若者における<学校と仕事>の現実


本田 由紀 (東京大学社会科学研究所助教授)
 

   

 
従来の<学校と仕事>の関係
 
1990年代初頭まで、 日本は<学校と仕事>との関係が、 特殊ではあるがきわめて良好である国として知られてきた。 若者が学校から仕事に移行する、 すなわち企業に就職する際のプロセスは、 学校段階によって一定の違いはありながらも、 総じて若者が学校に在学している間に、 企業が学校宛に出した求人に応募したり、 学校からの推薦や支援を受けたりしながら就職先を決め、 卒業の直後から正社員として働き始めることが一般的であった。 このように 「間断ない」 移行が成立していたという意味では、 <学校と仕事>はきわめて緊密に連結していたといえるが、 他方で、 学校での教育内容と、 仕事で求められる職業能力の内容の間には、 明確な対応が存在しない場合が多くを占めていた。 企業にとって若者を正社員として採用することは、 将来にわたり長期的に雇用し続けることを前提としており、 それゆえ仕事に必要な職業能力は、 採用前に学校で身につけていることを期待するのではなく、 採用後に企業の中で仕事に従事しながら形成してゆくのが通常だった。 その結果、 若者を企業が採用する際の選抜基準は、 学校段階や各学校の 「ランク」、 あるいは学校内での 「学力」 などに読み取られる一般的な知的能力や、 あるいは熱意や人柄、 協調性などの漠然とした資質に重点が置かれていた。
 そうした<学校と仕事>の関係におけるひとつの問題点として、 1970〜80年代に広く議論されていたのが、 いわゆる 「学歴社会」 というテーマであった。 「学歴社会」 とは、 個人の学校歴、 すなわち修了した学校段階  たとえば高校か大学か  や出身学校  たとえば一流大学かそれ以外の大学か  によって、 就職先企業や企業内で到達できる地位に、 必ずしも合理的ではない格差があるということを意味していた。 しかしこうした 「学歴社会」 論は、 誰もが正社員になりえることを暗黙の前提とした議論であり、 正社員の中での学校歴による格差が検証の対象となっていたのである。

1990年代半ば以降の大きな変化

 しかし周知のように、 1990年代半ば以降、 日本の<学校と仕事>との関係は、 大きく変質を遂げてきた。 最大の変化は、 誰もが学校を出れば正社員になることができるという前提が崩れ去ったことである。 バブル経済による好況期と、 人口規模の大きい団塊ジュニア世代の離学期が偶然に一致していたことから発生した90年前後の過剰採用は、 バブル経済崩壊後の長期不況下において、 若者を企業が正社員採用する余力を顕著に減退させるという結果を生んだ。 同時に、 経済のグローバル競争の進行、 製造業における高付加価値化と生産サイクルの短期化、 サービス経済化などの産業構造の変化は、 安価な非正社員の柔軟な活用への企業の需要を著しく増大させていた。 その結果、 現在の若者の中には正社員になれない層が大規模に出現している。
 そしてこうした状況下では、 かつてとは異なる、 いっそう苛烈な 「学歴社会」 問題が顕在化している。 大きな付加価値を生み出しうる一部の 「高度な」 人材と、 キャリアの展望がなくいつでも切り捨てられる大量の不安定労働者とに企業の人材ニーズが二極化する中で、 学校歴の面で不利な層は後者に水路付けられる確率が圧倒的に高まっている。 しかも、 いったん 「フリーター」 や無業者などの経歴をもった者が、 その後に安定的な職業機会を挽回できる機会は日本の現状では著しく限定されており、 かつ高年齢になるほど不安定な職業機会すらいっそう得にくくなる。 しかも、 非正社員の賃金水準では日々の生活を維持することすらぎりぎりであり、 ましてや家族をもつなどの将来展望は抱けない状態にある。 すなわち、 かつてのような正社員内部での学校歴による微細な格差ではなく、 正社員になれるかなれないか、 言い換えれば生きてゆくことができるか否かという巨大な格差が、 学校歴を反映した形で顕在化しているのである。
 むろん、 若年層の高学歴化が1990年代以降さらに進む中で、 たとえば大卒でさえあれば安定的な職業機会が保障されるわけではなくなっており、 大卒の中でも出身大学や個人の性格・資質などによる明暗は以前よりもさらに著しくなっている。 それゆえ学校歴はいわば 「足切り」 の基準にすぎないが、 それはかえって必要条件としての重要性が高まっていることを意味する。
 また、 正社員の中にもふんだんな能力開発や高度な仕事への挑戦機会が開かれている良質な仕事と、 正社員とは名ばかりで過酷な労働条件  低賃金や長時間労働、 過大なノルマなど  が有無を言わさずただつきつけられるような劣悪な仕事があり、 正社員にさえなれればよいというわけではまったくない。 正社員と非正社員との区分というのは、 あくまで若者の中に何層にも重なって表れつつある分断の一つでしかない。 しかしそれでも、 格差を見る際の重要な区分であることは確かである。
 それゆえ以下では、 データに即して、 現在の若者の間に顕在化しつつある新しい 「学歴社会」 の実態について見ることにする。

「新しい学歴格差」 の現実

 ここで使用するデータは、 全国の15〜30歳の若者を対象として2005年1〜2月に実施された内閣府の 「青少年の社会的自立に関する意識調査」 における離学者サンプル2244名である。
 表1は、 サンプル中の学校歴分布を男女別に示している。 男女計でみると、 対象層の中では高卒4割 (うち普通科高校卒が過半数)、 専門学校卒と短大・高専卒が合わせて3割、 大卒が2割という比重になっている。 そしてこれら以外に、 中卒と、 それぞれの学校段階を中退した者が合わせて1割を占める。 ここから、 現在の若者の中で、 高卒以下の学校歴しかもたない者と学校教育の中途離脱者 (中退者) が半数を占めることがまず確認される。
 そして、 こうした学校歴別の離学直後の状態を示したものが表2である。 各行の中でもっとも大きな値を網掛で示している。 一見して明らかなように、 中卒を除き、 いずれかの学校を卒業した者は離学直後にすぐ典型労働者=正社員になっている場合が多い。 その比率がどの学校歴でも6割程度にすぎないということは、 過去約10年にわたる若年労働市場の厳しさが学校歴を問わず直撃していることを物語る。 しかし、 その中でも普通科高校卒業者は、 表1でみたように若者の中での量的比重がもっとも大きいにもかかわらず、 彼らの中ですぐ正社員になれた者は約半数にすぎない。 ここには、 普通科高校では他の学校教育機関と比べても仕事への移行が特に困難化していることが表れている。 一方、 中卒および中退者については、 離学直後にすぐ非典型労働者= 「フリーター」 になっている者がもっとも多く、 また 「何もしていない」 状態であった者も高校中退者では3割近くに達している。 現在の労働市場構造の中で、 いったんこうした経歴に足を踏み入れた場合に、 離脱がきわめて難しいことはすでに述べたが、 それは次の表3でやはり確認される。
 表3は、 学校歴別の現在の状態を示したものである。 表2の 「すぐ典型」 列の数値と、 表3の 「典型計」 列の数値を見比べると、 中退者では表3の方がわずかに数値が増えているが、 それでも2〜4割程度が現在正社員となっているにすぎない。 中退者以外については、 いずれの学校歴でも表3の方が数値が減少している。 さらに注目すべきは、 表2の 「すぐ非典型」 列の数値と、 表3の 「非典型計」 列の数値とを見比べた場合、 大学中退者を除いていずれの学歴でも表3の方が値が大きくなり、 3割から6割近くに達していることである。 特に、 中卒者、 普通科高校卒業者や中退者において、 「非典型計」 の増加の度合いや絶対値が大きい。 このような、 相対的に低学歴であったり、 あるいは不完全な学校歴をもつ者において、 離学時だけでなくその後においても非正社員化するリスクはきわめて高くなっているのである。  こうした現実を直視すべきである。 就業機会の学歴間格差、 すなわち 「不利な」 学校歴を帯びて労働市場に出ざるをえない若者たちが直面している過酷な現実に対して、 その克服を可能にする実効ある手立て―たとえば最低でも高卒学歴を得る機会を保障することや、 高等教育機関において高額の費用をかけずに学び直す機会の提供―が一刻も早く講じられるべきである。 また、 こうした層が今後も再生産されないように、 中卒者や高卒者、 中でも普通科高校の卒業者、 そして中退者に焦点を当てた支援のための施策が必要である。 それには、 若者にとっての教育内容の意味 (レリバンス) を高めることが不可欠である。 それによって、 労働市場に出るスタートライン段階での準備の度合いを可能な限り均等に底上げすることが、 若者にとっての<学校と仕事>の関係を改善することにつながると考える。
(ほんだ ゆき)


執 筆 者 紹 介

 本田由紀さんは 「格差拡大社会を撃つ!」 というテーマで行われた 「神高教地域学習会2006」 で講演をなさいました。 現在東京大学社会科学研究所助教授。 専門は教育社会学。 日本労働研究機構研究員等を経て現職。 著書に 「多元化する 『能力』 と日本社会   ハイパー・メリトクラシー化のなかで  」 (NTT出版)、 「若者と仕事   『学校経由の就職』 を超えて   」(東京大学出版会)などがあります。


後 記 
 今年度、 当研究所では定時制高校生の生活調査を行った。 85年の調査では定時制生徒の45.1%が正社員であったのが、 06年度には7.4%と激減している (調査結果は所報 「ねざす」 38号で掲載予定です)。 本田さんは 「過去約10年にわたる若年労働者の厳しさが学校歴を問わず直撃していることを物語る」 と内閣府調査から指摘している。 そして、 普通科高校の卒業生の中で正社員になれた者は半数にすぎないことも明らかにしている。 学校教育法第41条で定められている高校の目的である 「高等普通教育及び専門教育を施す」 ことを改めて今の高校は問われなければならないだろう。
(中野渡)