フリーターの実態と背景

小杉礼子(独立行政法人労働政策研究・研修機構)         

 

1.417万人か209万人か

 フリーターは何人いるのか。2003年版の『国民生活白書』によれば417万人、同じ年の『労働経済白書』では209万人である。
データソースはどちらも、総務省「労働力調査」である。なぜこれほど数字が違うのか。違いは誰をフリーターとするのかという定義である。アルバイトとパートにこだわる定義が労働経済白書で、正社員以外の雇用形態プラス失業者と就業希望の非労働力という広い範囲まで広げるのが国民生活白書である。
 こうまで違う定義が白書の中で並立しているのは、この言葉が、人により異なる意味付けで使われるあいまいな言葉だからである。言葉の発生をたどれば、1980年代後半に、アルバイト情報誌が、学校卒業しても「まじめに夢に向かってチャレンジしている若者」であるアルバイターを応援する意味で造り、求人広告に乗せた言葉だという。景気が悪化した1990年代以降、新規学卒労働市場が冷え込むで中で「フリーター」募集の広告に応募する者は増え、彼らは職業を「フリーター」と称するようになった。これとともに言葉は発生当初の意味付けを失い、一方で、「いまどきの若者論」として、「まともに仕事に就かない若者」という見方も広がる。若者の就業状況が大きく変わる中で、この言葉はその内実にも、それを見るまなざしにも、多様なものが混在するようになった。

2.調査から見えるフリーターの実態
 日本労働研究機構の調査研究では、『労働経済白書』の定義とほぼ同じ定義を採ってきた。総務省『就業構造基本調査』の再分析から、フリーターの属性と就労状況を見ると、性別は女性がおよそ6割、年齢は20〜24歳が最も多いが、次第に25歳以上のフリーターが増加している。学歴はおよそ7割が高卒以下の学歴の者である。また、就業先は、卸・小売業・飲食店とサービス業で、従業員規模29人以下の小規模企業が多い。労働条件は、労働日数・労働時間についてはおよそ残業のない正社員並という者が半数近くを占めるが、年収の格差は大きく、20〜24歳で年間就労日数が200〜249日の者で比較すると、正社員に比べておよそ100万円程度低い。
 都内在住のフリーターへの調査から意識の特徴を見ると、フリーターになった理由に伯分に合う仕事をみつけるため」を挙げる者が約4割と最も多く、今、最も望ましい働き方をアルバイトだとする者も約4割いる。ただし、3年後の望ましい働き方をアルバイトとする者は男性で3%、女性で5%と激減する。キャリア探索のための一時的な働き方と考える者が多いことがうかがえる。キャリアという観点から見ると、いったん就職後に離職してフリーターになった者がおよそ3分の1、残りの3分の2は学校を卒業や中退で離れた後、正社員経験のないままフリーターになっている。また、フリーターから正社員になろうとした者はおよそ6割、そのうち6割が正社員になることに成功している。正社員になろうとした理由としては「正社員のほうがトクだから」が半数以上と多く、「やりたいことが見つかったから」は2割と少ない。当初志向したキャリア探索よりは、現実の格差から正社員の移行が促されるということだろう。

3.フリーター増加の背景@
   一労働力需要の変化一

 こうした働き方をする若者が急増した第一の要因は、企業の採用行動が変わったからである。90年代初めの景気後退以降、新規学卒者については厳選採用が続き、一方でアルバイト・パートをはじめとする非典型雇用での採用は活発化した。
 産業界からは、すでに1990年代半ばに、新規学卒採用という長期雇用を前提とした採用を限定的なものとし、正社員以外の雇用形態を拡大する方向が日本的経営の今後として示されていた。労働力需要が非典型雇用に向かったのは、不況ゆえの選択というばかりでなく経営の基本的な考え方の変化が現われたものでもある。
 同時に、若年労働力の位置づけも変わった。フリーターになる確率を属性別にとると、年齢が若いほど、また学歴が低いほど高く、またその傾向は新しい世代ほど強い。同じことが、失業率にも当てはまる。
 すなわち、若く、学歴の低い者ほど失業しやすい傾向が強まっている。ここからいえることは、若年失業者の増加とフリーターの増加とは同じ背景、つまり、若くて学歴の低い者への正社員としての需要の低下からおこっているということである。実際、同じ学卒労働力でも、高校生への求人はこの間8分の1にまで減少しているが、大学生への求人は3分の2までの減少に留まっている。
 こうした若年労働力への需要の変化は、日本だけで起こっていることではない。若く、学歴の低い者の失業率の上昇は、1970年代後半以降、先進諸国の多くが経験しているところである。その背景には経済規模が国際的に拡大する中で、先進諸国ほど付加価値の高い産業にシフトし、同時に付加価値の高い労働への需要が高まるという構造的な要因があろう。年齢が若く、また、学歴が低い者ほど、スキルや経験が蓄積されていないために、就業機会が限られることになる。
 学卒時に長期の安定雇用を得られない者は、むしろ他の先進諸国のほうが多い。だから日本のフリーターは問題でないかといえば、それは違うだろう。これまで、あるいは今でも一定範囲の若者には新規学卒採用が適用され、能力や意欲の形成が進んでいる。その一方で、いったんフリーターや無業になった者が、次の機会をなかなか得られないでいるのである。

4.フリーター増加の背景A
   一高校生にとってのフリーター

 他方で、高校生や大学生が学校卒業時に就職活動を熱心にせずにフリーターや無業を選ぶ傾向があること、若者の離職率が高くその理由が自発的なものが多いことなど、若者側の意識も問題にされている。
 首都圏の高校生を対象にした調査から、高校生がどのような経過でフリーターになるかを観察すると、フリーターになる生徒の約半数は、当初は就職希望があったが、求職過程の何らかの段階であきらめた者であった。つまり、求人が減ってしまったことと、従来の就職斡旋システムが業績の低い高校生を就職斡旋から早く降ろしてしまう仕組みを持っていたために、フリーターに方向転換していったものである。
 フリーターを選ぶ残りの半数は、進路について考えてこなかったり、迷っていた生徒であった。高校の進路指導では、職業理解や自己理解、職業観の育成が目標とされてきたものの、実際には卒業時点での就職斡旋に特化する指導が中心であった。この指導を受け入れれば、高校生は自分のキャリアや職業的方向付けをまったく考えていなくとも就職できたのが90年代はじめまでの高校である。すなわち、この高卒就職の仕組みは、卒業時点で失業させない優れた仕組みではあるが、高校生個人の職業的発達についてはなおざりな面があったことは否定できない。近年、求人環境が一変する中で、こうした指導の持つ弱点が「どういう仕事が自分に向いているのわからないから」とフリーターを選ばせる要因になっている」といえよう。
 高校生がフリーターを選ぶ第2の動機は「他にやりたいことがあるから」で、このやりたいことはバンドやダンスなどが多い。この両者は「やりたいこと」にこだわる意識で、職業的自己実現を重視する価値観のあらわれだといえる。一方、多項目選択の形式にすると回答傾向は異なり、「正社員より時間の自由がある」「とりあえず収入がほしい」が最も多くなる。この2っに回答した者は同時に「正社員より人間関係が気楽だ」「正社員より気軽に仕事が変われる」を選ぶ傾向があり、結局、ここからは「自由で気楽で気軽に収入を得たいから」フリーターという意識が浮かび上がる。
 職業的自己実現を求める価値観は、豊かな社会になれば当然高まる価値観だろうが、一方の「自由で気楽」という選択は、社会の構成員としての役割・責任を回避する志向である。本人の意識からフリーターに迫ると、一人前の社会の構成員に育てることに失敗しているのではないかという、私たちの社会の大問題が見えてくる。
 「学校と企業の連携を通じた移行」に内包されていたものは、 職業能力の形成や就業意欲の促進ばかりでなく、社会の構成員、すなわち、「社会人になる」という覚悟と転機を与えることでもあったのではないか。
若者の就業をめぐる困難な事態は、今、多くの認知するところになり、「若者自立・挑戦プラン」に則って、具体的な施策が次々に始まったといころである。他の(若年失業)先進国の例を見ても、若年失業問題は早期に、総合的に対策を講じることが重要である。これからの政策展開は非常に大きな意味を持つだろう。                                                                    (こすぎれいこ)   
  

執筆者紹介

 現在、小杉礼子さんは独立行政法人労働政策研究・研修機構の副統括研究員でず。この研究機関の前身の雇用促進事業団職業研究所の時代か5、小杉さんは労働問題の調査研究をつづけてきました。とくに「学校か5職業への移行期」が、小杉さんのあもな調査研究分野となっています。
 小杉さんの編著書としては『自由の代償/フリーター一現代若者の就業意識と行動』(2002,日本労働研究機構)著書としては『フリーターという生き方』(2003,勁草書房)があります。
後記
 フリーターという言葉が流布しはじめてからすでに10年も経っているでしょうか。
しかし、最初に小杉さんがお書きになっているように、言葉の定義すら定まってはいません。そしてまたフリーターに対する見方も様々に分かれていると思います。だからこそデータにもとづいた研究者の言葉に耳を傾けることが大切だと思います。そんな思いから、今回は小杉さんに執筆をお願いしました。
 小杉さんは言います。「…いったんフリーターや無業になった者が、次の機会をなかなか得られないでいる」、あるいは「本人の意識からフリーターに迫ると、一人前の社会の構成員に育てることに失敗しているのではないかという、私たちの社会の大問題が見えてくる」。フリーターを生みだし続けるこの社会がどこに向かおうとしているのか、この社会にいま何が欠けているのかを問うことになります。フリーターの問題にかかわることは、彼らを生み出す社会そのものを問うこと、考えることにつながっていくことになるのです。(本間)