昨年度に続いて今年度も討論会形式で神奈川の高校教育について語り合うことにしました。
「教育研究所シンポジウム」 から数えて16回目となります。
内閣府が 8 月 7 日公表した2007年度の年次経済財政報告 (経済財政白書) は、 日本経済が成長して所得水準が上がっても、 格差は拡大傾向にあると分析しています。 このような拡大傾向にある格差は学校現場でどの様に表れているだろうか。 教育研究所では 「独自調査2007」 の中で在籍生徒の経済的困窮度を授業料減免者を手がかりに分析を試みました。 その結果、 受検難易度と授業料免減者率の間に強い相関があるとともに、 授業料減免を必要とする層は受検難易度が易しい学校ではより増加し、 難しい学校では減少してさえいることも明らかになりました。 お金の有る無しによる 2 極化の方向に動いています。
また、 授業料免除率の多い学校上位10校を並べてみると退学率上位10校のうち 8 校までがその中に入っていることや各学校の卒業後の進路先の調査から、 生涯賃金などにおいてその格差が将来に向けて拡大再生産されていくだろうということも予想されます。
神奈川の高校はどうなるのだろうか?
今回の討論会では研究所から問題提起をし、 参加者の皆さんと討論をしていきます。 ぜひ多くの方にこの教育討論会にご参加いただき、 積極的なご発言をしていただきたいと願っています。
■問題提起・コーディネーター
佐 藤 香 (東京大学社会科学研究所准教授・教育研究所員)
手 島 純 (県立栗原高校教諭・教育研究所員)
武 田 麻佐子 (県立藤沢工科高校教諭・教育研究所員)
■ 日 時 / 2007年11月17日 (土)
14 時〜16時30分 (13時30分受付開始)
■ 会 場 横浜情報文化センター 6階 情文ホール
(横浜市中区日本大通11 TEL 045-664-3737)
交通:みなとみらい線 「日本大通り駅」 情文センター口0分
【問題提起 1】
格差社会と高校間格差 (佐 藤 香)
最近でこそ、 日本社会を語るのに 「階層化」 「格差」 などの言葉をもちいるのが一般的になったが、 こうした傾向が始まってから、 まだ十年はたっていない。 バブル経済崩壊以前はもちろん、 90年代後半にバブル崩壊後の経済不況が長引くことが誰の目にも明らかになるまで、 日本は 「一億総中流」 で 「社会主義国家以上に平等な」 国として語られていた。
こうした時代のなかで、 高校教育についてのみは、 「階層」 や 「格差」 という言葉が自明のものとして使われていたの。 手許に1983年発行の雑誌 『現代のエスプリ』 195号がある。 ほぼ四半世紀以前のものである。 この号のタイトルは 「高校生――学校格差の中で」 であり、 たとえば学校ランクによって進学率や生徒文化が異なることなどが分析されている。 当時の学校ランクは、 進学校・中堅校・職業科といった区分が想定されていた。
学校ランク、 すなわち学校格差の解消は戦後の高校教育政策の一つの悲願であったといってよい。 東京都における70年代の学校群制度の創設などは、 学校ランク解消のための方策だった。 高校の学校格差の解消によって平等な社会を築こうとする意図が、 そこにはあった。 けれども、 その結果は必ずしも成功とはいえないものであった。 これを受けて、 80年代後半以降、 高校の多様化・個性化が進められるのであるが、 ここでは偏差値レベルでの平準化によらない学校格差の解消を目指していたといってよい。
振返ってみると、 その背景には次のような考え方があったように思われる。 高校の学校格差は、 あくまでも受験学力によるものである。 階層上位の高校にも階層下位の高校にも、 さまざまな能力・可能性を秘めた高校生が在籍しており、 高校の学校格差によって進路や就職先が決定するのは不平等につながりかねないという危惧があったのではないだろうか。 いってみれば、 どのランクの高校にも、 さまざまな家庭の出身者がいるという前提が存在したと考えられるのである。
80年代後半以降の多様化・個性化政策によっても学校格差は解消しなかった。
そして現在、 高校の学校ランクと特定の社会階層の結びつきが強まりつつあり、
社会の不平等や格差を拡大することが懸念されている。 現状を放置していてよいのか、
放置しないとすれば、 どのような方策があるのか。 高校現場は、 新しくて大きな社会的課題と直面しつつあるといえよう。
(さとう かおる)
【問題提起 2】
授業料免除者数からみる高校間格差 (手 島 純)
今回の討論会では、 教育研究所が調査・研究したことをもとに発議していきたいと思います。 ここでは紙幅の関係で、 断片的に問題提起をします。
1 衝撃のデータ
情報公開等によって神奈川県立高校の授業料免除者数 (2003年度〜2005年度) の資料を入手しました。 そのデータをもとに、 授業料免除者率と学校ランク (受検難易度) がどういう関係にあるかを調べグラフにしました (グラフ作成は、 当研究所員の藤原氏による)。 Tは進学校、 Xは課題集中校、 Tは定時制高校です。 (横軸左にいくほど受検難易度が高い)。 グラフからも分かるように、 課題集中校や定時制では授業料免除者率が多くなっています。 授業料免除は生活保護の基準をもとに決められますから、 課題集中校や定時制では、 経済的に苦しい家庭の生徒の割合が多いということが分かります。
衝撃的だと思うのは、 03年度から05年度にかけて、 授業料免除者率がいわゆる上位校ではほぼ変化がないのに、 課題集中校や定時制で増えていることです。 社会における格差の開きが直撃しているのではないのでしょうか。
授業料徴収という仕事
県立高校で授業料に関する事務を担当している (していた) 職員4人の方にインタビューを行いました。 授業料が口座から引き落とされないと、 事務では保護者に連絡して、 授業料を払ってもらうように要請します。 場合によっては自宅に訪問することもあるとのことです。 実はこの作業が学校によってかなり 「大仕事」 になっています。 インタビューのなかからいくつかピックアップします。
・この仕事をして嫌なことはお金が入らないとプレッシャーになることです。
・担当を複数にして欲しいです。 未納が減っていかないと頭がおかしくなりそうになります。
・これまでの中でここの定時制が一番大変です。 未納者は増えています。 過去には、 担当や事務長が身銭を切っていたこともしばしばあったらしいです。
・この学校に移ってきたとき、 「知ってる、 ここは事務困難校だから」 と言われました。
・未納者分を昔は私費で充当したこともありました。 今は未済であげます。 年度末に事務長が教委財務課に説明に行きます。 督促し続けないと権利が無くなるので担当者が督促を続けます。 五年で欠損ですが、 議会での説明が必要なので、 担当者はかなりプレッシャーになります。
課題集中校や定時制では授業料担当者は精神的にも肉体的にも疲弊しています。 今後、 事務のセンター化が押し進められていくとすると、 この業務を誰が担うのかという問題が生じるとでしょう。 学校格差が社会階層とリンクする現実に蓋をしたままの教育行政は、 学校事務業務にも歪みを生じさせるのではないでしょうか。
再生産
日本の教育改革は、 安倍前首相による先導で 「教育再生会議」 などを通じて提起され、 その骨子は英国をモデルにしていることが明らかになってきました。 しかし、 実は当の英国では、 サッチャー元首相による教育改革にたいして反省が行われ、 いきすぎた競争主義に変更を迫られています。 日本の教育改革のあり方が問われています。
日本が格差社会になっているという指摘が多くなっていますが、 教育改革がその格差社会を
「再生産」 する場になっていないでしょうか。 この問題は非常に大切だと思います。
聞こえのいい教育改革の言辞が、 実は格差拡大を隠蔽するどころか再生産するものであったなら…。
こんなことも議論できたらなと思います。 (てしま じゅん)
研 究 所 員 の書 い た本
- 「教育と格差社会」
青土社 (2007年8月) 定価1700円
著 者 佐々木 賢
学力向上を謳い、 校内暴力、 いじめ、 怠学、 不登校等の学校病理を生徒のこころの問題にすり替えて、 建前を語る教育再生構想は欺瞞だ。 直視すべきは、 教育問題とは即ち、 社会矛盾を鋭く反映する労働問題そのものだということ。 知識・学歴が仕事に役立たなくなった格差社会出現のメカニズムの数々を、 教育現場の疲弊に見る。 衝撃の分析レポート。
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「格差社会にゆれる定時制高校」 −教育の機会均等のゆくえ−
彩流社 (2007年9月) 定価1500円
著 者 手 島 純
現在神奈川の定時制高校は生徒があふれかえっている。 一方で、 財政問題や全日制優先の政策の結果、
切捨てという窮地に直面している定時制高校が多い。そんな定時制高校に9年間勤めた経験から定時制の教育現場の現実や、
生徒へのインタビュー、 格差社会による影響を紹介。
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