キャリア教育の 「光と陰」


乾  彰夫 (首都大学東京 教授)
 

1. キャリア教育の 「成果」
 あまり注目されていないことだが、 2000年代後半、 高卒者の進路や離職状況などをめぐって、 大きな変化が現れている。 そのひとつは、 卒業者の進路に占める無業率 (「学校基本調査」 の 「一時的仕事に就いた者」 及び 「左記以外の者」、 以前の 「無業者」 と同様、 ここにはフリーターなどの非正規就職者が含まれる) の目に見えた減少である。 高卒求人が著しく低下した90年代半ばからその割合は急速に上昇していたが、 2000年代半ば以降、 大きく低下してきている。 もう一つは卒業3年以内離職率 (新規学卒正規雇用就職者のみで、 非正規は含まれない) のこれも大幅な低下だ。 最新の2008年3月卒業者では37.6パーセントと、 過去40年近くの数値の中でも最低水準になった。
 過去における両者の数値の変動は、 若年雇用状況に左右されてきた。 求人倍率が上がれば無業率は低下する。 また離職率は企業規模に大きく左右されるため、 これも大企業求人が多い時期の就職者ほど離職率が低下する。 では2000年代後半、 雇用状況は改善したのだろうか。 2000年前後の 「超氷河期」 といわれた時期に比べ、 若干の改善はあったものの、 それは微々たるものである。
 とするならば何がこのような変化をもたらしたのだろうか。 2000年代に入って大きく変化したのは、 雇用環境よりは教育のほうである。 「キャリア教育」 は中教審99年答申に登場して以降、 小学校から大学に至まで強力に推進されてきた。
 この間推進されてきたキャリア教育は、 児美川、 本田らの批判にもあるように、 もっぱら若者の 「意欲」 や 「態度」 にのみ焦点を当ててきた【1】。 たとえば2006年に出された文科省 『キャリア教育推進の手引き』 では、 「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」 を引きながら、 キャリア教育を次のように定義していた。
「『児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、 それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育』。 端的には、 『児童生徒一人一人の勤労観、 職業観を育てる教育』。」
 その結果、 高校現場などでは、 生徒たちの働く意欲や態度を育てるための様ざまな取り組みが展開されてきた。 インターンシップにはじまり、 フリーターになると生涯賃金でどれだけ不利かなど何が何でもフリーターを回避させようとする講座、 進路未定者をなくすためとにかく正社員就職に押し込め、 それができなければ大学・専門学校進学に切り替える進路指導などなど。
 冒頭にあげた無業率や3年以内離職率の著しい減少は、 こうした高校現場のがんばり、 それに応え非正規雇用や無業に陥ることを怖れる保護者や若者自身のがんばりの結果であろう。 若者や保護者の意識が変われば、 事態はこんなに改善する。 もっぱら若者や保護者の意識に働きかけたキャリア教育の 「見事な成果」 といっていい。

2. キャリア教育の陰
 だが私たちは、 こうしたこの間のキャリア教育の 「成果」 とともに、 その裏で若者たちのなかに生じている 「陰」 にも目を向けなければならない。 それは、 若者たちのなかに広がる深刻な 「生きづらさ」 だ。
 例えば2010年に公表された内閣府 「若者の意識に関する調査 (ひきこもりに関する実態調査)」 によれば、 全国の15―39歳の 「ひきこもり」 2の数は推計約70万人とされている。 また引きこもるようになったきっかけでは 「職場になじめなかった」 「病気」 の二つがトップで23.7パーセント、 次いで 「就職活動がうまくかなかった」 20.3パーセント、 「不登校 (小・中・高)」 と 「人間関係がうまくいかなかった」 の11.9パーセントなどとなっている。
 ひきこもりについては信頼できる過去のデータがないため、 経年的傾向を確かめることはできない。 しかしここで 「職場になじめなかった」 がきっかけのトップとなっており、 また 「就職活動がうまくいかなかった」 も二割に上っている点は注目していい。 職場で感じる精神的しんどさや、 就職活動で抱え込む精神的しんどさが引き金となってひきこもり状態になっている者が少なくないということがここから浮かび上がる。
 一方、 厚生労働省がとりまとめている労働災害補償状況【3】によれば、 精神疾患を理由とした労災補償件数は2000年の請求212件認定36件から2010年の請求1181件認定308件へと著しく増加している。 その背景に極端な人員削減 (とくに正社員) が慢性的長時間労働を生んでいたり、 「成果主義」 などの広がりがストレスを高めるなどの職場環境の悪化があることは容易に想像がつく。
 だが労災請求までいくのは疾患のごく一部にすぎない。 同じく厚生労働省が実施している 「患者調査」 (三年ごと実施) からは、 1999年から2008年にかけて精神疾患患者の大幅な増加が認められる。 とくにうつ病を含む 「気分障害」 の外来患者数は41万人あまりから101万人あまりへとおよそ2.5倍も増加している。 なかでも 「気分障害」 を年齢別に見た人口10万人あたり受診率では10代後半から20代の増加率が著しい。 08年の増加率は99年比で15―19歳 3.0 倍、 20―24歳 3.62倍、 25―29歳 2.82倍と、 いずれも平均を大きく上回っている。
 もちろん精神疾患の増加のすべてが就職や職場でのストレスによるものではない。 しかしこれらのデータからは、 「働く」 ことをめぐって若者たちにかかっている強い社会的圧力が、 ひきこもりなどにつながる精神的心理的困難を広げていることが推測できる。
 実際、 最近まで私たちがおこなってきた都内高卒者の追跡面接調査【4】でも、 正社員就職して一年程度以内で離職した者たちのなかに、 離職直後、 強い自責感情などを抱えてうつ状態に陥る傾向がほぼ共通に見られた。 彼ら彼女らの離職までの状況では、 職場に相談できる同僚や先輩などが一人もいないなかで、 与えられた慣れない仕事を必死にがんばり、 最後はちょうど神経症的不登校の子どもたちと同じように身体が拒否する、 会社に行かなくてはいけないといくらがんばっても行けない状態になっていた。 そして辞めた後も、 「我慢できなかった自分」 「だめな自分」 を責め続けて一定期間、 自分の部屋からほとんど出られないなどを経験した者が多かった。
 私たちの対象者は幸い、 高校や専門学校の同級生仲間の支えなどもあって、 比較的短期間 (長い者で二ヶ月程度) で次の行動に踏み出すことができた。 しかしこのようなしんどい早期離職を経験したなかには、 それまで自分の進路選択について、 しっかりとした情報収集をおこないながらその見通しを常に豊かに語っていた者も含まれている。 意欲と見通しさえ持てばうまくいく、 というキャリア教育などで語られる言説を否定する典型といえるかもしれない。
 子ども・若者にかかる過剰な競争圧力が、 彼らの一部に深刻な精神的心理的困難を生んだ例を私たちはそう遠くない過去にも経験している。 1960年代から80年代にかけての教育拡張期、 とりわけ大衆社会の拡張速度が急速に低下し 「閉ざされた競争」 となった70年代後半以降の学校内部での競争圧力の上昇は、 竹内常一【5】のいう 「学校適応過剰」 型の神経症的不登校を大きく増加させた。
 竹内によれば学校適応過剰型の不登校に陥る子どもたちは、 自分のなかに学校的価値と秩序への過剰なまでの適応を求める 「怖い他者」 を抱え込んでいる。 そして学校でのちょっとしたつまづきすら許さない 「怖い他者」 により自分を責め続けられることが、 そうした子どもたちの不登校のなかで抱える葛藤だという。
 先に紹介した私たちの調査での早期離職者やひきこもりの若者たちが抱え込む葛藤も、 これに非常に近い。 例えばひきこもり支援のあるNPOが行っている合宿訓練プログラムを終えたある若者は、 プログラムに参加する以前、 自分がひきこもりになっていく過程を次のように語っている。
 「社会人になってからは複雑な人間関係のなかでうまくコミュニケーションがとれなかったり、 退職者が相次ぎ労働条件が悪化したりして、 最初は無我夢中で頑張っても、 数ヶ月すると精神的にも肉体的にもボロボロになり退職をして、 退職した自分を自分でぼろくそに責めて、 ということを退職の度に繰り返し、 どんどん自己否定や対人恐怖を強固なものにしていきました。」【6】
辞めたことや就職がうまくいかなかったというそのこと以上に、 辞めてしまった我慢のできない自分 や 就職活動すらうまくやることのできない自分 を自分で強く責め続ける、 いいかえれば現在の労働環境や労働市場環境への過剰適応を脅迫的に迫る 「怖い他者」 を彼らは抱え込まされているといっていい。

3. 教育に引き受けられないことと引き受けられること
 キャリア教育にこのような深刻な陰があるとすれば、 それは教育に本来引き受けられないことを引き受けようとしたことにあるといえる。 若者のなかでの無業や非正規雇用のこの間の広がりの原因は、 一義的にはいうまでもなく社会、 すなわち産業や雇用構造の変化にある。 若者の一部に進んでフリーターを選ぼうとする動きがあったとしても、 それは社会の側の変化へのある種の適応行動にすぎない。 仮に非正規雇用を減らそうとするのであれば、 まず必要なことは労働市場において正規雇用需要を増やすことであり、 やむを得ず非正規雇用につこうとする若者を非難することではないはずだ。
 しかしこの間のキャリア教育の少なからぬ部分が、 意図するとしないとに関わらず、 正規雇用につけない者ややむを得ず早期離職する者に 「意欲のない若者」 というスティグマを貼り付けることで、 多くの若者に 「そうなったら大変だ」 という恐怖心を植え付けてきた。 その結果、 「ブラック企業」 など劣悪な条件であろうともとにかく正社員就職を、 そしてどんなに理不尽であろうと文句を言わずがんばり続けることを強いられた若者たちのなかに多くの犠牲者を生んできた。 むしろこのような、 教育が本来引き受けられない課題については、 きっぱりと返上することが必要ではないか。
 では教育は何をいま引き受けなければならないのだろうか。 ひとつは本田などの主張にもあるような職業教育の豊富化である。 日本の高校教育は国際的に見て職業教育の比重が著しく低い。 しかし若年者への企業内教育研修が希薄化し、 さらにそこから排除された非正規雇用が増大したなかで、 いま必要なことは 「意欲・態度」 といった精神論ではなく、 むしろ職業・労働に関わるスキルをしっかりと高校で育てることであろう。 2011年1月の中教審答申では、 はじめてキャリア教育と並行して職業教育への言及があった。 今後果たしてどの程度の変化が生じるのか、 注目したい。
 もう一つ重要なことは、 職場を仲間とともに働きやすいものにつくり変えていくことのできるようなスキルと知識を育てることである。 知識社会化などといわれようとも、 残念ながら単純でしんどい仕事は減ってはいない。 フリーターなどきちんとした研修もないまま単調な仕事に従事する者たちがこれだけ増えているという事実ひとつとっても明らかである。 そういうなかで、 どうしたら少しでも働きやすい職場に、 やりがいの感じられる仕事につくり変えることができるのか。 そういうことのノウハウは、 もっと学校で教えられていい【7】。  
 そして何よりも、 教育がきちんとおこなわなければならないことは、 若者たちの就業をめぐる困難が、 若者たち自身の責任であるよりも前に、 社会そのものがもたらしたものであることをきちんと伝えることであり、 若者たちも含め社会全体でともに考え、 ともに解決していかなければならないという認識を育てることであろう。
(なお本稿は、 拙稿 「キャリア教育は何をもたらしたのか  教育にひきうけられないことと、 ひきうけられること  」 ( 『現代思想』 2012年4月) をもとにしている)

【1】児美川孝一郎 (2007) 『権利としてのキャリア教育』 明石書店、 本田由紀 (2009) 『教育の職業的意義―若者、 学校、 社会をつなぐ』 ちくま新書など。
【2】「自室からほとんど出ない」 〜 「趣味の用事の時だけ外出する」までの状態が6ヶ月以上継続している者。
【3】厚生労働省 「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況 (平成16年度) について」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/06/h0617-1.html
厚生労働省 「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況 (平成22年度) について」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001f1k7.html
【4】乾編 (2006) 『18歳の今を生きぬく―高卒一年目の選択』 青木書店、 及び乾 (2010) 『学校から仕事へ〉の変容と若者たち―個人化・アイデンティティ・コミュニティ』 青木書店。
【5】竹内常一 (1987) 『子どもの自分くずしと自分づくり』 東京大学出版会。
【6】文化学習共同ネットワーク 「フォーラム・若者を支えるネットワークづくり―関係性の回復からゆるやかな社会参加へ」 (2012年3月10日、 武蔵野スイングホール) 配付資料
【7】そうしたことの一端については、 乾 (2012) 『若者が働きはじめるとき―仕事、 仲間、 そして社会』 日本図書センター


執筆者プロフィール
 乾彰夫さんは、 現在、 首都大学東京の教授をなさっています。 研究所の教育討論会や会館の夏季講座にもおいでいただいたことがありますが、 「日本の教育と企業社会」 「18歳の今を生きぬく」 「若者がはたらきはじめるとき」 など多数の著作があります。