所員レポート

   イギリスの「学校理事会制度」に関する一考察
                        
沖塩有希子


はじめに 
 わが国において、中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り方について」(1998/9/2)に基づき、「学校教育法施行規則」の一部改正が行われた(2000/1/21)ことにより、「学校評議員制度」の導入が決定した。地方分権に関わる教育行政の改革とともに、答申では、「地域住民の学校運営の参画」の具体策として学校評議員制度が位置づけられている。  
同制度によって、学校運営に関し、親を始めとする地域住民が連携して、地域・社会に「開かれた学校」の一層の実現が目指されることになり、神奈川県下の公立学校でも、学校評議員制度が導入され、現在その実施が進みつつある。
 こうした現状を踏まえ、本論では、イギリス1における「学校理事会制度」について、概要をレポートすることにする。なぜなら、イギリスの学校理事会制度は、学校運営に関わる組織という点において、わが国の学校評議員制度との比較分析が可能なシステムと思われるからである。イギリスという他国の事例をたどることで、わが国の学校評議員制度のあり方――地域に開かれた学校づくり――を検討する手がかりになるならば幸いである。
 なお、本論で扱うイギリスの「学校理事会制度」とは、「School Governor」が組織する「School Governing Body」という機関に関わるシステムであり、わが国の先行研究では、「School Governor」:「理事」、「School Governing Body」:「学校理事会」と訳出する場合が通例のようであるので、これに従うことにする。
 また、学校理事会制度は、公立学校に適用された制度であって、私立学校(イギリスでは、「独立学校」:「Independent School」と呼ばれる)はその外であることも断っておく。

学校理事会制度の変遷
 本段では、学校理事会制度について、その歴史的な経過を最小限に留めて述べる。 
イギリスにおける学校理事会の歴史は古く、伝統的な私立の名門男子中等学校であるパブリック・スクールなどでは、中世にまでその起源をさかのぼることができ、多様な形態での存在が認められるという。
 学校理事会制度が法律上初に規定されたのは、「1944年教育法(バトラー法)」においてであり、従来の多くの存在形態を有した同制度に、明確な位置づけと統一を与えた。1970年代になると、いわゆる「英国病」と呼ばれる経済危機が進行し、加えて、ロンドンなどの都市部を中心に、公立学校の荒廃・学力低下に対する保護者の批判が集中して、効率的な公立学校の経営管理とその成果、および、教育の質の向上が叫ばれるようになった。こうした状況下、1975年に、当時の労働党政権は、学校教育の改善にとって学校と家庭・地域の連携や協力が不可欠であるとして、特別委員会(テイラー委員会)を組織し、学校理事会のあり方に関する検討を進め、1977年、テイラー報告書を公表した。その後、同報告を受け、学校理事会の設置を決定し、学校外部者と協同することによって教育の質の向上を図ることを提言した「1980年教育法」が出され、続いて、「1986年教育法」で学校理事会の権限が拡大し、「1988年教育法」では、自主的な学校経営(Local Management of Schools:LMS)を促進する関係上、学校予算・人事(校長の任免権を含む)などの権限までが学校理事会に委譲されて、「基本的にして最終的な経営責任2」を担うことになり、ここに「学校理事会は各学校の最高意思決定機関としての地位を確立3」した。さらに、「学校教育の水準と枠組みに関する1998年法」では、従来の学校理事会の枠組みが一部改められた。

現行の学校理事会の組織と機能
 (1)理事の構成と人数

 学校理事会の各代表理事の比率は、「1994年教育法」以降変更を重ねており、学校規模・
学校形態によってもその人数は異なる。先述の「1998年法」によって示され、1999年か
ら実施されている学校理事会の枠組みは、次の表の通りである。

[表:イギリス学校理事会の構成]

 (注1)地域学校(コミュニティー・スクール)とは、一般の自治体である地方教育当局(Local Education Authority:
LEA)立の学校のこと。1992年時点で、小学校の65%、セカンダリー・スクールの78%を占める。
 (注2)有志団体立学校@(ボランタリー・コントロールド・スクール)とは、教会立学校であり、教会が敷地のみを提供
し、LEAが全資金を出す学校のこと。教会側は、ガバナーの1/3を指名し、宗教教育のみに関与する。1992
年時点で、小学校の15%、セカンダリー・スクールの5%を占める。
 (注3) 有志団体立学校A(ボランタリー・アイデッド・スクール)とは、教会立学校であり、教会が敷地・若干の資金を提供する学校のこと。教会は、ガバナーの2/3を指名する。1992年時点で、小学校の20%、セカンダリー・スクールの13%を占める。
(注4)地方補助学校(ファウンデーション・スクール)とは、1999年に、GMスクール(Grant Maintained School:親
の投票により、LEAの統制を離脱し、政府から直接資金提供を受ける学校)の廃止で誕生した学校のこと。1992
年時点で、小学校の0%、セカンダリー・スクールの3%を占める。
(注5)A:中等学校標準規模  B:中等学校小規模(生徒数600人以下) 
C:初等学校標準規模 D:初等学校小規模(生徒数100人以下)
 (注6)C、および、D欄に見られる「−」でつながれた数字は、人数の幅を示す。
(注7)LEAとは、地方教育当局(Local Education Authority:LEA)の代表理事のこと。
 (注8)創設者とは、各学校の創立に携わった諸団体の代表理事のこと。
(注9)共同選出とは、地域の教会・青少年団体・産業界などの代表理事の事。
(出典) 小松郁夫、「イギリス 教育改革の新たな展開」、黒沢惟昭、佐久間孝正編、『世界の教育改革の思想と現状』、
理想社、2000年、44頁。
ただし、注については、筆者自身が加筆・修正を行った。

 (2)理事の選出方法
 理事の任期は4年である。
保護者代表・教員代表・職員代表は、おのおのの組織から選挙で選出され、欠員が生じた際は、その都度選挙を実施する。全ての保護者が選挙権・被選挙権を有している。通常、立候補者を募り、各自が公約を掲げた上で、郵送形式の無記名投票が行われる。立候補者は、大半が教育に多少なりとも見識のある人物であるようである(しかし、自ら積極的に立候補する者よりは、他者の薦めから、というケースが多いようである)。
 (3)学校理事会の権限と活動内容
 学校理事会の主要な権限は以下に列挙した通りであり、事項ごとに小委員会が組織され、最低でも各学期一度は会合を開催することになっている(実際には、より頻繁に会合が開催されているという)。
@ 人事に関わる決定:校長を始めとする教職員の採用・給与・研修・免職など。
ただし、校長の採用を除いた実際の採用は、校長の判断によるところが大きい。
A 学校財政に関わる決定:財産・建物の維持、管理など。
これらの直接の決定権も校長にあるが、理事会はそれが適切か否かを監視・判断する。
B 学校教育の改善計画・学校目標(成績などの向上目標を含む)に関わる決定。
C カリキュラムに関わる決定。
ただし、「ナショナル・カリキュラム」(National Curriculum:国家によって規定さ
れたカリキュラムで、わが国の学習指導要領に相当する)の実施は義務づけられている。性教育・宗教教育・政治教育のバランスなどについて判断する。
D 学期・学校スケジュールに関わる決定。
E 入学に関わる決定。
F 児童・生徒の規律(退学の決定も含む)に関わる決定。
G 保護者や地域住民に対し、学校理事会の活動内容の情報を公開するための、年次報告
書の公表、年次総会の開催(これらは「1986年教育法」によって義務づけられている)。

 中でも、とりわけ、B・Cの決定はかなり重要視されている事項であるといわれる。というのも、イギリスにおいては、保護者による学校選択制度が導入されているため、各学校がいかなる教育目標を掲げ、カリキュラムを編成しているかということ、さらには、7・11・14・16歳段階で実施する「ナショナル・テスト」(National Test:ナショナル・カリキュラムに準拠した全国共通試験)の成績結果を学校ごとに公表する「リーグ・テーブル」(League Table:学校成績順位一覧表)の数値が、保護者の学校選択の強力な指標となっている事情があるからである。
 要するに、佐貫浩が指摘しているように、イギリスにおける学校理事会制度というのは、一方には「校長を中心に、親と学校と地域が共同して、かなり強い私立学校並みの教育の自由の下、成績向上と非行や問題行動に取り組むことを可能にしている面4」があり、他方には「学校選択によってきつい親の評価にさらされつつ、また基本的には厳しい財政事情の中で、生き延びるための成績向上と効率的な学校経営に競争的に組み込まれつつあるという面5」を兼ねる両義性をはらんだシステムであると考えられる。
  なお、理事達は、先述のような活動内容を無報酬のボランティアでこなすのだが、その権限は校長のそれに匹敵すると言っても過言ではない。

おわりに
 以下では、既述のイギリスの学校理事会制度の内容を踏まえながら、わが国の今後の学校評議員制度のあり方を模索する上で留意すべきと思われる点を4つ示して結びとしたい。
第1は、わが国の学校評議員制度を推進する土壌が脆弱なことである。これまで述べて
きたイギリスにおける学校理事会制度というのは、同国の民間主導での学校成立・運営の伝統――ボランタリズム(Voluntarism:民間人・民間団体が主体的に学校経営・学校教育に関与することを当然と認識する)の流れを汲みつつ学校は私的に営まれてきたが、19世紀の半ばから、その一部が国家により漸次保障されていくことで公教育制度が確立していった――が、中世以来の長きに渡って育くんできた歴史的土壌に根ざす史的産物と言える。
 他方のわが国にあっては、1872年の学制発布以降、国家主導で公教育制度が整備された経緯をたどったゆえに、民間(人)が学校教育に積極的に関与する意識が未成熟と考えられ、その脆弱な土壌に、学校評議員のシステムを立ち上げ、推進していかねばならない実情があると思われる。
第2には、校長の権限の下で、組織され、機能する、わが国における学校評議員制度の性質である。「学校教育法施行規則」の一部改正により、学校評議員に関わる規程は、23条の3の中で、「学校評議員は、校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる(傍点は筆者が加筆、以下のカッコ内も同様)」、それは、「…教育に関する理解および識見を有するもののうちから、校長の推薦により」選出されるもののであるとされた。神奈川の「県立学校の学校評議員設置の試行に関する実施要領」においても、同様に、2条で、「学校評議員は…校長の求めに応じて、校長の行う学校運営に関し、意見を求めるものとする6」、3条で、「学校評議員は、教育に関する理解と識見を有する者のうちから、校長の推薦に基づき、教育委員会が委嘱する7」と述べられている。すなわち、学校評議員制度とは、あくまでも、校長がその権限と責任の下に行う学校経営に際して、校長の必要に応じ保護者・地域住民から意見・助言を聴取する、校長の円滑な学校運営を図るための校長支援システムであるのであり、合議システムではなく、「開かれた学校」を目指すとは銘打っても、「限定が付された学校の開放システム」だと言える。
 確かに、イギリスにおいても、学校運営に関する校長の権限は絶大であり、わが国の校長をはるかに凌ぐものである8。学校理事会は、(先述の通り、)学校全般に関わる事項に対して相当の権限を握ってはいるのだが、日常の教員採用、学校運営計画などでは、校長の最終判断が優先される(つまり、トップダウン方式で中央から下りてきた通達・方針に照準を合わせて意思決定を図る、わが国の学校長とは立場を異にする)。当然、それに伴う責任も重く、保護者による学校選択、ナショナル・テスト、学校査察(School Inspection:外部機関による立ち入り検査を含む学校評価が4年に1度実施される)などで十分な成果を示せなかった学校の校長というのは、時に辞任に追い込まれる場合もある。しかしながら、この絶大な権限と責任を担う校長の採用に関する決定権は、理事達の選択に委ねられているのである。イギリスにおける学校理事会制度とは、より良い教育環境創出のための、校長と学校理事達の緊張を伴う横並びの関係から成っている9。
 第3には、(先の第2の点とも関連するが、) 校長の求めに応じて召集され、意見を聴取される、わが国の学校評議員の学校運営をめぐる限定的な関与である。これは、既述のように、イギリスの学校理事会が、教員人事・学校予算・カリキュラムまでもを決定の範疇とするのと比較した際に明白である。
 第4には、わが国の学校評議員への教職員、および、児童・生徒の加入に関してである。
現行の学校評議員制度では、「当該学校の教職員、児童生徒については、学校評議員が外部の意見を求めるものであることから、その対象とはしないものとする」として、現場の教職員、そして、児童・生徒は評議員のメンバー外に置かれている。
 先述した通り、イギリスの学校理事会制度においては、教員・職員については、おのおのが、代表理事を選出すべきことが規定されている。
 わが国の学校理事会制度でも、望ましい学校運営のあり方を追求しその実現を図るためには、保護者・地域住民はもちろん、併せて教職員も、自らの立場からの見解・意見を交え、学校と地域社会が緊密な連携の下に学校に関して協議する、主体的、かつ、民主的な組織の創出こそが有効であろう。
 ただし、児童・生徒が、学校評議員として加入することについて考える上で、イギリスの学校理事会がたどったプロセスをみておくことは意味があると思われる。イギリスでも、理事のメンバーに児童・生徒の加入は認められていない。「1986年教育法」成立以前は、生徒代表の理事が存在した学校も多少あったようだが、同法によって18歳以下の生徒を理事にすることは禁止された。これに関して、小松郁夫は、「学校理事会の構成から生徒代表理事を外した理由について、当時、私は、何人かの専門家に尋ねたが、その根拠は必ずしも明確ではなかった。せいぜい、保護者がきちんと子どもの意見や考えを代弁すれば良いのではないか、と解説するに留まっていた。おそらく、学校理事会の機能や権限、責任が大きくなるにつれて、選挙権(イギリスでは、18歳以上の者が有している)を持たない中等学校の生徒の理事資格を不適当であると判断したのであろう10」と述べている。
 3点目で指摘したように、イギリスの理事と比較して、わが国の学校評議員は、学校運営において関与できる事柄が限られているので、その意味では、児童・生徒の代表者も含めた合議システムの実現が容易ではないだろうか。彼らの学校生活に直結する学習内容面・特別活動面などの項目に関して、彼らからの意見・要望を汲み取ることのできる制度の整備が将来的に望まれる。

  註
  1. . 本論で使用するイギリスとは、便宜上、イングランド・ウエールズを限定して指すも
    のとする。
    というのは、連合王国の中で、イングランド・ウエールズの教育制度はほぼ同様であるものの、スコットランド、北アイルランドは、独自性が強く、教育制度の整備について、それぞれに独自の法律に基づいて進められている事情があるからである。 
    よって、本論で扱う学校理事会制度も、イングランド・ウエールズを対象とした制度である。
  2. . 黒沢惟昭、佐久間孝正編、『世界の教育改革の思想と現状』、理想社、2000年、40頁。
  3. . 同上、43頁。
  4. . 佐貫浩、『イギリスの教育改革と日本』、高文研、2002年、81頁。
  5. . 同上、81頁。
  6. . 神奈川県高校教育情報センターのHP:http://www.edu-kana.com/center/index.html より引用。
  7. . 同上。
  8. . イギリスの公立学校の校長は、ほぼ私立学校の校長に近い権限を持っているといわれる。
  9. . もっとも、(わが国の)学校評議員制度について審議した文部省調査研究協力者会議では、一時期、イギリスの学校理事会制度をモデルにした学校理事会構想が浮上したようであるが、結局、校長権限を侵さず、これに包摂する形で、制度が位置づけられたという。
  10. . 黒沢編、『世界の教育改革の思想と現状』、理想社、2000年、43頁。
主要参考文献・資料
・「学校と地域社会との連携に関する国際比較研究 最終報告書」、国立教育研究所、1999年。
・浦野東洋一編、「学校評議員制度の新たな展開―「開かれた学校」づくりの理論と実践、学自出版、2001年。
・黒沢惟昭、佐久間孝正編、『世界の教育改革の思想と現状』、理想社、2000年。
・佐貫浩、『イギリスの教育改革と日本』、高文研、2002年。 
・イギリスにおける学校理事会制度に関しては、教育・訓練省(Department of Education and Skills)のHPも参考にした。http://www.dfes.gov.uk/index.htm
・神奈川県下の高等学校における学校評議員制度に関しては、神奈川県高校教育情報センターのHPも参考にした。 http://www.edu-kana.com/center/index.html