寄稿
普通科進路多様校における生徒の進路意識と行動   アンケート調査の結果をもとに  
大 島 真 夫 

1. はじめに
 90年代後半から増加した高卒無業者は、 今や卒業生の 1 割を占めるようになった。 この問題に取り組もうと、 筆者もメンバーの一人となって研究会 (若年非正規雇用研究会:代表苅谷剛彦東京大学大学院教授) が立ち上がったのは 3 年前である。 一昨年は関東近県で調査を行い、 大都市の周辺に位置する地域でも無業者問題が様々な面で深刻化していることが明らかになった。 その後、 大都市圏でも調査をする必要があると感じていたおりに、 幸運にも教育研究所の先生方にご協力をいただけることとなった。 そこで、 昨年 1 月、 神奈川県内の県立普通科高校11校の 3 年生を対象に、 進路意識に関するアンケート調査を実施させていただいた (回答数1098)。 この11校は、 無業者問題が深刻化していると言われるランク中位校からいわゆる 「進路多様校」 にかけての学校である。 さらに 7 月から 8 月にかけて、 一部の学校で進路指導担当の先生にインタビューを行い、 進路状況に関するお話を伺った。 神奈川県で行った調査を分析しまとめたものを、 9 月に行われた日本教育社会学会で発表した(1)。 本稿はその学会発表の概要をまとめ、 ご報告させていただくものである。

2. 高校生の意識が見えない
 今回の調査で我々が最も関心を寄せたのは、 高校生の進路意識であった。 高校生の意識がわからない、 という声はよく聞く。 実際、 インタビューでもそのように指摘される先生は少なくなかった。 そこで、 具体的な事例について伺ってみたのだが、 なぜかどの学校に行っても 「イルカの調教師」 になりたい生徒が話題になった。 神奈川県には江ノ島水族館や八景島シーパラダイスがあるが、 全国的に見ればイルカの調教師の需要がそれほど多いとは思えない。 狭き門であることを十分理解せず、 おそらくはテレビで見てかっこよかったからという理由で 「イルカの調教師」 になりたいと生徒たちは思うのだろう。 その希望は夢なのか現実に即しているのか判然とはしないが、 とにかく進路指導の場面にまで持ち込んでくる。 いったい今の高校生は何を考えているのか、 というようなお話であった。 このほかにも、 無気力、 進路に無関心、 指導にのってこない生徒などの実例を聞かせていただいたが、 そのどれもがびっくりさせられるような事例であった。

3. 調査から見えてくる生徒の意識
 夢を見続ける生徒がいるかと思えば、 進路に全く無関心な生徒もいる。 多様で複雑怪奇な高校生の進路意識をアンケート調査の回答の中からどのようにすればあぶり出すことができるのか。 その答えの一つが、 因子分析という統計的手法を用いることだった。 分析の結果を以下に示す。
 調査では進路意識に関係すると思われる質問を多数用意して、 生徒たちに回答してもらった。 表 1 は、 質問それぞれについて、 結果をまとめたものである。
 この表からだけでもいろいろと興味深い結果は見えてくる。 Q15からは将来の進路を真剣に考えるべきだと思う生徒が 7 割にも達することがわかる。 その一方で、 Q14によれば将来の事を考えるのが面倒だと思う生徒が 4 割いて、 Q12によれば将来よりも今の生活を楽しみたいと思う生徒が 6 割に達していることがわかる。 これらのことから、 次のような高校生像が浮かび上がる。 すなわち、 進路を考える必要性があるのはわかってはいるが、 「でも考えるのはウザいんだよね、 それより今楽しければいいじゃん」 というのである。
 しかし、 21の質問すべてについて検討し、 それをもとに一つの高校生像を作り上げるというのは極めて困難な作業だ。 そこで因子分析を用い、 この21個の要約を試みた。 因子分析の特長は、 回答者 1 人 1 人の回答パターンに着目することによって、 似たようなことを聞いていると考えて差し支えない質問がどれとどれであるかを明らかにできる点にある(2)。 分析の結果、 21の質問は表 1 に示したAからFという 6 つのグループに分けることが可能だとわかった。 そして、 各グループに含まれる質問を見ながら、 それが意味しているところを考えてネーミングをし、 新しく作った意識の指標が表 2 (次ページ) に示す6つの意識次元である(3)。
 進路指導との関係性を考えたときに特に重要なのは、 「A適性把握失敗」 「Cメリトクラシー (業績主義) に対する親和性」 「D現在志向」 の 3 つである。 適性を把握しているかどうか、 学校をさぼったり試験で手を抜いたりしないか、 現在のことではなく将来のことを見据えているかどうか、 といったことは、 進路指導の主要な関心事だからである。 この 3 つを見れば、 高校生の意識がおおよそ説明可能であることも分析の結果明らかになった。

4. 意識の成立に影響を及ぼす要因
 それでは、 そうした意識は、 生徒の属性的要因やおかれている環境からどのような影響を受けながら成立しているのだろうか。
 ここでは、 重回帰分析という手法を用いて分析を行った。 この手法の特長は、 絡み合う要因を上手に識別し、 ある要因の独自の影響力を測定できるという点にある。 進路意識に影響を及ぼす要因が複合的だったとしても、 他の要因による影響力は一定にして、 その要因の持つ影響力だけを取り出すことができるのである。 結果は表 3 である。
 ここでは重要な結果を 2 点のみ指摘する。 まず、 「メリトクラシー (業績主義) に対する親和性」 は家庭からの影響が反映されやすい。 アルバイトや学校外でのつきあいといった校外の要因はこの意識に影響しておらず、 学校に由来する要因についても遅刻の頻度以外は関係していない。 業績主義的価値観になじめるかどうかについては、 家庭からの影響が大きいのである。 2 点目は、 「現在志向」 が、 学校外でのつきあい、 アルバイト経験、 家庭状況といった校外の要因から主に影響を受けているという点である。 その一方で遅刻の頻度を除けば学校に由来する要因とは関係していない。
  「メリトクラシーに対する親和性」 にせよ 「現在志向」 にせよ、 どちらも校外の要因に大きく左右されているとするならば、 学校がこれらの意識に働きかけを行う時に、 困難を伴うことが予想される。

5. 「進路えらび」 と進路意識の関係
 高校生の進路を考える上で最も重要な問題は、 どういった要因がどのように進路選択へ影響を及ぼしているのかという点である。 とりわけ進路意識の違いによって進路選択がどう異なってくるのか。 ここでは、 多項ロジスティック回帰分析と呼ばれる手法を用いて分析をおこなった。 この手法は前節の重回帰分析と同様、 他の要因を一定にしながら、 ある要因が持つ独自の効果を明らかにできるものである。 考察の結果のうち重要な 3 点を記す (分析結果の表は省略)。
@進路意識の高さ低さに関係なく、 以下のような要因を持った生徒は進路のための活動 (就職活動・進学準備) を何もしない可能性が高い。 すなわち、 (1) 女子、 (2) 家庭が進学を望んでいないか希望が不明、 (3) 学校ランクが低い、 (4) 学校内における成績が低い、 (5) 欠席日数が10日以上ある。 こうした属性的要因やおかれている環境が、 生徒の意識レベルに関係なく進路選択に影響を及ぼしている。
A生徒の属性的要因 (性別)、 おかれている環境 (家庭状況、 学校ランク、 学校での成績、 欠席日数)、 「現在志向」 「メリトクラシーに対する親和性」 意識、 これらのレベルがどのようなものであるのかにかかわらず、 適性把握をしていると考える生徒ほど専各に進学する可能性が高まる。 その一方で、 「進路のための活動を何もしない」 生徒と 「就職」 「大学・短大」 を目指す生徒の間では適性把握のレベルに差がない。
B生徒の属性的要因・おかれている環境がどうであるかにかかわらず、 進路意識が 「現在志向」 であったり、 「メリトクラシーに対する親和性」 が低い場合は、 進路のための活動を何もしない可能性が高い。
 
6. まとめ
 本稿では、 高校生の進路意識に着目することを出発点として、 意識に影響を及ぼす要因と、 意識が進路選択にどのように関わるかを明らかにしてきた。 分析の部分は結果のみを駆け足で紹介してきただけであるので、 これに考察を加えてまとめとしたい。
 まず、 進路指導を通じて意識への働きかけを行うことで、 進路未定を決定に至らせることが可能のように思える ( 5 節AおよびB参照)。 なぜならば、 進路意識は、 生徒の属性的要因やおかれている環境がどうであるかにかかわらず、 進路選択に影響を及ぼしていたからだ。
 しかし、 実際のところは、 進路意識に働きかけをすることはなかなか難しい。 「メリトクラシーに対する親和性」 と 「現在志向」 意識については、 校外の要因から受ける影響が大きく、 学校に由来する要因からの影響は限定的だった ( 4 節参照)。 学校による働きかけが成功するには、 校外の要因から受けるインパクト以上のものを学校が生徒に与える必要がある。 また、 「適性把握」 意識については、 これを推し進めると専各に進学する可能性が高まる ( 5 節A)。 仮に 「適性把握」 に対する働きかけが成功したとすると、 その結果選択の可能性が高まるのは専各への進学であり、 高卒時点での就職ではない。 普通科の 「進路多様校」 の場合、 就職に結びつくように 「適性把握」 意識へ働きかけることは、 データを見る限りでは難しい(4)。
 もちろん、 「適性把握」 を推し進めて専各に進学するということに問題がないわけではない。 当然ながら、 進学に必要な経済的裏付けが生徒にあるかどうかがまず問題になる(5)。 同時に、 適性の中身も問題となるであろう。 実現が難しい職業に適性を感じても、 それを本当に適性と呼べるのかどうかは疑わしい。 やりたい仕事を見つけることと適性把握をすることは別のことだからだ。
 ただ、 本人が 「適性把握」 をできたと感じれば、 進路のための活動を何もしないという状態から脱するという点は重要である。 高校卒業の段階では 「進学する事を決めた」 ということで 「適性把握」 は一応できたと考え、 さらなる適性は高校卒業後に中等後教育機関で把握してもらう、 というのが未定者を減らす 1 つの選択肢になるのかもしれない。 2 節で取り上げた 「イルカの調教師」 も一般的にはなるのが難しい職業だが、 それに適性があるかどうか本人が理解するには専門の教育機関で教育を受けてみる必要があるのだろう。 もし適性把握を高校卒業後の教育機関にもゆだねることになるのならば、 そうした機関と高校との間で進路指導に関して何らかの役割分担をするのが望ましい。 生徒たちに職業イメージをもたせ適性を把握させるために、 高校と中等後教育機関の密接な連携が必要になってくると言える。

   註
1 発表は、 研究会メンバーである濱中義隆 (大学評価・学位授与機構)、 林未央 (東京大学大学院)、 及び筆者の 3 名で行った。 本稿を作成するにあたり、 濱中 (本稿の 5 節に該当する部分を担当)、 林 (本稿の 3 節に該当する部分を担当) が発表した部分は筆者が要約を行ったが、 内容に関する文責は筆者にある。
2 因子分析の説明でよく用いられる例が、 「文系型学力」 と 「理系型学力」 である。 英語、 国語、 数学、 社会、 理科の 5 科目の試験を行ったとしよう。 一般的に言って、 数学が得意な生徒は理科も得意なことが多いし、 英語や国語が得意ならば社会も得意ということが多い。 だが、 数学が得意だから社会も得意ということはあまりない。 普通は、 数学は得意なんだけれども社会は苦手、 ということになるだろう。 実際、 因子分析を行ってみると、 そのような傾向が確認できる。 そこで、 理科と数学は 「理系型学力」 が、 英語と国語と社会は 「文系型学力」 が、 それぞれ発揮されたものだと考える (このとき、 「理系型学力」 「文系型学力」 のことを因子と呼ぶ)。 そうすれば、 「文系型学力」 と 「理系型学力」 を見るだけで、 英国数社理の成績の動向もあらかた把握できるようになるのである。 本稿で提示した 「現在志向」 などの 6 つの意識次元は、 ここでいう 「文系型学力」 「理系型学力」 に相当するものである。
3 6 つのネーミングはいささかわかりにくいかもしれないが、 その意味するところは、 各グループに含まれている質問が示している。 たとえば 「現在志向」 は、 Dに含まれるQ12からQ15の質問が、 すべて将来と未来を対比して、 そのどちらに関心があるかを尋ねる質問であることに由来している。 「現在志向」 に分類される生徒は、 Q12からQ14までの質問には 「そう思う」 と答え、 Q15の質問には 「そう思わない」 と回答する傾向がある。
4 とはいえ、 積極的に就職を希望する生徒がいるのも事実である。 昨今の高卒労働市場の状況を考えると、 魅力的な求人は減っており、 そうした生徒に希望通りの職業を紹介できるかどうかは、 もはや進路意識の問題ではなく、 労働市場の需給バランスの問題であると言える。
5 経済的裏付けがない生徒に対する経済的支援 (奨学金や教育ローンなど) の拡充が当然必要になってくる。

    (おおしま まさお  東京大学大学院博士課程)