社会的・教育的諸条件を考慮して、 採択地区を設ける。
(2) 採択地区には、 採択協議会を設け、 校長・教員・都道府県および市町村の教育委員会の委員・職員ならびに学識経験者等で構成する。
(3) 採択協議会は、 採択地区内の学校の校長の申し出を基礎として、 採択地区内の学校で使用すべき教科書を選定する。
(4) 市町村の教育委員会は、 右の選定に基いて、 所管の学校において使用すべき教科書を採択する。
2.公立の高等学校については、 校長の申し出に基いて所管の教育委員会が採択するものとすること。
3.国立または私立の学校については、 一定の手続を経て校長が採択するものとすること。
4.適正な採択と教職員の研究に資するため、 教科書の常時研究施設を設けること。
5.採択に関連する不正行為について、 厳重な処罰規定を設けて禁止するとともに、 採択基準を示す等採択の公正と自由を阻害するような第三者の行為を禁止すること。
6.採択面における宣伝活動については、 たとえば現行のような駐在員は、 これを設けさせないものとし、 発行者等の負担において開催する講習会等は、 教育委員会の承認を得た場合に限り行いうるものとする等適切な規制を加えること。
7.採択関係者が編集発行に関与することにより採択に不当な影響を及ぼすことがないように措置すること。
 V 発行・供給について
1.発行者について欠格条項を設け、 これに関連して登録制度を設けること。
2.同一発行者の発行する同一種目の教科書の種類ならびに教科書の改訂については、 一定の抑制の方途を講ずること。
3.特約供給所は、 毎年関係発行者および大取次店が協議して選定し、 取次店は、 毎年特約供給所関係教育委員会の意見を聞いて選定するものとする。 この場合において特約供給所および取次店の供給区域が重複しないようにすること。
4.特約供給所および取次店の供給状況が, 不良または不誠実である場合に是正することができるようにすること。
5.発行者と供給業者は、 法令および委託契約に従って共同して供給義務を負うこととし、 その義務を履行させるための措置を講ずること。
6.供給事業に採択関係者が関与し、 採択に悪影響を及ぼすことのないような措置を講ずること。
7.児童・生徒の転校、 被災等の場合に教科書の供給を迅速かつ容易ならしめるための措置を考慮すること。
 W 価格について
1.現行の教科書の定価の認可基準を検討し、 その引下げを図ること。
2.教科書の用紙・ページ数・色刷りその他について一定の基準を設けること。
3.教科書・教師用指導書等の学校、 教職員ヘの献本等に要する経費が教科書価格に算入されないようにするため、 これらの献本等を禁止すること。
4.教科書の運賃・郵送料について軽減措置を講ずること。
 X その他
1.教師用指導書についてその内容に教育上不適当な箇所があるときには、 訂正させることができるような措置を講ずること。
2.夏休み帳・副読本等の使用については届出制とすること。
3. 発行・供給・定価などに関する文部大臣の権限の行使の適正を期するため、 必要な審議会を文部省に設けること。
4.特殊教育用教科書特に点字教科書の編集発行を促進し. これが入手を容易ならしめるような措置を講ずること。
5.産業教育用の教科書の編集・発行を促進し, その価格の低廉化を図ること。
6. 準要保護者の子弟で義務教育をうける児童・生徒に対し、 教科書の無償給与の措置をとること。

(2) 批判の中から一例を挙げれば、 日本教育学会が 『教科書制度要綱』 を発表した後、 更に、 学会員によって発表された意見書を、 『日教組教育新聞』 が採り上げ、 56年 6 月 1 日付 『同紙』 に、 次のよう記載している。

  意見書はまず、 国家が何らかの法的規制を加えるとするなら、 @教育の中立性確保、 教科書の著作と発行の自由を保障し、 A教師の自主的合理的な民主教育を可能にし、 助長する性格のものであり、 B父母の教育費負担を軽くして無償配布の実現をめざすもの、 でなければならないと大原則を示し、 今度の法案がこの原則にことごとくそむき、 政治支配官僚統制を強化する道を開き、 さらに無償制の実現には何らの配慮も示していないとのべたのち、 法案の要点を次のようについている。
 一、 検定の政治的中立性を確保するには、 検定権者、 その補佐機関の政治的中立が保証される制度、 が作られなければならないが、 この法案では検定権者が特定政党に属し、 その政党の番頭をもって任ずるような人が文部大臣につくと予想されるから、 検定は 「教科書審議会の議をへて」 となってはいても審議会そのものは、 文相が全く自由に選任、 解任できる委員で構成される諮問機関である。 しかも任期の規定さえなく、 政党の出先機関、 御用機関化する可能性が多い。 さらに文部省内に45人の常勤調査官がおかれ、 実務がすすめられるとすれば、 独立の性格をもたぬこの種の審議会は、 偽装民主々義の有害なものとなる。
 一、 検定は国だけでなく、 地方でも行うべきで、 それが地方の実状に即し教育の画一性を打破する。
 一、 検定審議会の行為には、 公正を期するための規制が法定されなければならないが、 この点も甚だ不合理である。 法案にきめた検定拒否 (申請却下) 権が発効されれば、 検定審議会は棚上げにされ、 審議会が検査する前に、 文部官僚の判定で却下されてしまう可能性がある。 審議会がなすべきことをいわば官僚が予備審査を行うことを法律でみとめることは、 甚だしく官僚独善に導き、 これによって検定は実質的に文部官僚の手に握られることになる。
 一、 検定の結果に対する申請者の異議申立、 再審査要求、 公聴会開設要求などの権利を保証する規定が全然なく、 泣きねいりするほかない。
 一、 検定申請者の利益保護のために、 検定完了の時期を制限する必要があるのに、 その規定がなく、 検定権者の恣意によって自由に決定を延ばすことができる。
 一、 検定の有効期間を一律に 6 年間ときめたのは理由が薄弱である。 学習指導要領に重要な変更が生じない限り、 有効期間は何ら制限する必要はない。 一律に有効期間をつけることは、 いたずらに教育現場を混乱させ、 著作者、 発行者に不必要な労力と経費を強い、 検定権者に一たん合格した図書を改めて不合格にする機会を与える。
 一、 検定制度をとる以上、 すべて民間とすべきで、 官製をみとめるべきではないのに、 文部省著作教科書の存在をみとめている。 これによって文部省の標準教科書が作られ、 多くの地方がこれを採択すれば、 実質上の国定制度が実現する。
 一、 採択は教師、 学校で自主的に行われ、 採択権は教師、 学校にあるベきであるのに、 採択権を市町村立小・中学校では都道府県教委会に与え、 教師、 学校の自主性を現実的に没却している。 教委法が根本的に変えられて御用機関化される可能性が生れようとしているとき、 このような規定は、 政治的意図によって採択が行われる可能性を開き、 政治の教育支配をもたらす。
 一、 教科書の種類を一定地域内で一種類、 または少数に限定し統一することは、 教育的には本来、 必要性を認める根拠はない。 この法案では郡、 市、 数都市単位、 県単位に一種類に統一することを規定しているが、 これは国定の一歩前で国家統制を企図したものである。
 一、 かりに地域内で何らかの調整または統一する必要がある場合があるとしても、 それは地域内諸学校教師の会議で行われるべきで、 法で一律に統一すべきではない。 この法案では現場教師を除外した委員構成も可能で、 教委制度が変えられれば、 御用委員による選定が行われることも可能であり、 しかも審議経過、 委員の意見等は秘密を守る義務を負わせていることは、 官僚統制の極みである。
 一、 この法案でも展示会を常設にすることがうたわれているが、 地区的統一採択方式がとられれば、 この施設は利用されることも少なく、 意義を失うもので、 たんなる口実にすぎない。
 一、 義務教育諸学校の教科書無償制についての規定はなく、 これに近づこうとする意図すら見出せない。 教科書の定価を下げるための郵税や運賃特別扱い、 出版業者への低利融資等の必要な措置を行うことを政府に義務づける条文さえ欠けている。
 一、 指導手引書 (教師用指導書) はたんなる参考書にすぎないのに、 これに対しても、 文部大臣が内容を検閲し、 訂正勧告する権限を与えられているのは、 検定権のらん用である。

(すぎやま ひろし 教育研究所共同研究員)