相模台工業高校定時制は総合学科へ |
中野渡 強志 |
はじめに 99年8月16日に出された「県立高校改革推進計画(案)(以下、推進計画)」はその年の11月25日に正式に決定された。相模台工業高校(以下、相台工)全日制は相模原工業技術高校(以下、相工技)と統合して総合産業高校であり、定時制は総合学科高校になるということであった。定時制設置校である川崎高校、小田原城内、厚木南はそれぞれ全・定ともフレキシブル高校であったり単位制高校であった。全・定の課程で異なる制度改編は相台工だけということになる。 8月15日の朝日新聞を読んだ多くの再編該当校から、なぜ「うちの学校が」といった声があがったようだ。しかし、相台工定時制の職員多くは「なんだ今更」といった感想であった。ただ、朝日新聞の記事には本校定時制について何らふれられてなかったために翌日の県教委発表で知ることになった。この推進計画発表の約4年前の95年3月に県教委の研究指定を受けた相台工定時制は 2年間の職場討議を経て現在の機械・電気科としての工業高校から総合学科への転換を全教職員で確認して県教委に報告していた。また、神奈川における高校多様化の象徴といわれていた技術高校から転換した工業技術高校(相模原・平塚西・大船)の3校は、推進計画の前期計画で近隣の工業高校と統合ということで姿を消すことになった。ここで推進計画の中の専門学科高校の改編となる相台工定時制の総合学科への転換の経過および工業高校の再編計画の背景を探ってみることにした。 学校現場からの要請を受けた再編計画か 91年5月、県教委の諮問機関である「神奈川県後期中等教育検討協議会」の第二次報告(「生涯学習社会における高等学校教育の役割」)は 、「社会の変化に応じたこれからの定時制・通信制教育の在り方について」と題して生徒の多様化に対応した教育内容、教育方法の改善や入学者数の減少を踏まえた学校規模・配置などを提言した。この報告を受けた県教委は、93・94年の2年間に3校、94・95年に7校に「定時制教育研究推進事業」として定通併修や実務代替、授業時間の拡大、多様な選択科目の拡大などの課題についての研究指定をした。93年に研究指定を受けた相台工定時制は、2年間の研究結果として総合学科の設置を県教委に報告した。その理由として「今後10年余に及ぶ中卒者の減少、またおそらくは92%の本県全日制の進学率上昇を予測するとき、入学者減は必至、特に中学新卒者の入学は激減すると思われる。とすれば今後の入学者は、全日制中退者を中心として多様化を極めると推定される。こういった生徒の質的変化に対し、本校カリキュラムは、30年来その基本部分において殆ど不変であり、現状に対応するものとは言い難い」と述べるとともに「研究指定推進校指定を機会とし、本校改編に着手したい」とし、「総合学科の導入は、普通科志望生徒への対応という観点から志向された」ということであった。 それは当時の生徒のアンケートから「工業高校を選んだ理由」の中で「普通科の定時制が近くになかったから」等の理由を挙げた生徒が40%もいるということが大きな要因になっている。しかし、報告を受けた県教委は定時制の総合学科については、極めて消極的であった。当時の県教委の幹部は「定時制には金をかけるつもりはない」と言い放すほどで、定時制総合学科は単なる研究で終わったかのようであった。確かに、11月に県教委から出された基本計画(素案)の中には、この研究指定の報告の存在は全く見あたらず、「相模原工業技術高校の総合学科への研究をふまえ」(「相模原南部方面総合学科高校(素案)」1999年11月)となっていた。(かつて相工技は吉田島農林高校、大師とともに県教委による総合学科の研究指定校であった) その後、新校準備委員会による「基本計画」が「相台工(定)の研究成果を踏まえて」と書き直されたことから、唯一の現場からの要請を受けての改編校と位置づけられるとも考えられる。 工業高校の改編は工業技術高校の解消が最優先か 99年1月28日、神奈川県産業教育審議会(以下、県産審)は「県立専門高校の役割と改善の方向について」の報告の中で、工業高校について「 ゼネラルタイプや専門性を深化し将来のスペシャリストをめざすテクニカルタイプ、工学系の大学等の進学に対応できるカレッジタイプなどといった類型の設置や小学科を統合した総合技術科(仮称)への改編等についても検討することが求められている」と述べ、同時に新しいタイプの専門高校として「単位制への移行や新しいタイプの産業総合高校(仮称)の設置について、今後検討する必要がある」と提言している。 その報告に先立って95年3月に同じく県産審は「工業技術高等学校は3校設置されているが、設置学科が少ないこと、学校規模が小さいことなどによる学校運営上の制約や、近隣に工業高等学校が設置されており、偏った配置の状況がある。また、技能の習得を重視した教育目標を特色としてきたが、近年の社会状況や産業界の変化に対応して、教育課程や指導内容を改善・変更してきた結果、近隣の工業高等学校と比較して特色が少なくなってきているなど設置20年を経てさまざまな課題が指摘されている」とし「工業技術高等学校の改編あるいは近隣の工業高等学校との発展的統合等を含めて検討する」としている。一方、横須賀工業高校は94年に校内に「本校の将来像を考える会」を発足させ、あるべき将来像を検討してきた。検討の中で最も念頭に置いたこととして「不本意入学者を減らし、中途退学者をいかに減らすかということであり、動機づけを持たせることであった」としている。そして7点の具体的な改革の視点から、学習形態として「総合技術科への転換」を提起している。その理由として「ゆとりある中で自ら学び、自ら考え、自ら判断する期間を設けるために、1年次を共通履修と小学科を廃止し大学科制としてまとめる。2年次より生徒の興味、関心意欲に応じた系・コース制を選択し専門性を深める」ということであった。ただ、このような学校現場からの改革は、近隣に工業技術高校との組み合わせがないために全く無視されてしまったことになる。 また、向の岡工業高校では、「新向工検討委員会」という校内組織での討議を踏まえ「環境問題への取り組みをコンセプトとする専門高校」を学校改革の基本理念に「地域に開かれた学校づくり」を推進してきたが再編校の対象にはなっていない。 総合技術科・総合産業高校は、工業技術高校との組み合わせの結果であり、各学校現場からのそれぞれ取り組みとは全く関係なく出現したと思われる。 推進計画は県産審報告の工業技術高校の発展的統合を最優先したと思われる。 新校のあり方は学校現場で (推進計画発表時の県教委との質疑) 99年8月に推進計画を発表した県教委は、9月以降各該当校で説明会を開催した。相台工では9月17日に全・定合同での説明会であった。事前に学校側からの質問書を提出しており、県教委がそれに答えるといった形ですすめられた。当日の質疑応答を筆者のメモから要約すると以下のようなことであった。 (質問)県央・県北地区から工業高校がなくなる。なぜ総合技術高校ではなく総合産業高校か? (答) 県産審から「産業総合高校」の設置の答申を受けている。流通も含めた幅広い工業教育の在り方が必要。総合産業高校は工業をも包み込んだものである。例えば国際系もそれ自体独立しても良いが工業と関連させても良い。 (質問)総合産業校というネーミングは中学生にわかるのか? (答) 県産審は「産業総合高校」となっている。検討の余地はある。 (質問)単位制で学科を外すことによってオープンカレッジといったイメージを持っているのか? (答)地域に開かれたものではあるがそういったイメージは持っていない (質問)予算措置はどうなっているか? (答)6校で建て替える。議会、財政当局と検討中。専門高校は金がかかるということは承知している。 (質問)教職員定員、配置はどうなっているか? (答)全日制で6系、定時制で4系を例示しているが教育課程を検討する中で系が決まる。弾力的に考えている。標準法だけでできると思っていない。準備段階で県単措置の配慮が必要。普通科で計算した場合、6クラスで単位制を実施した場合は9〜10人の加配がある。 (質問)準備委員会の構成はどうなっているか?権限は? (答) 相台工、相工技、県教委で構成されどこがリーダーシップがとるということではない。ただ、教育課程は2校で、定員・施設は県教委が主に検討することになる。 (質問)新しい分野に対して教職員の研修体制はどうなっているか (答) 長期、短期も含めて検討する (質問)移行期間はどうなっているか? (答) 平成15・16年の入学生徒は新校で取り組むカリキュラムを先取りしても良い。 (質問)本校定時制は県教委の研究推進指定(94,95年度)を受けて総合学科の設置の結論を得た。今回の再編はその研究推進の実現と考えて良いか? (答)そのことも踏まえて検討した (質問)教育課程の展開例で4つの系列が提示されているが、あくまで例示と考えて良いか? かつて定時制研究推進で本校の特色を生かした系列を検討した。それではいけないのか? (答)コンクリートしたものではないので準備委員会の中で検討してもらいたい。 (質問)課程間併修、実務代替、2学期制などが提起されているが、今後の検討の中で変更の余地はあるのか? 例えば3学期制になっても良いのか? (答) あくまでも例示であるが積極的に取り組んでほしい。単位制の場合、半期毎の分割履修といった2学期制の利点がある。 (質問)第7章「改革のための条件整備等」で「管理規則の見直しを含む学校運営組織の改善に取り組む」となっているが、現行組織では再編の推進が困難なのか? その場合、どのような点なのか? (答) 職員会議のあり方も含めて国からの改善措置がきている。再編がなくてもやらなければいけない その後、校内に新校準備委員会を設置され、検討が始まった。 おわりに 夜間定時制で、しかも2クラス募集(70名定員)といったきわめて小規模の学校での総合学科高校は全国でもあまり例はない。当初は「県内初の定時制総合学科高校」として 打ち出したが、2003年度に横須賀市立総合学科高校が3部制でスタートしたために、「県立で初めて」と言い換えることにした。 工業高校からの転換ということで従来の工業科の施設・設備をそのまま引き継ぐことになり、工業(機械・電気)の科目を学べることができ、選択科目によっては従来の工業高校電気科等で得ることが出来る第3種電気主任技術者の認定校としての条件整備を整えるといった総合学科高校をまざしている。 「勤労青少年を含め、定時制に学ぶ生徒の多様な学習ニーズに応えるため、体験的・実践的な学習を重視し、工業・情報分野をはじめ幅広く総合選択科目を設置し、特色ある教育内容を展開する」( 「相模原南部方面総合学科高校(定時制)設置基本計画案」2000年10月)といった基本的コンセプトが生かされるには施設・設備はもとより人的条件が不可欠である。新校準備委員会の県教委メンバーに教職員課の職員がいないことがとても気になる昨今である。 なお、推進計画で消えていく工業技術高校については、神奈川県高等学校教職員組合の*1高校問題総合検討委員会(略称「高総検」)で問題点を指摘し、県教委に対してもその改善も含めて意見を述べてきた。それらの意見が具体化されるまでちょうど四半世紀の時間を費やすことになった。 また、同じく第1期高総検報告は職業高校の段階的改革案の中で、第3段階として学科を廃止し「総合高校とし3年間履修した単位数に基づき学科を決定する」と提起している。 今回の推進計画での総合技術高校や総合産業高校が第1期高総検報告の「総合高校」と 形態として一致している面が多い。理念においてもその実現を期待したいものだ。 (なかのわたり つよし 県立相模台工業高校・定教諭) |