学校管理規則のはたらき 


安 達 和 志
    (神奈川大学大学院法務研究科教授)
 

   

  1. 学校管理規則というもの
     
    神奈川県が設置する高等学校の管理等に関する定めとして、「神奈川県立高等学校の管理運営に関する規則」というものが存在する。一般に「学校管理規則」と呼ばれる同様の規則は全国の都道府県・市町村で制定されており、教育改革の動きなどに応じて頻繁に見直し・改正が行われ、しばしばその規定内容は教育現場に少なからぬ影響を及ぼしている。これらの学校管理規則とは、いったいどんな根拠で定められ、どのような法的性質をもち、いかなるはたらきをしているのかについて、考えてみたい。
     地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下、「地方教育行政法」と略記する。)14条1項は、「教育委員会は、法令又は条例に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、教育委員会規則を制定することができる。」と規定している。学校管理規則は、教育委員会が定める行政立法であるこの教育委員会規則の一種にほかならない。さらに同法33条1項前段では、「教育委員会は、法令又は条例に違反しない限度において、その所管に属する学校……の施設、設備、組織編制、教育課程、教材の取扱その他学校……の管理運営の基本的事項について、必要な教育委員会規則を定めるものとする。」として、学校管理規則の制定根拠に関する規定を特別に設けている。
     この条項の趣旨に関しては、文部科学省当局者が執筆した解説書で、学校の管理運営を適正かつ効果的ならしめるため、管理責任者である教育委員会に学校の管理運営に関する基本方針を明示させ、また学校自らの責任事項をも明らかにし、両者の事務分担関係を明定することによって、教育委員会の一般的支配権に服する学校に必要な一定限度の主体性を保持させようとする狙いがある、と説明されている。ただし、他方で、教育委員会が必要と認めたときは、規則の定める範囲を超えて随時必要な事務処理を命ずることは差支えないとされているので、学校管理規則は、教育委員会が学校管理に関する包括的支配権に自己規制を加えて、あらかじめ一般的に学校に対する指示・命令事項を示した行政内部規則に過ぎないというのが、文部行政筋の理解であるように思われる。
     しかしながら、この「包括的支配権の自己規制」論は、教育委員会は、必要があれば学校管理規則の内容を超えていつでも具体的な指示・命令ができ、規則違反という問題は生じえないとするものであって、きわめて不当な見解だといわなければならない。一般に法規範はその制定主体と規律対象の両者を拘束するものであって(法規範の両面拘束性)、たとえ行政組織内部であっても、いったん一定の準則や基準を設定した以上、その一貫性を欠いた不公正で恣意的な運用は違法と評価される。学校管理規則は、教育委員会規則としてたしかに各公立学校の校長・教師に対し拘束性をもつが、同時に教育委員会をも拘束するものであることに、まず注意すべきであろう。


  2. 教育委員会の学校管理権
     現行法制上、各自治体の設置する公立学校は、設置者である都道府県や市町村自らがその自治事務としてこれを「管理」することとされ(学校教育法5条)、具体的にはその行政的代表機関である教育委員会が「管理」の任に当たることになっている(地方教育行政法23条1項、32条)。したがって、教育委員会が、公立学校管理機関として、少なくとも所管公立学校の「管理」に関し何らかの権限を有していることは確かであろう。しかし、それがどのような内容で、いかなる法的性質をもっているかという点になると、必ずしも自明であるとはいえない。現下の教育界では、この教育委員会の学校管理権の法的内容・性質に関して解釈が大きく分かれ、次のように、これを所管公立学校に対する無制約の包括的な支配権であるとしてきた国・文部行政筋の理解と、その権限の範囲と内容に一定の法原理的な限界が存するとみる教育法学の学説との間での対立が、なお未決着の状態にある。
     
    (1) 「包括的支配権」説
     文部行政解釈によれば、管理とは、一般に公の支配権を有する者がその支配権に基づいてその対象を規制することをいい、学校を管理するとは、学校の設置者が学校に対する一般的な支配権をもって学校を維持し、学校の設置目的をできるだけ完全に達成させるために必要な一切の行為をなすことを意味する。したがって、学校の管理には、学校の人的要素である教職員の任免その他身分取扱い服務監督などの人的管理や、学校の物的構成要素である施設、設備、教材、教具等の維持、修繕、保管などの物的管理は当然含まれるが、そのほかの学校の活動面、いわゆる運営管理も含まれる。
     ここにみられる所管教育委員会の「管理」対象事項に関する3区分論、すなわち「人的管理」・「物的管理」・「運営管理」という分類は、地方教育行政法23条2号から11号までに挙げられた教育委員会の各種の職務権限事項に対応するもので、「運営管理」とは、児童生徒の取扱い、学校の組織編制、教育課程、教材の取扱い、保健、安全、学校給食について所要の措置をとることだとされる。そして、いずれにせよ、教育委員会には所管公立学校に対する上述の職務権限事項のすべてにわたって全面的に無限定の包括的支配権がある、との考え方が明確に表明されている。もっとも、文部行政解釈においても、学校の主体性や教師の自主性・創造性が全く否定されているわけではない。しかし、それはあくまで運用上の配慮にとどまり、たとえ教育委員会が学校運営の細部にわたって具体的な指揮命令を行ったとしても、当不当の問題が生じるに過ぎず、違法とされる余地はないとされる。
     
    (2) 「地域的総合調整権限」説
     教育法学説によれば、教育委員会の所管公立学校「管理」権は、本来的に、私立学校の場合とも基本的には共通する公教育事業経営権の性質を有するものであって、公権力的な支配権と理解されるべきではない。そこで、現行教育法制上の「公教育」事業がどのような法原理のもとに成り立っているか、という点を十分にふまえたうえで、学校管理権の法的性質を見定める必要がある。
     「公教育」の中核をなす学校教育では、直接に子どもの教育にあたる教師に人間的主体性と教育専門性をかけてその教育責任を全うすることが要請される。このため、専門職である教師には一定範囲の教育の自由が保障されなければならない(北海道旭川学力テスト事件に関する最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。また、集団的な組織体制のもとで行われる学校教育では、同様の趣旨から学校の教育自治(学校自治)がやはり一定範囲で認められる必要がある。さらに上述の最高裁判決は、教育の内容面に関する政治的介入は、たとえそれが教育行政機関によるものであっても、教育の自主性を歪める「不当な支配」にあたる場合があると判示していた。2006年12月に改正された新教育基本法16条1項が定める教育に対する「不当な支配」の禁止も、同じ趣旨と解される。したがって、教育行政には、教育の内的事項に関しては、できるかぎり法的拘束力のない指導助言によって教育専門的水準の向上に努めることが求められ、むしろ教育の外的条件整備について積極的な責任を果たすことが期待されているといえる。
     かくして、学校の教育自治の保障と教育行政の条件整備的性格が法原理として存在する以上、教育委員会の学校管理権は、一律・全面的な包括的支配権ではありえず、基本的に教育条件整備に関する権限として限界が画される。そこで、同説では、地方教育行政法23条各号に掲げられた学校事項に関する「管理」権は、結局、教育委員会の所掌事務を見渡す諸権限の束を総称するものにとどまり、その実体は、所管する各学校の組織・運営を条件整備面から地域レベルで総合調整する権限だと解することになる。
     ちなみに、同法23条は、見出しに「職務権限」と書かれているが、各号に掲げられた事項はいずれも「……に関すること」と概括的な表現になっており、元来、教育委員会の所掌事務についての組織法的な根拠規定に過ぎない。教育委員会に具体的な権限が授権されているというためには、同条とは別にそれを明示する作用法上の根拠規定が必要である。


  3. 学校管理規則のはたらき
     教育委員会の学校管理権を、上述の教育法学説のように、所管する各学校の組織・運営を条件整備面から地域レベルで総合調整する権限と捉える場合、学校管理規則は、各学校ごとに形成される学校教育自治(学校の主体性・自主性)をできるだけ尊重しながら、それらを地域的に総合調整する手続や総合調整した結果を確認的に明示する定めだと解することになる。そのように考えるならば、本来、学校管理規則の制定・改正に際しては、父母・住民の意見のみならず、学校関係者の自治的な判断をふまえた意見が相当程度に組み入れられるような参加手続の保障が、とりわけ重視される必要があろう。
     今日、学校の管理体制が強化されつつある厳しい教育現場の状況にあって、学校管理規則が、教育委員会主導のもと、教育委員会と学校との関係、また校長と他の教師との関係を一方的に規律するルールとして現実に機能していることはたしかである。しかし、その反面で、これが教育委員会や校長の行為をも規律・拘束する定めであることにも大いに注目しておく必要があろう。
     ここまで検討してきたように、学校管理規則は、教育委員会が法律に基づいて定めた教育委員会規則(行政立法)の一種であって、「法令又は条例に違反しない限度において」所管公立学校の校長・教師を拘束するものであるが、その内容に関しては、教育委員会が一方的にいかような規定であっても定めてよいわけではなく、現行教育法制上、一定の制約・限界があることに注意しなければならない。その意味で、まず学校管理規則の制定・改正に際して、その規定内容の憲法・法律適合性が問われなければならない。また、学校管理規則の各規定の運用にあたっても、条文の読み方に解釈の余地がある場合、行政解釈がつねに正しいとはかぎらないから、より憲法・法律適合的な解釈を教育の条理にそくして追求する必要がある。さらに、日常の学校運営に際して、教育委員会や校長の行いが学校管理規則の定めにのっとっていない場合には、規則違反とされる余地もあろう。
     いずれにしても、学校管理規則には、その規定内容や問題点(規定自体の問題点か、それとも規定の運用上の問題点かは区別する必要がある)を不断に研究し、他の自治体との比較対照を行い、規定の見直し・改正への関心を喚起するなどして、積極的に活用していく余地が多分にあるように思われる。将来的には、それらの取組みを通じて学校関係者による自主的学校運営ルールづくりへの礎が築かれていくことを期待したい。

(あだち かずし)