朝日新聞(2003.5.18)家庭より
通学路の安全 上
学校で家庭で 不審者に備え
劇や対話通じ、子ら学ぶ
 福岡の放火、奈良のナイフを使用した傷害と、登校中の小学生を狙った事件が相次いでいる。こうした通り魔的な犯行が起きるたび、親たちの不安は募る。2年前の大阪・付属池田小での児童殺傷事件以後、子どもの身を守る取り組みが各地で広がっている。見えない不安への地域や家庭での備えを紹介する。
体験授業
 神奈川県鎌倉市で今月7日、自転車の小学生が見知らぬ女から包丁を投げつけられる事件があった。
 同市教委によると、午後6時ごろ、JR鎌倉駅近くの商店街で、習い事に向かう小学6年生の女児に、道路に立っていた女性が包丁を投げつけたという。包丁は自転車のタイヤにあたったため、けがはなかった。
 女児の親は翌日警察に通報、学校にも連絡した。同教委は9日、市内の幼稚園、小中学校を通じて保護者に事件を伝え、「できるだけ一人歩きは避ける」などの対応を求めた。現場の校区の小学校では今も集団下校が続いている。
不審者による子どもの被害をどう防ぐか。
 同市では池田小事件を契機に、昨年度から市内の全小学3年生を対象にした「児童安全指導授業」を開いている。今年度もクラスごとに計約900人が受講。指導に当たるのは、米国で開発されたCAP(子どもへの暴力防止)という教育プログラムの普及に取り組む市民グループだ。
 15日、その授業が同市の関谷小であった。CAPかながわ代表の草野順子さんらスタッフが、25人の児童を前に寸劇を始めた。
 下校途中の女の子が知らない大人の男性に声をかけられる、という設定。
 「前に会ったことあるよね」「お母さんが交通事故に遭って病院に行ったから連れていってあげるよ」男性は女の子の手を引っ張って一。
 劇の後、「みんなならどうする?」と子どもたちに問いかける。「逃げて交番に行く」「近くの家に行ってお母さんに電話してみる」。危ない目に遭った時、自分の身を守るために何ができるかを、劇や対話を通じて考えさせていく。
 CAPは78年に米国・オハイオ州で起きた小学生の暴行事件を契機に作られた。生きる権利を侵す犯罪やいじめなどの暴力行為には声を上げ、「互いに傷つけ合わない関係づくりを学ぶのが目的」と、CAPセンター・JAPAN(兵庫県西宮市=0798・印・4121)事務局長の桝井喜洋子さんは話す。
福岡市の「Groupえふ」も、CAPの普及に取り組む団体の一つだ。火をつけられて大やけどを負った男児が通う小学校でワークショップ(参加型授業)を開いたことがある。スタッフの寺田美津子さんは「声を上げて助けを求めた彼は、自分のできることをした立派な行動だった。地域との連携も取りながら子どもたちを見守ってほしい」と話す。
 CAPセンターによると、全国で約130グループが活動し、子どもワークショップの参加者は01年度は約19万人。前年度の5割増だ。
被害の防止へ各地に組織
ノウハウ
 子どもの被害防止への対策や情報を提供する団体が最近増えている。
 「子どもの危険回避研究所」は、2人の息子をもつ横矢真理さん(42)が、子育て中の親の視点から子どもの安全を考えようと99年に始めた活動だ。
 ホームページ(http://www.kiken-kaihi.org/)で防犯に関するサイト情報を提供するほか、親などへのアンケエトや専門家、警察の取材をもとに「子どもを犯罪・事故から守る安心マニュアル」(学研)を出した。
 被害防止の一歩として横矢さんは「親子で自分の住む地域をよく知ることから始めてみては」と話す。
 自宅の周辺を一緒に歩いて、誰か潜んでいても分かりにくい暗がりなどないか。何かあったら助けを呼べる店や家がどこにあるかを探す。塾や買い物、友達の家などに行くときの道を決めておくことも提案する。
 「CP工危機予防研究所ワールドグループジャパン」(宮崎市)は、教員や地域の親などに、米国での学校の危機管理プログラムの研修をしている。
 米国では12歳以下の子どもの登下校には大人が付き添うことを義務付ける州もあり、「スクールポリス」と呼はれる地元警察が、学校と密接に連絡を取って予防活動しているという。

お年寄りらがパトロール隊
            福岡・久留米
 池田小の事件を受け、01年12月、福岡県久留米市立高良内小学校では地域のシニアボランティアによるパトロール隊が結成された。
 メンバーは校区内に住む14人。平均年齢は65歳ほどだが、現役時代は武道や訓練で、リタイア後も登山やグラウンドゴルフなどで鍛えている体力自慢ばかりだ。「高良内パトロール隊」の文字の入ったそろいのジャンパーに「地域安全」の腕章、内ポケットには「異状」を知らせる笛。
2人1組で平日の午前と午後、通学路や校舎裏側の死角などを30、40分ゆけて見回る。
 「子どもたちにはのびのびと走り回って欲しいからね。警察や行政と違って地域の見慣れた顔なら安心だろう」と代表の金丸憲市さん(66)。仕事を持つ保護者が巡回できない時間帯も活動できるのが持ち味だ。
 隊員は子どもたちともすっかり顔見知りに。「あ、おっちゃん、おはよう!」と声がかかる。
 諸富博司校長も「地域の方ばかりだから細かいところまで目が届く。こういう組織があることは安心材料の一つになっている」と話している。