公立小中学校における選択制を考える
                嶺井正也 (専修大学教授)

 

   


拡大する学校選択制
 2005年3月1日現在で、2006年度以降に学校選択制の導入を検討あるいは決定しているのは、東京都中野区(小・中)、埼玉県越谷市(中)、岐阜県多治見市(中〕、広島市〔小:中学校は2005年度に実施済み〕、浜松市〔小・中〕、四日市市〔小`中)、京都府長岡京市(中〕、福岡県久留米市(小・中)、佐賀市(小〕、那覇市(小・中〕になっている。さらに、石川市や兵庫県宝塚市でも導入するかどうかの検討が始まっている。すでに導入済みは東京23区を中心にして75の市町村を数えるが、今後、学校選択制は広がる傾向にあるといっていいだろう(全国の動向は、専修大学大学院法学研究科の中川登志男さんが調査しており.それを参照している〕。
 品川区が本格的に学校選択制を小学校に導入したのが200口年度であるから、この5年間でまだ導入自治体が100にのぼってはいないということは、拡大のスピードが鈍いともいえる。しかし、確実に増える傾向にあると筆者はとらえている。

学校選択制導入の目的
 学校選択制尊人の目的はほぼどこの自治体も同じである。品川区が導入した時、教育委員会は「明るく楽しい学校づくりを目指す品川教育改革構想の一貫として、社会の変化に対応した学校教育の内容と充実と質の向上を目的に、教育現場における特色ある教育活動の展開と個性的な学校づくりをサポートしつつ、子どもに適した教育を受けさせたいという保護者の希望に沿った学校選択」と説明をしている。それぞれの学校の特色づくりと学校選択制をリンクさせ、特色で選んでもらおう、あるいは特色づくりをすすめるために選択制を導入したのである。
 2005年度入学者から学校選択制を入れた広島市の「広島市通学区域弾力的運用検討委員会最終報告(2004年3月)の場合には、「近くに学校がありながら、遠くの学校が指定されているなど、通学距離に関する保護者の不満や要望が多い状況に鑑み、近くの学校に行けるように、就学すべき学校の選択肢を拡大する必要がある。また、保護者や児童生徒が、教育内容や部活動などによって就学する学校を選択できるようにすることにより、学校に対する関心を高めるとともに、公教育に対する信頼感の向上を図る必要がある。」と説明している。品川区とちがい、通学距離の不合理さという観点がしめされているが、これは、調整区域を設ければすむ話なのであり、学校選択それ自体の目的はやはり、「教育内容や部活動」という特色づくりとの関係にある。そのため、学校現場では「特色づくり」を迫られることになる。

実際の選択動向
 しかし、保護者や子どもたちはその特色で選ぶ傾向にはない。2000年度の品川区の小学校での選択結果を分析したとき、区教委による保護者アンケートや私たち独自のヒアリングを通して、「特色で選ぶケースは少ないので、目的との整合性がない」との結論をだした。
 これは5年を経過した2005年度段階でも同じことがいえる。中学校を例にとってみよう。
 品川区の中学校で学校選択制(全区内からの選択)が導入されたのは、小学校から1年遅れの2001年度に学区外の中学校を選択したのが19.50%で、その後7.72%、22.57%、22.59%となり、2005年度には約29%にのぼるようになっている。
 従来の学区内学校への就学をふくめ、学校を選択した理由を教育委員会のアンケート結果(2001〜2004年度)を一覧にした資料(今回は子どもを対象にしたものだけを掲載)をみると、上位3位までの基準は次第に減ってはきているものの、通学の距離や便、友人関係、地元の学校というもので、学校の特色とは関係がない。上位に位置する「スポーツの部活動」や「施設・設備」は、確かに特色ではあろうが、しかし、それは教育課程としての特色ではない(人気のある中学校は、特別養護老人ホームと併設されている冷暖房完備の中学校や、運動場が広くて野球やサッカーの部活が盛んな中学校)。
 2004年度になり「学校の特色ある教育活動」がようやく第7位になっている(そもそも、この回答項目自体、当初のアンケートにはなかったことが、学校選択制と学校の特色づくりとのミスマッチを象徴しているのではないかと思われる)。しかし、その中身を見ると、多いのが習熟度別学習指導になっている。周知のように文部科学省の学力向上政策への転換とセットになった少人数指導として全国に画一的に普及している習熟度別学習指導を果たして特色ある教育活動といえるのであろうか。
 私たちの調査からいえることは、このアンケート結果では下位に位置する「指定校に入学したくないから」といった、マイナスの選択要因も、さまざまな風評等のなかでかなり大きな位置を占めている。また、小学校で人気の高い学校は、教育委員会アンケートでは出てこない「私立中学受験者が多くて刺激になる」といった要因もある(逆に選択者が少ない学校は小規模校である。活気がない、刺激がない、という理由のようだ)。
つまり、学校は特色ある教育活動をしなくてはと努力はしても、それが保護者や子どもたちの選択を決定する基準にはなっていない、ということである。したがって、選ばれる学校と選ばれない学校が固定化する傾向になってきている。

学力向上政策の中で
 周知のように、遠山敦子元文部科学大臣が出した「学びのすすめ」以降、学力向上政策が中央で強化されはじめ、中山成彬文部科学大臣が登場するにいたって、それはますます明白となり、施行3年目の学習指導要領の見直しにまで発展してきている。この動きと平衡して自治体レベルでも学力向上施策が展開されはじめ、学カテストの実施とその公表が全国に広がりつつある。
 当然のことながら、これは拡大しつつある公立小中学校での学校選択に影響を及ぼしてきている。その顕著な例は東京都の荒川区であり、学力試験結果(学校の平均点)の公表前は、学外からの選択者数が4位であった尾久八幡中が、公表で学カテスト1位になったとたんに、選択者数も1位になったのである。この傾向がどこまで続くか今の段階では明確ではないが、これから回数も増え、盛んになることが考えられる学カテストの結果公表が学校選択に影響を及ぼすことは必至の状況ではないだろうか。これまでは選ばれない学校であったところが、選ばれる側になるとしたら、おそらくこの学カテストの成績向上によることになるであろう。

学校選択制が導入されて

 学校選択制が導入されて、学校と地域とでどんな状況が出てきているかについては、「学校の特色づくりとの乖離」、「選ばれる学校とそうでない学校の固定化」を指摘してきた。もちろん、導入した教育委員会は選択制導入の結果、公立学校が活性化しつつある、と評価しているが、選択されない特色づくりに追われる教職員の身になってみると空しいものがあろう。

  2004年 2003年 2002年 2001年
★小学校6年生の児童への質問 (回答数)(回答率) (回答数)(回答率) (回答数)(回答率) (回答数)(回答率)
Q4どのような基準で中学校を選びましたか?(複数回答可)
/.学校までが近く、通学しやすいから 777   49.68% 718   47.80% 806   52.13% 962   65.13%
2.友人関係によって 571   36.51% 542   36.09% 519   33.57% 867   58.70%
3.地元の学校だから 338   21.61% 392   26.10% 444   28.72% 229   15.50%
4.スポーツ面での部活動の状況から 312   19.95% 253   16.84% 244   15.78% 340   23.02%
5.兄姉が通学しているから 256   16.37% 260   17.31% 356   23.03% 329   22.27%
6.学校の施設や設備が良く充実している 226   14.45% 202   13.45% 200   12.94% 92    6.23%
7.学校の特色ある教育活動を考えて   223  14.26% 209   13.9/% 65    4.20% 39    2.64%
ア 習熟度別学習指導 102   6.52% 91   6.06%    
イ 小中連携教育 43   2.75% 25   1.66%    
ウ 公開授業 40   2.56% 39   2.60%    
工 福祉教育 31   1.98% 30   2.00%    
オ ふれあい教育 31   1.98% 41   2.73%    
力 合同部活動 62   3.96% 53   3,53%    
8.自分の学力とあっていると思うから 195   2.47% 911   11.92% 171   11.06% 40    2.71%
9.親の意見を参考にして 182  11.64% 188   12.52% 151   9.77% 173   11.7/%
10.高校や大学の進学を考えて 170  10.87% 156   10.39% 148   9.57% 32    2.17%
11.親祖父母兄弟等の出身校だから 161  10.29% 167   11.12% 89   5.76% 146   9.88%
/2.指定校へ入学したくないから 115   7.35% 99   6.59% 102   6.60% 247  16.72%
/3,いじめや荒れがなくてち着いている 111   7.10% 108   7.19% 132   8.54% 117   7.92%


 ところで、保護者の意識、地域の受け止め方、教育活動それぞれの面で、導入前とどんな変化がおきているかについては、残念ながらまだ分析をすすめるまでにはいたつていない。そこで、いくつかの断片的に知ることのできたことだけを指摘しておきたい。
 導入前から指摘されたいたことだが、@保護者同士のつながりがっくりにくい、A子どもの遊び集団もできにくい、B学校の活動への参加意識よりも、与えられたものを選べばいい、という発想が強くなる、C学校の活動と結びついた地域の活動ができにくい、などである。
 また、教育の商品化、学校間格差の拡大といったことも強く指摘された点ではある。だが、これについては選択制それ自身の導入だけで起きるものではない、と現時点ではいえそうである。この問題点は、中高一貫学校での入学者選抜、私立小中学校の設置増加、地域運営学校の設置、自治体内の地域格差・所得格差の拡大など公教育をめぐる総体の動きとの関連で表面化してくるものであろう。

執筆者紹介
 嶺井正也さんは専修大学の教授、教育政策学会の代表をつとめています。同時に、国民教育文化総合研究所の代表として研究ばかりではなく、教育問題に関わる様々な具体的提言にもかかわっています。「共生時代の教育を展望する」(八千代出版)など多くの編著書があります。

  

  
後記
 今回で研究所ニュースは50号を迎えました。91年11月に発行された創刊号にはこう書かれています。「…名称は「ニュースレターNEZASU」として今後研究協力員の方々に執筆をお願いして、その時々の教育課題に関する論説や教育関連の話題を寄せていただくとともに、教育研究所の活動をお知らせし、教育に関する情報を提供していくことになりました」。途中34号から現在の名称「研究所ニュースねざす」に変更しました。また当初は研究協力員の方々に執筆をお願いしておりましたが、しだいに輪を広げるかたちで研究所外の様々な方に執筆をお願いするようになりました。
 教育をめぐる問題は時とともにますます深刻になり、ますます複雑になっています。高校で起こっていることを、高校の中だけで考えることはもはや不可能でしょう。幼児教育から、初等中等教育、さらに高等教育という流れの中で、そして社会の動き全体の中で考えていかなければ、何も見えてこないのではないでしょうか。そんな思いから、今回は嶺井正也さん(国民教育文化総合研究所代表)に義務制における「選択制」について問題提起をお願いしました。(本間)