こどもの貧困と高校授業料への所得制限導入


山野 良一 (千葉明徳短期大学教授)
 

はじめに
 私たち夜間定時制に通う生徒の家庭は、 みんな大変だということです。 みんな自分の親に負担をかけないために、 アルバイトをしていますし、 お金のことにいつもあくせくしながら、 なんとか高校生をやっているという感じです。 お金が払えなくて修学旅行に行きたがらない生徒もいますし、 まとまったお金が払えなくて、 かえってお金がかかるコンビニのおにぎりを食べて、 給食費をまかなえない人もいます。 私たち夜間定時制の生徒の中には、 身体が悪くて働けない母親に代わって、 家計を支えている母子家庭の生徒もいます。 生徒の多くが、 母子家庭や父子家庭で親に小遣いをもらうことなどとても考えられない人ばっかりです。 お母さんが朝早くから仕事に行き、 ふたつみっつの仕事を掛け持ちして夜遅くまで働いている人も結構います。 だから、 親とほとんど顔を合わせることのない人もいます。 (中略)
 定時制高校には、 学びたいという意志がありながら、 日々の生活を働きながら生きることに精一杯で、 学業に専念できない、 学ぶことすらできない人もたくさんいます。 そのような現状では、 学ぶ権利が平等にあるとは思えません。 そもそも、 定時制、 通信制高校は、 働きながら学ぶ高校生のためのものだという一面はありますが、 だからと言って、 高校生が学費を工面するために働かざるをえないという現状はけっして正しい姿とは思えません。 (中略)
 今、 授業料が無償になっていますが、 それに所得制限をつけようという話が出ていると聞いています。 それは、 たぶん高校生の願いに反することだと思います。 先ほども言いましたが、 学校に通うことを私たちの権利にして欲しいと思います。 お金のことであくせくしながら学校に行くのはやっぱりどこか変だと思います。 小中学校に授業料という言葉がないように、 早く高校にも授業料という言葉がなくなり、 教科書代という言葉も、 実習費という言葉も、 生徒会費という言葉もなくなっていく事を望みます。 お金がないから学校に通えないという人がいなくなるように切に願っています。

子どもの貧困対策法
 この文章は 「子どもの貧困対策法案」 をめぐって、 私が世話人として活動している 「なくそう!子どもの貧困」 全国ネットワークとあしなが育英会が合同で昨年5月に開いた市民集会で、 ある高校生が語ってくれたものだ。 この法律は、 議員立法で提案され、 衆参両院において全会一致で可決成立し (昨年6月)、 今年1月に施行された。
 この集会では、 「子どもの貧困対策法」 に貧困率削減についての数値目標を盛り込むように、 あしなが育英会の高校生や大学生が強く訴えたが、 残念ながら数値目標は盛り込まれなかった。 また、 法律全般を通じても理念法の範囲を超えておらず、 具体的な施策がほとんど盛り込まれなかったなど不十分なものである。
 もちろん、 この法律は2010年に当事者である、 あしなが育英会の学生たちが自らの体験などを基にその必要性を訴え、 法律制定に向けてイニシアティブを取り精力的に活動をした中で実現にこぎつけたものでもある。 そうした意味では、 先の高校生なども含め当事者、 しかも子ども・若者たちの声が、 最終的に国会をも動かすほどの大きな力となって、 法律として結実したのだとも言え、 画期的な法律として評価できる部分もある。
 だが、 法律の制定経過には政治的な思惑が絡んでおり、 政治の道具として扱われた部分も否定できない。 新聞報道等 (例えば毎日新聞2013年5月5日) によれば、 自民党はこの法律に当初関心が薄かった。 自民党は、 2012年の芸能人の母親の生活保護受給問題に乗じて、 生活保護の削減を同年の衆議院選挙の公約として訴えた。 選挙後、 生活保護基準の切り下げを強引な形で進めると、 子どもを持つ世帯が3年で10%もの削減率と最も影響があったため、 「弱者切り捨て」 との批判が噴出したのだった。 昨年7月の参議院選挙を目前に控え、 「減額一本では戦えない」 との思惑が生じこの法案に飛びついたとされる。
 結局、 法律は制定されたが、 生活保護基準は切り下げられ、 昨年夏から削減が始まっている。 法律の制定がその代償を生んだとしたら、 大きな矛盾である。 そうした矛盾を深めないためにも、 私たちはこの法律をより良いものにしていくための社会的なアクションが必要である。

子どもの貧困率
 さて、 あしなが育英会が2010年に 「子どもの貧困対策法」 の制定に向けて声をあげたのは、 2009年に子どもの貧困率が発表されその高さに驚きと危機感を覚えたことがきっかけであるとしている (厚生労働委員会でのあしなが育英会・緑川氏の発言)。
 子どもの貧困率は、 個人の可処分所得をベースにした貧困ライン未満の子どもの割合のことだが、 厚生労働省が公式に発表している最も新しい数字としては、 2009年の15.7%である。 6から7人に1人、 全国で323万人もの子どもたちが貧困であるということになる。 また、 ひとり親に至っては、 半分以上の世帯が貧困であると発表されている。
 非常にショッキングな数字である。 ショッキング故に、 この数字について疑問が生じる可能性がある。 「日本のように豊かな国では、 豊かさゆえに貧困であるという基準 (貧困ライン) が高すぎて、 そのような数字が出てしまうのではないか」。
 しかし、 その基準 (貧困ライン) は親子2人世帯では年間で177万円、 月額では15万円を切っている。 親子4人では250万円で、 月に20万円あまりにしか過ぎない。 この額は可処分所得であり、 税金とか国民健康保険料などは既に引かれた後の額だが、 児童手当や児童扶養手当のような政府から援助されるものはすでに含まれている。 この額のみで家族は生活をしなければならない。 家賃、 食費、 水光熱費、 電話代、 交通費、 子どもたちの教育費などを払うとほとんど何も残らない額といえるのではないだろうか。
 さらに、 留意が必要なのは、 この額は上限でしかないということだ。 子どもを持つ貧困世帯全体がどれほど貧困であるかは、 この数字からは見えない。 例えば、 先の世帯所得額より1円下回る世帯もあれば、 年間100万円下回る世帯も存在する。 これは、 貧困の深さという問題だが、 貧困ギャップという指標で見ていくことができる。 貧困世帯の所得の中央値が、 貧困ラインの何パーセントになるかを貧困ギャップは示す。
 2009年の子どもの貧困ギャップは31.1%である。 子どもを持つ貧困世帯の所得の中央値は、 貧困ラインの7割程度の額でしかない。 親子2人の世帯では、 年額で約122万円程度、 月額で10万円あまり。 親子4人の世帯でも、 年額で176万円、 月額で15万足らずでしかない。 貧困にある子どもたちの半分は、 この額よりさらに低い所得の世帯で暮らしている。 つまり、 17歳以下の子どもたちの約7.8%、 約161万人は、 こうした極端に低い所得額の中で暮らしているのである。 なんと大量の子どもや家族が深刻な経済状況の中で日本では生活しているのだろうか。

高校授業料への所得制限導入と給付型の奨学金
 冒頭の高校生が心配していたように、 高校授業料についてはこの4月から所得制限がつくことになった。 これまで、 公立高校生については全ての生徒に対して授業料の不徴収とし、 私立高校生についても就学支援金制度で授業料の減額措置を取ってきたが、 2014年4月入学の生徒から (それ以前に入学した生徒は旧制度の適用)、 所得制限を設ける中で公立・私立高校ともに 「就学支援金」 を支給することになった。 公立高校については、 授業料相当額がその金額になるようだが、 私立高校については、 収入額に応じて額が異なり、 低所得世帯 (年収250万円未満) については最大で月額2万4750円が支給されることになる。 私立高校については、 低所得世帯に限ってみれば旧制度以上の支援額となっている。
 所得制限の額は、 高校生一人、 中学生一人の4人世帯で、 年収の合計額が910万円未満とされている。 それ以上の世帯は、 非該当となり、 「就学支援金」 を受給することができず、 授業料を払わなければならない。 政府の試算では、 78%の生徒が所得制限未満になるとしている。 「就学支援金」 は、 高校に直接払われることになっており、 やはり所得制限がつき名前が変わった現児童手当 (旧子ども手当) と同様に、 所得制限がついた以外はこれまでの制度と大きく変わらないように見える (事務量の増加が心配されるが)。
 しかし、 新たな問題となるのは、 この4月以降保護者たちは所得額を証明するために、 課税証明書等を提出しなければならず、 しかも毎年それを行わなければならなくなったことだ (児童手当は、 提出の必要はない)。
 私は、 児童相談所で課税証明書などを揃えることができず、 就学援助制度などを利用できない子どもの事例に度々出会ってきた。 彼らの保護者は、 決して怠けて不就労なのではなく (それであれば非課税証明書等を提出すればよい)、 真面目に働きながらも、 勤務先が孫請けや曾孫請けの会社あるいは水商売などで源泉徴収制度の網の目から抜け落ちているなどの場合がほとんどなのだ。 彼らも、 きちんとした会社に勤めたいのだが、 学歴も低く資格等もないために不安定なアンダーグランドな仕事しかないのだ。 経済的に不安定な場合がほとんどだろう。 この4月以降授業料が追い打ちをかけることになる。
 もちろん、 政府与党は、 所得制限を設けることによって捻出された財源を基にして、 先述の私立高校に通う低所得世帯への援助を拡充するなどの施策を行うとしてきた。 その施策の中には、 高校生版給付型奨学金制度も含まれている。 現行の貸与型奨学金とは別に、 この4月から非課税世帯に対して返還不要の奨学金が支給されることになる。
 しかし、 当初 (国会審議時) は年収250万円未満程度の世帯に、 公立高校生については年額約13万円、 私立高校生等は年額約14万円の給付とされてきたが、 実際には、 高校生が第1子である場合には、 年額で公私立とも3万8千円程度でしかなく、 第1子が23歳未満で扶養されており、 高校生が第2子以降である場合にのみ公立13万円程度、 私立14万円程度になる。 現状では、 不十分な額と制度と言わざるをえないだろう。
 さらに気になるのは、 授業料を払う生徒、 払わなくてよい生徒、 給付型奨学金を支給される生徒が混在することで、 ひとつのクラスの中に差別観が生じる怖れはないだろうか。 そうしたクラス内の子ども間の分断は、 社会全体のきずなや連帯を壊すことにつながっていかないだろうか。
 子どもの貧困対策における教育支援とは、 「かわいそうな」 子どもに対する恩恵的な援助を施すことではなく、 冒頭の高校生が訴えるように、 すべての子どもや若者の主体的な権利として 「学び」 を保障することから達成されるべきである。 世界的な流れでもある、 無償またはそれに近い義務教育後の教育制度を私たちは求めていくべきである。



執筆者プロフィール
 山野良一さんは、 1960年北九州市に生まれ。 北海道大学経済学部卒業後、 神奈川県に入庁し、 神奈川県内の児童相談所にて児童福祉司として勤務しました。 現在、 千葉明徳短大教授。 あわせて 「なくそう!子どもの貧困」 全国ネットワーク設立に加わり、 子どもの貧困根絶をめざし活動しています。 著書として、 『子どもの最貧国・日本−学力・心身・社会におよぶ諸影響』 (光文社新書)、 『子どもの貧困白書』 (編集委員、 明石書店) など。